「空也!まだかよ!」
啓一が空也の部屋に入ったとき、空也の部屋は未だ彼の私物で埋め尽くされていた。
「お前、これ今日中に引っ越せるのか?」
のんびりしているのが、いつものこととはいえ、さすがに呆れたように言うと
「大丈夫」
と、荷物をダンボール箱に詰める作業をしながら空也は答える
「次にこの部屋に入る人のところに行って、引越しが遅れたら荷物置いてていい?今度取りにくるから。・・・って言ったら、いいって言ってくれたし。」
その時の再現か、少し上目遣いになってしゃべる。普通の男がやってもキモイだけだか、空也のように愛らしい顔の少年がやると様になる。しかも、ここは全寮制・女子禁制を掲げている小・中・高一貫性の学園だ。そんな中で、空也のように己の可愛さを知っているモノのお願いに断れるヤツがいるはずもなく
「気の毒に・・・」
啓一の心からのつぶやきに
「だって、俺だけで今日中に終わるわけないし。ほら、俺って己をよく知ってるし?」
飄々と答える。そして、案に「お前が手伝えば、今日中に終わるかもよ」といっているようなものだ。
そして、啓一はといえば、いつも手伝ってしまう自分に呆れながらも今日もまた手伝って・・・ほぼすべての荷造りをしてしまうのだ。



この、鷹尾学園は学園そのものが一つの町くらいの大きさはあり、中には小中高の学校と学生寮、家が遠方にある教師の為の職員寮、朝5時から夜8時まで営業のコンビニなどがある。
新しい寮へは歩いて15分くらいかかる為、空也と啓一は知り合いの教師に車を出してもらって荷物を移動させた。
中学から高校にあがる時は、寮の移動をするのだが普通はあまり遠くには移動しないため自分たちで荷物を運ぶ。しかし二人は、普通科から特化クラスに編入するので、寮が遠くなってしまった。
特化クラスは、高校のみに設置されたクラスで寮どころか校舎の場所までもが、普通科とは違う場所にある。そして、このクラスの生徒は、勉強でもスポーツでも何かに秀でていれば、それを伸ばすようカリキュラムを組まれるという変わった授業形態を取っていた。それは、将来学園に何らかの形で貢献することを期待されての措置で、それゆえにか特化クラスの生徒は何かと優遇されていた。その最たるものは授業料・寮の家賃の全額免除だろう。それ目的で特化クラスの編入を希望するものも少なくはないが、そこはやはり編入テストという常人には予想もつかないほどの高い壁がある。そのテストを合格したものだけが編入を許され、それが、空也であり啓一であった。



荷物を運んでくれた教師に礼を言って、寮に入ると入り口の横に病院の受付のようなカウンターがあり、そこは木製の戸で閉められていたが、あらかじめそこに行くように説明を受けていた二人は荷物を玄関に置いたままそのカウンターに置かれたベルを鳴らした。
「はい。」
声とともに戸が開き中から、50代ほどの柔和という印象の男が出てきた。
「あの、今日からこちらでお世話になる吉澤と天崎ですが。」
啓一がいつもより若干かしこまったように言うと、男は戸の近くにおいていたのか、何やらファイルをめくり
「あぁ、吉澤啓一君と天崎空也君ですね。そしたら、まずこちらにサインを書いて。」
差し出された紙は、入寮書と書かれていて二人はそれにサインをし男に差し出した。
「そしたら、次はこれね。」
男が出したのは、透明なビニールだ。中にはプリントや何やらがごちゃごちゃと入っていた。
「中の、このカードが学生証兼部屋の鍵になるから。絶対なくさないように。それと部屋はオートロックだから鍵を閉じ込めないようにね。・・・あと、中に寮則みたいなのと、寮内の地図とかも入ってるから、それは各自見といてね。」
中に入っているもののサンプルらしきものを見せてくれながら説明していく。
「え〜と、今夜8時から地下1階の多目的ルームでオリエンテーションがあるからそれは忘れず参加して。・・・そんなもんかなぁ。あぁ!部屋は要望書のとおり隣同士で5階の512号室と513号室だから。最後に、私この寮の管理をしてます相川です。寮のことで何かあったらいつでもどうぞ。」
それまでは、相槌だけ返していた二人も「よろしくお願いします」と頭を下げその場を去った。


