妹アルとフュリー曹長のお話。エロなし。これで完結です。

「兄さん、今日来て行く服、これどうかな?」
アルは兄の気持ちを知ってか知らずか、にこやかにそう言うと、洋服を身体に当ててエドワードの前に立った。
その服は薄いピンクのふわふわとした膝丈のワンピースで、アルがくるりと身体を回転させると一緒に綺麗な曲線を描いて裾が広がった。しかし、エドワードはそれを見て怒鳴り出した。
「ダメっ!そんな服はダメだ!誰かに覗かれでもしたらどうする!触って来るやつもいるかも知れないのに!」
エドワードの余りの怒り様にアルは目を丸くして、それからしぶしぶともう一着の用意していた服を手に取り、身体に押し当てた。
今度の服はシン国風の、襟がハイカラーのタイトミニのワンピースにスパッツを組み合わせたものだった。ワンピースは裾にスリットが入っていて、薄紫の生地に大きな花の刺繍が胸元に施されていた。
「この前リンが送ってくれたんだ。これならいいでしょう?」
「むー…まあ、いいか。よし許可する!」
アルはその服と、それに合う靴をバッグにつめると、もう出かける時間だからと玄関に向かった。すると、エドワードもその後を付いて来る。
「アル!今日の門限は?」
出掛け間際にエドワードがアルに尋ねる。
「午後10時までに家に送り届けてもらう事」
「そうだ。それから?」
「…お酒を飲んでる男の人には近づかない事…無理だってば。皆お酒を飲みたくて来てるんだから!…でも、できる限り、努力はしてみるけど」
兄の無茶な要求にアルは困りながらも約束をした。エドワードは自分の事が心配で堪らないのだ。恐らく、兄の事だからどこかから様子を伺っていたりしかねない。可能な限り約束は果たさないとフュリーにまで迷惑が掛かるかも知れなかった。
そしてようやく外出する事が出来たアルはバイト先に向かった。店に着いてから今日のバイトの時間を1時間延ばしてもらう。フュリーとの待ち合わせの時間が6時半なので4時上がりでは時間を持て余してしまう為だ。マネージャーは大喜びでそれを了解した。
「うちはもっと君に働いてもらっても構わないんだけどね。どうかな、フルタイムで?もちろん、待遇面もずっとよくしてあげるから」
仕事が終わって着替えの為にロッカーに向かうアルにマネージャーはそう言った。アルは家の事もしなくてはならないし、という事で断わると、マネージャーは至極残念そうな表情をした。
着替え終わって待ち合わせ場所に向かう。場所は今セントラルの女の子から絶大な人気を誇る雑貨屋の店先だった。ここならで色々と見て時間をつぶせるとアルが指定したのだ。そしてその通り、まだ時間までに30分以上あったので店内を見て回った。
それからしばらくして、アルはフュリーの姿を見つけた。仕事も無事終わったようで約束の時間より20分近く早かった。
「やあ、ごめんね。待った?」
「ううん。ここだと退屈しないから全然平気!」
フュリーは明るく答えるアルの顔を見て、彼女を今夜の集まりに連れて行く事が出来て本当に良かったとしみじみ感じていた。
アルは茶色のフードつきのコートを着て微笑んでいた。コートのフードや裾の部分には白いフワフワのファーが付いていてそのかわいらしい感じがアルに良く似合っている。大きな金色の瞳はもとより、高すぎず低すぎずの綺麗な形の鼻や、薄いピンク色の唇も街で見かけるどの少女よりも美しくフュリーには思えた。
そしてアルは恐らく自分の友人らにどんな風に言われてもうまく誤魔化して受け答え出来るだろう。見かけよりもその点が本当は一番大事で、アルのみではなく、彼女を連れ出す事を許可してくれたエドワードにも感謝の気持ちで一杯だった。
「じゃあ店に行こうか。ここから歩いて5分くらいなんだ」
フュリーはそう言って歩き出し、その隣に並んでアルもついていった。
「ねえ、今日来る人達って学校の友達だって言ってたけど」
「うん。高校時代のね。みんな仕事をし始めてばらばらだったんだけど、僕もセントラルに異動になって、他の奴もセントラルで何人か仕事をしてるからって、会おうって事になったんだよ」
「へぇ、いいな。じゃあ久しぶりに会えて嬉しいでしょ?」
「うーん、微妙だなぁ…僕ってこういう性格だから、学生の時もみんなの使いっ走りみたいになっててね…またからかわれたりするんじゃないかと内心ドキドキしてるんだ」
歩きながら話すフュリーはそう言って苦笑した。それでも、その表情はアルには心無しか明るく見える。
「大丈夫!ボクがフュリー曹長の事バカにする人がいたら怒っちゃうから!」
「アル君は頼もしいなぁ」
年下の少女に励まされて、フュリーは明るくそう言った。

