13.
空也は朝に弱い。だが遠足の日や運動会のなどは普段の弱さが嘘のように朝早くから目が覚めてしまうタイプだ。
その日も5時前には目が覚めてしまった。外はまだ太陽は出ていないが、ほどほどに明るくなっていた。
身支度をするのにもそれほど時間はかからなかった。昨日の話をしに海都の部屋に行きたかったが、さすがにこの時間にいっても迷惑にしかならないだろう。
結局昨日はあのまま啓一の部屋に直行し事の顛末を話し、海都を説得する材料を二人で考えたがコレといった案は出なかった。啓一はどちらかと言うと海都よりの考えで、あまり協力的でなかったのも理由の1つだ。何かというと深入りするな、という。
ただ、空也としては海都が説得できなかった場合でも、空也一人でなんとか保を助けてあげたいと思っていた。しかし具体的にどうしたらいいかという案はまったく思いつかず、やはり海都を説得し協力してもらう方が心強い。
と、廊下からどこかの扉の開閉する音が聞こえてきた。早朝ということもあり小さな音でも廊下に良く響いた。単なる好奇心から廊下を覗いてみれば丁度保が海都の部屋から出てきたところだった。
海都のものなのか・・・否海都のものだろう青い浴衣を着ている保は空也と目があうと軽く会釈をした。
「ぁ、おはようございます。」
空也もあわてて会釈を返した。
「おはよう。・・・っと、昨日はありがとう。」
「いえ・・・・。」
そういった保からはどこか吹っ切れた感じ、というか昨日と明らかに違う雰囲気がしたが、空也はソレを1晩寝て落ち着いたのだろうと解釈した。
そのまま保はどこかへ行こうとしていた、その背中を空也は知らず知らずのうちに呼び止めていた。なぜか呼び止めてしまった。ここで呼び止めないといけない気がした。保をこのまま行かせてはいけないような気がした。けれど、呼び止めたといって、なにを話したらいいのかわからない。
「何?」
「あの、俺力になりますから。困ったことがあった・・・。」
「迷惑だから。」
何か話さなければと、必死に口にした空也の言葉は保の冷静な声によって遮られた。
「・・・え?」
「迷惑だから、もう俺にかまわないで、って言ってるんだけど。俺の邪魔をしないで欲しいんだ。」
「邪魔って、俺は保さんの為に・・・。」
空也は自分が口にしている欺瞞だらけの言葉には気づいていない。
「ソレが迷惑だって言ってるんだ。君の自己満足のために俺を利用しないでくれ。」
その言葉でようやく空也は自分の傲慢さに気づいた。何が”助けてあげる”だ。何が”保さんの為”だ。ソレが同情以外のなんと言えるだろう。
一気に顔に血が上がってくる。自分が恥ずかしくてたまらなかった。穴があったら入りたいとはこのことだ。空也は恥ずかしさのあまり顔が上げられなかった。
「何騒いでるの?」
丁度そのときに海都が部屋から顔を出した。先ほどまで寝ていて話し声で目が覚めたのだろう。眠そうに目をこすっている。
「とにかく、もう、俺に関わらないで。迷惑だから。」
保はそれだけ言い残し、海都に会釈して足早にその場を去っていった。
「いつでもおいでね。」
その背中に海都が声をかけたが、そのまま背中は見えなくなった。
空也はうつむいたままだ。
「おはよう。」
海都が声を掛ければ海都の方を見たが、その顔は自己嫌悪で今にも泣きそうだった。
「どうしたの?とりあえず、中に入りなよ。」
そう海都に促されるまま空也は部屋に足を踏み入れた。海都は空也の後から部屋に入ってくる。そして空也は背中を向けていたの気づかなったが、このとき海都は空也も見たことないような邪悪ともいえるような笑顔で笑っていたのだ。
実は海都は先ほどのやり取りを最初から聞いていた。そもそも眠りの浅い海都は保が床に敷いた布団から起き上がり、布団を畳みはじめたときには目を覚ましていたが、あえて声を掛けなかった。特に理由はない。なんとなく、今保に話すべきことはないと思ったからだ。ただ、それだけだった。
すると、部屋の外に出たとたん誰かと話し始めた。聞いているとどうやら空也らしい。様子を見ていれば、空也は欺瞞だらけのことを言い、保は昨日の海都との約束どおりその発言を取っ掛かりに空也との関わりを絶った。
なにもかも、海都の思惑通りだった。
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