エド×妹アルです。
成年向けではありませんが、ギャグっぽく兄さん変態ネタあり。
ボクは、目の前のとても素敵な女の子に、綺麗な服や、かわいらしい髪型をプレゼントしてあげたくなったのです。
----------
最早ぼーぼーという言葉を通り越し、密林のシダかと思うような長い髪を弄りながら、ボクは鏡を見ていた。
まっすぐに伸びた金髪。癖もつかずにしゃんとして、つやつやと輝きを放っている。
同じ色の兄さんの髪も男としては例外的な程に痛みも少なく、綺麗だとは思うけれど、今、鏡に映っている女の子の髪はそれを遥かに凌いで美しい、という言葉しか出てこない程に美しかった。髪の毛じゃないのかもとも思えるような、実は上等な絹糸で出来ているんじゃないかと思うような。
でも、伸び放題。この身体が出来てから、一度も切ってないからね。
鏡の中で、女の子が寂しそうに笑った。
そうだよね。こんな髪の毛じゃ、外にも出歩けない。
----------
「ねえ、兄さん、髪の毛を切りたいんだけど…」
ボクは食事を運んで来た兄さんを上目遣いに見ながらそう言った。
ボクの計り知れない所で兄さんが作り上げたこの女の子の身体は、ボクの魂を移し定着された頃は立ち上がる事すら出来なかった。
けれども、それから数週間経った今では、休みながらなら結構な距離を歩く事が出来るようになっていた。
これなら近所への外出なら無理な事じゃない。きっと兄さんと一緒ならば床屋さんとかにも行けるんじゃないかと思ったんだ。
それに、この女の子用の服も欲しかった、
動けなかった時はベッドの中で過ごせば良かったけれど、身体を動かす練習をしている今では、このままずっと兄さんのトランクスとシャツを借りている訳にもいかなかった。
兄さんだって手持ちの服はそんなにない。しかも、ちょっと恥ずかしいのだけれど、女の子の身体というのは、なんだかとっても汚れ易い事に気がついてしまった。
パンツ穿きっぱなしなんて考えられないのだ。
ボクのイメージでは女の子というのは柔らかですべすべしていて良い香りがするというのが定説だったけど、それは毎日たゆまぬ入浴と着替えによる賜物だと言う事を知ってしまった。
と言いますか、人間の身体というのは、非常に汚れ易い。
兄さんも二日程本を読む事に夢中でシャワーを浴びないと、えも言われぬ臭いを醸し出す事が分かった。
鎧の時は分からなかったよ。子供の頃は自分も同じようなものだったから、大して気にならなかっただけなんだね。
そんな訳で、ボクは今後の為にも、髪を切り、身体に合う下着や服を少し買ってもらいたいと申し出たのだった。
「いいけど、外を出歩いたりして平気かよ?具合でも悪くなったら……」
宿の近くのおいしいサンドイッチ屋さんで買ったローストチキンのサンドイッチを手渡しながら、兄さんは浮かない表情でボクにそう言う。
兄さんは、ボクが外に出ようとするのをあまり快く思っていないようだ。
まあ、この女の子の身体の事が心配なんだと言うのは分かるし、兄さんがこの女の子の身体を作ったいきさつ自体、あまり褒められたようなものじゃないのは薄々ボクにも分かっていたので、あまりこの子を人目にさらしたくはないんだろう。
「でもさ、休みながらだったら大丈夫だよ!」
「そうは言っても……髪は俺が切るんじゃダメなのか?」
兄さんはあれやこれやと理由を付けてボクのお願いをなんとか断ろうとする。
「えーヤダヤダ!兄さんに髪の毛切られたら凄い事になるからヤダよ!昔、丸刈りにしようとしたじゃないか!」
そう。ボクら兄弟がいつも髪を切ってもらっていた母さんが死んじゃって、兄さんと二人きりになってから、あまりに伸び過ぎた髪を互いに切ろうという事になって。意気揚々とバリカン片手に張り切る兄さんに酷い目に遭わされそうになったんだ。あの時は危機一髪ウィンリィん家に逃げ込んで、ばっちゃんに髪を切ってもらったんだよね。
「お前なあ!今更丸刈りなんかにするかよ!」
「丸刈りじゃなくても嫌だよ!」
突発的兄弟喧嘩勃発。ボクは女の子の口いっぱいにサンドイッチを押し込んでから尚も兄さんへ対して抵抗を続けた。
「それにさ、ボクの服はどうするの?兄さんが買って来てくれるの?いい加減、兄さんのパンツにシャツじゃだぼだぼで着づらいし、洗濯も大急ぎでしなきゃならないから不便なんだよ。ボク、ものすごい我が侭言ってる?ねえ、ボクが外に出るのはそんなにいけない事なの?」
