14
部屋に通された空也はベットの上に座らされた。
その横に部屋に備え付けの小型冷蔵庫から水を取り足し、その横に腰掛ける。
丁度昨夜の、保と同じような位置だ。
「水いる?」
自分の飲んでいるペットボトルを差し出しながら言えば、それに首を振るかたちで答える。
「そぅ。」
そしてそのまま沈黙が流れる。
空也は何か言って欲しかった。声を掛けて欲しかった。そうすれば、きっと自分の思いを吐露できるのに。けれど、自分から言い出すことは出来なかった。何かがそれを許さなかった。
しかし、そこに流れるのは沈黙のみで、海都からのアクションは期待できなかった。
「何も聞かないの?」
沈黙を破る言葉はそれ以外思い浮かばなかった。
「言いたくないんでしょ?」
半分ほど中身のなくなったペットボトルを、手の中で遊ばせながら答えたその声は静かだった。
「・・・。」
そうではない。言いたくないのではなく、聞いて欲しいのだ。
そして、空也はいつの間にか自分が海都に甘えていることに気づいた。いつの間にか海都の助け舟を待っていた。
隣から小さなため息が聞こえた。
フト見れば、そこでは海都が仕方なさそうにこちらを見ながら微笑んでいた。
「何を揉めていたの?」
結局そうやって、海都はいつも空也を甘やかす。昔からそうだった。自分より数分、十数分早くこの世に生まれただけで兄といわれた海都は、空也の覚えている限りでも兄としていつも同い年の弟を守っていた。それは、9年の月日がたった今でも変わらずだった。
「・・・・俺・・・・最低なんだ。」
だから、空也は海都にいつまでも甘えてしまうのだろう。
ことのあらましを海都は静かに聞いていた。静かに相槌を打つのみで、何も言わなかった。
「確かにそれは、保君を酷く傷つけたかも。」
後悔という名の鎖が空也を締め付ける。
「保君、次のテストまでって約束でお金払ってもらったんだって。だから、次ちゃんと成績が元に戻ったら自由なんだよ。」
「そうなの?」
「うん。だから、それまではお金貰ってるからガマンするって言ってたよ。・・・慎ちゃんは約束は守るし、信頼できるよ。」
そこには、成績が戻ったら自由ではあるが、戻らなければまたお金を借りるか退学かという選択が待っている。そして牧たちのことだ、使えるうちは使うだろう。それこそ保が勉強する暇のないくらい。そして保は無限のループに引きずられていくのが海都には容易に想像できた。
けれど、そんなことは空也にもそして保にも一言も言わない。
海都にとって1番大切なのは空也で、そしてそれだけが大切なものだからだ。空也を守る為なら、少々の嘘や秘密なんてどうということもなかった。誰が傷つこうが空也のためならどうでも良かった。
「けど、折角保君が決心したのに空也が周りをうろちょろしたら、邪魔になっちゃうかもね。だから、もぅ保君とは関わらない方がいいかも。」
そういって、海都は空也を抱きしめた。
「・・・本当にそれでいいのかな。」
たとえ保が決心したとはいえ、本当にそれが正しいとは思えなかった。
「正しくないかもしれないけど、僕たちにはどうする力もないんだよ。それなら、保君の邪魔はしちゃダメだよ。これ以上保君傷つけたくないでしょ?だったら、もぅ関わっちゃダメだよ。」
耳元でささやかれる言葉は、それが1番正しいように聞こえてきた。
断定的にそう言われると、海都の言葉は正しいように聞こえてくる。すでに自分の言葉・行動は保を傷つけてしまった。ならば海都の言っているとおりにすれば、保は傷つかずにすむ。保を傷つけづにすむ。
それが1番いい。
空也は頷くことで海都に答えた。
海都は空也を抱きしめたその手で、頭を撫でた。
「いい子だね。」
頭をナデナデ。背中をポンポン。
そこまでされて、空也は今の子の体勢を客観的に考え急に照れくさくなる。
「も、放してって。いい子って、俺は子どもぢゃないよ。」
頭を振れば、海都は小さく笑いながら離れていく。
「ごめんごめん。でも、もうあんまり危ないことに首つっこんじゃダメだよ?昨日はたまたま僕がいたけど、いつも助けられるわけぢゃないんだから。」
そしてまた、頭をナデナデ・・・ナデ。
「もぉ!わかったって。・・・帰る。」
海都の手を振り払うのと同時に立ち上がる。照れくさく、不愛想にそういっても、海都はその反応に満足したのか楽しそうに笑っている。その声は空也の背中にも聞こえてきた。
部屋から出る前にフト思い出したように
「ありがと、それと起こしてごめん。」
その声は、不貞腐れたようになってしまったが、海都は笑うだけだった。
空也が部屋から出て行ったら、海都の笑いも引いてしまった。
背中から大の字にベットに倒れこむと、もうその顔に笑みはなかった。
全ては海都の思惑どおり。
困った時誰かに助けを求めることは、悪いことではない。だから昨夜の保の行動は正しかったのだろう。けれど保は相手を間違えた。よりにもよって空也に助けを求めてしまった。空也を危険に巻き込んでしまった。同情という名の鎖で空也を縛り付けてしまうところだった。
けれどもぅ、空也は保に近づくことはもうないだろうし、保は牧たちのいい玩具になるだろう。
保がこのままいい子で玩具を享受するというのなら、多少のタダ働きも計算のうちだ。たったそれだけで、保が二度と空也に近づかないのなら安いものだ。
後は、何事のないまま平穏を祈るのみだった。
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