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『テスティス専制公国に於ける玉子制度と人々の記録』


-第一章-


 こことは違う世界、大陸南東部に存在する国『テスティス専制公国』。

 首都にほど近い森に囲まれるように、その館は建っていた。我々の世界では、洋風と呼ばれる類の建築様式である。


 その洋館の一室、豪奢な天蓋付きのベッドの真ん中に、一人の少女が丸くなって眠っていた。
 透き通るような銀に近い金髪は、貴族の家系の証だ。
 そしてそれが光の当たり具合で、うっすらとピンクがかったグラデーションに見えるのは、彼女の先祖の一人に淫魔族が居るということを示している。
 平民たちの憧れと嫉妬の対象であり、そしてまたこの国の女権主義の象徴でもある長い髪を無造作にベッドに散らばせながら、少女は寝がえりをうつ。
 カーテンから差しこんだ朝日がまぶたに染みたか、少女のまつ毛が震えた。
 艶やかな桜色の唇から呻くような吐息が漏れ、人形のように整った、しかし健康的に赤みの差した顔がかすかに歪む。
 少女は白く柔らかそうな小さな手で――貴族女性によく見られる、この国の諺で『玉より固いものに触れた事のない』と形容される手で――朝日から目を庇いながら、ゆっくりとまぶたを開いた。
「……ふわぁぁ」
 少女は、大きく口を開けて欠伸を漏らすと、ベッドの上に起き上がり、大きく伸びをした。
 かすかに差し込む朝日が、少女のネグリジェに、まだまだ凹凸に乏しい……しかし既に女性らしい柔らかさを身につけつつある体を透けさせる。
 貴族の子女の典型のような外見と比べ、その仕草はいささか子供っぽくもあり、人前ですればはしたないと咎められたであろう。
 だがこの部屋には、少女以外の人間はいない。
 正確に表現するならば、人権を認められ、法的に『人間』とされている『人間』は。
 少女はしばらく、眠たそうに目を細めていたが、やがてその赤い瞳――こちらは、貴族の中でも専制公家に近い血筋である証拠である――を、迷いなく足元の、ある一点に向けた。
 そこには、お尻が転がっていた。
 いや、人間の臀部だけがそこにあったわけではない。正確に言えば、少女の方にお尻を向け、クッションを抱きかかえるようにして少年が眠っていた。
 年少と分かるのは、その体のラインがまだ二次性徴前の様子を残していることからだ。お尻の丸さは、よくよく注意しなければ少女のそれと見分けがつかないだろう。
 そして男性と分かるのは、お尻の間に、ぷるぷるとした感触を思わせる、丸く愛らしい陰嚢――俗称キンタマがぶら下がっているからである。
 少女の部屋に、全裸で、お尻と睾丸を突き出す少年。我々の世界の常識で考えれば、異常な光景に思える事だろう。
 だが、少女の赤い瞳は、いささかも動揺を示すことはなかった。
 少女は、じとりとした冷ややかな視線を少年の身体のある一部……睾丸に向ける。
 そして、少女は。
 その表情をぴくりとも動かさないまま、ドレスに張り付いた糸屑を払うような何気なさで。
 少年の睾丸を、黒タイツに包まれた脚で蹴り上げた。
「……あぁぁあっ!?」
 膝を支点にした、バネが跳ねるような、静かでしかし強烈な蹴り。
 それを体の中で最も脆く、そして鋭敏な場所に突き刺されて、寝息を立てていた少年は悲鳴を上げて飛びあがった。
 少年は両手で睾丸を抑えながら、体を預けていたクッションから転がり落ちる。急所の激痛に呻き、床に転げるその姿は、睾丸の痛みを知らない女性から見たら滑稽に思えただろう。
 少女の口から、くすりと小さな笑いが漏れる。
 が、それは少年を嘲る類のものではなかった。呻く少年を見下ろす目には、愛情らしきものを伺う事が出来る。
 もっともそれは、ペットの小動物が檻にかじりつく様を眺めて微笑んでいるような、考えようによっては嘲笑より残酷な愛情ではあったが。
 少女は少年を見下ろしながら、華奢な腕を持ち上げると、ベッドの脇の小さなテーブルに置いた。
 その手の平が上を向き、ちょうど、球状のものを掴むような形に指が曲がる。
 と、そのとき、少年が立ち上がろうと四つん這いになった。
 股の間からくる痛みに耐え、生まれたばかりの草食動物のようによろめきつつ、それでも懸命に立ち上がろうとする少年。
 その股間に、少女は素足を触れさせた。
 びくん、と痙攣する少年に構わず、少女はさきほど痛烈な蹴りを見舞った睾丸を、足の甲でぺちぺちと叩く。
 さっさとなさい――そう要求するように。
 少年の睾丸を見つめる少女の目には、相変わらず薄らと愛情が浮かんでいる。
 少女の足に急きたてられ、少年はよろめきながらも、どうにか立ち上がることに成功した。
 だが少年は、支配者から逃げようとはしない。
 それどころか、少女がテーブルの上に置いた手を見ると、そちらにむかってゆっくりと歩み寄る。
 そしてあろうことか、少女の――先ほど自分の急所に痛撃を加えた張本人の――手の平に、そっと己の睾丸を差し出したのだ。
 とろん、とした半熟卵のような感触が、わずかに浮かんだ汗で少女の手に張り付く。
 その柔らかさが何かしら心に響いたのか、少女は軽く目を細めた。
 そして同時に、細い指先の、形の良い可愛らしい爪で、少年の玉袋を優しく掻く。
「ふぁぁ、ぁ……」
 少年の口から、陶酔の吐息が漏れた。
 自分の急所を、先ほど容赦なく蹴り上げた相手の手に預けていながら、その表情は至福そのものだ。
