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遠い夢と君を抱いて。

劇場版HAEの後日談という設定です。映画のネタバレを厳密に回避したい方はご覧にならずに戻ってください(※ただ単純に「総士が一騎の元に戻ってきた話」としても読めます)。
成年向け描写があります。ご注意ください。








2

もう何度もそうしているかのように、舌を総士の口中に捩じ込み、彼の美しい歯列に沿って滑らせる。敏感な上顎の粘膜を刺激してやると、総士は上気した顔を僅かに歪めつつも、一騎の頭を両手で掴み、拒絶するどころかその先をねだり始めたのだった。
「なあ、ここでしちゃおうか?」
総士の表情を汲んだ一騎が耳元で囁いた。
「しかし……」
「ここだったら汚れたり、そういうの気にしなくていいだろ?」
一そのささやきに、総士は頭の奥が痺れたように感じてまた一騎の頭に縋り付いてしまう。場所もかまわず快楽を求めてしまう自分に嫌悪感が湧くが、それ以上に一騎がそんな自分を受け入れてくれている事がうれしかった。
「総士、総士……」
「んっ……かず……きっ……」
唇を重ねたままで、一騎はゆっくりと立ち上がると浴槽から出た。そして総士の身体を抱きしめる。互いに名を呼び、若々しい、しなやかな身体を押し付け合った。
一騎の指がやんわりとした動きで総士のこめかみの辺りを掴み、そのまま髪の中へと滑り込んで行く。柔らかな指触りをした、総士の明るい色の髪がはらりと顎やうなじに落ちてぬれた肌に張り付いた。
一騎は切なげに眉根を寄せる総士の唇だけでなく、目尻やほほや鼻や、おおよそ顔面の触れる事の出来る総てに口づけては総士の名を呼ぶ。その度に総士も一騎の濡れた黒髪をまさぐり、深く、ゆっくりと息を吐き出しては、徐々に自身を浸食しつつある甘美な痺れに耐えようとしていた。
「総士はこういう風に触られるの、好き?」
「あ……あ、あっ……」
一騎の問いに答えたつもりだったのに、まるでただ喘いでいるだけのような声しか出せない。
髪を触れられているだけなのに、ただ肌に唇が触れているだけなのに、どうして身体が戦慄き、おかしな声が出てしまうのか。きっと、それは自分に触れてくる一騎が優しすぎて、そんな風に扱われた事のない自分の身体が混乱している所為なのだ。そうだ、ひどい混乱だ。
「よかった……俺、総士が感じてくれるのが一番うれしい」
「っ……あ……あっ!」
笑顔でそう告げた一騎の右手が、不意に総士の頭部から離れて胸板をなぞり、下腹部へと触れた。唐突な指の動きに総士は思わず身体を痙攣させる。
先刻からの愛撫で既に昂りつつあった総士自身を、一騎の手が握り込んで上下へと扱き始めていた。すっかり荒い清めたつもりだったのに、とろりとした先走りが先端から溢れて一騎の手と総士自身を汚している。それと共に腹の奥から競り上がってくるかのような快感が更に総士の思考を混乱させた。
「かず……きっ……も……う……でるっ……」
「うん。俺の手にいっぱい出しちゃっていいよ」
「ああっ、だ……め……っ……かずき……かずきっ……」
総士はたたらを踏むようにつま先を浮かせて懸命に堪えようとするが、吐精をせかすかのような一騎の指先の刺激に抗うのは無理だった。一瞬、全身が硬直したかと思うと、意識が周囲に拡散して行くかとも思えるほどの開放感を味わってその場へとへたり込みそうになってしまう。一騎が左腕で身体を支えてくれていたので、彼に縋って懸命に耐えた。
「総士……今度は俺にしてくれる?」
「ん……あ……ああ……」
耳元でそう囁かれて、総士の左の手が引かれる。
一騎は総士の放った物で濡れた手のひらを総士の左手に塗り付けるようにすると、悪戯をする子供のような声で笑って言った。
「総士の出したやつで、俺のもして」
言われるがままに総士は一騎の昂りに手を添えると、自分がされたように愛撫を始めた。粘つくそれはまだ生暖かく、まるで吸い付くかのように一騎のそれに絡んで恥ずかしい音を立て始める。
「総士、ああ、すごく気持ちいい!すごい、総士、総士!」
今度は一騎が総士の肩口に縋って声を上げた。先刻の吐精の快感が尾を引いている総士はどこかうつつを抜かしたようにぼんやりとしながら、一騎の首筋に舌を伸ばす。すると、一騎は、総士、もっと、もっと、とそう呻き、少ししてから総士の手のひらへと白い体液をぶちまけたのだった。
「ああっ、総士……お、俺……」
震える声を漏らしながら縋る一騎を、総士もまたしっかりと抱きとめて、静かに引いて行く感覚を名残惜しむ。そして残滓を味わい尽くそうと狂おしげに唇を重ねた。
「総士……俺、お前とずっとこうしていたいな……」
ようやく身体を放そうと身じろいだ総士に向かって、一騎が言った。
「一騎……」
離れたくないという想いは総士も同様で、時が自分たちを分つその瞬間まで共に寄り添えればいいと願っている。
だが、それはかつて彼の妹が自分の我侭だと言い放ったものと同じで、かなえられる事のない、果てしなく遠い夢だった。
その前に、今日も自分にはアルヴィスでの勤務が待っているのだが。
「それは無理だな。僕は10時から勤務なんだ。いつまでもお前とこうしてはいられない」
総士の言葉に、一騎は風呂場のタイルの上にしゃがみ込んでがっくりと肩を落とした。
「お前って……俺はそういう事を言いたいんじゃない……」
「違うのか?」
「違うよ!もういい……さっさと飯食っちゃおうぜ……」
だが、そんな会話を交わしていた二人の耳に、よく聞き慣れた低音の男の声が届いた。
「一騎!いるのか?」
「父さんだ!」
一騎の父、真壁史彦が遠見家からか、はたまたアルヴィスからか戻ってきたようだった。
「一騎!どこだ?」
史彦は息子の名前を呼びながら家の中をうろうろと探しているようだったが、そう広いとは言えない真壁家だったので、あっと言う間に一騎たちがいる風呂場へ辿り着いてしまう。扉を隔てたすぐ向こう側に自分たちの上官であり父親であるその人がいると知った一騎たちは、大慌てで自分たちが放った物を洗い流し、居住まいを正したのだった。
「なんだ、風呂か。……おや、総士君?なぜ君がここに……」
「お、おはようございます、指令」
風呂場から出てきた総士を目にして、史彦がさも奇妙だと言いたげな声で尋ねた。
「昨晩はアルヴィス内で見かけなかったが、うちに来ていたとは」
「は、はい、一騎とつい話し込んでしまって……彼に泊まって行けばいいと言われたのでそうさせてもらいました」
総士は腰にタオルをかろうじて巻き付けた姿で上官に会いたくなかったと激しく後悔しながらも、懸命にその場を言い繕おうとする。だが、史彦に対してそんな気配りは全く持って不要だった。
「ふむ……。ところで、一騎は風呂の中かね?」
「はい。僕と入れ替わりに先ほど風呂に入ったところです……あの、それでは……僕はアルヴィスへ戻りますので……」
「ああ、君は日勤だったな。ご苦労、がんばってくれたまえ」
風呂場の中をのぞこうともせずに、史彦は総士の話を聞いただけでまた店の方へと戻って行ってしまった。
この場にいる事を特に深く詮索されずに済んだ総士は胸を撫で下ろし、そして風呂場からおずおずと顔を覗かせた一騎に向かってうんざりしたように言ったのだった。
「……一騎、悪いが僕はアルヴィスへ戻る」
「えっ、でも、飯は……?」
「こんな場所で顔を合わせてしまったのに、その後で平気な顔をして君の親父さんと一緒に食卓を囲えると思うか?さすがに僕でもおかしな事を口走ってしまいそうで不安だ」
「でも……うう……」
裸のまま、肩を落としてうなだれる一騎はまるでしかられた子犬のような目をして総士を見る。その表情に思わず濡れた頭をなでてやりたくなる衝動に駆られてしまう総士だったが、むっと口元を引き締めて言った。
「そんな顔をしても無駄だ、一騎……しかし、近いうちにこの埋め合わせはさせてもらうから、今日のところは僕に従ってくれ」
「本当か?じゃあ約束だぞ!」
言質を与えられて表情を明るくした一騎を残して、総士は手早く身支度を整えると真壁家を後にした。冬の朝と言えどもすっかり空は明るくなっていて、一騎とのんびりと食事などしていればアルヴィスへの勤務に遅刻するところだった。
(怪我の功名だな。一騎には可哀想な事をしたが……)
さて、埋め合わせは何を用意すればいいのだろう?
あれやこれやと考えを巡らせていた総士だったが、一騎が最も喜ぶ事と言えば、たった一つしか思い浮かばなかった。
今度二人きりになれた時には、はぐらかしたりせずにずっと傍にいてやると言ってやろう。多分、それで一騎は十分に満足してくれる……気がするのだが。
(とりあえず、まずしなくてはならない事は……一騎と一緒のときに真壁指令と顔を合わせないように僕のシフトを組み直す事だな……)
平和なこの時分だ、そのくらいは何とかなるだろうと、総士は冷えた空気の中をアルヴィスへ向かって歩き出した。


