エド×妹アルです。
成年向けではありませんが、ギャグっぽく兄さん変態ネタあり。
宿のうすぼんやりとしたランプの灯りの下で、何かが動いていた。
それは黄色くて見覚えのあるものだった。
寝ぼけ眼のボクは、眠い目をこすり、それがなんであるかを見極めようとする。
黄色いそれとは別にゆらめく白いひらひらとした……って、あれ?あれはボクが買った……!
いっぺんに眠い目が冴えた。
「兄さん……なに、してるのさ?」
ボクは、さんざん大騒ぎして手に入れたブラジャーを手に、それをまじまじと色々な角度から眺めている兄さんにそう言った。
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「アル!誤解だって!ちょっとどんな形してるのか、確認してただけじゃないか!」
夜が明けて、必死な顔でそう言い訳する兄さんだったけど、ボクはそんな兄さんを無視してバスルームへと向かった。
全く、あんな暗闇の中で女性の下着を見てたら変態確定でしょ?今更言い訳しても遅いんだってば。
でも、錬金術と、あとは背を伸ばす事ぐらいにしか興味を示さなかった兄さんが、ちょっと変態ぽいとは言え、女性の事に興味を持ち始めたと言う事が予想外だった。
もしかして、この姿のボクがこんな風に一緒に居る事が兄さんに対して影響を与えているのかもしれない。
この女の子の身体に魂を定着されて、最初はなにがなんだか分からなかったけれど、落ち着いてよく見てみると、なるほどとても魅力的だと思う。
だってこれっぽっちも痛んでいない金色の髪に、まあるくて大きい金色の瞳。ふんわりとしたほっぺたのラインは自分でも何度も触ってみたくなるほどだ。
鼻の形や口の形はボクと兄さんの母さんそっくりで、なんだかそれが母さんが戻って来たみたいでちょっと嬉しくもあったりする。
腕や足は細くてまっすぐで、ウェストは最初はただ細いだけだったのがこの頃は腰の辺りにお肉がついて来たからなのかその細さがより一層目立つようになってしまった。胸もしかり。まあ、だからブラジャーなんて物が必要になってしまうんだけれど。
そんな現在のボクの身体なので、兄さんの心がほんのちょっと揺れ動いたとしてもそれは仕方がない事かもしれなかった。
でも、出来る限り兄さんの足手まといにならないように、自分の事は自分で出来るようになろう。
きちんと服も買った事だし、ボクの本当の身体をもう一度取り戻す事と、そしてこの女の子の身体をどうしたらいいのかをこれから兄さんと一緒に答えを見つけるんだ。
ようやく一人で入る事が出来るようになったお風呂で夕べ疲れて眠ってしまった分まで念入りに身体を洗う。髪の毛は昨日ばっさり切ってしまったから至極洗い易くて涙が出そうだ。もっと短くてもボク的にはいいんだけれど、あんまり短くてもこの子がかわいそうだよね。ボクが男として見れば、女の子はこの位の髪の長さがかわいくて好きだ。……うーん、今のは自分で自分をかわいいなんて言っててちょっと変だったかも。
いろんな事を思いながらバスタブから出て身体についた水分をタオルで拭き、いよいよ昨日手に入れた下着を身につけてみた。
パンツは予想通りお尻はおろかお腹の、おへその上まですっぽりと包み込んでくれる嬉しいような、悲しいようなデザインだった。バスルームの鏡で自分の姿を映してみるけどなるほど色気ゼロなのは兄さん的にはどうなんだろう?余計な想像をしなくて済むから一応歓迎かもしれない。
次に、夕べ兄さんが手に取っていたブラジャーを着けてみる。
前側の胸を包むカップの部分を胸のふくらみに当てながら肩ひもに腕を通す。
肩ひもが何度やってもずるずる下がってくるのでそれとしばらく格闘していたけど、どうも長さの調節が巧くいってなかった事に気がついて、調節し直してから再度チャレンジした。
ブラジャーは背中側のホックを留めてそれで装着完了だ。ホックを留める為に両腕を背中に回して端の部分を持とうと頑張ってみる。
「あれ?あれれ…ちょっ、ちょっと……」
うわ、これはなんというか……大変な事になってしまった。
ホックが留められないのだ。ホック引っ掛ける方を引っかかる方に留めようと頑張ってるつもりなのだけれど、どうにもそれが巧く行かない。
巧く行かないどころか、ホックの部分を手で持つこと自体すごく苦労してしまう。
ホックを留めようとして頑張っていると、今度は肩ひもがずるずると落ちて来る。肩ひもを直そうとすると、ホックを留めるのにまた一からやり直し……こんな事の繰り返しだった。
ただ下着を身体につけようとしただけなのに、ボクは綺麗にした身体を汗だくにしてうーうー唸りながら格闘している。
なんだ、女の子ってこんなに大変な事を毎日……毎回しているの?
大体、後ろに目がついてなきゃ、こんな小さなホックを留めるの無理でしょ!そうだ、無理だよ。一人じゃ出来ない!
ボクはある決心をして、一人でブラジャーを着ける事を断念した。
吹き出た汗をタオルで拭い、買ったばかりのスカートを身に着けた。それから再びブラジャーの肩ひもに両腕を通し、その上からバスタオルを羽織ってバスルームを出て、ベッドの上で新聞に目を通していた兄さんに向かって言ったのだった。
「兄さん!ブラジャー着けるの手伝って!」
ボクの言葉に兄さんは驚き過ぎて、ベッドの上から転げ落ちそうになっていた。
「なっ……なんだよ!人の事を変態扱いしておいて、自分で出来なきゃあっさりお願いかよ!」
シングルサイズのベッドが二つ並んだその隙間に落ち込みそうになりながら、兄さんはつり上がり気味の目を大きく見開いてそう叫ぶ。
そりゃあ悪いと思うけどさ、ブラジャーを着ける事がこんなにも大変だったなんて思いも寄らなかったんだもの。
「さっきの態度は謝るよ。でもどうしてもホックが留まらないんだ!お願いだから手伝って!」
ボクは背中を兄さんに向けてそう言い、そして背中に掛かっているバスタオルを捲り上げた。
「うわっ!」
とたんに兄さんが声を上げる。今、ボクの背中は丸見えになっている筈だけど、背中だけでもそんなに刺激が強いのだろうか?