 少女の小さな手に愛撫され、睾丸は弱点から性感帯にその役割を変えたのである。
 まるで女神に抱擁されているような温もりと快感が、柔らかい睾丸を更にとろけさせる。
 そして、これまで無視されていた場所が、静かに自己主張を始めた。
 痛みのため、朝だと言うのに委縮していた少年のペニスが、むくむくと膨張する。
 と言っても、勃起していると分かるのは、それが天井を向いてひくひくと震えたからである。
 少年のペニスは年齢を考えても非常に未熟で、少女の親指ほどのサイズしかない。
 おまけに亀頭はすっぽりと包皮に覆われており、亀頭の張りつめた様子も注視しなければ分からないだろう。
 少女は、必死に自己主張する情けないペニスを一瞥した。
 ペニスが、少女の指に悪戯される事を切望しているかのように、先端から滴を溢れさせる。
 少女はそれを見て、くすりと笑いを漏らした。
 だが、その指を少年のペニスに伸ばすことはなかった。
 代わりのように、睾丸の方に対して、その指技を振る舞う。
「あっ、あぁぁぁあああああっ!」
 少年が悲鳴を上げた。
 少女の指が、睾丸を揉み始めたのだ。
 そこに先ほどまでのような優しさはなく、少年の睾丸が受け入れられるキャパシティを超えた刺激を、容赦なく送り込んでいく。
 睾丸のこりこりした感触を愉しむように、二本の指で玉を挟みこんだり、かと思えば、半熟のオムレツのようにふわりとした玉袋を思い切り握り締めたり、苦痛が増すような指の動きが、少年の悲鳴を甲高くしていく。
 だがそれらの行為の目的が、少年を痛めつけることではないことは、少女の視線を見れば分かった。
 少女は、少年の苦痛に歪む顔には一瞬も視線をくれない。
 ただ、自分の手の中にある二つの玉と、それを包む袋にしか興味がないというように、少女は少年の玉袋だけを見つめている。
 これだけ残酷な――読者諸君が男性であればそう感じていただけると思う――指業を弄していながら、その視線には相変わらず、慈愛とさえ思える優しげな光が宿っている。
 美しい声で鳴く籠の中の鳥を愛でるように、少女は目を細めながら、睾丸を揉み続ける。
 もっとも、実際に少女の耳に響くのは、濁音じみた悲鳴なのだが。
「うあ、ぁ、がっ……あぁぁあぁっ……!」
 少年がたまらず、がくがくと腰を揺する。痛みのあまり目からは涙が溢れていた。
 が、それでも少年は、少女の手から逃れようとしない。
 見る者が見れば、少年の顔に浮かんでいるのが、単なる苦痛だけではないと分かっただろう。
 そこには、たしかに恍惚があった。
 断っておくが、少年が感じているのは、物理的には痛みのみである。
 少女の指先が、睾丸のこりこりとした感触を堪能する度、柔らかい袋を握り締める度、人差し指と中指で作った狭い隙間に、睾丸を親指で無理やり潜らせるたび、少年は脳天にまで突き抜ける激痛に呻く。
 にも関わらず、少年はその痛みの中に、悦びをさえ見出しているらしかった。
「ふがぁあっ、あぁっ、あぁぁああっ……!」
 …………少女はそれから五分ほど、少年の悲鳴を愉しみながら、手の中で形を変える睾丸を猫のような目で見つめていた。
 と、不意にノックの音が響き、少女はそちらに視線を移す。……ただし、睾丸を痛めつける指の動きは止まらない。
 扉が開いて入って来たのは、着換えらしきドレスの入ったかごを小脇に抱えた、メイド服に身を包んだ女性だった。
 年頃は、二十歳よりいくらか手前と言ったところか。ただし、無表情に近い澄ました瞳に、華やかさはないが小奇麗にまとめられたショートヘアがかもす大人びた印象、そしてなによりまとっている涼しげな雰囲気が、彼女を『少女』と評するのを憚らせる。
 メイド服の女性は、扉を開けてまず、自分の主人たる少女が少年の睾丸を揉みしだき、なおかつ悲鳴を上げさせているのを目の当たりにして、眉ひとつひそめぬまま深々と頭を下げた。
「おはようございます、シャーロットお嬢様」
「おはよ、ユリシア」
 主である少女――シャーロットが、年上の従者に悪戯っぽい微笑を向ける。
「今日も早起きでしょう?」
「はい」
 ユリシア、と呼ばれたメイドは頭を上げ、その涼やかな瞳で、少女の手の中でぐにぐにと弄ばれる睾丸袋を一瞥すると、
「本日も、大変お楽しみのご様子で」
 と、天候に対する感想のように、当然の口調でそう答えた。
 そして少年の悲鳴が響く中を歩いて行って、ベッドのそばのカーテンを開く。
 朝日が部屋いっぱいに広がり、少女が眩しそうに目を細める。
「いい天気ね」
「ええ、とても。本日は園遊会がございますから、なによりでございます」
「……正直、雨でも降ってくれたら助かったのだけれど」
 くすっ、と少女が笑いながら言った。
「クローヴィア様のお庭自慢も、十回も聞かされるとさすがに退屈」
「……お嬢様がクローヴィア様の園遊会にご出席なさるのは、これでまだ六度目でございます」
 従者であるユリシアが、主人であるシャーロットの言葉を訂正する。が、シャーロットはそれに機嫌を損ねるどころか、むしろその瞳を嬉しげに輝かせる。
「同じ話を聞かされる苦痛は、三回も十回も変わらないわ」
「お気持ちはお察しいたします」
「ユリシアはクローヴィア様のお話を聞いたことないじゃない」
「そうでしたでしょうか。クローヴィア様が同じ話を何度も繰り返すのだというお話を、お嬢様が何度も繰り返しお聞かせ下さるものですから、つい……」
