◇◇◇ 2
「ば、ばっか、ガツガツすんなって」
ふと、そんな声が聞こえ、トライブエンブリオンのボス・銀髪のサーフは、アジトの廊下で足を止めた。
周囲のドアを見渡す。気配が感じられるのは、シャワールーム。
出入り自由の公共の場。
サーフはなんのためらいもなく、更衣室を抜け、浴室のドアを開けた。
冷たい空気が流れ込み、決していい普請とは言えぬタイルの壁に、湯気が立ち上る。
もわもわとした視界の真ん中に、人影がふたつ。
彼らと視線が噛み合った。
「ア。アニキ…ぃ」
ひとりはシエロ。
「…サーフ」
もうひとりは、ゲイル。
「なにしてんの?」
サーフは、ふたりに尋ねた。
だって、こんな風にもつれている人間を見たことなかったんだもの。
つまり。
シエロは滑り止めのウレタンマットの上に、仰向けに横たわって。
ゲイルは青髪の青年を組み敷き、大きく開かれた両足の間に、身体を割り込ませていた。
そして、もどかしく振られている、ふたりの腰。
なにしてんの?の問いに、なかなか返事がない。
気の長いサーフは、じっと答えを待つ。
おまけに、ふたりの目線に合わせようと、水に濡れない体勢でしゃがみこんだ。
「…き、キモチいい、こと」
ややあって返ってきたのは、シエロのそんな言葉。
合間に甘い鼻息が混じっている。
「キモチいいんだ」
ああ、それはそれは、とサーフは納得した。
シエロは大きくなったちんこを、ゲイルの腹になすりつけている。
サーフだって、ちんこを大きくしてこするとキモチいいことは、とうに知っていた。
もの忘れがひどく、かつ、もの覚えが悪いボスのように、トライブの構成員に扱われることはあるが、そんなことはないからね!と、こころの中で叫んでみた。当然誰も聴いちゃいないけど。
ひとりでこすってキモチいいなら、誰かとこすり合わせると、確かにもっとキモチいいかもね。
――で。
「ゲイルのちんこ、どこに行ったんだ」
シエロの近くに、見あたらない。
顔色ひとつ変えずに、次々と質問を繰り出す我がボス・サーフに、行為を中断させられたゲイルは、やはり表情を変えないまま、ひそかに困惑した。
腹の上の人が困っているのがアリアリとわかったシエロは、ぼうっとなった頭と切ない息のまま、返答する。
「俺の、なか、よ?」
けなげだなあ。シエロ。
「なになに?へえ?」と無粋にもふたりの股ぐらをのぞき込むボス。(いやだ。こんなボスいやだ)視認して、納得を深めた彼は、再びちんまりと彼らの横に座りこみ、そのまま観察を決め込んでしまった。
「気にせず、続けて」
気にせず、って言われても、気になるよなあ。ってシエロは思った。
ボスは、灰眼から銀の眼に変わっても、どこかピンぼけなところがある。戦闘はすばやくて、めっちゃ強いのに。だから、戦場と日常の行動のギャップのすごさに、戸惑うことが多い。
腹の上のゲイルは、ボスと、シエロの顔を見比べてから、ぼっそりと言った。
「…続けるぞ」
このままサーフの相手をしていては、いつまでも終われないと判断したのだろう。
シエロの尻に収めた自分の性器を、ゆっくりと出し入れし始めた。
「――う、わ、ああ…ん」
ずるりと引いて、一気に突くと、シエロから泣き声が漏れる。
「ひ、ううん」
「シエロ…」
名前が囁かれると、組み敷かれた彼は、びくりと震える。それを合図に動きを激しくしていくゲイル。
「や…っ、だ、だから、ガツガツすんなって言ってンだろ!」
「だめだ。シエロ。いい。すごく、いい」
うわあ、あの参謀が賞賛してる。手放しで!さすがのボスもちょっと驚く。
しかも、無表情のまま。言葉にしないと、そりゃ彼の気持ちは、相手に伝わらないだろう。
ただ、よく見れば、いつもの無表情とは、どこかちがう。
――恍惚、って言うのかな。
そして、シエロの表情も、少しずつ変わってきている。先ほどまでは明らかに、紛れ込んできたサーフに戸惑っていた様子だったのが、ゲイルとの行為の最中に、甘えるような視線を投げてくるようになった。
――気にしないでって、言ったのに。
じゃあ、と、サーフは、知りたいことを訊くことにした。
「痛くないの?そこ」
参謀のちんこ、めっちゃデカいんですけど。そして、すんごい奥まではいってるみたいなんですけど。これ見たら、誰だって同じ事きっと訊く。
「…きっついけどお、痛くない、よ。キモチいい」
「ちんこが?」
「ちんこもおしりも、キモチいいの…っ」
「おしり、キモチいいの?」
「うん。いいよ…」
「ゲイルの入るのと、入んないのとどっちがいい?」
「入ってるのが、いい」
なんだこの会話。
参謀は腰を揺らしながら、ふたりの台詞を検証した。
――言葉責め、と言うものだ。
しかも、相当、低レベルな。
「なんで、出すトコに入れようなんて思ったわけ?」
質問は、もうその辺にしといてくれないか、ボス。
ゲイルのクレームはのど元まで出かけたが、シエロがあまりにも締めつけるので、彼自身、気が遠くなってしまった。
――感じてるのか。
サーフとのやりとりで。
低レベルの会話、と断じておきながら、シエロの思いがけない反応に、微妙に気をもむ。
「ア、アニキ…っ」
「出すトコだろ?」
う、や、やめて欲しい。切実にゲイルは思う。でも、シエロの中がやたら気持ちがいい。腰が止まらん。
「だって、あちこち触ってきたんだよう。ゲイルが。おしりとか、耳のなかとか、口のなかも…」
「ゲイル?指で触ったの?それとも…」
サーフが視線を流しながら問いかけるのを
「――両方!」
皆まで言わせない。あ、またシエロが震えた。絞りこむように内部がうごめく。ゲイルの下半身にも、痺れが走った。なんか、もう、出そう。
「シエロ?くわえたの?その口で?ゲイルを?」
「…んっ」
シエロは目と口をぎゅっとつぐみながら、小さくうなずいている。
ゲイルは登りつめるのを我慢しながらも(!)、段々と居たたまれなくなってきた。
サーフはどういうつもりだろう。いつも、もっと柔らかな人格なのに。まるで虐めのような、この言動はなんだ。
あらら。参謀がいらだっている。それはサーフにもわかった。
でもシエロの眼は、こんなにうっとりしてる。
彼は、話したがってるんじゃないの?