「ちょっ……ま、待て!そんないきなり」
「早く!肩ひもが落っこちてきちゃうから早く!」
いきなり背中を見せられた兄さんが戸惑いながらそう言うのを、ボクは脅迫するように更に背中を押し付けるようにして迫った。
「頼む、待ってくれよ。こ、心の準備が…」
何の心の準備だか知らないけれど、兄さんはそう言い、また少しベッドの上で後ずさる。
そんな事を何度か繰り返していたら、兄さんの身体は今度こそ本当にベッドとベッドの隙間に落ち込んで、そしてその隙間でもがきながら声を上げたのだった。
「わーったよぉ!頼むからちょっと離れてくれ!」
兄さんの悲鳴にボク達は一旦離れて、今度は宿の部屋に備え付けられた椅子にボクが座った。
「そのまま動くな……ど、どれをどうすりゃいいんだ?」
タオルで前を隠して椅子に腰掛けるボクに向かって兄さんは明らかに緊張した声でそう言う。
「はじっこにホックがついてるでしょ?それを留めてくれればいいんだよ」
「ほっ、ホック……あ、ああ、これか……3つ付いてるけど、どれとどれを…」
「とりあえず真ん中のところで留めてみて。きつかったら直すから」
ボクの指示に兄さんはおっかなびっくりと言った手つきでブラジャーのホックの部分を指先でつまみ、引っ張る。
ぐん、と乱暴に胸が締められ、ボクは驚いて声を上げてしまう。
「わあ!引っぱり過ぎ!」
「え!だってホックに届かねえから…」
「でも、もうちょっと優しくしてよ!」
ボクの文句に兄さんはむっとしながらも再度ホックをつまみ直し、引っ掛けようとする。けれど、兄さんがボクの肌に触れる事を気にしてか、妙な感じでつまんでいるのと、ボクが胸を隠そうと前屈みになっていたのが災いしていつまで経ってもホックを留められなかった。
「くっそ……なんだよ、これ……」
背中の方で兄さんの苛立つ声が聞こえる。なんだか兄さんに頼んだ事がひどく悪く思えて来て後悔した。
よくよく考えれば、兄さんの片手は機械鎧なのだ。日常生活では不自由しない程度に動いても、ブラジャーの小さなホックを留めるのには向いてないのかもしれない。実際字を書くのは左の方が楽になってしまっているようだし。兄さんは普段そんな事をおくびにも出さないから、ボクもついついそれに甘えてしまう。
自分でなんでもしなくちゃなんて考えておきながら、早速このザマだ。
ボクはなんて最低なんだろう。
「……もういいよ……ごめんね、頑張ってくれてありがとう……」
ボクはそう言ってタオルを羽織り直した。
せっかくブラジャー買ったけど、今は着けられないや。ちょっと胸が揺れてたぷたぷして大変だけど、今は我慢して、そのうち一人で出来るようになるまで練習を重ねてもう兄さんの手を煩わせないようにしよう。
と、そんな事を思いながら椅子から立ち上がろうとしたら、兄さんに止められた。
「……待てよ。最後にもう一回だけ……」
肩越しに見えた兄さんの顔は真っ赤になりながらも真剣だった。
ボクは言葉もなく、もう一度椅子に座り直して背中を兄さんに差し出した。
ひんやりとした機械鎧の指がボクの背中に触れる。驚いたけれどそれを兄さんに気づかれないように我慢しているとブラジャーのホックの部分を引っ張る感触がした。
「アル、もっと背中を伸ばせ」
兄さんに言われた通りに背中をしゃんと伸ばして目を閉じた。鋼の指先の冷静さと生身の指先の熱がボクの背中を通して伝わってきて、なんだろう、ドキドキと胸が高鳴るんだ……。
「………出来た!」
不意に、兄さんの息を詰めている気配が消えて、そう明るい声がした。
自分の胸を見ればブラジャーはきちんと胸のふくらみを隠していた。
位置を微妙に直したり、肩ひもを調節すると、ちょっと窮屈な感じはするけれど胸が不用意に揺れたりする事もなく快適だ。
「よかったぁ!兄さんありがとう!」
ボクは嬉しくなって羽織っていたタオルを撥ね除けると、両手を広げて振り向き、兄さんを抱きしめた……。
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「兄さ〜ん、ごめん、ごめんね!裸なの忘れてた。驚かせちゃってごめんね、怒らないで、だから出て来てってば、ねえ!」
ボクに抱きつかれた兄さんは、これ以上ないという位に顔を真っ赤にして、ボクを突き飛ばしながらバスルームに駆け込んだ。
「いや、あの……別に怒ってねえから……でも、あー、ちょっと外でも散歩して来てくれると俺嬉しいんだけど……」
なんでそんな事を言うのか、分かったような、分からないような。
でも、きっと女の子の身体と同じように、兄さんの身体も色々と面倒なんだよね。
ボクはそう納得して、兄さんの望み通り、兄さんをひとりぼっちにしてあげて朝の散歩を楽しむ事にしたのだった。
(おわり)
2007年5月のイベントで無料配布した冊子より再録しました。