 ユリシアの口調こそ主従の礼に適ったものだが、その内容は軽口の叩き合いだ。立場と年齢差を超えた親愛の情が、そこには確かに存在していた。そのなんと美しく、そして微笑ましいことか。
 ただし、この会話の間もシャーロットの可愛い指は睾丸をいたぶり続けていたし、少年の口から漏れる悲鳴が止まることは無かった。
 それが煩わしく感じたのか、シャーロットの視線が、初めて少年の顔を見上げる。ただしその目は、少年を睨みさえしていない。家畜の振る舞いに腹を立てても仕方がない、と言わんばかりの、どこか呆れたような視線だった。
「少しばかりうるさいわね……ユリシア?」
「かしこまりました」
 ユリシアは一礼すると、シャーロットが腕を預ける小さなテーブルの引き出しを開けた。
 中には、大小さまざまな、色も形も多様な道具類が収めてある。
 しかしそこに雑多な印象は無く、むしろある種の統一感があった。
 手錠、ロウソク、目隠し、口枷、そして鞭――乗馬用の物や革ベルトの物など――に、一見しただけでは使用法の分からぬ、けれど用途は想像がついてしまう、穴の空いた木の板や、ネジのついた金具。
 早い話が、調教道具だった。
 ユリシアはそれらの中から口枷を取り上げると、ためらわず、少年の口にそれを咬ませる。
「ふぐっ……んむっ、んぐむむむむっ……!」
 手際良く口枷を咬まされ、少年は悲鳴さえも満足に上げられなくなる。
「ふふ……少しは静かになったかしら」
 その音量が会話の邪魔にならぬ程度に収まったのに満足して、シャーロットはその純銀の糸のような桜色がかった髪を掻き上げる。
 と、それを見咎めて、ユリシアがわずかに固い声を出す。
「お嬢様――また、髪を敷いてお休みになられましたね?」
「……そんなことないわよ?」
 シャーロットが否定の言葉を返すが、その微妙な間や、ぴくりと動いた肩に、ユリシアは嘘の色を見てとったようだ。
 ユリシアは、あからさまなため息とまではいかぬが、非難するように息を吐く。
「御髪は、枕元に巻かないと痛んでしまいますよと、あれほど――」
「だって、寝がえりを打つと引っ張られて痛いのだもの」
 もう嘘さえつかず、シャーロットは唇を尖らせる。それまでのどこか気品のある彼女とは、また違った表情だった。
「いけません。せっかくお母さまから頂いた、美しい髪なのですから」
 ユリシアは取り合わず、部屋の隅から椅子を持ち出してきた。
 シャーロットは頬を膨らませたまま、少年の睾丸から指を離すと、ベッドの脇に揃えておいてあった靴を履いて立ち上がり、ユリシアが用意した椅子に腰かける。
 ようやくシャーロットの指から解放されて、少年はその場にへなへなとへたり込んだ。
 ……が、まだ少年はお役御免とはいかない。
 シャーロットが不機嫌そうに、靴先で、こんこんと床を叩く。
 少年は息も絶え絶えという様子ながら、爬虫類のように床を這い、シャーロットの方に近付いて行った。
 そして、シャーロットの足が叩いたその場所にうつ伏せになり、足を広げて、自らの睾丸を差し出すのだった。
 それをシャーロットが、やや乱暴に靴の先で踏みにじる。
「ふ、ぐっ……うぐぅうううううっ!」
 睾丸を固い靴裏の、それも尖った先端で踏まれるのだから堪らない。少年の口枷から余裕のない悲鳴が漏れる。
 が、それでもシャーロットは、睾丸をぐりぐりと踏みにじるのを止めない。
 先ほどまでの、乱暴ながらどこか繊細ささえ感じさせる指技とは違う、彼女の不機嫌さが反映された動きだった。
 ユリシアはそんなシャーロットの背に回ると、長い銀髪を手にとって検分し始める。
「ほら、こんなに結び目が出来て――切らないといけませんね、これは」
「むしろ、全部切りたいくらい」
 シャーロットは、足元の少年に八つ当たりを続けながらふくれっつらで答える。
「ユリシアくらい短くしたいわ。そうしたら、ユリシアだって随分楽になると思うけど。寝る前に枕元に巻いてくれなくても良くなるし、こうして梳く時間だって随分短くなるわ。いい事尽くめじゃない?」
「生憎ですが、お嬢様」
 ユリシアは、絡まった髪の毛を丁寧に解き、どうにもならない所には一本ずつハサミを入れながら答える。
「わたくしは、お嬢様の長い髪も、それをお世話させて頂くのもとても好きでございますので」
「屁理屈ね」
「いいえ、本意でございます」
 ユリシアの指が、宝石にも劣らぬ輝きを放つ髪を一本一本すくっていく。
「わたくしなどがこう思うのは僭越ではありますが、お嬢様の御髪は、わたくしにとって、この世で二番目に大切な宝物でございます」
「一番目は?」
 シャーロットが振り仰ぐと、ユリシアは無表情にも見える視線で、しかし熱心に銀髪を検分しながら、
「それは当然ながら、シャーロットお嬢様ご自身でございます」
 と、気取りもせず、変わらぬ淡々とした口調で答えた。
「ふうん」
 シャーロットは関心薄そうな生返事を返して、視線を正面に戻した。
 が、それが口元の緩みを隠すためであろうとは、たとえ見ずともユリシアには分かっていたことだろう。
 しばらく二人の間には無言が流れたが、やがてシャーロットが、照れ隠しも忘れたように言った。
「ねえユリシア、それならユリシアの事は、私が大切にしてあげる。この世界で一番によ?」
「それは、わたくしなどには過ぎたる光栄でございます。わたくしは、お嬢様の御心のほんの隅にでも置いていただければそれで……」
「だーめ、私が一番好きなのはユリシアなんだもの。何を好きになるかくらい、自分で決めるわ」
「……それでは、今後は髪をお身体に敷かぬよう、わたくしの進言をお容れ下さいませ」
