Great Oaks From Little Acorns Grow

真夜中の病室はしんと静まり返っていて、点滴を落とすための機械の音だけが低く響いている。
ジェイクとの闘いが一段落して病院に戻ると、案の定虎徹は再入院が決定し、半ば強制的にベッドに突っ込まれてしまった。
そしてバーナビーも、虎徹程ではないものの負傷していたため、大事を取って検査入院となった。
虎徹が最初に収容されていた部屋は流石にバーナビーまで入れる程広くはないのと、たまたま空いていたのが二人部屋だったことから、二人で一緒の部屋に入れられている。
本当は一時、命も危ぶまれるような状況だったのだと、バーナビーはスカイハイ達から教えられた。
ハンドレッドパワーで無理矢理治癒させて、何ともないという顔をして出て行った時には凄いと思いました、と折紙サイクロンが興奮気味に語ってくれた。
バーナビーの隣のベッドには、点滴を繋がれて静かに眠っている虎徹がいる。穏やかな寝息を立てていた。
そろりとベッドを抜け出して、バーナビーは虎徹のベッドの傍らの椅子に座り、じっと顔を見つめた。
普段からは想像もつかないくらい顔色が青白い。やはり、かなり無理をしたのだろう。
起こさないようにそっと、色を失った頬に手を近付けてみる。指先から触れた部分はひやりとして、先日、唇で直に感じた時の熱さとは対照的だった。
沢山酷い事を言った。傷ついた、とわかっていても止められずに責め立てた。
状況を変えることが出来ず、思うままにならないもどかしさを大人気なくぶつけてしまった。
それでも、虎徹は来てくれたのだ。バーナビーを支えに。
そして、背中を預けられる相手を見つけて初めて得られた、自分は一人ではないという安心感。
「最初はここまで来て、何を馬鹿な事言ってるんだろうと思いましたが……それも作戦のうち、ですか」
折れてしまいそうな心ごと抱きとめてくれたあの瞬間を、きっと自分は一生忘れないだろう。
「……なんだバニー、どうした?」
不意に、虎徹が目を開けた。
「いえ……あんまり、顔色が良くないな、と思って」
「馬鹿、気にすんな。すぐ治るって」
バーナビーが頬に触れていた手を引こうとすると、不意にそれを、点滴に繋がれていない方の手で握られた。大怪我をしているとは思えないような強い力だった。
「……虎徹さん?」
「良かったな、バーナビー」
バーナビーは目を見開いた。
「え?」
「ご両親の、仇が取れて」
「……ええ」
虎徹の言葉に頷いてみせるけれど、実の所、虎徹に言われるまですっかり忘れていたのだった。
復讐はバーナビーの生きる目的の全てだった。しかし。
世界は変わるのだ。
たった一人の存在が傍にある、それだけで。
「酷いことを言って、すみませんでした」
今バーナビーが伝えられる精一杯の気持ちを言葉に乗せて、虎徹に伝える。
すると、ひやりとした手が、バーナビーの頬に添えられた。
「お前、いい顔してる」
よく、わからない。バーナビーが無言で首を傾げると、虎徹はこれまで見たこともないような穏やかな優しい笑みを浮かべた。
「苦しくて苦しくて仕方ないって顔、ずっとしてたからな」
「……そんな」
実際に苦しかったのは確かだ。でもそれは、半分は自分で創りだしたものなのかもしれない、とも思う。
目を瞑ればあの記憶は確かに脳裏に甦るけれども、同時に両親と過ごした暖かな日々の思い出も、少しずつ溢れてくるのだ。揺らめく炎の向こう側から。
遠い昔の事だけれども、確かに存在した、両親の愛に満たされた日々。
「……もう大丈夫だ、バーナビー」
虎徹の指先が頬を辿って初めて、バーナビーは自分の瞳から一筋、涙が零れ落ちていた事を知った。
指先で涙を拭ってくれている。そう思った時にはもう、それを止めることは出来ず。
それはぱたり、と虎徹のベッドのシーツに落ちてゆく。
泣くことも、悲しむことも出来なかったあの日の自分が、本当ならば流していたはずの。
虎徹がベッドの角度を変えて、体を起こす。
「……いてて」
涙が止まるまで、虎徹はバーナビーの頭を撫でていてくれた。
もしかしたら子供扱いされているのかもしれない、とも思ったけれども、優しいその感触に抗うことは出来ない。
「……あー、そうだ」
バーナビーの涙が落ち着いた頃、何かを思い出したように虎徹が言った。
「俺、どうもな、お前の事、ほっとけねぇと思ってたんだけど……これってラブ、みたいだな」
バーナビーが呆然としていると、不意打ちで頬にキスをされた。
「……え?!」
意味がわからない。一体何を言っているんだろう。
「どうやら、俺はお前の事が好きらしい、んだな」
探るような口調だった。けれども、虎徹の瞳には真摯な光が宿っていて。
次に訪れた口づけを拒むことは、バーナビーには出来なかった。
ちゅ、と音を立てて唇が吸われる。
ひやりとした感触が、決して虎徹の体調が万全でないことをバーナビーに伝えた。
「こ、虎徹……さん、無理したら……」
虎徹は悪戯をする子供のような表情を浮かべる。
「俺だって、ご褒美が欲しいんだよ。……バーナビー」
低く響く囁きが、バーナビーから抵抗する気持ちを奪う。狡い。自分ばっかり余裕綽々の態度で。
「ここが病室じゃなかったら……。だから、今日はキスだけ、な」
しかし、バーナビーは虎徹のキスに抗うことは出来なかった。 もう一度唇が触れ合う。今度はもっと強く吸われて、息苦しくなる。
身じろぐ顎を摘むようにされて、角度をつけて深く、深く触れ合った。
虎徹の舌がバーナビーの内部を蹂躙するように、荒々しく蠢く。
「んん……っ」
激しくて、苦しい。そして、バーナビーの内部から何かを引き出そうとする確かな意志がその動きにはあって。
「好きだ、……バーナビー」
息を継ぐ間に、唇から唇にもたらされる愛の言葉。
「虎徹、さん……」
何度も何度も。
バーナビーは自分の感情が一つの方向へ向かうことを、自覚したのだった。

タイトルは「樫の大樹も小さき団栗より育つ」という意味のことわざから。13話のサブタイがあまりに素晴らしいので、それに似たものをつけてみた。
公式最大手様には死んでも敵わないので、虎兎は逆に、地味〜に一歩一歩進めて行こうと思うですよ…荒ぶり過ぎると2クール目展開で泣きを見そうだし。
今回のこのSSは13話終了後荒ぶり過ぎて迷惑をかけまくった杉原さんに捧げます。
…ということで、最後までお付き合い頂けると幸いです。Xまでだからまだまだ先は長い(笑)