15
毒々しいまでの赤い夕日。
長い二人分の影が踏み切りに伸びる。
けたたましく鳴り響く警報機の音。
線路にたたずみどこか壊れたように微笑む女。
女の口が呪言を紡ぎだす。
警報機の音にかき消されて、聞こえるはずはないのに女の言葉を理解することが出来てしまった。
解らなければどれほど楽だったろうか。
女は狂ったように笑い、それをただ愕然としたように見つめる少年。
電車のブレーキ音とヒトがそれにぶつかる音。
肉塊。
あか、アカ、赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。
視界いっぱいの赤。
突然の覚醒に脳は今の状況を把握しかねたが、
まわりを見回せばそこは寮の自室で、閉めきられたカーテンの隙間からはサンサンと太陽の光が差し込んでいた。
空也が部屋を出て行った後、そのまま眠ってしまったらしい。今は昼頃だろうか。右の手で顔にかかった髪をかき上げれば、その髪が汗で湿っていることにきづく。寝巻きがわりに使っている、淡い水色の浴衣の背中の部分も汗で湿っている。
あの時の夢を見たのはずいぶん久しぶりのことだ。数ヶ月前まで頻繁に見ていたその夢だが、高校入学とともに―否、空也との再会とともにピタリと見なくなっていた。
『海都、私を殺したのはあなたよ。』
そう、夢の中で母が言うたびに、海都は自らの罪に苛まれる。
ベッドサイドに置いたままの水を喉に流し込めば、ぬるくなった水が食道を通って胃に溜まる。
一口飲むだけで、それは胃にたまりその身を侵食していく。毎日生きていく為には必要なその行為で、その身は罪にまみれていく。空也に触る資格などないことも重々承知しているが、目の前にそれがあるとつい触りたくなる。自分がそばにいるだけで空也にその罪や罰が感染してしまうかも知れないのに、自分の欲求を押さえ込めなかった。
平日の昼間、寮の食堂は閑散としていた。
厨房の方も朝夕の生徒の多い時間には4人中にいるのに対し、今は年配の男が一人で切り盛りしていた。普通クラスの寮ではそもそ平日の昼は食堂はあいていない。しかし特化クラスは自主休校の生徒のためにあいているのだ。海都が食堂に行ったときも数人の生徒が昼食を取っているところだった。
海都も食券を購入し、うどんを受け取る。
席はドコでも空いていたが、どこに座ろうかと周りを見回したところで丁度大きな唐揚げを口に押し込めた克己と目があった。克己はネコのように目を細め、視線だけで自分の前の席に促す。無視をする理由もないのでそれに従い克己の前に座ることにした。
「ずいぶん、久しぶりじゃん。」
唐揚げを飲み込んだ克己が口を開けば、海都は箸を割りながら答えた。
「そうかな?たった5日だよ?」
「空也とは毎日あってるせいかなぁ。海都とは久々な気がする。」
「かもね。」
そうして、うどんをすする。
「そういえば、今朝は何騒いでたんだ?ってか、昨日の夜もずいぶん遅くに部屋に帰ってきたみたいだし?」
何気なさを装ってはいるが、その顔には好奇心がありありと感じられた。そのことに小さく好感を持った。
「起こしちゃった?」
空也の部屋を海都の部屋の左隣とするならば、克己の部屋は海都の部屋をはさんで右隣だ。なので今朝の保と空也の小さな騒ぎに気づいていても不思議ではない。
「俺、貫徹ゲームやってたから。」
そういって、コントローラを握るしぐさを見せる。
「丁度寝ようと思ったときにアレだろ?好奇心を押さえ込むのに苦労したのって、なんのって。」
だから、今教えろと暗に言ってくる。確かにあの場で克己に首を突っ込まれでもしたらどうなっていたのかはわからない。だからといって、わざわざ教える義理もない。
「へぇ。」
そういって、適当に流そうとした海都を見て克己が何かを思い出したようにいった。
「そういえば俺昔聞いたことがあるんだよな。東條家の青い着物の養子について。なんでも子どもの頃からいい教育されてるみたいじゃん?」
口に最後の唐揚げを放り込んで、海都を覗き込む。
一瞬だけ動作を止めた海都だか、その次の瞬間には顔には笑顔が張り付いていた。
「ずいぶん唐突に話が変わるね?」
「そうか?俺は今朝のことを教えてもらいたいだけなんだけどな。」
「もしかして、僕は脅迫されてるのかな?」
「さぁね。俺はコレが脅迫の材料になるとは思ってなかったけど?思ってないから、ついポロット空也に言っちまうかもなぁ。」
意味ありげな視線でいわれれば、それが本心ではないことが誰にでも読み取れるだろう。
「吉原。あんまり裏に首突っ込むと自分のためにならないよ。」
「首突っ込むも何も、俺はもともと裏の住人ですけど?海都と同じように。」
海都はその真意を探るように、克己を見つめる。それと同時に、自分の脳をフル稼動し記憶を遡っていく。
「・・・<シュウゴ>の息子の<ジャック>?」
克己の目が見開かれ、その顔は驚愕を表していた。
「いや、驚いた。まさかここで、その名前を聞けるとは。」
そういいながらも、克己は何が楽しいのか笑っていた。純粋にその驚きに対する笑いだった。しかし、すぐにその顔は刺すよなモノへと変わっていく。
「俺のことだけならともかく何年も前に死んだ親父のことまで、どうして知ってる?」
いつの間にか、形勢は均衡していた。海都は余裕の声でそれに答えて見せた。
「僕、ハヤマ人材派遣の社員名簿見たことあるからね。」
「・・・ハヤマ?」
「ギルドって呼んでる人もいるんだっけ?」
「ギルドのことか。・・・ありえねぇ。久喜ほどのハッキングの腕があれば話は別だけど、そういうわけでもねぇだろ?どうやって名簿なんて見たんだよ。」
「別に外からハッキングしたわけじゃないよ。内部のヒトに見せてもらったんだ。」
それこそありえない話だった。タダでさえ今はプライバシーだ、なんだと騒がれている世の中だ。普通の会社ですら社員名簿など他人には、ましてや海都のような未成年には見せないだろう。そして、ハヤマ人材派遣といえば表の仕事もさることながら、裏の仕事も請け負う会社だ。その会社で働いている社員ですらごく1部のものでしか社員名簿は見ることは出来ないというのに、それを見たというのは到底信じられるはずもなかった。
「吉原だって、僕のこと知ってるんでしょ?だったら察してよ。」
「あ〜。わかんねぇよ。俺頭悪いし。」
「ハヤマの上層部のヒトが僕のお客さんだっただけだよ。」
そう、察しの悪い克己に言う声は、どこか呆れたような、それでいてどこか困ったような声音だった。
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