「善処するわ」
 機嫌良さげにシャーロットが答える。
 ……眩しい朝日の中、幼い女主人と、その美しい髪を手入れするメイド。それがどちらも目麗しい美人ときては、それはもう神々しいまでに美しい光景だった。
 だから――
「ふぐうっ……んぐっ、んむむむむっ……!」
 ――シャーロットに睾丸を踏み荒らされ、くぐもった悲鳴を上げる少年は、滑稽というか、場違いというか、歓迎せざる存在感を発揮していた。
 しかし、シャーロットもユリシアも、少年の存在に、特に気を向けることはない。
 靴裏越しの感触を愉しむように、とがった靴先が睾丸をこりこりと転がす。
 だが、少年は背をのけぞらせ、両手でカーペットを掻きむしりながらも、やはり主の足元から逃れようとはしないのだった。
 ……そろそろ、この少年が何者なのか、なぜ貴族の少女の部屋に全裸で寝泊まりし、そしてその睾丸を玩具として差し出しているのか、説明した方が良いだろう。
 ちょうど、シャーロットとユリシアの間で、その一助となる会話が始まった。筆者はそこに補足を加える形で解説させていただきたいと思う。
「……それにしてもお嬢様は、本当にそちらの『玉子』がお気に召したようで」
 ユリシアが涼やかな視線を、少年に、特にシャーロットに蹂躙される睾丸あたりに向けて呟く。
「ええ、それはもう」
 シャーロットは上機嫌に頷いた。
「以前はあまり興味無かったけれど、初めてこの子の『玉子』に触れたときは感動したわ。どんなに上等のシルクだって、こんなに優しい感触じゃなかったもの」
 さて、彼女たちの口から『玉子』という言葉が出た。この単語こそが、この奇妙な光景を説明するのに、最も重要なキーワードなのだ。
 『玉子』とは、鳥類や爬虫類や魚類が繁殖の手段として用いる卵の事ではなく、男性の睾丸を示す隠語である。
 そして同時に、貴族女性に対して自らの睾丸を差し出すことを仕事とする奴隷階級の男性のことも『玉子』と呼ぶ。
 この『玉子』が社会に発生した経緯を解説しようとすれば、一章を設けねばならないので、ここでは詳細は省くが――簡単に説明しよう。
 ここ『テスティス専制公国』は、長きに渡って男性主義社会であった。貴族の女はお飾りか、政略の道具に過ぎない、そういう時代である。
 それを不服とした一部の女性たちが革命を為し、女権主義を確立したのは、今からもう百年近くも昔の話だ。
 『玉子』とは、その当時に作られた制度であり、一言でいえば『男性の急所を握ることによって、女性たちに自らの主権を自覚することを促す』ためのものだったのだ。
 それまで威張り散らしていた男たちの股間を、自分たちの細い指が握りしめ、ただそれだけで男は崩れ落ち、泣きながら許しを乞う。そんな光景が、女性たちに社会の導き手たる自覚を与えた。
 以来この国では、貴族女性は『玉子』と呼ばれる男性(多くは少年)を召し上げ、睾丸を思うがままに揉み、嬲り、痛めつけ、その感触を堪能する事を嗜みとしている。
 規範たる貴族女性たちがこうして、絶対的な女性上位を示すことによって、今でもこの国は、革命によって勝ち得た女権主義を堅牢に受け継いでいるのだ。
 ユリシアが、まさに女権主義の象徴的光景――シャーロットの小さな靴が、睾丸をぐりぐりと踏みにじる様子――を涼しい目で見下ろしながら言う。
「……あの時は驚きました。まさかその場で召し上げられるとは思いませんでしたから」
「それ、聞いたわよ? 姉さまと一緒になって、私に『玉子』はまだ早いって言ってたらしいじゃない?」
 シャーロットが頬をふくらましてユリシアを見上げる、が、その目は笑っていた。
 ……この国では『玉子』を弄ぶことで女性の優位を示すことは、娯楽であると同時に嗜みだ。
 ゆえに、上質の『玉子』に瞳を輝かせるのは、草花や小動物を愛でる以上に『女の子らしい』こととされている。
 少し御転婆なところのあるシャーロットは、まだ『玉子』に興味を示さないだろう、とそうからかわれていたのだ。
「さて、どうでしたでしょうか。ラヴィニア様がそのように申し上げていたことは記憶しておりますが」
「ずるいわね」
 主の追及をとぼけてかわしたユリシアを、シャーロットは楽しそうに非難しながら、足を上機嫌そうに跳ねさせて『玉子』を二度ほど蹴り上げた。
「ふぐぅっ、うぅぅっ!」
 蹴られる感触はまた別種のものだ、新鮮な痛みに、『玉子』の正面が一際大きく呻く。
「私だって、そりゃ、女の子ですもの」
 シャーロットはそんな『玉子』を見下ろしながら、くすりと目を細めた。
「こんな上等の『玉子』に触れたら、欲しくもなるというものよ?」
「……ふ、ぁっ……んぁぁぁ、んっ……」
 少年の声が、悲鳴から喘ぎに変わる。
 シャーロットの靴先が、睾丸を優しく撫で回し始めたのだ。
 エナメルのつるつるした感触が、少年に快楽を与える。
 シャーロットは自らが所有する『玉子』に優しい視線を落としながら、散々痛めつけた睾丸を靴越しに慈しむ。
「こんなに柔らかくて――」
「ふ、ぉっ……ん、んんぅっ……」
「指でつまむと、こりこりして――」
「はぁっ、ん、ふぅっ……んっ、んっ……」
「袋を揉むと、ふわふわで――」
「ひ、ふぅんっ……はふっ、んぁぁっ……!」
「それに――」
 くす、と笑いを漏らして、シャーロットが表情を変える。
「こんなに、脆くて」
「ふっ、ぐぅぅうううううっ!?」
 どす、という音と共に、固い靴先が睾丸に突き刺さった。