ぷうっとふくれてボクは兄さんを見る。すると突如として白旗を揚げる兄さん。
「うるせえ!分かったよ!でも、髪切って服を買ったらとっとと宿へ戻るからな!」
兄さんが心底ボクの言い分を認めてくれたのか、それともこの女の子の姿のお陰か、それは分からないけれど、ようやく兄さんを説得したボクは気分も晴れやかに残りのサンドイッチに手を付けたのだった。
数日後、お天気がいい日を選んで、ボクと兄さんは宿から出てまずはカットサロンを目指した。
兄さんは昨日いい店を見つけて来たと言う。なんでも今の時間ならすぐにカットしてくれるとかで、それで兄さんはその店に決めたのだそうだ。
でも、兄さんが見つけて来たそのお店は、とても高級そうで、しかも綺麗な女の人が大勢待合室で待っているようなお店だった。
「ちょっ……ねえ、こんなに高そうなお店じゃなくていいってば」
ボクはお店の前に立つと、自分の、そのあまりの場違いさにとても恥ずかしくなってそう兄さんの肘をつつきながら言った。
「だって、この辺りはこんな店ばっかりなんだよ!昨日すぐ切ってもらえるか訊いたら丁度キャンセルが出たからって言うから決めたんだ。もうキャンセルも出来ねえから入ってくれ」
そう答える兄さんも、どこか表情が硬い。
おかしいな、こんなに混んでたっけ?とかぶつぶつ呟いている兄さんををうっかり見てしまったボクはもう覚悟を決めてお店に飛び込むしかなくなったのだった。
「す、すみませ……ん……」
兄さんの男物のシャツに男物のズボンをはき、足元は適当に錬成したサンダル、髪は兄さんの髪紐を借りてひとくくりにした女の子が、もとい、ボクが店内に足を一歩踏み入れた途端、待合室の女の人たちが、一斉にボクと兄さんを見る。
「いらっしゃいませ。ご予約はお取りでいらっしゃいますか?」
こざっぱりとした白いシャツを来た受付のお姉さんがボクの顔を見てにっこりと笑い近づいて来たので、ボクは出来るだけ自然に振る舞おうと、がちがちに固まった頬の肉をなんとか緩めて無理矢理笑顔を作って答えた。
「え、あ、あっと……髪の毛を……」
「ああ、そちらの方……!昨日ご予約をいただいた……」
でも、ボクのそんな努力は別に必要なかったようだ。受付のお姉さんはボクの後ろに立っていた兄さんを一目見るなりそう言って、兄さんへ深々と頭を下げたのだった。
「無理言って済まない。手早くやってくれないか」
「はい。ご準備の方は出来ておりますので、さあ、お嬢様どうぞ」
お世辞にも見栄えがいいとは言いがたいこのボクを、お姉さんは穏やかな笑顔で店内へと誘う。
きっと大人気のカットサロンで、予約も簡単には取れず、取れても常連さんじゃなければ長い時間待たされるのだろう。
いきなり現れて、やすやすと店の奥へと連れていかれたボクを、待合室の女の人たちはじろじろと見ながら、やがてつまらなそうな顔をして手元の雑誌に視線を戻していた。
案内された店の奥には、椅子に腰掛けて髪を切ってもらったり、結い上げてもらっている女の人が大勢いた。
その中にぽつんと一つだけ空いている椅子があり、ボクはそこに腰掛けるように言われる。
腰を下ろすとすぐさま寄って来た男の美容師さんが、ボクを見るなり周囲の他の人が驚いてこちらを見るくらいに大きな叫び声を上げたのだった。
「まあ、なんてひどい!こんなにかわいらしいお嬢さんをこんな姿で街を歩かせるなんて!」
ボクはそう言われて恥ずかしいやら、驚くやらで、どう返事をしていいか分からずにその場で固まっていたけど、するとボクの後ろをついて来た兄さんが声をかけて来た。
「だからここに連れて来たんだろ!いいからちゃっちゃっと切ってくれよ……」
兄さんにそう言われた美容師さんはぶつぶつと何かを呟きながらもボクの上半身にケープを掛け、それからスケッチブックのような本を取り出してボクの目の前に差し出して来て言ったのだった。
「あなたの顔の形ならどんな髪型でも似合うと思うけれど、髪の量がちょっと多めで癖があるから、もしあまり手入れがお得意でないのなら、ショートボブのこの髪型がお勧めね。すこし梳いてもよろしいかしら?」
どこか女性的な美容師さんにちょっと引きつつも、髪型なんてどうしていいのかも分からなかったので、お任せしますとだけ伝えて切ってもらう。
