Novel



 運命の三分間が過ぎた。

 敵の中央部は未だ爆発のせいで何も見えない。
 だが、戦いには勝ったというのだけは分かった。その証拠に、集められた各世界の柊たちが次々と光となって元の世界へと帰っていく。

 双剣を構えた、赤銅の髪と琥珀の瞳を持つ騎士の柊が。
 銀髪に二挺拳銃、ネフィリム仕込みの小さな女王の柊が。
 小脇にトランクを抱えた英国紳士のジジイな柊が。
 仮面をつけてびくびくした、神曲楽士の柊が。
 腕に緑色のバンダナを巻いた、ラース=フェリアの美少女メイジな柊が。

 その他もろもろ、三千世界のありとあらゆる柊たちが、帰っていく。デビル柊の消滅により、この世界に繋ぎとめられていた楔が解かれたのだ。

 だけど、その場に残されたローゼスの残る三人と、そして新たな生を得た魔術師は、未だその場を去ることはできなかった。
「ノエル……柊」
 呟いても、答えは無い。帰還を信じてはいた。ノエルならきっと大丈夫だろうし、柊だってあれで幾多の危機を乗り越えてきたウィザードだ。

 待っている間が長い長い時間に思えた。先程の、世界の命運を賭けた三分間よりも、ずっと長い一瞬。

 その一瞬が終わろうとしている。
 爆発による煙は少しずつだが晴れ、そこに四人は淡いローズ色の光と、神聖な水色の光が合わさって道を作るかのように『彼ら』の間を照らした。

 人影は最初はひとつに見えた。長身の男の体つき。戻ってきたのは柊だけなのかと一瞬勘違いしそうになったが、そうではなかった。
 柊の肩には、大剣を握った華奢な少女の腕。気を失ったノエルを、柊が担いでいるのだ。
 あの爆発の中心にいたはずのノエルには、目立った傷も無かった。彼女を覆っていた水色の光──<水>属性のプラーナからもたらされた蘇生の力のおかげだ。誰の仕業なのか、言わずとも分かる。あの女、ただ横暴なだけではないのだ。
「へっ……見たかアンゼロット、このクソッタレ……俺もノエルも、この通り無事だっつの……!」
 言わずとも分かるというのに、どうしても彼女に言い返さないと気が済まないらしい。光が消え去るころ、意識を取り戻したノエルをゆっくりと肩から下ろし、そこで初めて、二人は安堵の笑みを浮かべた。