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約束の店は、既に店内で多くの人々がにぎやかに飲食をしていた。出て来たウェイターにフュリーが待ち合わせである旨伝えると、ウェイターにこちらです、と案内された。
店の入口から少し進んで右手奥に張り出した形の小部屋があり、2人はそこに通された。大きな8人がけのテーブルには既に4人が席に着いていて、アルとフュリーの姿を見ると笑って手招きをした。
「なんだ、遅くなると思ってたら意外と早いじゃないか!」
4人の内の黒髪の青年がそう言うと、ウェイターを呼び寄せる。
「ケインはビールでいいよな?そっちの彼女は?」
「あ、まだお酒飲めないから…」
アルとフュリーでそう言いかけたが、黒髪の青年は全く聞いてないような素振りでにこやかに注文をウェイターに告げた。
「ここのカクテルは飲み易いので評判なんだぜ。カシスソーダでも注文しよう!」
それからアルとフュリーは席に着くと、フュリーがアルにその場にいる面々を紹介し始めた。
「今のがユージンで、その隣がヨナス、トッド、マッツだよ。あれ、ボリスはまだ着いてないの?」
フュリーがここにはいないらしい人物の名を上げて赤毛のマッツに尋ねた。
「ああ、ボリスは急に仕事が入ったってさ。新聞社に入ってようやく記事を任せてもらえるようになったって張り切ってたもんな」
マッツはそう言って彼の左隣に座っている金髪のトッドを見た。トッドがそれを受けて頷いて、それからフュリーに向かってこう言った。
「ところで、俺達の事ばかりじゃなくて、お前の彼女の事も紹介してくれよ!」
「そうだ!なんでお前ごときにそんなに美人で可愛くてスタイル抜群の女の子と知り合えたのか、全部白状しろ!」
堰を切ったように、他の3人も合唱する。
「わ、分かったよぉ。とりあえず乾杯してからでいいだろう?」
フュリーは赤くなってちょうど運ばれて来たドリンクを手に言った。
そうして、フュリーと4人の友人たちは再会を喜び、アルは拍手と共に歓迎された。アルは手にしたカクテルを一口啜る。ソーダの爽やかな喉越しに、初対面の人々に囲まれていささかのぼせ気味の頭がすっきりと気がした。
「こ、この子は彼女のお兄さんが軍で働いていて、それで知り合ったんだ」
フュリーにそう紹介されて、アルは男性陣に微笑みかけた。とたんにフュリー以外の全員から歓声が上がる。
「うぉぉぉぉっ!可愛過ぎるっ!」
「どど、どうしてこんな機械オタクなんかと付き合ってるんだい?」
「ケインなんかと別れて俺と付き合おう!」
軍司令部に出入りしていると自然に周囲は男性だらけで、こういう状況にも慣れているつもりだったアルだったが、こんな風に話題の中心になり囲まれて話をするのは初めてだった。普段一緒にいる兄のエドワードとは全く違う男達に少々引き気味になり、戸惑いながら彼らと話をした。
フュリーの友人達は、そんなアルの事はお構い無しに飲み物のおかわりはどうかだとか、料理は何がいいかなど聞き、大騒ぎだった。
そんな中、トッドが新聞記者を気取ってペンを片手に、アルに質問を始めたのだった。
「あー、ちょっとお伺いしますが、あなたはケイン・フュリーのどこに惹かれたのですか?」
「えっと…や、やさしいところかなぁ?」
アルはなんとか差し障りのない答えで返事をしようとしていた。トッドは質問を続け、それを止めに入ろうとしたフュリーはトッドの背後で他の3人に羽交い締めにされて拉致状態になっていた。
「ほうほう…他には?」
「そう…動物好きなところとか!よく軍で飼ってる犬のお散歩に一緒に行くんです」
「そうですか…で、知り合ったのはいつ?」
「…ご、5年くらい前…かなぁ?」
アルが東方司令部で初めて会った時の頃を思い浮かべてそう答えると、トッドがにやり、と笑ってまた尋ねた。
「…失礼ですけど、今のお年は…?」
「こ、今度17に…」
「ええっ!じゃあケインは君が子供だった頃から目をつけていた訳だ!こっこれは軍人にあるまじき行為ではないでしょうか?どーですか皆さんっ!」
そう言われて、視線が一斉に羽交い締めにされていたフュリーに注がれた。
「なっ…ちょっと待ってよ!ささ、最近だってば!」
必死にもがいて拉致状態から脱出したフュリーが涙目で抗議した。するとそれを見てトッドが大笑いした。
「悪い悪い!ちょっとした冗談だよ!そんなに気にするなよ」
その後は、男性陣はあおるようにして陽気に酒を飲んだ。アルは2杯程カクテルを飲んで酔いが回って来た気がしたのでウェイターから水を貰って飲んでいると、仲間の輪から抜け出して来たヨナスに声を掛けられた。
「やあ、大丈夫かい?」
「うん、ありがとう。こんな風にお酒を飲むのは初めてだから、ちょっとびっくりしちゃった」
アルは頬を染めてヨナスにそう言う。ヨナスがそんな彼女を見て微笑みながら言った。
「ねえ、君は…本当にケインと付き合ってるの?」
「え…も、もちろんっ!」
一瞬、今日の事が演技だということがばれたのかと驚きながらアルが返事をすると、ヨナスがくすくすと笑い始めた。
「いやぁ、ケインって見ての通りのあの性格だろ?機械には滅法強いけど女の子になんて話も出来ないのに、君みたいな可愛い彼女が出来たから驚いてるのさ。…実はね、この年になってまだ彼女も出来ないようなら、俺達で知ってる女の子を紹介してやろうって、相談していたんだよ」
初め、フュリーから話を聞いていた時、どんなにフュリーが友人達の間で肩身の狭い思いをしているのかと心配になっていたアルだったが、それは杞憂だった事を彼女は知った。
友人達はフュリーをからかいながらも、奥手の弟分に彼女が出来た事を素直に喜んでいた。そればかりか、もしこの場にアルが同席していなければ自分達の知り合いを紹介するつもりだったのだ。
「ケインの事、頼むね。頼り無くてしょうがないやつだけど、君も知っている通り優しくて、いいやつだから。俺達が保証するよ」
ヨナスにそう言われて、アルは胸が熱くなるのを感じた。こんなにいい人達の事を騙すのは忍びない。本当のことを言おうか言うまいか悩んでいると、いつの間にやら酔いの回ったフュリーと他の面々がアルとヨナスを取り囲んでいた。
「ほら、ケイン!付き合ってるんなら、キスぐらいしてみろよ〜!!」
やはり酔っているトッドがフュリーにけしかけるように言った。しかし、当のフュリーは相当酔っているらしく、ゆらゆらと頭をふりながらなにやらぶつぶつと呟くばかりだった。
「キスしろ〜!」
「そうだ、やっちまえ〜!!」
トッドとユージンがにぎやかに騒ぎ立てると、それに乗るかの様にマッツとヨナスも笑いながらアルをフュリーの隣に座らせた。
キース!キース!のシュプレヒコールが沸き上がる中、アルは戸惑い、そして意を決した様に叫んだ。
「もう!そんなに騒がないで!これでいい?」
そしてアルはフュリーの顔を手で引き寄せて、その唇に軽く触れた。兄やマスタング以外とキスするのはこれが初めてだ。ただ本当に触れただけで、これがキスなのかどうか疑わしいと思ったのだが。
「良かったな〜、ケイ…」
友人達がやんやの大喝采でフュリーの肩を叩いた。が、フュリーはそのまま真っ赤な顔でばたん!と倒れ込んでしまった。アルが悲鳴を上げ、友人達が驚いてフュリーを抱き起こす。その場はあっという間に別の意味で大騒ぎになってしまった。

