戦況は混乱を極めていた。
いや、説明するだけなら単純だ。世界の全てを下げるデビル柊、それに力を送りこの世界と冥界とを繋ごうとしているクリーチャーホール。ターゲットはこの二点のみ。どちらも放置しておけば世界が滅ぶ代物である。だが現状、そのどちらにも有効な打撃を与えられないでいるのだ。
「くそっ! コイツ、無茶苦茶硬ぇ!?」
「オリジンよ……俺のもとへ来い……」
「誰が……行くかっ!」
鈍い金属音が唸る。先程からデビル柊にろくにダメージを通すことができずにいた。
クリーチャーホールが開くまでの時間稼ぎのつもりなのだろうか、デビル柊は積極的に攻撃を仕掛けてはこなかった。そのため、攻撃力はあるが防御力のない柊一人でも何とか押さえられている状況なのだ。
非常にもどかしい攻防。
一方のローゼスも、クリーチャーホールへ向かってはいいが閉じ方も分からず、そこから溢れ出る瘴気と下級の冥魔たちを切り払うことしかできないでいる。
その二つを見比べて、トランは一考した。
デビル柊とクリーチャーホールはリンクしている。デビル柊だけを倒しても、開いた穴からパワーを送られてまたすぐに写し身が復活するだろう。
逆に穴だけ塞いだとしても、今そこに存在するデビル柊の力により、また新たな穴が開くだけだ。
ならば同時に対処するしかない。今開きかけているクリーチャーホールを強引に塞いで、その間にデビル柊を倒す、というのが、おそらく自分が今取れる最も手っ取り早い方法。
トランはクリーチャーホールへと近づいていった。
「みなさん、わたしが合図したらデビル柊の方へ行ってください! 一度だけ……わたしに方法があります」
静かに告げる。トランは今、ひどく冷静な気持ちだった。
「ほ、方法っ?」
伸ばされた黒く蠢く触手を切り捨て、ノエルが叫ぶように問う。その隙を突いて、少女に新たな冥魔が迫るのを、クリスの盾が弾いた。それに合わせてトランが防御魔法をかけ、すかさずエイプリルが弾かれた冥魔を屠る。その流れるような連携は、かつての『彼ら』の戦い方と全く変わっていない。
僅かに攻撃の手が緩んだ瞬間を狙って、トランは短く説明を始めた。
「デビル柊の力の源は、この開きつつあるクリーチャーホールと、おそらく捕らえられている並行世界の柊たちです。わたしがこの穴を一時的に塞ぎます。その間に、彼と協力してデビル柊を倒してください」
「で、でも、それじゃトランさんは……」
「……何秒だ?」
心配そうに反論するノエルを遮って、クリスが聞いた。トランは出来ないことを出来るとは言わない。だから覚悟を決めた。
トランはやはり冷静なまま答える。
「10秒(カウント)。それだけ稼いでください」
「分かった」
あちらの戦闘状況を見るに、柊は相手にほとんどダメージを与えられていないようだ。
何かよほどの防御結界のようなものを持っているのだろう。
──奇しくも、彼らの真の最終決戦の相手と同じ。
だが、あの時と違う点が、ふたつある。
薔薇の武具でなければ砕けぬ四重の結界を張った神の竜。世界律に縛られた結界を持った粛清装置。それらは絶対の力だった。だが、デビル柊の防御結界にはそれがない。ただのバリアに過ぎない。
そしてもうひとつは……
「うおおおおおおっ! まだだ! 俺の命を喰らえっ!!」
もうひとつは、新しい仲間の存在。なりゆきで共に戦っているだけのはずなのに、そばにいるとなんとなくほっとして、とても心強くて。同型機や量産型、といったものとも違う、まるで自分が二人いるかのような錯覚すらおぼえる。
デビル柊と切り結ぶ柊の体を包む淡いプラーナの光。文字通り生命力を削り攻撃力に変換しているのか、その光は次第に弱くなっていく。
10秒経った。再び彼が魔剣を振り上げたのと同時、トランは叫ぶ。
「さあ、早く彼のもとへ!」
それを合図に、三人はタイミングを合わせて一斉にクリーチャーホールから飛び退いた。後に残るのは、既に『準備』を終えたトランが一人。
仲間たちが柊のもとへ駆けつけるのを確認すらせず、まっすぐと瘴気の噴き出す穴を見据える。
「さて……行きましょうか」
そう言って、籠手を嵌めた左腕を突き出した。
この腕は砲身。全身の魔力とプラーナと、そして生命力そのものすら吸い込んで破壊のための力へと変換していくのが分かる。
「……アガートラーム、起動」
この手のひらは砲口。かつては銃口が『しゃこっ』などとお茶目な攻撃方法を持っていたような気もするが、今のこの手のひらは魔力を収束し、狙いを定めるためにのみ存在する。
そしてこの身は──……
「《スターフォール……」
──この身は、異世界への、扉。
「……ダウン》っ!!」
詠唱が終わると同時に、上空から巨大な隕石が降ってくる!