 事件は終わった。それはファー・ジ・アースの人間にとっては、束の間の休息でしかない。だが、今回は、そして彼らフォア・ローゼスにとっては違う。

 別れの時が、近づいていた。

 そして──

Climax:5〜秘密侯爵の帰還〜 -Master Scene-

 ──裏界

 写し身を滅ぼされたメアリーのその本体は、自分の隠れ家の一つであるその場所へとやって来ていた。だが、そこには既に先客がいた。
「ここに来れば会えることは分かっていました、メアリー」
「り、リオン=グンタ!? どうしてここが……」
 鬱蒼とした黒髪を垂らし、両手には巨大な古びた本。手提袋に各駅の名物やお土産をさげ、そして背中にはリュックサックを背負い、そこから列車模型を走らせるための組み立て式レールが二本、まるでビームサーベルのようにはみ出ている。
 秘密侯爵リオン=グンタ。この世の全ての秘密を知るという魔王。
 彼女はつい今しがた、ローカル線ぶらり旅を終えて裏界へと舞い戻ってきていたのだ。
「あなたが写し身を使い、表界に張られた世界結界を下げようとしていることは知っていました……そしてそれが失敗し、今は力を大きくそがれていることも……そう、冥魔としての力を制御できなくなるくらいに」
「な、何よ……それでも、まだ人間の女たちから蓄えたプラーナが……っ!」
「もちろん、あなたの集めたプラーナの源が、ある特定の人間の女が爆発的に発生させる『萌え』……それも『腐』とか『ぼーいずらぶ』とか呼ぶ類のものだということも知っています。もちろん、その力への対処方法も……」
「えっ……?」
 うろたえるメアリーをよそに、リオンは抱えた古書をぱらぱらとめくってみせる。まるでお前の秘密などお見通しだとでも言うように。最初から全て分かっていたとでも言うように。
 そして静かに、か細い声で何事かを読み上げ始めた。
「……何れの御時にか、女御、更衣数多侍ひ給ひける中に……」
「そ、それは……1000年前に式部と一緒に作った同人誌……っ!?」
 さっとメアリーの顔が真っ赤に染まる。だがリオンはやめなかった。
「魔王アスモデート様がヒルコの使い手をまた転生させるらしい。紅き月の巫女と惹かれあうのを止めるためにどうすればいいか悩んでいたようなので、『アスモデート様に惚れるようにしておけばいい』とアドバイスしたらたいそう喜んでくれた……」
「い、いやぁぁぁぁっ! あたしの日記ぃぃぃぃぃっ!?」
 思わず頭を抱え、足をジタバタさせながらメアリーは地面に転がってのた打ち回る。だがそれでもやはりリオンはやめない。
「エターナルフォースブリザード、相手は死ぬ」
「って、ちょ、それはあたしじゃない!!」

 思わずメアリーが起き上がってツッコミを入れた時だった。

「!!」
 目の前のリオンの姿が掻き消える。直後、メアリーはすぐ背中に気配を感じたが、彼女には振り返ることすら許されなかった。短く、崩壊の言葉が告げられる。
「《ヴァニティ・ワールド》」
「しまっ……」
「冥魔王メアリー=スー、冥魔の世界へと還りなさい」
 リオンが呟くと同時、巨大な虚無の力に押し潰されメアリーはその存在ごと裏界より消失した。

「ふぅ……」
 嘆息する。
 これで本の通りになった。

 『今回は私一人で十分です』

 この事件を報告した時点でベルにああ言っておけば、彼女は必ず表立って行動する。そうすることで、表界が破壊されるのは防げる。
 あとは、裏界に帰ってきたメアリー=スーを最小限の力で倒せば、リオンの一人勝ちだ。ウィザード陣営に睨まれることもなく、写し身を滅ぼされることもなく、もちろんぽんこつな彼女のようにレベルを下げられることもなく。
 至極、効率的にメアリーを葬ることができたわけだ。それまでの暇な時間は趣味の鉄道巡りに費やせばいい。
 背後に降り立つおかんむりの大魔王の気配を背に、リオンは微笑を漏らして振り返った。

「お帰りなさい、ベル。これはお土産の、搾りたて生乳を使用したミルクキャンディーです。ご当地きくたけ人形もありますよ」
「あ、どうも……じゃなくてっ! ちょっとリオン……あんた、メアリーが冥界の力を得て柊力を制御してるってこと知ってたでしょ! おかげでしなくていい苦労しちゃったじゃないの」
「あら……私は言いましたよ。今回の事件は、大魔王ベルが手を出すまでもない、と……」
「あたしが言いたいのはそこじゃないっ! 何でその理由まで言わなかったのかってことよ! ええ!? だいたい、「一人で十分」だとか言ってたくせに今までどこほっつき歩いてたのよ!? あんたいつまで経っても出てこないしっ!」
 物凄い剣幕のベル。並の魔王ならば、その怒気だけで消滅してしまいそうになるほどのすさまじさだが、リオンは穏やかな笑みを浮かべたまま、本を閉じた。
「だって……聞かれなかったし」

「っかーーーもーーー!!」

 裏界の荒野に、大魔王(属性:ぽんこつ)の絶叫が響き渡った。

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あとがき。

やったぜ柚姉…もとい、リオン様! クライマックスの一番いいところをジャックしやがった!(笑)
リオンが中盤ブラブラしてたのはこれの伏線だったのですね。……いや、何つーか、スイマセン。
次からエンディングフェイズに入ります。

そしておまけ。

教えて! アンゼロット様