Novel

Dive:1〜柊が多すぎる〜

「これはひどい」
 秋葉原の惨状を見て、開口一番、トランは呟いた。

 紅い月の照らす中、街は人知れず戦場と化していたのだ。
 闇を液体に凝縮してぽたりぽたりと滴り落ちたそばから異形の魔物と化していき、秋葉原に集められた『ある者たち』を追い詰めては捕獲していく。
 対するその『ある者たち』は──皆どこか、雰囲気が似ていた。
「おい、あいつら、まさか……」
「さすがにこれだけ集まると、ぞっとしませんね」
「むしろ気持ち悪いぞ」
「うるさいですよ」
 口々に勝手な感想を述べるかつての仲間に半眼で呻くと、再び『そちら』を向く。どことなく雰囲気が彼と──トラン=セプターと似通った『ある者たち』の集団を。
 そう、彼らは全て、トラン=セプター──否、柊蓮司と同じ者たちであった。
 彼らを捕らえんと、紅い月から舞い降りてくる影が一つ。
「さぁーて、順調に集まってるみたいだし……柊狩りを始めるよ!」
 嘲笑と共に宣言が下される。空中に浮かぶのは、輝明学園の制服を纏った一人の少女の姿。だがその体から滲み出る漆黒の瘴気は、ただの少女のものではない。
「お、お前はっ!?」
 突如現れた少女に、トランが反応する。誰何の声を上げると、少女はさもつまらなさそうに彼を見下ろし──、次の瞬間、目を輝かせた。
「あれぇ? そんな所にいたんだぁ、エリンディルの柊蓮司! 探してもいないと思ったら、そっかぁ、ここに転生してたんだね〜」
「えっ!?」
 驚く反応を返す頃には、少女は恐るべきスピードで降下し、トランの眼前まで迫っていた。歓喜の表情でトランに向かって右手を振り下ろす!
「トランっ!」
 誰かの叫ぶ声が聞こえた。続いて、ぎぃん、という金属音。

「……へー、遺産で受け止めるなんてね、術士のくせに」
 少女の手刀を、トランは左手のアガートラームで受けていた。だが見た目に似合わず少女の細い腕の力は強い。このまま押し切られる前に、何とか対処法を考えなければ。
「誰、です、かっ」
 じりじりと押し戻しながら、トランはそう訊いた。意外なことに少女は目をぱちくりとさせて、引き下がる。
「そういえば、あんた達には自己紹介がまだだったね。あたしはメアリー=スー。腐食の魔王にして裏界の伯爵」
 片手を体の前で曲げ、恭しくお辞儀をする。その頭が再び上がりきる前に、『何か』が割り込んで入った。
「え?」
 メアリーの視線が揺らぎ──

「どぉぁあああああああああっ!?」
 悲鳴と共にもうもうと巻き起こる土煙。トランは腕で顔をガードしながら後ずさった。
 しばらくして煙が晴れる。
 トランがそろっとガードしていた腕を下ろし、割り込んできた何かを目を細めて見た。

 そこには、アスファルトをぶち破ってめり込んだのか、地面から突き出た二本の足があった。

「ひ、柊蓮司……」
 トランにはすぐ分かった。
「え? ソレがか?」
「何というかお約束というか……」
「うるせぇえええっ!?」
 わらわらと集まってくるクリス達に向かって喚きながら、地面から上半身を引き抜き立ち上がるその男はまさしく柊蓮司その人であった。
 アスファルトの損壊具合を見るに、かなりの高度から落下してきたと予測できるのだが、服がボロボロになっているくらいで彼自身にはたいした怪我などは見受けられない。これも月衣のなせる業であろうか。
 ともかく、いきなり天から降ってきた柊に向かい、トランは疑問を口にした。
「柊蓮司、あなたは宮殿で待機しろと言われているはずですが……」
 ロンギヌスのメンバーであるトランには、アンゼロットの思惑も伝えられていた。彼女が言うには、今回の件に柊蓮司を出してはならないらしいのだ。なのに何故、ここまでやって来たのだろうか。
 だがその問いに、柊は不服そうに眉を寄せるのみだった。
「……俺はあいつに従う義理はねぇよ。そもそも今回は任務でもねえしな」
 その言葉には、アンゼロットに対するマイナスの感情、というか彼女に対する不満が表れていた。嫌悪ではない。ただ、普段は無茶ばかり言って自分をこき使うアンゼロットが、何故今回に限って、という不満だ。
 それら全てを、ぶっきらぼうな一言に全部乗っけて、柊は後はもう何も言うことはないとばかりに月衣から魔剣を引き抜いた。
 その切っ先が向かうのは──もちろん、中空に浮いたままこちらのコントを楽しそうに見物していた、魔王メアリー=スー。
 トランはいまだ力を失ったままのクリス達を下がらせ、柊に続いた。本来ならばアンゼロットの命に従い、彼を保護、宮殿に送り返さねばならないところだが、そんなことを言っていられる状況ではない。
 おそらく宮殿のあちこちに仕掛けられていたのであろう下界へのシュートに引っ掛かって落ちてきたのだろうなというツッコミは置いておいて、アガートラームを構え魔装を確かめる。