 たまらず、少年の身体が跳ねあがる。交尾を求める雌の様にお尻が持ち上がり、それから、へなへなと崩れ落ちた。
「愛でずにはいられないじゃない、ねぇ?」
 シャーロットが子猫のような、邪気のない笑顔でユリシアを見上げる。
 その髪をブラシで梳きながら、ユリシアは軽く一礼する。
「ご立派なレディになられまして、わたくしも感無量でございます」
「ふふふ、そうでしょう?」
「ええ、なにより早起きして頂けるのが大変ありがたく存じます」
「……もう、イジワル」
 シャーロットは笑いながら言った。
「だってね、今までは早起きしてしたいことなんて何も無かったもの。ユリシアに髪を梳いてもらうのは、気持ち良くてかえって眠くなってしまうし」
「光栄でございます」
「でもね、今は違うのよ。目が覚めたらまず、『玉子』の感触を愉しみたくて仕方がないの。手の中でこりこりと弄びながら悲鳴を聞いていると、それだけで眼が冴えて――あら?」
 そこでシャーロットは、ようやくぐったりした自分の『玉子』の様子に気付いたらしい。
「あらあら、可哀想」
 くすっ、と笑いをこぼして、シャーロットは、優しく睾丸を踏みつけた。
「ふ、ぅぅっ……」
 固い靴底と柔らかいカーペットに睾丸を挟まれて、少年がびくっと肩を震わせる。
 シャーロットはその様子を楽しげに見下ろしながら、ゆっくりと足に力を込めて言った。
「ふふ、ごめんなさいね……痛かった?」
 あれだけの事をしておいて、その気遣いのような問いかけは、かえって残酷というものだろう。
「ひ、ふっ……」
 少年の口から呻きが漏れる。
 まだその睾丸にかかる圧力は、苦痛というほどではない。先ほどの蹴りの激痛は薄まることなく彼の睾丸を苛んではいたが、シャーロットの靴が新たな痛みを与えることは無かった。
「こんなに可愛い玉なのにね……」
「ふっ……ん、ふっ……んぅぅぅっ……」
 靴底が、睾丸をころころと転がした。痛みを与えない絶妙の力加減を、シャーロットは既に習得している。カーペットの厚い毛皮の中を転がされて、少年の睾丸に再び快楽が走った。
「こんな風にされて可哀想」
「ふ、がっ、ぐぅぅぅぅっ……!?」
 かと思えば、シャーロットは気紛れに、睾丸に許容できない負荷を与える。ゆっくりと、少しずつ限界を探るように、少年の急所を圧迫していく。
「これくらいなら、まだ平気よね」
「はぐっ……ぐ、うぅぅっ……」
「これはどうかしら?」
「あがっ……うぐぐぐっ……!」
 みし……と睾丸が軋むような音が、少年本人には聞こえたかも知れない。
「痛いみたいね?」
「く、はぁっ……」
 シャーロットは足を持ち上げた。圧力から解放されて、少年が息を吐く。
 そこにシャーロットは、何の予告もなく踵を振り下ろした。
「うがぁぁぁあああああっ!?」
 口枷越しに絶叫が響いた。……睾丸が軽く変形するような一撃だった。いや、実際、少年の睾丸は今も、シャーロットの踵の下で薄べったく形を変えている。
 単に転がされるのと、圧迫で変形するほど潰されるのとでは、痛みも段違いだ。それに加えて、男性機能が喪失するのではないかという恐怖感も加わる。
 そして実際にそうなったとしても、この世界にはシャーロットを咎める法律はおろか、倫理観すら存在しないのである。
 なぜなら『玉子』とは、自らの睾丸を貴族女性に召し上げて『頂いた』奴隷であり、また器物でもあるのだから。
「ふがぁっ、ぐぅ、ぅぅうぅっ!」
「暴れないの」
 必死にもがく少年を愉しげに見下ろしながら、シャーロットは構わず、踵でぐりぐりと睾丸を踏みつぶした。
 そして少年は、それでも少女の脚から逃れようとしない。
 ……何故か、と言われれば、理由は二つある。
 一つは、『玉子』としての使命だ。
 『玉子』とは、国の女権主義を象徴する存在であり、ある種の名誉が存在する。特にこの少年のように、貴族女性の私室に『備え付け』られ、専用の『玉子』ともなれば、それを輩出した一家はちょっとした英雄扱いだ。
 さらにいえば、その家族には、国から一生食うに困らぬだけの保証金が与えられる。
 『玉子』は奴隷とはいえ、非常に栄誉ある役職なのである。
 ……もっとも、それらは少年の驚くべき従順さの、理由の一割にも満たない。
「ふふ」
 シャーロットは心ゆくまで少年の悲鳴を堪能すると、睾丸から足をどけた。
「頑張ったわね、えらい子」
「……っ、はぁっ、はぁっ……ぅ、ぅぅっ……」
 少年が腹部を――睾丸の神経がそこまで伸びているため、鈍痛が走るのだ――押さえながら、苦しげに呻く。
 シャーロットはそれを優しく見下ろしながら、ぽんぽんと、自分の両膝を叩いた。
「朝から頑張ったから、ご褒美をあげる。いらっしゃい」
「……ぅ、ぁ、ぁ……」
 その言葉に、少年は呻きながらも四つん這いになり、シャーロットの方に頭を向けた。
 自分を聖母のような笑顔で見下ろす、そう歳も変わらぬ――むしろ、少年の方が年上であるかもしれない――少女を見上げるその表情は、完全に隷属者のものだった。
 ただし、それは打ちのめされた奴隷の顔ではない。
 心の底から服従を喜びとする、教徒の顔だった。
 睾丸虐待の苦痛に顔中を涙で濡らしながらも、その口元に、瞳に、支配される悦びが溢れ出ている。
 自分の足に睾丸が触れるだけで苦痛なのか、少年はゆっくりとシャーロットの足元に這い寄っていった。そして膝立ちになると、期待のまなざしで見上げる。
「いい子ね」
 シャーロットはそんな『玉子』に笑いかけると彼の頭を優しく手で押さえつけ、自らの膝……というより、太ももに触れさせた。