濡れてボリュームが落ちた髪の毛にばっさりと鋏が入り、そして徐々に長さが揃えられ、細かく髪を梳かれ、仕上げにスプレーを掛けられて、そしてどうにか美容師さんが納得する髪型に落ち着いて、ボクは座り心地は良いけれど窮屈なサロンの椅子から解放された。
そう言えば、カットしてもらっている最中に、美容師さんからとんでもない話を聞いた。
なんと、兄さんはボクの髪を切ってもらう為に前払いでとんでもない金額を支払っていたらしい。
あーあ。道理でお店の人の対応が良かった訳だ。
切った後で気に入らなかったりする事もあるだろうに、もしボクがそうだったらどうするつもりだったんだろう。
そんな札束で人の頬を叩く兄さんは、ボクが髪を切り終えて出て来たのを見て、ぼそりと一言だけ呟いて、ボクの手を取り店を出たのだった。
次に向かったのは百貨店だ。
ありとあらゆるものが売られているそこは、しばらく前にセントラルに大きなお店を出してとても人気のある場所だった。
今では他の都市にも支店があって、やはり大層な人気らしい。
店頭のショーウィンドウには流行の洋服やバッグで飾られたマネキンが立ち、工夫の凝らされた飾りがいかにも女の人が好きそうな感じがした。
そんな装飾を横目で見ながら大きく派手なデコルテだらけの柱の入口をくぐり、婦人服売り場を目指す。
一階のバッグや化粧品は通り過ぎて上のフロアに辿り着くと、そこにはどこのパーティーに着ていくのだというような、華やかな服が勢揃いしていた。
「ねえ、ボクあんな服イヤだよ」
またボクは兄さんの肘を突きながらそう小声で囁いていると、またしても店員さんが声を掛けて来た。
「お嬢様、なにかお探し物でも?」
ばっちゃんよりもちょっと若いくらいのおばさんがボクらを目指して駆け寄ってそう言う。
「えっと、服を……普段着になるような……」
「まあ、それでしたらあちらにございますわ。ご案内致しますね」
きらびやかなドレスのコーナーを抜けて、辿り着いた先にはこれならボクも着れそうだと思える服がいくつか並んでいた。
「こちらのブラウスとスカートのコーディネイトは今当店舗で一番の人気なんですよ。若いお嬢さまでしたらこの位の丈のスカートの方がおみ足が綺麗に見えてよろしいでしょ?」
差し出されたスカートをボクの腰の当たりに押し当てながらおばさんはそう言うけれど、ダメだ、あり得ない短さのスカートだ。
ウィンリィみたいにスカートを穿き慣れていたらどうって事ないのかもしれないけど、ボク、スカート初心者ですから、っていうか、初めてだから。
似合う、似合わないの問題じゃない。穿くこと自体、抵抗がある。
「う、うう……」
なんだか、ボクはものすごく具合の悪そうな顔をしていたようで、おばさんが慌てて次の服を差し出して来た。
「こ、こちらのパンツはどうかしら?穿いた時のシルエットが美しいと評判なんですよ!」
ベージュ色の滑らかな光沢のパンツを差し出され、それならとボクはそれを手に取ってしげしげと見つめた。
ついでに目に飛び込む値札。……なにこの値段!
「あの、もうちょっとお手頃な値段のって…」
値札の額面は五万センズ。高すぎる。
「アル、面倒だからそれ買っちまえよ!」
「だっ……ダメだよ!これすごく高いよ」
おばさんが次の服を運んでくるまでの間、ボクと兄さんはそんなやりとりをしていた。
「ちょっと位高くても構わねえよ。今まで服なしだった分、使っていいんだぞ?」
いや、でも五万は高過ぎでしょ?……時々、兄さんの金銭感覚が分からなくなる。
でも結局、ボクは次におばさんが持って来た二万センズの黒のパンツと、無地の、でも上等な生地で作られたシャツを何枚か、それから…不本意ではあったけれど、最初に見せられたのよりはもうちょっと丈が長い灰色のチェックのスカートを買ったのだった。
一階に降りて、服に合う靴も買い、百貨店を出る。
買い物客やきらびやかな売り物に押され気味だったボク達はぐったりして逃げるように店を後にし、街角のカフェに飛び込んだ。
兄さんがきんと冷えたオレンジジュースを二つ手に持ち、ボクの元へと戻って来てこう言った。
「さて、こいつを飲んだら宿に戻るとするか。もう十分だろ?」
「うん。そうだね……」
ボクは兄さんからジュースのグラスを受け取りながら、もう一度、必要だと思った物を思い返してみる。
靴にシャツにズボンに髪も綺麗にカットしてもらったし……って、あれ?
