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ソラちゃん。
それは、幼いころ母親と、双子の兄海都が空也をそう呼んでいた。しかし、二人は空也が6歳の時に事故で死んでしまった、と聞かされた。
空也はその時のことを覚えていないが、子供の記憶なんて曖昧なものだ。まして、後で聞かされた話だか、その時空也はショックのあまり一時期食事もとれなかったそうだ。その頃のことは、あやふやで前後関係もはっきりしていない。
しかし、それは母親と海都のことを忘れたわけではない。すべてを覚えている訳ではないが、その人たちが居た、と言うことはちゃんと覚えている。


では。では、今この目の前に居る浴衣の少年は誰だろう。否、考えるまでもなく海都だろう。この顔、そしてソラちゃんと言う言葉。それは海都でしかありえなくて、けれど海都は死んだはずだ。空也はそれを疑うことなくこの9年間を生きてきた。それが突然目の前に現れたからと言って、それを崩すことは出来なかった。
硬直したまま返事も出来ない空也を無視して、少年は言い続けた。
「啓一も久しぶり。僕のこと覚えてる?」
「・・・・ぁ、あぁ。」
啓一も驚いているのか、頷くことしかできなかった。空也と啓一は4歳の時からの幼馴染だ。当然海都とも、幼い頃短い間だが一緒に遊んだ仲だ。しかし、それはもう9年以上も昔のことで、覚えていなくても無理はないが、何せこの顔だ。啓一はすぐに少年が空也死んだはずの双子の兄であることはわかった。わかったが理解は出来なかった。
「ソラちゃん?」
いまだ、硬直したままの空也をいぶかしんだのか少年が空也の顔を覗き込む。自分とまったく同じ顔に見つめられ空也は正気に返った。
「・・・う、ウミちゃん?」
「そうだよ。」
少年は答えた。
「今は東條海都だけどね。」
海都は微笑みながら言う。
それを聞いた克己が何か騒いでいるが、そんなことは空也の耳には入らなかった。
「・・・死んだはずぢゃ。」
そんな言葉が口からこぼれ出た。しかし海都はその言葉を予想していたのか
「生きてたよ。」
と、ケロリと言う。自分が死んだと思われていたというのに、そんな時でさえ海都の笑みは崩れない。
「そんなことより、管理の人知らない?”食堂に居ます”って書置きがあったから来たんだけど・・・いないよね?」
ガランとした食堂を見回して言う。海都にとって生き別れた双子の弟との再会を喜ぶより、相原の居場所が気になるらしい。
「そんなことって、ウミちゃん!どういうことなのか説明くらい・・」
混乱して感情が高ぶったのか空也が大きな声で言った。空也がこんな声を出すのは珍しいことで、啓一も驚いている。しかし、海都は至ってマイペースに
「うん、後でね。僕玄関ホールに荷物置きっぱなしで、早く仕舞っちゃいたいんだ。」
どうやら、海都はついさっき寮に到着したようで、玄関ホールのところで鍵を相川から受け取ろうとしたところ、相川が食堂に居るという書置きを見つけここにやって来た、ということらしい。
海都はよっぽど荷物のことが気になるのか、すでに食堂から出て行く体勢になっていた。

「まって、俺も行く。相川さんならたぶん職員食堂の方だと思うし。・・・俺の食器お願いできる?」
啓一に食器の後片付けを頼み、海都と食堂を出て行く。
残された3人はそんな2人を眺め、そして克己が啓一を質問攻めにするのであった。と、言っても啓一も何も知らないのだが・・・。



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