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遠い夢と君を抱いて。

劇場版HAEの後日談という設定です。映画のネタバレを厳密に回避したい方はご覧にならずに戻ってください(※ただ単純に「総士が一騎の元に戻ってきた話」としても読めます)。
成年向け描写があります。ご注意ください。










ぶるっと背筋が震えたのを感じて、皆城総士はほんの僅かな毛布だけが自分の身体を覆っているものだと言う事に気がついた。
彼の若くしなやかな身体は、真壁家の古ぼけた毛布のはしっこをようやくひっつかんで腹の上にのせているだけで、毛布の大部分やら、掛け布団は同衾していた真壁一騎にしっかりと奪い取られている。
「か、一騎……寒いじゃないか……」
総士はあたたかな掛け布団を身体に巻き付けて安らかな寝顔をさらしている親友、もとい、想い人である一騎の肩を揺さぶり、目を覚まさせようとするが、当の一騎はまったく我関せずといった風に、時折むにゃ、とかなんとか声を上げてまどろみの中を漂っていた。
「一騎、もうお前とは一緒に寝てやらないからな」
仕方なく、総士はそんな呪い言葉を吐きながら毛布と掛け布団の端を自分の方へと強引にたぐり寄せる。すると、今度は一騎の身体が掛け布団の下から現れぶるりと震えたかと思うと、驚くほどの早さで一騎の上体が起き上がったのだった。
「うわっ!さ、寒っ!あ……あ、あれ……総……士……?」
「寒いのは僕の方だ!全く、お前は僕から布団を全部むしり取って、自分だけのうのうと寝ていたんだぞ。少しは反省の色を見せたらどうだ?」
「え、お、俺が……?そっか、ごめん、悪かったよ。でも、なんで俺、裸で……はうっ!」
目覚めたばかりで寝惚けてでもいたのだろう、自分の置かれた状況をすっかり忘れてしまっているらしい一騎はむき出しになった肩を両手でかき抱くようにして摩りながらもそもそとした口調で総士へと詫びる。だが、その途中で昨晩の出来事を思い出したらしく、素っ頓狂な声を上げて顔を真っ赤に染めた。
「ば、莫迦、そんな顔をするんじゃない、僕まで恥ずかしくなるだろう……」
そうだ、夕べは訳の分からぬままに互いを求め合ったのだ。自慰行為の延長のようなものだったが、今、自分の目の前にいるこの幼なじみと確かに通じ合い、その身を彼に捧げたのだ。
数時間を経て思い起こしてみても、それは皆城総士自身にとって、彼の人生の中で最も鮮烈かつ強烈な体験の一つだった。ちなみに、それまでの彼にとって最も重要な体験は、言うまでもなく彼を彼たらしめたあの夏の一件だが、そのときも、そして現在も、自分を新たな分岐へと進ませているのが真壁一騎という人間である事をどこか可笑しく思ったのだった。
「すまなかった……でも、総士と俺があんな事をしたんだって思い出したら、その……すごく恥ずかしいというか、信じられないと言うか……夢なんじゃないかって思っちゃってさ……」
「夢ではない。事実だ」
「そ、そうか……」
自分の腰のあたりに僅かに残った毛布を両手で握りしめながらそう告げる一騎の唇が自分の首筋やら鎖骨やらそのもっと下まで触れていた事を総士は思い出した。あの、幼さを残す表情に不釣り合いな、しっかりと引き締まった唇が薄い皮膚の上を彷徨い、ひどく敏感な部分を摘み食ったのだと考えるだけで、胸の奥にある何かがちりちりと焦がれるようだった。
「……それはともかく。一騎、悪いが風呂を貸してもらえないか。身体が冷えてしまったから暖まりたいんだ」
「ん、ああ、いいよ。じゃあすぐにお湯を張ってくる!」
一騎は総士の頼みに驚くほど素直に反応した。部屋中に散らばっている自分の服をかき集めて素早く身に付けると、階下の風呂場へと吹っ飛んで行く。その後ろ姿を見届けた総士も自分の服をたぐり寄せて身に纏った。
10分ほど経った頃、1階から一騎の声がした。
「総士!来ていいぞ!」
総士は乱れた夜具を手早く畳むと、一騎の声のする方へと向かった。飴色に磨き上げられたようになった階段を慎重に降り、真壁家1階の奥にある風呂場へと歩みを進める。すると、脱衣所の前にタオルを手にした一騎が笑顔で立っていた。
「着替えはいる?」
「いや、いい。どうせアルヴィスへ戻ったら制服に着替えないとならないからな」