 その時だった。

 目の前に、はらり、と黒い羽根が降りてくる。それが落ちてきた方へと視線を上げたその先には、宙に浮いたメアリーと対峙するかたちで光の槍を構える男の姿があった。
「……な、何ですかアレは」
 トランが呟くのも無視して、黒い翼の男はメアリーに槍を突きつける。

「俺は、第五世界エルフレアから来た、エンジェル・ヒイラギ!」
「……は?」
「な、何だ?」
 呆気に取られる二人をよそに、今度はどこからかしゅるしゅるぅ! と物凄い勢いで木の枝が伸びてきて、メアリーを襲った。少女魔王はあやまたず、枝の一つ一つを裏手で丁寧に捌いていき、最後に残った一本を腕に巻きつけてぐいっと引っ張った。
 その方向から声が響く。
「そして私は、第三世界エル=ネイシアから来た、柊ント!」

「ひ、ひいらぎんとぉぉぉぉぉっ!?」

 油の切れた人形のように首をぎぎぎっと動かし、柊は『それ』を見た。
 エンジェル、と名乗った方はまあいい。翼が黒いのが気になるが、確か『ダークシード』を埋め込まれた第五世界の人造天使はそういうものだと聞いたことがある。
 だがもう一方はどうか。
 茶色い平べったい円筒形のボディ、びっしりと生えた足だか根っこだかよく分からない足のようなもの。

 それはどう見ても、切り株だった。

「ちょっと待ってちょっと待てコノヤロウ……っ! なんで第三世界の俺は切り株なんだよっ!? もっとマシな奴はいなかったのかよ!」
「なっ、しょーがないでしょ! 本来なら、第三世界エル=ネイシアにおけるもともとの柊蓮司の同位体であるはずの神姫ユースディール=ウィートは、あたしが行った時にはもう死んじゃってたんだから!」
 焦った声で抗議する柊と、上空から弁解するメアリーの声を聞きながら、トランが溜息を吐く。
「……よく死にますね、並行世界のわたし……」
「だからこいつはてきとーに見繕ってきたのよ!」
「適当すぎるだろうがぁぁぁっ!?」
 柊はついに切れた。片足で勢い良く踏み切って、メアリーのいる上空まで跳躍する!
 そこまで跳べるのかよ、とツッコミを入れたい人もいるだろうが、ウィザードが常識にとらわれてはならない。跳べると思えば跳べるのだ。

 だが、柊の魔剣がメアリーに届くことはなかった。

「いたぞ! 柊蓮司だ!」
「捕まえろー!!」

「げっ!?」
 柊とメアリー、その他諸々の異世界の柊達を囲むように、箒に跨った仮面の男達がいつの間にか周囲に位置していた。
 ふと、トランが後ろに目を向けると、後退していたはずのクリスとエイプリルの周りにも同じような仮面をつけた男達がずらりと並んでいる。
「おい、トラン……」
「……ええいもう、何ですかこのカオスは! ナイトウィザードですよこれ!?」
 なんだか理不尽な怒りがこみ上げてきた。
「……とりあえず、その二人頼みますよっ!」
 要は、魔王を倒して柊蓮司を確保すればいいのだ。そうだ、周りに構っている場合ではない。トランは背後のロンギヌスに向かってそう叫ぶと、メアリーが浮かんでいるいまだ混迷を極める秋葉原上空へと左手を伸ばし、アガートラームに己の生命力を──

 しゅごおおおおおおおおおっ!

「……え?」
 その『轟音』は、またも両者の間に発したものであった。
 物凄く見たくないのだけれど、その巨大な物体は、勝手にトランの視界に入ってくる。そしてその中から、またもやどこかで聞いたような声でどこかで聞いたような台詞が流れ出てきた。

『俺は、第二世界エルス=ゴーラから来た、フェダーイン・ヒイラギ!』

 それは誰が見ても明らかに、はっきりきっぱりと、『巨大ロボット』であった。
 巨大ロボットは、周りにいる自らの並行存在(柊達のことだ)などお構い無しに、メアリーに向かって突撃する。背部スラスターが膨大な熱を発して光り、あたりにいたロンギヌスもろとも空間を薙ぎ払った。

「うわーもうだめだー!!」

「…………もうやだ、この仕事……」
 吹っ飛んで行く同僚達を背後に見て、アガートラームを己の胸にかき抱き、「そういえばジャンプしたっきりの柊どうなったかな」などと考えながら、トランはふるふると首を振った。

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あとがき。

なんというカオス……(自分で書いといて何を言うか)
ちなみに今回、おまけ特別編として柊×アンゼな解説コーナー(?)を設けました。
下からどうぞ。

教えて! アンゼロット様