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「辛さ・・・多かったか?」
食後の一服というようにタバコを吸いながら牧は服も着ずにベットにうつ伏せて微動だにしない海都に問いかけた。時間はすでに日付を越えていた。海都がこの部屋を訪れた時まだ8時をまわったばかりだったので、4時間以上ことに及んでいたことになる。
コウシは自分が満足してしまうと早々にシャワーを浴びて海都の喘ぎを子守唄に床で寝息ともイビキともつかない音をさせながら深い眠りについてしまった。
テツタは上機嫌でシャワーを浴びている。
「抵抗した・・・よ?」
4時間以上も喉を酷使したせいか、その声はかすれてしまっていた。そしてその語尾が疑問系なのは海都本人も自信がなかったからだろう。
「抵抗、してたか?」
「ぅ〜ん・・・・・最初の方とか?」
「あれがか?」
「・・・言い訳じゃないけど僕今日お疲れちゃんなんだから。抵抗する気力も続かないくらい。」
実際今も疲労困憊という感じで、一つ一つの動作がゆっくり、というか動かない。
「へぇ?」
「タダでさえお疲れちゃんで帰ってきたら、ソラちゃんはほっとけばいいのに、面倒なことに首突っ込んでるし。」
「お前こそほっとけばよかったんじゃねぇの?談話室で天崎だけ連れ出したらよかったじゃねぇか。」
牧のあいた手がペチペチと海都の白い尻を打つ。その振動すら孔に響くのか腰をよじり非難めいた視線を送るが、牧の様子から無駄を悟り身体の力を抜くのであった。


その時丁度シャワーを浴びたテツタがやってきて、海都の尻に置かれた牧の手を見て
「お前まだやんのか?元気だな。」
心底感心したようにいい、自分のしたことは棚に上げて海都を同情のまなざしで見たのだった。
「ちげーよ。マッサージだよ。疲れたって言ってるから癒してやってるんだよ。」
そうして、牧は尻の肉を掴んだり放したりした。軽く叩くだけでも痛いのだ、いくら力を抜いているとはいえ牧の握力で揉まれたら海都にはたまったものではない。
「ぅ・・・ぃっ、・・・慎ちゃん、痛いって。」
海都がそういえばスッと手は離れていく。牧は実に楽しそうな顔をして海都の一挙一動を眺めていた。
テツタはそれを眺めながら、適当な床に座りタバコに火をつけた。一息すってゆっくり紫煙を吐き出した後その目は牧を見ていた。
「で?」
「で?とは?」
テツタを見つめ返す牧のその目には、楽しさが混じっていた。
「そいつ、なんなわけ?」
顎で海都を示唆する。
「清廉潔白そうな顔して妙に手馴れてる。さっきも、何だかんだで1番自分に負担がかからないようにしてたみたいだしな。」
「やっぱり、解っちゃった?」
海都は照れ笑いのような表情をしていた。
「やってる最中は気づかなかったけど、シャワー浴びながら冷静に考えてみると、な。」
「だから、なんなのかって?」
「それに、俺らの前に誰かとやってきたみたいだし?」
おそらく、寮に帰ってくる前のことだろう。
「外でちょっとね。・・・それに僕がなに、って・・・僕は道具だよ。使い心地悪くなかったでしょ?」
自分のことを道具だといいながら海都の顔には笑顔が浮かんでいた。どこか作り物めいた笑顔で、1度そう認識してしまえばもう自然な笑顔には見えなかった。
「道具なら、いつでも使っていいのか?」
「お金取るけどね。貰える物貰ったらいつでもどうぞ。っていっても優先順位があるからいつでもっていうには語弊があるかな?」
「へぇ。」
「ところでさ、保君のことで相談・・・って云うか提案があるんだけど。」
そのとき海都は、談話室で保を引き取った時と同じような表情をしていた。空也にはいつもの海都の笑顔のように見えたソレだが、牧には笑顔の奥の冷徹な怒りが見え隠れしていた。そして、今ソレと同じ顔をした海都が目の前にいた。


