「──というわけです。みなさん、種子の持つ力を解放すれば、エリンディルの世界律に縛られない、『平行世界の自分』の力を扱えます」
響き渡るトランの声。確かなる宣言を『粛清』に向かい言い放つと、全員で──五人で、彼に対する。
既に種子を解放したノエルは、少しだけ下がって、剣を構え。種子を持たないトランはその横に飄々とした様子で立っている。
そして残る三人が、その手に残る種子を。
「──《ガイア》」
解放した。
『く……だが、ただ手段が見付かっただけに過ぎない……お前たちが……《結界》を破壊する前に……倒してしまえばっ!』
「そう上手くいくか」
呟き、まず動いたのはエイプリル。
前に突き出した片手には、いつもの魔導銃ではなく、小さな欠片。それが光を放つと、機械的なシルエットと不思議な文様を持つ巨大な剣へと変貌していた。
「……ブルー・アース」
力ある言葉。エイプリルがそれを引き出すと、剣は青く光りだす。
『がっ……!』
次の瞬間、赤と青の閃光が、『粛清』を薙いだ。彼が呻き声を上げるのとほぼ同時。
古代の遺産の力をその身に受けて、『粛清』はその身を大きく吹き飛ばされた。
何とか踏みとどまり、憎しみのこもった形相でエイプリルを睨みつける。だがその時には既に、彼女の姿は視界から消えていた。
そして彼の周りに、無数の氷の柱が立った。
『お得意の《ウォータースピア》か? それでは……』
僅かに口端を上げ、術者を見遣る。レントは杖を持たぬ左手を掲げて涼しげに立っていた。種子を解放し、左手が光に包まれると同時に氷が『粛清』めがけてせり上がってくる。
エリンディルに世界律に縛られた精霊魔術では奴の《結界》を突破することは出来ない。『粛清』の表情が僅かに緩む。だがレントは表情を変えず、
「……そこは既に俺の"領域"の中心だ」
言うと同時に、氷が『粛清』を飲み込んだ。
『な……に、何故だっ……』
「残念だったな」
勝ち誇ってレントが言う。他の一行は彼の口調が少しだけ変わっていることに気付いた。レントは口元に皮肉げな笑みを浮かべていた。
「そいつは魔術じゃねえ……『レネゲイドの神秘』って奴だな」
そう説明する言葉にも、普段の彼とは少し違った、ひねくれた少年のような響きがある。
それだけ言って、レントは一歩後ろへ下がった。
身を引くと同時に、影から躍り出る人影がひとつ。
「ぉぉぉおおおおおおっ!!」
『!!』
金の髪と青の法衣を持った影は、両手に剣を一本ずつ持ち『粛清』に飛び掛った。あまりの猛攻に反応できない。
一つに束ねられた剣は、傍から見ればまるで一本のようにも見える。『粛清』は驚きの声を上げたが、確認する間もなく一太刀が浴びせられる。影──クリスの持つ剣は、愛用している風の精の力の込められたものではなく、柄の部分に青い宝石がはめ込まれた直刀。
ローブを易々と切り裂き、太刀筋からはとても想像がつかないほどの破壊力を秘めて《結界》ごと斬り伏せていく。
その力はクリス一人で出せるものではなかった。斬り付ける瞬間、柄の宝石が青く輝き、彼に力を与えていたのだ。
「これで……どうだっ!!」
息をついて、クリスは剣を振りぬいた。手応えはあった。交差して着地するとすぐさま後方の『粛清』を振り向く。
果たして彼はそこに立っていた。
「……っ!」
何より驚いたのは後ろで立っていたトランだった。彼の計算ではクリスのあの力をもってすれば《結界》は破れるとふんでいたのだ。だが、いまだ《結界》は健在だ。
少しだけ、彼には届かない。
『その力……もしやと思ったが、耐え切った! これでもはや貴様らに策はあるまいっ!』
咆哮のようにも聞こえる『粛清』の叫び。トランは自分が唇を噛んでいることに気がついた。確かに、全ての《ガイア》を使い果たした。もう切れる札は無い──……
「いや、まだだっ!」
「えっ……?」
『その輝き、まさかっ……』
愕然とするトランの耳に届いたのは、クリスの声だった。自然とそちらに視線が行く。確かに彼の剣は、既に『粛清』に対して力を使ったにもかかわらず、その力を、輝きを失ってはいない。
「最後の《ガイア》は……ここにある」
クリスは意識を柄に嵌められた宝石に集中させた。そして宝石は、三度目の光を放つ。
『そ、その力……その力はやはり種子……いや、『シャード』かっ!?』
『粛清』が焦りの声を発した。だが光は止まらない。
「トランっ!」
「!」
クリスはトランに向けて剣を振りかぶる。既に光がおさまりかけ、剣ごと消えようとしていた。だが、かまわずクリスは剣を投げた。
「受け取れぇっ!!」
そこに込められた力を、トランは感じ取った。クリスの引き出した力の中に、確かに《ガイア》は存在した。その力で、トランの平行なる存在を引き出したのだ、と。
トランは手を伸ばした。剣は彼が手に取る直前に消える。だがそれでも、トランの手の中に、ずしりとした確かな感触があった。
静かに、その感触を引き抜く。トランの目の前の空間が裂け、先程のものとは別の剣が『月衣』より姿を現した。
「なるほど。これがわたしの平行なる力……」
柄を握り締める感触と同時に、その力の使い方も伝わってくる。不思議なほどしっくりと手におさまり、それはまるで自分の腕の延長のように感じられた。彼が手にしたのは──……
「神殺しの魔剣、ですか」
穏やかな声だった。剣を扱うものの気合の込め方ではない。しかし魔術師であるはずの彼の体は今、歴戦の勇士にも勝る強靭さが備わっていた。
