──裏界
写し身を滅ぼされたメアリーのその本体は、自分の隠れ家の一つであるその場所へとやって来ていた。だが、そこには既に先客がいた。
「ここに来れば会えることは分かっていました、メアリー」
「り、リオン=グンタ!? どうしてここが……」
鬱蒼とした黒髪を垂らし、両手には巨大な古びた本。手提袋に各駅の名物やお土産をさげ、そして背中にはリュックサックを背負い、そこから列車模型を走らせるための組み立て式レールが二本、まるでビームサーベルのようにはみ出ている。
秘密侯爵リオン=グンタ。この世の全ての秘密を知るという魔王。
彼女はつい今しがた、ローカル線ぶらり旅を終えて裏界へと舞い戻ってきていたのだ。
「あなたが写し身を使い、表界に張られた世界結界を下げようとしていることは知っていました……そしてそれが失敗し、今は力を大きくそがれていることも……そう、冥魔としての力を制御できなくなるくらいに」
「な、何よ……それでも、まだ人間の女たちから蓄えたプラーナが……っ!」
「もちろん、あなたの集めたプラーナの源が、ある特定の人間の女が爆発的に発生させる『萌え』……それも『腐』とか『ぼーいずらぶ』とか呼ぶ類のものだということも知っています。もちろん、その力への対処方法も……」
「えっ……?」
うろたえるメアリーをよそに、リオンは抱えた古書をぱらぱらとめくってみせる。まるでお前の秘密などお見通しだとでも言うように。最初から全て分かっていたとでも言うように。
そして静かに、か細い声で何事かを読み上げ始めた。
「……何れの御時にか、女御、更衣数多侍ひ給ひける中に……」
「そ、それは……1000年前に式部と一緒に作った同人誌……っ!?」
さっとメアリーの顔が真っ赤に染まる。だがリオンはやめなかった。
「魔王アスモデート様がヒルコの使い手をまた転生させるらしい。紅き月の巫女と惹かれあうのを止めるためにどうすればいいか悩んでいたようなので、『アスモデート様に惚れるようにしておけばいい』とアドバイスしたらたいそう喜んでくれた……」
「い、いやぁぁぁぁっ! あたしの日記ぃぃぃぃぃっ!?」
思わず頭を抱え、足をジタバタさせながらメアリーは地面に転がってのた打ち回る。だがそれでもやはりリオンはやめない。
「エターナルフォースブリザード、相手は死ぬ」
「って、ちょ、それはあたしじゃない!!」
思わずメアリーが起き上がってツッコミを入れた時だった。
「!!」
目の前のリオンの姿が掻き消える。直後、メアリーはすぐ背中に気配を感じたが、彼女には振り返ることすら許されなかった。短く、崩壊の言葉が告げられる。
「《ヴァニティ・ワールド》」
「しまっ……」
「冥魔王メアリー=スー、冥魔の世界へと還りなさい」
リオンが呟くと同時、巨大な虚無の力に押し潰されメアリーはその存在ごと裏界より消失した。
「ふぅ……」
嘆息する。
これで本の通りになった。
『今回は私一人で十分です』
この事件を報告した時点でベルにああ言っておけば、彼女は必ず表立って行動する。そうすることで、表界が破壊されるのは防げる。
あとは、裏界に帰ってきたメアリー=スーを最小限の力で倒せば、リオンの一人勝ちだ。ウィザード陣営に睨まれることもなく、写し身を滅ぼされることもなく、もちろんぽんこつな彼女のようにレベルを下げられることもなく。
至極、効率的にメアリーを葬ることができたわけだ。それまでの暇な時間は趣味の鉄道巡りに費やせばいい。
背後に降り立つおかんむりの大魔王の気配を背に、リオンは微笑を漏らして振り返った。
「お帰りなさい、ベル。これはお土産の、搾りたて生乳を使用したミルクキャンディーです。ご当地きくたけ人形もありますよ」
「あ、どうも……じゃなくてっ! ちょっとリオン……あんた、メアリーが冥界の力を得て柊力を制御してるってこと知ってたでしょ! おかげでしなくていい苦労しちゃったじゃないの」
「あら……私は言いましたよ。今回の事件は、大魔王ベルが手を出すまでもない、と……」
「あたしが言いたいのはそこじゃないっ! 何でその理由まで言わなかったのかってことよ! ええ!? だいたい、「一人で十分」だとか言ってたくせに今までどこほっつき歩いてたのよ!? あんたいつまで経っても出てこないしっ!」
物凄い剣幕のベル。並の魔王ならば、その怒気だけで消滅してしまいそうになるほどのすさまじさだが、リオンは穏やかな笑みを浮かべたまま、本を閉じた。
「だって……聞かれなかったし」
「っかーーーもーーー!!」
裏界の荒野に、大魔王(属性:ぽんこつ)の絶叫が響き渡った。
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あとがき。
やったぜ柚姉…もとい、リオン様! クライマックスの一番いいところをジャックしやがった!(笑)
リオンが中盤ブラブラしてたのはこれの伏線だったのですね。……いや、何つーか、スイマセン。
次からエンディングフェイズに入ります。
そしておまけ。
教えて! アンゼロット様