シャワーの水音で保が目を覚ました時、一瞬ここがどこかわからなかった。だか、すぐに海都の部屋であったことを思い出し時間を見ればかなりの時間眠ってしまっていたことがうかがえた。海都がもぅ帰ってきてシャワーを浴びているのだろうか。フト出かける前にもシャワーを浴びていたことを思い出し、1日に何度も浴びるのは不自然だと思いながらも、そういう人がいないわけではないことも事実なので特には違和感を覚えなかった。いや、本当は1日に何度も風呂に入る理由など考えたくなかっただけかもしれない。だから、何も気づかないふりをしただけ。
水音が止まり、ゴソゴソと身支度をする音が聞こえた後海都は浴室から出てきた。淡い水色の浴衣を着て濡れた髪を乾かすその姿は、どこか色気を感じさせた。
「あ、起きたんだ。」
その姿に見入っていた保に気づいたのかニッコリと微笑みながら、保のとなりに腰を下ろす。ベットマットが揺れ保の身体も上下に軽くバウンドする。
「さっきね慎ちゃんたちのところに行ってたんだ。」
世間話のように話を切り出され、身体がピクリと一瞬震えた。
「保君の話も聞いてきた。・・・妹さん病気なんだって?奨学金打ち切られたら大変なんだってね。」
ここまで人のプライベートなことをスッパリ言う人間をはじめてみた。けれどもその声音には同情も嫌味の色はまったく混ざっておらず、ただ事実を述べているに過ぎなかった。
過去保にこの話をしてきた人間は、出来るだけ保のプライドを傷つけないように確信に触れないように、細心の注意を払っていた。それは自分が上位にいるという優越感と、保に対する同情と欺瞞でしかなかった。だから、海都のすがすがしさはいっそ心地よかった。
かといって、なんと答えたらいいのかわからずコクリろうなずくだけだった。
「成績落としちゃって、お金3人に払ってもらったんでしょ?」
「・・・。」
「じゃぁ、酷かもしれないけど約束は守らなきゃ。」
保もわかっていた、約束は守らなければいけない。それがどんなに理不尽な事でも、保は3人にかなりの額のお金をすでに出してもらっている。今更逃げることは出来ない。けれど、そう思ってはいても身体はいうことを聞かない。ましてテツタのその暴力性は有名で相対しているだけでも恐怖で逃げ出したくなる。
「保君は家族のコト好き?」
唐突に話題を変えられ、戸惑いはしたが先ほどよりも返答はしやすかった。
「両親は人並みに・・・。由香は、妹は小さい時から外で遊ぶことが出来なくて友達もいないから、いつもお兄ちゃんお兄ちゃん、って。」
保の最後に見た見た妹も姿も、ベットの上で白く細い腕をしていたが勝気な瞳で笑っていた。
「妹かわいい?」
「うん。かわいいし、病気で外で遊べない分幸せにしたい。」
「じゃぁさ、由香ちゃんのためにも頑張らなきゃ。」
「由香の・・・ため?」
「そう、だってこのまま保君が逃げてたらあの3人お金回収しに保君の家族の方に行っちゃうよ?慎ちゃんなんて”ヤ”サンだしね、実家。そしたら由香ちゃんも困っちゃうね。」
「ぁ・・・・。」
「保君が由香ちゃんのこと大切なら、自分より大切なら出来るはずだよ。」
深夜の静まり返った空間に海都の声が脳内で木霊する。
「由香ちゃんのために頑張らなきゃ。由香ちゃんのために逃げちゃダメだ。由香ちゃんを守らなきゃ。由香ちゃんの幸せは自分の幸せだよ。」
出来るだろうか、いやそうでなければいけない。由香には幸せでいてもらいたいのだから。
「誰かのためって、そうやって考えると人間って何でも耐えられるみたいだよ。・・・いや違うね。そう考えないとやっていけないでしょ?」
海都は静かにそういい、その言葉は保の心にしみこんだ。
「けど、どうしても、耐えれなくなったら僕のところに来なよ。かくまってあげるから。」
「え?」
「保君の代わりに僕が行ってあげる。今日みたいに。」
それをきいた時、あまり驚かなかった自分に驚いた。けれども納得した。あの談話室であっさり開放されたと思ったがやはりそういうことだったようだ。
「ごめん・・・。俺のせいで。」
「うん?いいよ。慣れてるから。だから僕のところに逃げてきてもいいよ。・・・けど、空也にだけは近づかないで。」
そういった、海都の真剣な瞳、奥底に怒りを込めたその目を保は忘れることが出来なかった。


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