金の繭を、見たことがあるか?
俺はある。嘘じゃねぇぜ、ほんとうさ。
糸が輝いて、繭みたいに積み重なっていくんだ。
渦を巻いてるみたいに、高くたかくうずくまって―――何かを包むように。
一体何をかくしているんだろうって、目をこらしたが見えなかった。
かわりに、飴色した頭が見えたっけ。誰だろうとさらに目を細めたけれどやっぱり姿は見えなかった。ただ、声が聴こえて、糸と糸の隙間からほんのすこし、伏せた睫毛が見えた。
気のせい?いや、夢?・・・そうかもしれない。何がほんとうかなんて、誰にもわからねぇもんさ。
けど、確かにこう言っていたと、思う。俺には聴こえたんだ。
「会えて嬉しかった。・・・待っている、此処で」






















土佐の戦国大名とは言っても、長曾我部の家は一度傾き消えてしまった過去がある。
父が意地と執念で復興したものの、相変わらず周辺の同じような土豪の名主たちと小競り合いを繰り返している弱小大名で、さほど名前の知られた家ではない。
現当主の国親は家の復興を成し遂げて、あとは長男に―――と思っていたが。
当の長男・弥三郎は非常におとなしく、家の中で本を読むかものをつくるかばかりしている。少し見聞を広めたほうが良いだろうと、将軍家への挨拶に国親は半ば無理やり弥三郎を船で伴って、今、親子は京の都に来ている。



弥三郎は異相である。
生まれたときから肌も髪も淡白く、ひとつの瞳は碧のかった灰色だったが、もう片方は血の透けた赤い色だった。
迷妄多い時代に生まれてすぐに忌み殺されなかったのは、ひとえに父と母の鷹揚な性格のせいだろうし、彼が夫婦の初めての男児であったせいもあっただろう。
けれど弥三郎が、成長につれ自分と他人を比べて引け目を感じたのは至極当然のことだ。
続けて生まれた弟たちが普通の姿をしているのも、弥三郎には子供心に密かに辛いことだった。父も母も、わけへだてなく愛してくれているのは十分に分かっていたが、鏡にうつる自分の姿にただ漠然と不安が募る。
同じ年頃の子どもと遊ぶようになると、心無い言葉に傷つくことも多かった。
他者と違う者を「鬼」と呼んだ時代である。
そういう意味で、弥三郎はまぎれもなく、「鬼子」だった。



宿泊先の寺の和尚は齢七十にとどこうかという老爺だった。弥三郎の姿にもなんの動揺もない。
夕食後、父と歓談しながら、和尚は弥三郎を見て王者の相だと言う。弥三郎は胡散臭そうに老人を見たが、父親はお世辞にもまんざらでもなさそうだった。
「長曾我部のご先祖は秦氏でしたな。若子にはその血が色濃く流れているのであろう」
「何故先祖が関係あるんだ?」
訝しむ弥三郎に、和尚は穏やかな笑顔で、秦氏は遠く西の果てからの渡来人とも、秦の始皇帝の末裔とも言われています、と。
弥三郎は身を乗り出した。
「渡来人?この姿は、大陸の者の名残というか?俺と同じ姿の者が住む国があるのか」
弥三郎は喜んだ。父親が、我らの一族は皆体が大きい、これもそのせいだろうかと呟いている。
「深草に、社がある。農耕神をまつっておられる、秦氏の社。なかなか霊験あらたかと評判の」
「農耕神?」
「狐の姿をしておられるという」
「・・・きつね?」
弥三郎の反応に、
「はて。若は狐をご存知ないか?」
和尚が首をかしげる。父の国親が口を挟んだ。
「四国は、狐がおりませぬ。不思議な話ですが、土地の者はお大師さまが追い出したと言っておる」
和尚は、思い当たることがあったのか、なるほどとうなずいている。弥三郎は見たことのない生き物とあってさらに興味津津だ。
「きつね、の姿の神か。きつねとはどんなモノだ?」
「その社に狛犬のかわりに祭ってあります。犬のようにも見えますが尾がふさふさと大きい」
しかし狐は人を化かすと言います、と、少し声をひそめて和尚が言う。
弥三郎は思わず首をすくめた。大人たちは同時に笑った。からかわれたとわかって、弥三郎はふくれっ面をつくった。
「・・・その社のきつね神も人を化かすのか・・・?」
「さあて、どうかな?天は照るも湿るもあり、ときに仏、ときに夜叉。きまぐれなもの」
と、和尚は不思議なことばを唱えている。
弥三郎の困ったような顔を見て、
「若にも、悪い面と良い面がありましょう。それと似たようなもの。化かすやもしれぬし、そうでないやもしれぬ」
「ふーん・・・」
「神も怒ると怖い一面が強く現れる。あの社の神は豊穣神であり、同時に死を予見する神」
「・・・死神?」
「そう。人の死期を悟って、屍と心臓を喰らう白い狐じゃそうな」
弥三郎は、思わず唾をごくりと飲み込んだ。
「ここ京は、つねに下克上のみやこ。死んだ公家や侍たちの怨念も多く残っておろう。狐神の好む死肉は足りてはいるだろうが、その場に通りすがれば若もぱくりと食べられてしまうやも―――」
弥三郎がきゃっと悲鳴を上げたので、国親が苦笑しながら、あまり怖がらせないでくだされと割り込んだ。
そのままその話は終いになった。もう寝なさいと言われ弥三郎は隣の間に敷かれた布団にいそいで潜り込んだ。



(きつね。か)
弥三郎は布団の中で小さくなりながら、見たことのない生き物をあれこれ想像した。
(・・・でも、白いは、俺とそろいだな。鬼は白いものなのか?)
「鬼が来た」と、同じくらいの子供に石を投げて追いかけられたことを思い出す。
片目を差して、妖(あやし)が見えるんだろう、と言われた。
そんなもの、見えるものか。いないものが見えるわけがない。
でも、皆にそう言われていると、自分でもそんな気がしてくるのだ。
(・・・きつねも、ほんとうは死者の心臓なぞ、食いたくないかもしれないな。寂しいだろうか)
考えているうちに、眠くなった。



夜中、夢を見た。
天井から、するすると金色の糸が降りて、弥三郎の体の上で繭をつくるのだ。
手を伸ばし糸の端を掴もうとしたが、掌は虚しく空を切っただけだった。
(・・・へんな夢)
弥三郎は何も残らない自分のてのひらを見てから、再び眠った。


(2)