「……っ、はあ、ぁ……」
 少年の喉から、歓びのあまりにため息が漏れる。
 シャーロットの脚の健全な肉付きは柔らかく、肌は滑らかで、そして寝起きという事もあって、ひんやりとしている。激痛に火照った頬に、その感触はとても心地良い。
 だが、少年の心を満たす歓喜は、むしろ精神的なものが主だった。
「ふふ……」
 シャーロットは、じゃれつく子犬でも撫でるように、少年の髪をくしゃくしゃと掻き乱す。
 それは、先ほどまで睾丸を責めていた指業と比べれば、粗雑でさえある動きだった。
 だがそれは少年にとって天上の愛撫となって、その心をますますとろけさせていく。
 睾丸責めの苦痛に報いるにはあまりにささやかな『ご褒美』。
 だが、それが少年にとって、至高の悦びなのだ。
 支配者に服従する快楽。こればかりは、味わったものにしか計り知れまい。
 全てを赦され、あらゆる責任から解放され、与えるものにのみ縋っていれば良い。
 少年はその快楽に、骨の髄までどっぷりと漬け込まれているのである。
「痛かったでしょう?」
 さんざ少年をいたぶった張本人であることなど微塵も感じさせぬ優しい声で、シャーロットは少年の耳を、心をくすぐる。
「こんなに腫れているわ、可哀想」
 シャーロットは靴を片方脱ぐと、黒タイツに包まれた脚の甲で、少年の睾丸を優しく撫でさすった。
「……あっ、ふぁ……ん、ぅっ……」
 少年の口から喘ぎが漏れる。
 散々に踏みつぶされて真っ赤に腫れあがった睾丸には、毒になるほど甘美な愛撫だった。
「もう苛めないから、好きなだけ喘ぎなさい」
「んっ……ひぁ、ぅっ……あっ、はぁっ……!」
 少年がシャーロットの足にすがりつきながら、少女のような嬌声を上げる。
 シャーロットはそれを慈しむように見下ろしながら、足で睾丸を艶めかしく愛撫し、優しく頭を撫でた。
 ……シャーロットはこの様に、アメとムチを巧みに使い分け、この『玉子』の少年を完全に服従せしめたのである。
 『玉子』制度は、女性にとって娯楽であると同時に嗜みであることは、既に説明した。
 『玉子』の心までをも屈服させることは、女権社会に生きる女性貴族たちにとって、その資質を養うためのいわば儀式でもあるのだ。
 そのための手段は問われない。
 圧倒的な暴力、権力を以ってして、『恐怖』で『玉子』を支配するのか。
 あるいは、趣向を凝らした調教で、『玉子』に自らを『愛させる』のか。
 シャーロットが採った手段は後者であった。そしてそれがいかに巧みなものであったかは、今の少年の懐き具合を見れば伺い知れようと言うものである。
「ふわぁぁ……ん、ぁあ……」
 そうでなければ、先ほどまで自分の睾丸を、握り、挟み、踏み、痛めつけていた相手に愛撫されて、こうまでとろけきった声を出せるものだろうか。
 まだ幼い、この美しい桜色がかった銀髪と赤い瞳を持つ貴族の少女は、生まれながらに他者を服従させる資質に恵まれていたのである。
 ……そんなシャーロットの髪を梳き終えると、ユリシアは少年の嬌声を聞き流しながら、淡々と呟いた。
「終わりました、お嬢様。お着換えをお願いします」
「ええ、ありがとうユリシア」
 シャーロットはにこりとユリシアを見上げると、少年の頭を優しく持ち上げて立ちあがった。
「着換えをするわ、目を瞑っていてね?」
 睾丸への愛撫を止められ、柔らかい膝枕も取り上げられ、少年は喪失感さえ感じさせる瞳でシャーロットを見上げる。
 が、それでも小さく頷くと、その場に座ったまま、両目をきつく閉じた。
「ふふ……」
 シャーロットは満足そうに微笑むと……目を閉じた少年の目の前で、はらりとネグリジェを脱ぎ捨てる。
 衣擦れの音が、少年の鼓膜を蠱惑的にくすぐった。
 ――貴族女性にとって、奴隷である『玉子』に裸体を晒すことは恥ではない。万が一少年が禁を破っても、シャーロットは恥じらいを感じないであろう。
 であれば見せてやっても良さそうなものではあるが、シャーロットは、自分の未成熟な身体が少年にとってどれだけ魅力的なものであるかを熟知している。
 だから、着換えを覗かせるのは、特別な時のご褒美だと決めているのだった。
 命令を破ってちらりとでも目を開けようものなら、少年は睾丸を潰れる直前まで痛めつけられる事であろう。
 ……もっとも、ここまで調教の進んだ『玉子』が命令を破ることはそうありえない。
 反抗的な態度を取って罰を受けることはもちろんだが、それ以上に、主人に見捨てられることは何より恐ろしいからである。
 従順に目を閉じる少年を意に介する様子もなく、シャーロットは、ユリシアに手伝ってもらいながら下着を脱ぎ始めた。
 ブラジャーの下から、まだ下着など不要ではないかと思えるような、ほんの膨らみかけの胸が現れる。
「……くす」
 シャーロットは脱いだばかりの、まだ己の肌のぬくもりの残るブラを、ふわりと少年の頭に乗せた。
「……っ!」
 少年が息を呑み、ペニスをびくびくと反応させる。
 これもまた滅多にない、シャーロット流のご褒美であった。先ほどのユリシアとの会話で、機嫌が良いのだろう。
 そして、ペニスの先端からだらだらと先走りの汁が流れ落ちるのを見て、シャーロットはますます気を良くしたらしい。
 シャーロットは下半身に身に着けていた衣類を脱がせてもらうと、ユリシアの手からショーツを受け取り、手ずから、少年のペニスに被せたのだ。
「……〜っ!」
 柔らかい感触に、少年の全身が跳ね上がった。