これがトランの『とっておき』だ。おそらく戻って十分に回復を取らなければ、同じものは撃てないだろう。あらゆる並行世界から力を引き出す、第八世界に転生したトランにしか使えない、それは世界を開き、世界を繋ぐ力。
無数の巨大隕石は思ったとおり、クリーチャーホールを塞いでいく。一時的なものかもしれないが、この隙にデビル柊を倒せれば、もっとちゃんと塞げるはずだ。あとはあの四人に全てを託し──
「…………え?」
直後、トランは背後でガラスの割れるような音を聞いた。そしてよく知る気配。それもたくさんの……自分と似た気配が、背後からやって来る。
「わたしを置いてクライマックスを終えるなど、理不尽だ」
「あ、あなたは……」
穴を塞いでは瘴気に焼かれる隕石。それらが一瞬にして凍りつき、再び冥界の侵攻を防いでいた。トランが横を向くと、輝明学園の制服に身を包んだ、自分とよく似た雰囲気の男が涼しい顔をして立っている。
「言っておくが、わたしだけではないぞ」
レントがそう言った瞬間、二人に向かって瘴気の触手が伸びてくる。トランは一瞬身構えたが、レントの方は微動だにしない。視線を向けることすらせず、余裕をうかがわせている。
それもそのはず。両者の間に割って入る影があったのだ。
「よく分かんねえが、こいつらを倒せば元の世界に戻れるんだなっ!?」
双剣が閃き、冥魔の攻撃を防いでいた。二人の前に入り込んできたのは、いくつもの傷跡の残る赤銅の髪の剣士。
もちろん彼だけではない。それはデビル柊に向かった他のメンバーの方でも。
「蓮司くんばっかりにいい格好はさせないよ!」
柊そっくりの顔を持つ男装麗人が光のサーベルでデビル柊に斬り付け。
「ハ、この程度物の数にも入らねえな。全部あたし一人で掃除してやるよ! かかって来な、イカレ○○野郎っ!」
アーミージャケットを着込んだ年端もいかぬ少女が、子供が口にするべきでない罵倒の言葉とともに、既に這い出た冥魔たちに容赦ない銃弾の洗礼を叩き込む。
柊も、トランも。もちろんレントたち捕まっていた者も。
なぜだか不思議な力が体を満たしていくのが分かった。
並行世界から力を引き出すトランの『とっておき』が、まだ続いているような感覚。集まったみんなの力だ、とトランは悟った。
「世界を開く必要は無かったようです。ここに、全てのわたしがいる」
言葉に出すことではっきりと認識できる。なんと心強いのだろう。さらにアガートラームの出力を上げる。
「そうだ、分かるぞっ! あらゆる世界の俺が集まった今、あらゆる世界の『相棒』を引き寄せることだって……!」
同じように柊も、魔剣を天高く掲げた。刀身に刻まれたルーン文字が光り、そこから膨大なプラーナが噴出する!
「来ぉいっ!!」
柊の叫びと同時。
虚空を突き破り無数の剣が出現した。
「はぁあああああああああああっ!!」
気合を込めて、柊が魔剣を振り下ろす。それを合図にして、出現した無数の剣は、雨のようにデビル柊に向かって降り注ぐ。
それは一本一本が彼の魔剣と同等の力を持つ、並行並列なる世界より召喚した、《三千世界の剣》たち。
剣はフロア全体に滲み出ていた冥魔たちを、容赦なく突き刺していく。だがそれだけでは終わらなかった。
「え……うそ、これは……っ」
目の前の床に突き刺さった一振りの剣を見て、ノエルは驚愕した。
それは、世界を越えた再会。
「カラドボルグ……!?」
かつての愛剣。神竜の封印。
主がおのれを抜き放つのを待つかのように床に深々と突き立てられて。
薔薇の巫女にまつわる魔剣、カラドボルグが、そこにあった。
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あとがき。
副題:輝明学園地下大決戦・クリーチャーホールVS王子PC軍団!(笑)いや、ウソです。イリアかわいいよイリア!
それにしてもやっぱりローゼスの他のメンバーが相変わらず空気でスイマセン……
でも、次はノエルのターンです、たぶん。だってそのために呼んだんですもの、カラドボルグ。
そして恒例、おまけです。
教えて! アンゼロット様