おまけ
「おお、今朝はずいぶんと豪勢な朝食じゃないか、一騎」
食卓に着いた史彦が、目の前に居並ぶ普段の朝食とは違うその内容に目を丸くしながら言った。
食事の用意をしていた一騎はそんな父親をちらりと見てから、心底がっかりしたように大きなため息をつき、それからもそもそとした口調で愚痴をこぼした。
「……なんだよ、せっかく総士のために……」
「あ?なんだ、何かあったのか?」
「何でもないよ!ほら、さっさと食ってよ!」
父親と差し向かいに座った一騎は、むすっとした表情で箸を手に取ると手を合わせて食事を始める。
本来なら、自分の目の前には総士が座っていて、今朝は出汁巻き玉子がうまく焼けたとか、みそ汁の具は何が好き?だとか、そんな会話を交わしながら楽しく朝食を取る筈だったのだが、父が思いのほか早く帰宅してしまった所為で貴重な総士との二人きりの朝食の時間が消滅してしまったのだ。
総士は埋め合わせをしてくれると言っていたが、それがいつになるかまでは約束をしてもらっていない。けれど、総士の事だから、きっと呆れるくらいに真面目な顔をして自分のために手を尽くしてくれるに違いない。
そんな事を考えると、昨晩からの出来事やらも相まって、自然と表情が緩んでしまう一騎だったのだが……。
それまで無言で箸を動かしてい史彦が、ふと一騎を見て言った。
「一騎、あまり総士君に無理をさせるんじゃないぞ。風邪でも引かせたら大変だからな」
一騎が、飲みかけのみそ汁を盛大に父の顔に向かって吹き出したのは言うまでもなかった。

おわり