 シャーロットは一糸まとわぬ姿のまま、けらけらと笑った。
「漏らさないようにね」
 被されたばかりのショーツを既にシミだらけにしているペニスに向かって、シャーロットが悪戯っぽく命じる。
 漏らすというのは、精液の事である。
 『玉子』が射精をしていいのは、主人が余興や褒美として特別に許可した場合か、あるいは『絞り出し』と呼ばれる『玉子』の手入れの時のみだ。後者についてはまた後の章にて説明を加えるとしよう。
 とにかく、『玉子』には許可なく精子を漏らす権利などない。そして忠実な『玉子』である少年が、そんな粗相をするはずもない。
 ……が、少年はすでに一週間ほど射精を禁じられていた身である。性欲旺盛な年頃、しかも『玉子』は、その手触りを増すために睾丸に特殊な軟膏を塗りこまれ、精子の生産能力を高められてもいるのだ。
 それだけでも暴発寸前だというのに、そこに、この世の何よりも愛してやまぬシャーロットのぬくもりと、ほのかな湿り気の残る下着を被せられては、興奮のあまり漏らさなかったことは称賛に値するであろう。
 それもまた、シャーロットへの忠誠と愛情が為せる業であった。
 だがシャーロットは、そんな健気な下僕にはもう目もくれず、ユリシアに手伝われながらの着換えに集中していた。
 新しい下着を身に着け、自宅用のラフな――と言っても、可憐な装飾のたっぷりと施されたドレスをまとい、長い銀髪を一度掻き上げる。
「朝食の支度は?」
「そろそろ整う頃でございます」
 ドレスのフリルや袖口を整え、ユリシアは答えた。
「――本当に、お嬢様が早起きになって下さって、助かります」
「もう、イジワルね」
 シャーロットは笑うと、ベッド脇のサイドテーブルに歩み寄った。
 その間にユリシアは、脱ぎ落された寝巻を回収にかかる。
 着換えの入っていたかごに、シャーロットが脱ぎ捨てたネグリジェを畳み、その上に黒タイツを重ねる。そして、少年の方に視線を向けた。
 ブラを頭に被された少年は興奮に息を荒げ、ショーツに包まれたペニスの先端からはだらだらと先走りの汁が溢れ出ている。
 最高級のシルクに、桜色の亀頭が透けて浮き出ていた。
 ユリシアはそんな少年の頭から、容赦なくブラを取り上げた。
「……ぁ、ぅ……」
 少年が残念そうに呻きを漏らす。
 だがユリシアは表情を変えることなく、少年が主人から享けたまわった褒美を剥ぎとっていく。
 先端から漏れる汁のせいで、亀頭にべっとりと張り付いたショーツを……文字通り、少年に与える刺激を考慮することなく剥ぎとったのだ。
 ずるりと、刺激に餓えて張りつめた亀頭を、どろどろになった布がこすっていく。
「……っ、ふぅぅううううっ!」
 苦痛にも似た強烈な快感が、少年の桜色をした亀頭に襲い掛かった。
 ……これがわずかにでも裏筋に触れていたら、少年はたちまち射精していたことだろう。が、敏感ではあるものの、直接射精に至る事のない亀頭への刺激のみで済んだため、主人の命を破らずに済んだのである。
 ペニスが激しく痙攣するあまり、先走りの飛沫がカーペットに飛び散った。
 それを尻目に、ユリシアは穢れた下着を、他の衣類と分けてカゴにしまう。
「あら」
 引き出しから目当ての物を持ち出して戻って来たシャーロットが、目をぱちくりさせた。
「凄い声がしたから、漏らしちゃったかと思ったわ。偉いわね」
 そう微笑んで、シャーロットは少年の前にかがみこむと、
「……偉いから、今日も繋いであげるわね」
 と、手にした道具を睾丸に近付ける。
 それは小さな首輪のような皮のベルトだった。
 装飾のほとんど無いシンプルなベルトではあるが、それがかえってこの道具の実用性を感じさせる。鮮やかな赤色は、シャーロットが自らこれと選んだものだ。
「あっ……」
 シャーロットはその赤いベルトの輪に、少年の睾丸を潜らせた。柔らかく小さな手が触れ、少年は快楽の声を漏らす。
 だが、
「はぁい、繋ぐわよ」
「うぐっ……くっ……!」
 次の瞬間、少年の口から苦悶が溢れる。
 シャーロットが、睾丸袋の根元を、ベルトで締めつけたのだ。
 それも、その締めつけの強さときたら、かつて妙齢の貴族女性たちを苦しめたコルセットを彷彿とさせるようなきつさである。
 根元をぎちぎちと締められ、少年の睾丸はたちまちぱんぱんに膨れ上がった。袋のシワが一本残らず消え、血色の良い表面が真珠のようにつやつやと光る。
「今日はこれくらいにしておきましょうか」
 事も無げにそう言うと、シャーロットは金具を閉じた。そして更に、ベルトに用意された取り付け部に、リードとなる紐を通してしまう。
 これで完全に、少年の睾丸はシャーロットに確保された形になってしまった。
 この道具は厳密には『玉輪』というのだが、語感が上品ではないとされ、一般には『首輪』や『リード』などと、犬の首につけるものと同じ名称で呼ばれている。
 これは、この国の人々の『玉子』に対する認識を理解する一助となるので、解説に少々多めの時間を取らせていただきたい。
 この国の大抵の貴族の屋敷には、貴族女性専用の『私用玉子』のほかに、『客用』や部屋に『備え付け』のものが常備されている。そのため、『私用玉子』を連れ歩く必要は無い。
 だというのに、わざわざ『玉輪』を着けてまで連れまわされる『玉子』は、ペットの様に愛されている――と、そういう認識があるのだ。
 また、『首輪』などの用語を共有しているために、会話の中でペットの犬猫と『玉子』の話が混同してしまう場合がある。
