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職員食堂に向かいながら、空也はどう話を切り出していいのか迷っていた。
聞きたいことはたくさんある。なぜ生きているのか。東條海都とはどういうことなのか。それを父親は知っているのか。知っているなぜ黙っているのか。
そこで、空也は一つの可能性が思い浮かんだ。
「もしかして、母さんも生きてるの?」
海都と一緒にに死んだと聞かされた母親も生きているのではないか。それどころか実は両親は離婚しただけであって、何らかの理由で死んだと聞かされただけではないだろうかと空也は考えたのだ。
「お母さんは、死んだよ。9年前に、ちゃんと。」
何かを思い出すようにつぶやく。
「そう・・・。海都はどうして・・・」
先ほどは動転していて、昔の呼び名で呼んでしまったが高校生にもなって兄弟でチャン付けで呼ぶのも変な話だ。空也は意図的に海都と呼んだ。
「生きてるのかって?」
空也の言葉を引き継ぐように海都が続けた。空やに”海都”と呼ばれたとき海都の顔には一瞬悲しそうな表情が浮かんだが空也は気づかなかった。
「部屋に落ち着いてから話そうと思ったんだけどねぇ。」
海都は仕方なさそうに言った。しかしその顔は嫌そうではなく、どちらかといえばせっかちな弟のことを慈しんでいるような暖かさと、そして困惑があった。海都との再会に戸惑っているのは空也だけでなく、海都もそうなのかもしれない。
そうして、海都が口を開こうとしたとき正面から牧がやってきた。これまでも、海都の時期はずれな浴衣と、一人でも可愛いといわれる空也と同じ顔の海都とのツーショットにすれ違う人に奇異のまなざしで見られることはあった。空也もそして海都もなれているの気にはしっていなかった。なので空也は海都がなぜ話し始めるのを止めてしまうのかが気になった。
そして、それはすぐにわかった。
牧が二人を見て、驚いた顔をし、そして話しかけてきたのだ。
「よぉ。」
口の端を少し持ち上げるだけの笑み・・・?で挨拶されても困ってしまう。しかし、その雰囲気は親しげで、今まで1度も話したことがないのに、本当に自分に話しかけているのかと回りを視線だけで見回すが誰もいない。
そこには空也と海都しかいない。そして、海都が片手だけを軽く挙げ牧に振った。
「こうして並べてみるとそっくりだな。」
「並べてみなくてもそっくりでしょ?同じ遺伝子で構成されてるんだから。」
と、隣にいた海都が答えた。空也は本日何度目かの混乱に陥った。
「ソラちゃん、これ牧慎司。知ってる?知ってるよね。有名人っぽいし、親が。・・・慎ちゃんとは、ん〜ソラちゃんと啓一みたいな関係。」
つまり幼馴染ということだろうか。実際空也と啓一は最近ではあるが、恋人になった。だが、そんなことを海都が知っているはずもないだろう。
そして、ハタ・・・と気づいた。慎ちゃん???いくら幼馴染でもあの牧をチャン付けで呼べる・・・というか、呼ぼうとするものがいるとは。似合わないことこの上ない。しかし牧は気にした風でもなく、普段からそう呼ばれていることが伺えた。
そもそも、自分もチャン付けで呼ばれていることに気づき、少々の気恥ずかしくあり、後で普通に呼んでもらうよう頼むことを空也はひそかに決めたのであった。
「ちょうどいいところに会たね。僕今さっきここに着いたばっかりだから荷物がまだ下にあるんだ。」
ニコニコ笑顔全快で海都が話しかける。この次にくる言葉は空也でもわかった。牧もわかたのっか、海都が発言する前から顔をしかめている。
そして海都は満面の笑顔で言い放った。
「運んで、くれるよね?」
その顔には”まさか僕のお願いを聞いてくれない、なんてことはないよね”と書かれており、その得も言われぬ海都の迫力に負けたのかは定かではないが、牧は一つため息をついた。
それを了解、ととったのか海都は満足そうに言った。
「ありがとう。じゃぁ、下で荷物見てて。僕たちは管理の人呼びに行ってくるから。」
「あ?おっさんならさっき下に行くの見たぞ?」
「そうなの?・・・なんだ。」
海都は、口ではそう言いながらも大して気にした風でもなく1階に戻るべく廊下を歩いていった。
海都の荷物は大きめのダンボールが一つと、普通の大きさのショルダーバッグのみだった。それはこれから3年寮生活するにはあまりにも少ない量で、牧がそれを見て
「コレくらいなら俺いらないんじゃないのか。」
と、ごくごく普通の疑問を投げかけた。それは空也も思ったことだった。空也と海都で1回で運べるであろうそれは、なぜ牧が必要なのかと思うのも不思議ではなかった。
「だって、僕は運びたくないし。だからってソラちゃんに運ばすなんて、そんなことできるわけないしね。」
そんなことを当然のように言われてしまった。
牧はそんな海都の顔をまじまじと見た後、何を思ったのか海都のほっそりとしたまっすぐ伸びた背中を、掌で上から下へとひと撫でした。
海都の体はビクッと硬直し、
「慎ちゃん!?もぅ、ビックリするぢゃん。僕背中弱いんだから、触んないでよ。」
そして、牧の手の届かないところへ移動した。牧はといえば、何が楽しいのかニヤニヤ笑いながら
「へ〜。」
そう言って何かを納得してしまった。
空也にとっては意味のわからない、そんなやり取りのをしているとき空也はといえば
(海都は背中がダメなんだ。俺は腹の方がだめだなぁ。双子でもやっぱりちがうのか。)
などと、しみじみと思っていたりした。
結局、牧はバッグを肩に掛け、両手でダンボールを抱え荷物をすべて部屋まで持ってあがった。
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