ふたたびシエロが投げかけてくる視線を受けとめた。
ねだるばかりだったさっきの眼とは、ちがう。
――なんか、申し訳なさそうな?
「ねえ、アニキ」
患った人間のように嗄れた声で、シエロは呼んだ。
「俺、アニキのちんこ、くわえてあげよっか?」
「だめだシエロ」
即座にゲイルが、ふたりの会話に割って入る。
「うん。キモチは嬉しいけど。シエロ、俺のことは気にしないでいいから」
と、言いながら、それでもサーフは去ろうとしない。
サーフに断られたシエロは、何を思ったのか、自分の指をちゅうちゅう舐め始めた。
訳わからなくなってるんだ。いつもは、精神的には、誰よりも「男の子」なシエロなのに、こんな面があるとは驚きだ。あ、神経攻撃に弱かったもんな、シエロは。
参謀がそんなシエロの頭を両腕で包みこんで、囁いた。
「イキそうか」
「あああ、ん、もう、限界。イイ?今すぐ、イッてもイイ?」
「――待て」
語気強く制止する。
参謀は意を決したように、顔を上げ、彼らのボスの眼を真正面から見て、きっぱりと言い渡した。
「サーフ。いくらおまえでも、シエロのイキ顔は見せられない」
さいですか。
ダメと言われたことに是非と唱える性格ではなかったから、サーフは立ち上がり、その場に背を向けた。
少し斜めに傾いでいる浴室のドアを閉めた途端、背後の密室から、ひときわ高いシエロの叫びが上がった。
「あああ、ダメ!も、ダメだよ。ゲイル!俺、おれ…!あ、うーっ!」
サーフが廊下に出たら、目の前に構成員が3人いた。シエロの叫び声は、まだ聞こえている。だから、彼らがおかしな表情のまま、石のように固まり切っている原因は、当然この不穏な空気にあるんだった。
「ああ、大丈夫。不穏なわけじゃない。これからは日常茶飯事と割り切ってくれ」
こくこくとうなずく人たち。
そうそう。ここは穏便に、解散しような。
三々五々、散った。
サーフは作戦本部に入る。
肩をこきこき鳴らしながら、
仲良きことは美しきかな。
どこで覚えた文句だったかな、これは。
シエロの青い目がきらきらと嬉しそうだったので、いろいろ言葉をかけてみた。そして、応えるシエロのなんと可愛いこと。
要は、のろけたかったわけだ。シエロは。
参謀はやたら心配していたけど。
自分はそこに乗っかって、シエロの喜ぶようなこと、同時に自分の好奇心を満たすようなことを、尋ねただけだ。
おしりかー。
あんな方法があるんだ。
なるほどね。
でも。
サーフは勃たかなったのだ。
あのふたりを目の前にして、ほほえましく思いこそすれ、自分の肉体が昂ぶることはなかった。
「――ふかんしょう、って言ったかな。こういうの」
そう、呟いた時だった。
作戦本部に、ヒートが入ってきた。
赤い髪を振り、上目遣いでサーフを見、左手でマントを払って、大声をあげた。
「なんか廊下が騒がしいぞ。仮眠もとれねえじゃねえか。俺、文句言いに行くぞ」
「…見てきたから、大丈夫。もう収まるよ」
ヒートは、不審な顔。
寝が足りないせいか、いつもより目が座っている。
下唇が不満げに突き出された。
突きだした、唇。
意外にもぽってりとしたその唇が、少し開かれ、不満げな息を吐いた。
その時。
ほんの瞬間、覗いた、舌。
――ぞくりとした。
「ヒート」
「なんだ?」
ヒートの問いには答えず、サーフは銀色の睫毛をゆっくりと伏せ、色の淡い口元に微笑みを浮かべた。
「…け。おかしなヤツ」
ヒートは乱暴に椅子を引いて座った。
ボスは楽しくてたまらなかった。
――あの唇が、俺の中心に埋められたら。
あんな濃厚な行為を見た後なのに、今の些細な想像だけで、全身を多幸感が包んでいくのがわかった。
ヒートが。
ああ、そうなんだ。
『俺のツレ』は、ここに、いたんだ。
くすくすと笑い続けるサーフを、ヒートはただいぶかしげな眼で見ている。
今、ボスの頭ん中にいる自分が、いろいろいろいろ大変な扱いを受けて、もんのすごい姿になっちゃっていることには、ついぞ気づかずに。
◇◇◇ Chapter2 End