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(なんだろ…やわらかくて…きもちいいなぁ…)
ぼんやりとフュリーは頬に触れる感触を楽しんでいた。どこか懐かしいこの感触は何だろうと必死に記憶の糸を辿ると、それは子供の頃に母に抱きついた時の感触にとても似ていた。
(そうか、おかあさんだ…あったかくて、やわらかくて、いい香りがして…って、なんで母さんがっ!)
ふと、自分が故郷の町にいるのではなく、友人達と飲んでいるのを思いだして慌てて目を開いた。自分の右手が細い膝頭を撫で回しているのに気がつき、うわああああ!と叫びながら身体を起こすと、今度は頭頂部がむにゅっと柔らかなものに当った。
「あー、よかったぁ!目が覚めたんだ!」
フュリーは窓際の、部屋の隅においてある長椅子に寝かされていた。それを心配したアルが膝枕をしながらずっと見ていたらしい。
「ぼく…どうして…?」
「フュリー曹長、酔って倒れちゃったんだよ。倒れた時にどこかぶつけたりしてない?大丈夫?」
アルが笑ってそう言う。フュリーがそういえば、と思い頭を撫でると一部分に瘤が出来ていて少し痛んだが、大した事もなさそうだったのでアルには大丈夫と笑って答えた。
「ねえ、友達みんな、曹長の心配してたよ…。飲ませ過ぎたって、さっきまで一生懸命看病してくれてた」
アルははにかんだように微笑んでそう言うと、その友人達の方に視線を遣って続ける。
「あのさ…ボク達のこと、本当に付き合ってるんじゃないって言った方がいいよ…だってあの人達、フュリー曹長に彼女がいないの、心配して紹介してあげようとさえしていたんだよ?だから、嘘つかない方がいいと思うんだ…」
アルのその言葉に、フュリーは言葉に詰まった。本当は分かっていたのだ。友人達がこの場を設けたのも自分の為だったのを。それをつまらない自分のプライドの為にアルを担ぎ出した。アルに迷惑を掛けた事にも胸が痛んだが、それ以上に友人達に嘘をついていた事が酒の勢いを増す原因になっていた。
「…そうだね。アル君の言う通り、後で本当の事を…」
その時。窓ガラスをものすごい勢いで叩く音がした。何事かとアルとフュリーが窓の方を見ると、この世のものと思えない形相で窓ガラスに顔をぴったりと押し付けて睨み付ける人物が…エドワードであった。
「兄さんっ!」
エドワードは窓越しに銀時計を見せるとそれを指し示した。どうやら時間の事を言っているらしい。フュリーが自分の腕時計を見ると10時5分前を差していた。
「わっ、僕が寝てる間にこんな時間になっちゃったから怒ってるよ!は、早く帰る支度を!」
それからまだにぎやかに酒を飲んでいたフュリーの友人達に謝りながら店を後にした。店の外に出ると早速エドワードが待ち構えていて鬼のような形相でフュリーを睨み付ける。
「そうちょ〜っ!遅いっ!」
「ごごごめんっ!」
また泣きそうな顔になったフュリーをかばうようにしてアルが兄を睨み付けた。
「時間には間に合いそうなんだからいいでしょ!それに何さ、なんで店の外にいる訳?もしかして、ボク達のことをずっとつけて来たの?」
可愛い妹に反論されると何も言えないエドワードは、そう大きくない身体を余計に縮こませて黙ってしまった。
そうして、アルはエドワードと共に帰路についた。フュリーには店に戻るようにアルが勧めた。
帰り道、エドワードがぼそぼそと話す。
「ごめん…やっぱり心配になって、居ても立ってもいられなかったんだ…店の名前はお前が電話で話してたのを聞いて知ってたから…」
すっかりしょげた兄を見て、アルが仕方ない、とでも言いたげに苦笑した。
「もういいから。さ、帰ったらなにか作ってあげる。どうせ、何も食べてないんでしょ?」
そしてアルは兄の手を握って引っ張った。