荷物をエレベータに乗せ、部屋に運んだ空也は荷解きもせず啓一の部屋に居座っていた。といっても、啓一は荷物の整理をしていて、空也がその邪魔をしているという状態だ。
「それにしても、エレベーターにオートロックって、どうよ!なんか、特化クラスってずるいな」
空也がベッドに寝転がりながらいう。
「どうよ、って、それだけ期待されてるってコトだろ。実際結果が出なかったら即退学だし。結構キツイぞ。」
片付けもほとんど終わったのか、空也の頭の横に腰掛け、自然にその手は空也の頭を撫でる。
「甘い蜜だけ吸わしてくれるわけぢゃないんだよな。それ相応のものも求められてるわけだ。」
「なんだ、もう自信なくなったのか?」
上半身を倒して、空也の耳元で囁く。ついでに耳にチュっとキスを落とし、そのまま額に頬に、唇に触れようとした瞬間、唐突に扉がノックされた。
驚いた二人はお互いを凄い勢いで突き離す。そのまま、啓一は扉を開け・・・ようと、ドアノブを捻ったら、そのまま扉を訪問者に引かれ前のめりにバランスを崩しってしまった。それを支えてくれたのは、啓一たちと同じ年頃の少年だった。
「ど〜も、隣の隣の隣の515号室の吉原克己で〜す。で、こっちがこの前の502号室の本田久喜クン。よろしく〜。」
それはなんとも軽薄そうな調子で言ってくる。そもそも格好からして軽薄・・・頭の中まで軽そうな見た目で、その隣にいるヤツはヤツでいかにもインドア派!っていうかオタク!と言うような雰囲気を醸し出している。と言っても、アニメのキャラクターの服を着ているとか、デブで脂ぎったと言う感じでもない。だが、どこがと云われても困るが、そいつからはいかにもなオーラが流出されひと目見ただけで、口も利いていないのに啓一にはわかってしまった。しかも、そいつは紹介されたにもかかわらず、立っているだけ。そこにいるだけ。・・・まぁ、克己が気にしていないのだから二人はこういう感じのヤツらなのだろう。
「たいした用はないんだけど、今日移動してきたみたいだからとりあえずご挨拶にね、来たわけだ。ついでに友達100人計画実施中。」
「はぁ。・・・あっと、俺は吉澤・・・」
「啓一だろ?で、そっちが天然系小悪魔の天崎空也っしょ?二人とも中等部で有名だったから知ってる。」
実際二人は中等部ではかなり有名だ。空也の可愛さと頭の良さは学年ではダントツだし、啓一は陸上の短距離でかなりの記録を出し注目の的だった。
「・・・天然系小悪魔って。」
的を得た表現に、啓一が噴き出すと
「ナニ笑ってんだよ!」
ベッドから枕を投げて、啓一の背中に命中させる。所詮枕だ。それほど痛いわけではないが、やられっぱなしなのも癪なので心の中で「後で覚えてろ」っとつぶやいて、枕をベッドに放り戻す。
「あとさ、折角だからオリエンテーション一緒に行かね?この階の1年俺たちと、あとまだ来てないけど514号室のヤツと501号室の、あの牧の6人だけらしいから仲良くしような」
「牧って、あの牧か?」
いつの間にか啓一の横に来ていた空也が問い返す。
「そう、あの牧。」
苗字の前に、必ずと言っていいほど「あの」がつく牧慎司と言う男は、かなり高めの身長とよく言えば精悍、悪く言えば怖い顔の人物で、つまりお父様がヤのつくご職業なわけだ。そして、慎司自身にもあまり良くない噂が付いて回った。出来ればお近づきになりたくない人物だ。
「俺苦手なんだよなぁ。」
空也が嫌そうな顔で言うと
「牧が得意なヤツのほうが珍しいと思うんだけど。」
すかさず啓一が突っ込む。阿吽の呼吸と言うやつだ。
「そうぢゃなくて、いや、それもあるんだけど、なんか牧って時々俺のコト見てんだよね。」
「見られることくらい慣れてるんぢゃないの?この顔なんだし。」
空也の外見はこの学園ではかなり目立つ。そして、人に見られることも多々あるのも事実だ。 「そうだけど、なんか普通と違うんだ。なんていうか、怖い顔なんだよ。」
「ごめん、全然わかんない。牧が怖い顔なのは普通だし。」
「ん〜、なんか睨んでるって言うか、いぶかしんでるって言うか・・・。そういや、最初会った時かなり驚いてたような気も・・・。まぁつまり変なんだよ。」
考えることを放棄したように、両腕をあげる。お手上げ、というやつだ。
「まぁ、とりあえず気をつけとけよ。襲われないともかぎらないし。・・・それじゃあ、10分前に出てこいよ。廊下で待ってるから。ぢゃあ、俺たちはこれでぇ。邪魔してごめんな。」
ニヤニヤしながら克己は言ったが、二人は何のことかわからず問い返すと、いやらしく目を細めて
「ヤろうとしてたんだろ?・・・ぢゃ。」
あとには、顔を赤く染めた空也と、しかめっつらの啓一が残された。


プロローグ novel 2