「あーーーっ!兄さん!ぱ、ぱんっ」
ボクはとんでもないものを買い忘れていた事に気がついて、つい立ち上がり大声を出してしまう。そんなボクに兄さんも驚きながらボクの口を手で塞ぎ、赤い顔をしながらボクにそうっと耳打ちしたのだった。
「だ、黙れよ……ぱんつ、だろ?」
「うん!」
ぶんぶんと頭を大きく縦に振り、ボクは兄さんの言葉に同意する。
一番欲しいと思っていた物を忘れるなんて、なんてボクは間抜けなんだろう。
「ねえ、どこにそういうのを売ってるお店あるの?もうさっきの大きいお店は疲れるからイヤだし……」
「ええっと…そのへんの雑貨屋とかにねえかな?」
確かに、兄さんが穿いてるトランクスならそういう店に置いてあるけど、女性用の下着があるかなんて、ボク達は知らなかった。
とりあえず、ジュースを飲み終えてからそういうお店を探そうという事で意見がまとまり、ボクと兄さんはカフェを出て、商店が連なる通りを目指した。
それっぽい物が売られているお店に入っては、ボクがお店の人に訊いて回る、という風だったけれど、幸運にも二軒目のお店で目指す物が売られていると分かり、鼻息荒くなりながらそれ下さい!とボクは叫んでいたのだった。
「誰用だい?」
店員のおばさんが、がさがさと店の奥からボク達が、あ、ボクが求めていたものを手にしながらそう訊いて来るので、ボクは正直に自分が使う事を告げたんだけど、それを聞いたおばさんがちょっと驚いたような顔をした。
「あんたのかい?こんなに地味なのでいいの?」
そう言っておばさんがボクの目の前に差し出したのは、白くておっきい、お腹が全部隠れそうなパンツだった。
ボクは生まれてからこれまでの知識と言う知識を総動員して、女性用の下着がどんなものだったのかを思い出す。
うーん、ウィンリィはこんなの穿いてないよね?穿いてたらヘソ出しルックで作業なんて出来ないし。むしろこれはばっちゃんが穿いてそうな感じだ。
ああ、そう言えば、母さんが穿いていたのにちょっと……似てる……かな?でも、母さんのも、もうちょっとちっちゃかった覚えが。
母さんを錬成するつもりで、それが実現した時に服がなにもなかったらかわいそうだと、ボクと兄さんは家を燃やしてしまうまでずっと母さんの服を大事に箪笥の奥に仕舞っていた。
季節の変わり目毎にそれを虫干しするのはボクの役目で、その時にちらりと見た母さんのパンツは、今、ボクの前に差し出されたパンツよりも、もっとつつましやかでかわいらしいものだった気がするんだ……。
でも。でも。
もう正直な所、ボクは髪を切るのと買い物で身体はくたくただった。
「これでいいです。これ三枚と、それと……ええっと……」
べろんと広がったパンツを指差し、そしてもう一つ。
「あのー、ブラジャーって…ありますか?」
そう。パンツと同じくらいに重要で欲しかったものがもう一つあったんだ。
この頃、食事をちゃんと取るようになったら、身体のあちこちがぷにぷにとして来て困ってしまった。
そんなに太る程食べてないのに、お尻がぷるぷるしてるし、胸も出っ張ってきたし。
特に胸はただ兄さんのシャツを着ただけだと胸のてっぺんが擦れて痛くて堪らなかった。
女の子は成長して胸がおっきくなるとブラジャーをして胸を守るんだよね。
だからこの子…もとい、ボクも必要なんだろう。
ボクの注文におばさんは、はいよとまた店の奥に引っ込んで、そしてパンツと同じように白くてかわいげのないそれを持って来たのだった。
今度こそ本当に欲しかったもの全てを手に入れて、ボクと兄さんは宿へと戻った。
買ったものを放り投げてベッドへと倒れ込んだ。足はひきつれて痛いし、頭もなんだか痛い。
心配そうにボクを見る兄さんにお愛想で笑ってから、服も脱がずにそのまま眠り込んでしまう。
----------
ボクは鏡の中に映る、そこの女の子をもっとかわいらしくしてあげたかっただけ。
ボクの魂が定着された、彼女の身体を、どうにか綺麗にしてあげたかっただけ。
だってこれからしばらくは、どうやってもボクも彼女も離れられなさそうだから。
しばらく借りますごめんなさい。その代わり。
次に鏡を見る時は、多分にっこりと笑ってる君とボクの顔が見れると思うよ。
(おわり)
2007年5月発行の無料配布した冊子より再録しました。