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数日後−エドワードが司令部に顔を出すと、フュリーが早速近づいて来た。
「エドワード君、この前は本当にありがとう!…あれから、友達みんなに本当の事を言ったんだ。皆、笑ってたよ。らしくない事、するなって…」
「そりゃよかった。もうあんな所にアルを連れて行きたくねーからなぁ」
エドワードも上機嫌で笑った。どうやらあの後アルと喧嘩もせずに済んだらしい。
エドワードはマスタングと2、3会話を交わして報告書を手渡すとまた上機嫌で帰って行った。その後姿を見て、フュリーは小さくそうだ、と声を上げた。
「あ…言いそびれた…でも、言わない方がいいのかな…」
フュリーはそう呟くと、また自分の仕事に戻っていった。

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その頃−アルは仕事場で途方に暮れていた。店に客としてフュリーの友人達4人が来ていたのだ。
「やあ、アルちゃん、俺達、君のファンクラブを作ったんだよ」
トッドがそう言うと、ユージンが続いた。
「フュリーと付き合ってないってんなら、遠慮する事もないと思ってね」
他の2人も合唱した。
「これからファンクラブのランチミーティングでこの店に来るからね、よろしく!」
エドワードとの事をいつ切り出そうかと、アルは思案していた…。

なんだかあっという間に思いついて書き上げたな〜。

一応、話の流れ的には「Wrong Heaven」シリーズの後です。ちなみに、書きそびれましたが、年令設定は兄18才、妹17才になるところ。「Wrong Heaven」の最初からだと兄17才になってしばらく、妹16才になったあたりってところか。あれ?合ってるかな?

んで、2人が旅を始めた頃はまだフュリー君は東方司令部にはいない、ということになってます(だから出会いが5年くらい前)。


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