 我々の世界で、誰かの愛犬の話を睾丸の話と取り違えたら、致命的な行き違いであろう。
 だがこの世界では、それが普通に笑い話として流されてしまう――そういう価値観の証左でもあった。
 さて、この『玉輪』だが、用途は見ての通り、普通の首輪と何ら変わりない。
 すなわち、家畜の行動を制限し、主人の意に添わせることである。
 絞められただけでも、少年の睾丸には相当の圧迫感があることだろう。まして、それを引っ張られたりしたらどうなるか。
「さ、それじゃ行きましょうか」
「ふぐっ! うぐっ、ぐぅうっ!」
 この少年の苦しそうな呻きを聞けば、想像に難くあるまい。
 シャーロットは、リードを保護用の持ち手部分に何週か巻きつかせ、かなり短めに持っている。少しでももたつけば、睾丸をさらに締めつけられると言う事だ。
 幼い女主人のか細い腕に引かれて、少年は慌てて立ち上がった。……あまりシャーロットから離れれば、睾丸には容赦のない痛みが走ることになる。リードの遊びは一メートルほどだろうか。
 シャーロット達は部屋を後にし、屋敷の廊下に出た。廊下は広く、何人もが並んで歩けるスペースがあるし、障害物に歩みを妨げられることもない。この道を、一メートルの距離を保ちながら歩くのはそう難しくない事のように思えるだろう。
 が、実際は、少年に与えられた猶予は一メートルさえ無い。
 なぜならば、貴族女性は、リードを握ったときは決まって手を振って歩くものだからだ。
 そこに理由は無い――とは、『玉子制度』黎明期の貴族女性の言葉である。彼女は『玉輪』を着けた『玉子』に、何故そんなに手を振って歩くのか、と問われこう答えた。
『家畜に与えられる理由などは無い』と。
 以来、この国の貴族女性は、『玉輪』のリードを握りながら、特に理由も無く手を振って歩く事が度々あるのである。
 シャーロットが『玉子』の少年を率いて歩き出す。……ちょうどそのお尻を眺めながら着いてゆくユリシアの視点から、少年を眺めてみよう。
 シャーロットが手を前に振るたびに、少年は睾丸を引っ張られる苦しさに呻きながら、つんのめって転びかける。
 次にリードを握った手が後ろに振られた所で、慌てて体勢を整えるのだ。
 かと思えば、主人の細腕は、容赦なくリードを引く。少年は再び、転ばぬようにつま先立ちでバランスを整え――と、まるでよちよち歩きの子供である。
 なんとも苦行ではあるが、これは少年が、シャーロットと付かず離れずの位置を保とうとするからこうなるのだ。
 極端な話、シャーロットの隣を歩けば、道中はもっと楽なものになるだろう。
 だがシャーロットは幼くとも貴族で、それも国家の主権者たる女性である。隣を歩いて許されるのは同じ貴族だけだ。
 ユリシアのようなメイドや、普通の平民でさえ許されないものを、『玉子』の如き奴隷が並んで歩ける道理もない。
 そして万が一、『玉子』の方から主人に触れてしまうようなことがあれば、これは許されざる不遜な行為である。
「ふぐっ……ん、ぐっ、ううっ……」
 だから少年は、ただ屋敷の廊下を歩くと言うだけのことを、これだけ悲鳴と呻きの混じった声を出しながらでなければやり通せないのである。
 ……なお余談ではあるが、この過酷な散歩をやり通せなかった『玉子』は悲惨である。
 例えば転んだりして、リードの範囲から外れてしまった場合、当然その負荷は女主人の細腕にかかることになる。
 ……実際には、『玉輪』の接続部がわざと弱く作られているため、そのような場合には千切れてしまう。転ぶのは『玉子』だけで、主はそれに巻き込まれたりはしない。
 が、少しでも主の身を危険に晒し、なおかつ命令を果たせなかったことに変わりは無い。
 そのような場合の罰は――明確なルールというわけではないのだが――相場が決まっていて、二度とそのようなことがないようにと、四つ足での歩行を強制されるのである。
 ただし、それは普通に考えるような姿勢ではない。まずはブリッジの体勢を取り、さらに『玉輪』を嵌められた睾丸を前にして歩かねばならないのだ。
 要するに、上下も前後も逆になった四つん這いと考えれば分かりやすい。
 これはもちろん、歩きにくいことこの上なく、主人に遅れず付いて行くことなど到底不可能である。そして、付いて行けなければ容赦なくリードで睾丸を引っ張られる。痛みと疲労に崩れ落ちれば、睾丸を吊り上げるようにしてブリッジの体勢を強要されるのだ。
 ……少年も一度、この罰を受けた事がある。それはいかにシャーロットの与えてくれる苦痛であるとは言え、願わくば二度と体験したくない類のものであったらしい。
 断っておくが、少年は苦痛そのものを快楽に思っているのではないのだ。玉を責められるということ、それを絆としてシャーロットと繋がっているという事実が彼に恍惚を与えているのである。痛みそのものが快楽になってしまえば、主人のために苦痛に耐えるという悦びが失われてしまう。
 少年も、粗相をしてシャーロットに余計な『お仕置き』をされるのは、できることならば避けたいことでもあるのだった。
 だから――
「今日のスープはなにかしら?」
「本日はコーンスープとなっております」
「ふ、うっ、うぐうっ!」
「ホント? 嬉しいわ」
「はい、お嬢様がご所望でしたので――」
「ん、ぐっ……ふぅううっ!」
 そんな和やかな会話の間も、少年は呻きながら、ふらふらと歩かねばならないのだった。


 ――続
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