「そっか。朝飯は食っていく?」
「それは貰おう」
「じゃあ、俺も風呂に入る。それから一緒に食おう」
総士の顔に向かってタオルを投げた一騎は、まるで今にも踊りだしそうな軽い足取りで台所へと消えて行った。
真壁家のこじんまりとした風呂場は青いタイルが壁一面に貼られ、畳三分の二ほどの大きさの浴槽が据えられていた。足下はおそらく一騎が湯を流して暖めておいてくれたのだろう、少しも冷たさを感じない。
竜宮島で、いや、今やおそらく人類で最も巧みにファフナーを操る男が、それと同じ位器用に家事をこなす姿に総士は苦笑する。そう言えば、搭乗適正年齢を遥かに超えてなおファフナーを乗りこなした元人類軍のあの人も、こまごまとした事をそつなくこなしていたな、と思い出した。彼にはもっと様々は教えを請うてみたかったと、たっぷりとした湯に肩まで浸かりながら懐古していた。 だが、総士が浴槽でそんな昔話を思い出していたその時、浴室の木戸が突如として開き、全裸の一騎が踏み込んできたのだ。
「なっ……か、か……」
「何?ああ、だって、一緒に上がらなきゃ飯だって一緒に食えないだろ?うちの風呂、衛んちみたいにでかくないけど、どっちかが湯船に浸かってればもう一人は身体洗えるし」
いや、そういう事ではないのだが。と、言おうとして、総士はそのまま黙り込んだ。
先刻までは自分から恥ずかしがっていたくせに、この変わり身の早さは一体何なのだと思う。だが、一騎は自己否定の強い性格故に他者から肯定的な言葉を突きつけられるとそれをそのまま受け入れてしまう傾向がある事を思い出し、一騎の態度は自分に起因するものだと理解して言葉を失ってしまったのだった。
「総士はもう身体洗ったの?」
「あ、ああ……」
「なんだ。まだだったら俺が背中流してやろうと思ってたのに」
無邪気な表情でそう言う一騎は、頭からざっと湯を浴びるとタオルに石けんをなすり付け、それでがしがしと身体をこすり始める。そして次にシャンプーをこれまた適当に髪になすり付けて洗い始めたのだった。
男らしいというか、子供じみたと言うか、そんな乱暴にも見える一騎の入浴を浴槽の中から眺めていた総士だったが、一騎が体中の泡をシャワーですっかり落として自分を見ている事に気がついた。
「な、何だ?」
「いや、今度は俺がそこに浸かりたいなあって思って。それとも、そのまま俺も入っていい?すごく狭いと思うけど」
「ま、待て!僕は出る!」
一騎が総士と一緒に浴槽に入ったら、狭いどころでなく総てが密着状態になってしまう。一騎の胸や腹や、その下のものまで触れてしまうのが総士には恐ろしく思えた。そんな物が触れたら、また堪らず一騎を欲してしまいそうだった。
慌てて浴槽から飛び出た総士と入れ替わりに今度は一騎が浴槽に身体を沈めた。自宅の風呂だという気楽さで浴槽の縁に両腕を着いてもたれかかった一騎は上がり湯にシャワーを浸かっていた総士に声をかける。
「総士、こっち」
ちょいちょいと手招きをする一騎に何事かと顔を寄せた総士だったが、不意に顔を一騎の指先で掴まれて、そしてそのまま口づけられて驚愕する。濡れて柔らかな唇と舌先が昨晩の甘美な記憶を呼び覚まし、思わず小さく声を漏らした。
「何を……」
「だって、総士のそういう姿、なんだかすごく……好きなんだ」
総士は彼のトレードマークでもある長い栗色の髪をざっと後頭部でまとめて結い上げていた。髪が長過ぎてうっかり洗いでもしたら乾かすのに時間がかかるのでそうしていたのだが、どうもそれが一騎の心の琴線に触れてしまったらしい。
「楽園でバイトしてくれていた時さ、髪を縛ってただろ……?俺、それ見ていいなって思っててさ……髪とか、首とか、すごく触りたいってずっと……」
つまりは、一騎は総士が楽園でバイト中、ずっと総士を背後から熱っぽく見つめていた訳で、その事実にまた総士は取り乱してしまった。
「お前、遠見と一緒に僕の事を笑っていたくせに!」
「だって、そうでもしなきゃ遠見に気づかれる。あいつ鋭いから」
「む……」
そうまで言われて総士にはもう一騎に向かって返す言葉が見つからなかった。
ただ、一言、ようやく
「……ずるいぞ、一騎」
とだけ言った。
「……ごめん」
一騎は申し訳なさそうに返事をして、そして再び総士に口づけた。

つづく