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空也たちが多目的室に着いた時、そこには30個ほどのパイプイスとその3分の2を埋めつくす生徒たちが談笑にふけっていた。
4人は空いている席に座ると、先ほどここに来る前に寄った514号室の住人のことを話し始めた。部屋をノックしても返事がなく、おそらくまだ住人がそこに居ない事を表していた。
どこから調べたのか、克己と久喜はその住人が東條海都であるらしいと、言ってきた。どこかで聞いたことのある名前に首を捻っていると、啓一が隣でたずねた。
「誰だ?」
まったく心当たりがないのだろう。記憶を探ると言う時間を感じさせなかった。
「ほら、中学の全国統一模試でほぼ1位を独占してた。」
「あぁ!」
頭の中に、中学の時のランキング表が思い出された。空也も1度だけ調子のいい時に全国2位を取ったことがあったが、その時も空也の上にはカタカナで”トウジョウ カイト”と書かれていた。
「ってことは、514号室は外部生か。まぁ、全国1位なら特化クラスの試験も簡単だよな。」
「や、お勉強で入ったわけじゃないらしい。」
「ってことは、なにか?勉強以外にも特技があるのか?」
「そゆうことだろうな。やだねぇ、才能あるやつは。」
克己が茶化して言った瞬間、それまでざわついていた多目的室が静まり返った。もうすでに8時を過ぎていたので、オリエンテーションが始まったのかと思い、前を向いたら入り口のところに牧が立っていた。
牧は丁度空也の後ろに座っていた。牧が来たとき、すでに席は4人の後ろの2席しか開いていなかった。牧が座るとそのまま、教師らしき男たちがプリントを配り始めた。そして、牧の隣が空席のまま前に立った男が話し始めた。
「30分ほどで終わります。これから卒業まで、こんなことはもうないので最初で最後と思ってよく聞くように。」
そんな発言から始まった、オリエンテーションの内容は生徒が耳を疑うようなものばかりだった。
@欠席・遅刻・成績、あらゆるものは本人の申告通りに記録する。(成績優秀特化生はこの限りでない。)・・・つまり、どれくらい休んでもどれくらい0点をとっても、本人が教師に一言言えば記録を改竄してくれるらしい。ただし、空也のように成績を下げない、と云う条件で特化生になった者の成績の改竄は行わない。ただ、欠席は変えるので塾でも家庭教師でもお好きにどうぞ。
A学園が生徒に特化性を感じなくなった時、退学。・・・空也の成績が下がったり、啓一が陸上選手として思ったより育たなかったり、怪我をして再起不能になったり、その他あらゆる理由で生徒がダメだと感じたら容赦なく切り捨てるということだろう。
B生徒がナニをしようが学園は一切の感知をしない。また、その責任を放棄する。・・・生徒が一番驚いたのはこれだ。ナニをしようが、つまりたとえそれが犯罪行為だろうが学園は見て見ぬふりをするということらしい。そして、責任はすべて自分で取ること。それが本当ならここは無法地帯ということになる。
オリエンテーションで話されたのはそんなことだろうか。解散した後、生徒たちでざわめいている多目的室を4人は後にし、談話室でくつろいでいた。
先ほどの話しで、克己と久喜はあまり驚いていなかったようだった。それを空也が尋ねると克己が
「俺たちは知ってたから。」
とあっさりいう。
「なんで?ってか、お前らってなんでそんないろんなコト知ってんだ?東條海都のことだってそうだし、そもそもなんで俺たちと牧がこの階に居るって知ってたんだ?」
考えてみると、変なコトだらけだ。特化クラスの名簿が出回っているわけでも、部屋の前に表札が出ているわけでもないのに、2人はさも当然のように空也たちを訪ねてきた。
それに、2人は目を合わせ、久喜がしかたないな、って顔をした。
「今の時代は、パソコンで全部管理してるから大抵のことはそれでわかるんだ。」
簡単そうに云うが、パソコンに管理していても誰でも簡単に見えるような代物ではないことは明らかだ。ハッキング、というヤツだろうか・・・。
「こいつ、これでこっちに来たから、寮生の部屋割り見るくらい簡単なわけ。」
「まって、学園は知ってんの?」
「そりゃ、だから犯罪を黙認してるなんて発言があるんだよ。」
そんなものが、正式に才能として認められるのもビックリだが、学園そのものに底知れない恐ろしさを感じてしまった、2人だった。
そんな翌朝は、よく晴れた暖かい日だった。昼から入学式という事もありゆっくり起きて、遅い朝食を空也と啓一が摂っていると克己がやってきた。寝起きなのだろう、髪が1房外側に向けてはねている。
「はよ」
おそらく、低血圧なのだろう。ぼーっとした表情で挨拶してくる。
「おはよう。髪はねてるよ。」
「知ってる。後で直す。」
大きなあくびをして、熱いミルクを冷ましながら飲んでいるその姿は、大きな猫のようだった。高校生の男に向かって猫はないだろうが吉原克己という男はどこか猫科の動物を連想させるようなヤツだ。
「吉原って、猫みたいだね。」
「猫舌だからな。」
「それもあるけど、雰囲気が。気配薄そうだし。」
「わかるかも、いつの間にか本人は五月蝿いのに、全体的に静かな印象なんだよな。」
それまで、話しに参加せず黙々サラダを食べていた啓一が話に乗ってくる。
「俺は、存在感ないって?」
ニヤリと目だけで笑う。そんなしぐさも、空也には猫に見えてしまい
「今日から吉にゃん、って呼んでいいにゃんか?」
「・・・ニャンだよ、それ・・・・っは!!?謀ったな!」
「「吉にゃ〜ん」」
啓一と二人同時に言って、同時に噴出した。
おふざけにも、ちゃんと乗ってくれて、克己とはいい友達になれそうだな、なんて空也が思っていると、久喜がやてきた。空也を見つけると、めがねの中の目が見開かれた。
「天崎・・・。ずっとここにいたのか?」
「へ?」
ナニを言い出すのだろう。突然のことに唖然としていると
「いや、なんでもない。」
そう言って、自己完結してしまった。
「おい、気になるだろ。」
克己が突っかかる。
「いや、自分の目で見たほうがいい。」
「意味わかんねぇよ。」
「もう少ししたら、分るって。」
その言葉通り、それはやってきた。
結局、それ以降久喜は克己が何を聞いても答えず、黙秘を続けていた。
そして、4人が朝食を食べ終えて、そのままそこで話していると不意に克己が視線を食堂の入り口に止めたまま動かなくなった。
何を見ているのかと、そちらを見ると廊下の向こう側から1人の生徒がこちらにやってきていた。4人のように遅い朝食でも取りに来たのだろう。別段おかしなことでもない。
少年は水色の地色の浴衣を着ていた。その姿がまず、目に入った。まだ春だ。寒々しいその格好も、実際はエアコンで常時一定の温度に設定されているこの寮では寒くはないのだろう。だがそれは、異様な格好の説明にはならない。
足は、普通の生徒のようスリッパを履いていた。
そして、その顔は空也と同じ顔をしていた。
少年は食堂に入ってきて、自分を見つめている4人の存在に気づいた。
それは空也をみて、驚いた表情を一瞬見せたが次の瞬間にはその顔は、ニッコリという形容詞がぴったりな笑顔に変わっていた。
そして少年はのたまった。
「ソラちゃん、久しぶり。」
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