プロローグ
K・T氏の証言
子供の頃の思い出なんてない。正確に言うと、思い出したくない。
あの頃はたくさんの幸せがころがっていた、と思い出したりしていたときもあったけど、いつの頃からかそれもやめてしまった。だって、どうしても今と比べてしまうから。闇に覆われた今と、光に満ちたあの頃を。
僕が今生きてゆけるのは、あの頃のおかげなんかではなくて、空がいるから。
空が僕の唯一の光。今はもう、会うこともかなわないけれど、空が幸せなら僕は何にでも堪えられる。
K・A氏の証言
俺は子供の頃の記憶があいまいだ。
実際子供の頃のことをすべて覚えている人はいないと思うけど、何か大きな出来事くらいは覚えているもんだ。
俺が6歳のときに母と双子の兄が死んだ…らしい。らしい、つまりその時のことは覚えていない。いつのまにか二人は僕の生活からいなくなって、後からまわりの大人たちに事故のことを聞かされた。子供の記憶なんてそんなもんだろうか。
そうして、俺の記憶から母の、そして僕の半身とも言える海が消えてゆくのだろうか。
K・T氏の証言U
実にありきたりな話だと思う。
その男は誰からどう見ても「オヒトヨシ」としかいえないような人物で、誰にとってもカモでしかありえなくて、誰もが男を利用した。
「オヒトヨシ」な人間の代名詞といえば連体保証人である。男も例にもれず、友人の多額の借金の連帯保証人となり、その友人も例にもれず、借金を男に擦り付けて夜逃げをしてしまった。
男は友人を恨みもせず、借金を返すため、必死で働いた。両親から譲り受けた家も売り家族4人小さなアパートに引っ越した。妻も生活を支えるためにパートに出た。
そんなとき、何の因果か妻が交通事故で死んでしまった。男は嘆き悲しみ、すべてが馬鹿らしくなった。人の借金を必死で返すことも、まだ幼い二人の息子を育てていくことも。男は借金の返済のために、自分の長男を売り飛ばし、次男と今も幸せに暮らしている…はずだ。
K・A氏の証言U
父との二人暮しは、別段これといった不自由はなかった。
母と海の死んだ後、数年間は定職にもつかず昼間から酒を飲んでいるということが続いたが、俺が小学3年生になる頃には、職も見つけ真人間として生活していた。
決して裕福なわけではなかったが、幸せな、穏やかな生活だった。母と海が死んだ後の約2年間、あの地獄のような生活に比べたら。あの時のことは、なかったこととして自分に言い聞かせた。そうすることで、父との生活を円滑にした。
父は、母と海の死をどうやら自分のせいだと思っているらしい。俺は当時のことを覚えているわけではないのでなんとも云えない。
父は毎晩、仏壇に向かって黙祷をささげる。それは、まるで何かに対しての謝罪のようで、俺はついその姿を見てしまった。
俺は、そんな父の姿を見て育った。
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