「これで正真正銘最後です。《結界》を……砕く!」
そして赤茶のローブが風に舞った。
「うおおおおっ!」
『……っ!』
戦闘中に彼がこんな叫び声を上げるのを見たことはなかった。だが今の彼はトランであってトランでない。その動きは魔術師のものではなく戦士のものだ。
トランの全身から、輝くオーラが立ち上る。先程エイプリルが瞬間見せたものと同じそれは、確かな力となって手の魔剣へと注がれていった。
クロスレンジ。
跳躍の勢いで、特徴的なとんがり帽子が吹き飛んだ。
風を切り裂く音がおさまった時、ノエルたちの視界に入ってきたのは、肩で息をしながら『粛清』に魔剣を突き立てる、トランの姿。
「《結界》が……!」
「はぁっ……はぁ……破り、ました、よ……」
『お、のれ……っ!』
目には見えないが、今確かに《世界律の結界》は破られた。『粛清』が焦るのが分かる。かまわずトランは振り向いた。
「ノエル、今です! 長くはもちません、結界が再生する前に……!」
「は、はいっ!」
『そうは……させるか……!』
《結界》が破れたことにより、ノエルの攻撃が『粛清』に通用するようになったのだ。おそらくはこの一撃で、全てが決まる。
(チャンスは一回……これで倒せなかったら、結界が再生してしまう……)
ノエルは意識を集中させた。全てを次の一撃に賭ける。
その僅かな時間の差で、トランに宿っていた戦士としての力は使い果たされ、彼は元の魔術師の体に戻っていた。それは、体力も。
魔剣を握っていた手が外れる。同時に、『粛清』が吠えた。
『こんなもので……わたしの千年が終わっていいはずがない……わたしの城がぁァァァァァ!』
「ぐぅっ!?」
彼の体から魔力が吹き上がる。脆弱な魔術師の体を吹き飛ばすにはそれだけで十分だった。糸の切れた人形のごとく手足をだらりと伸ばして、トランは壁に激突した。
「トランさんっ……!」
ノエルの足が一瞬止まる。だが彼は答えない。
そして今は、奴を倒すしかない。世界を消失へと誘う、狂ったシステムを。
真正面に『粛清』を見据え、ノエルの体が宙に舞った。
「ええい……っ!」
『小娘の一太刀ごときっ!』
『粛清』は同じく正面から、ノエルの剣を防ごうと手を伸ばした。たとえ《結界》が無くとも、ノエルの攻撃がエリンディルの世界律に属するものならば、こちらも同じエリンディルの世界律を使って防御すればいいのだ。
両者の間に、蜘蛛をかたどった紋章が浮かび上がる。
「あっ!?」
ノエルの表情に焦りの色が浮かぶ。だが、一度振り下ろした剣をおさめることは出来ない。
自分の剣と、『粛清』の魔術と。純粋な力の勝負に賭けるしかない。
そう覚悟した時。
「……させません」
『何ぃっ!?』
苦しげに呻く声が届く。二人の間にあったアラクネの紋章がふっと薄くなる。
打ち消されたわけではない。ただその力がいつもより弱い。
声のした方をちらりと見遣る。『粛清』が目にしたのは、壁にもたれかかって何とか上半身だけを起こしたトランの姿。
震える手をこちらに向かって伸ばし、何ごとかを呟くと、いまだ肩のあたりに突き刺さったままの神殺しの魔剣がうっすらと輝き始める。
それを見て僅かに微笑むと、トランは再び仰向けに倒れこみながら、
「わたしの引き出した力、この力は──……」
『ぐ、ぐおお……っ!』
ノエルの剣圧により、ついにアラクネの姿が掻き消える。
「──全てを、下げる」
天井を見ながら言い切る。ノエルが剣を振りかぶったのとほぼ同時だった。
仮面で隠されたはずの表情が慄いたように見えた。
全てがスローモーションに映る。
『ば……馬鹿なっ!?』
狼狽した『粛清』の声が聞こえた。だが、それ以上に大きな、仲間達の声。
「ノエル、行け!」
「ノエルさん!」
「最後の一撃を!!」
「てやぁあああああああーーーっ!!」
『おおおおおお!!』
ほとんど叩きつけるようにして剣を打ち下ろす。一瞬遅れて、空を斬る音が耳に届く。
斬りつけた断面から、『粛清』の体は徐々に霧と化していった。
『ぐおおお……オォォォ……ォ……』
断末魔は収縮する霧と共に小さくなっていく。
聞こえなくなる頃には、霧は全て消えうせて──……
「やっ……た……?」
ノエルが呆然と呟くと、最期に残った仮面が大理石に落ち、ぴしりとヒビが入った。
勝利の実感は、少し遅れてやってきた。
「や、やった、やりましたっ!」
ガッツポーズをかかげて、仲間の方を振り向く。『種子』を使ったことの反動なのか、皆ボロボロだったが、ノエルに負けないほどの歓声で迎えてくれる。
それは確かに皆で、五人で勝ち取った勝利だった。
ふと、城の外を見る。
外に立ち込めていた霧も晴れ始めていた。
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あとがき。
テーマは『1ターンキル』。だって面倒だから!(おい!)
すいません実はおまけに力入れすぎて力尽きました。
あと、実はデータ的に甘い部分もあったりするのですが見逃してやってください。
※DOUBLE+CROSS The 2nd Edition、アリアンロッドRPG、ナイトウィザード、アルシャードガイアは
有限会社ファーイースト・アミューズメントリサーチの著作物です。
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おまけ特別編
毎度おなじみ、
セプターズ戦闘解説。今回はやたらと長いです。