『吾を此処より放逐し、新しい神を祭り栄えても
貴様の子孫は吾の追われた土地へ同じように流れつき
そこで再び吾を祭りやがて滅びる
吾は善事も悪事もひとつ言う、されば神なり』

俺はその声に、・・・を抱いたまま応えた。

たとえ結果が決まっていると言われても、
此処に泣いてる奴がいるなら、
やっぱり俺はどうにかしてやりたいんだ。
選んだ道が少し間違ってても
途中でもっとよくなるように考えりゃ
何かが違ってくるかもしれねぇだろ?























(10)


ある日のこと、不思議な風体の集団が現れた。
皆顔つきが日ノ本の者とは違っていて(もっとも、元親自身がそういう顔つきだから、同じような者を一度にたくさん見て驚いたというのはある)、黒い法衣のようなものを纏っている。
何かあると「愛!」「愛!」と唱え始めるので城下では胡散臭がられているらしかった。
中心らしき人物は非常な巨体で、それこそいまや国で一番長身の元親よりもさらに二尺ほども大きく、元親は間近で見て吃驚した。青い目は笑顔の上にあったが、なかなかに油断のできない光をたたえている。
男は、ザビーと名乗った。この国に愛を広めるための伝道をしているという。
南蛮の伴天連か、と元親は思った。
元親は宗教に対してはあまりよい感情を持っていない。本願寺と信長の対立は耳に届いていた。一方で、宗教に染まった者は限度を知らず突き進む傾向があると、元親は思っている。いつきのような例もあるけれど。
(まぁ、人についていくってのも、一種宗教みたいなもんだよなぁ)
いつかその、「信奉」される立場に自分が立つのかと思うと、それもまた不安なことだ。



さてそのザビーであるが、元親の作る兵器のうわさを聞いて土佐に立ち寄ったのだと怪しい日本語で伝えてきた。
口が上手いな、と元親は思ったが、話しているうちに底なしの褒め言葉を浴びせられた。直接木騎を見たザビーは、それはもう花が舞うかとばかりにはしゃいで喜び元親の手を握り締めてぶんぶんと上下に振って感激を表した。
「カッキー!シビれマース!」
「あんた、これ気に入ったのかい?これで何するつもりだ?あんた伴天連で、大名じゃねぇだろ」
「モチロン、ザビーランドつくって皆に愛を教えるのデース!これをザビーランドの目玉にシマース!!」
不思議な目的だなとは思ったが、褒められて悪い気分ではない。
ようするに、乗せられてしまった。
元親はザビーと一行を自分の屋敷に泊め、派手に宴をはってもてなした。
宴の最中、元就がふらりと現れた。他の者には見えないとはいえ、元親はしばらく篭るよう言ったが、元就は非常に嫌そうなそぶりでザビーを見た。
「元親。何も感じないのか?こやつ、なんとも言えぬ禍々しい気をまとっている。長く生きているが、我は今までこのようなものは感じたことがない」
「そうか?別に、普通の陽気なおっさんだと思うけどよ。それに、俺の兵器を随分気に入って、たくさん買ってくれるってんだぜ。いい奴じゃねぇか。」
「貴様はお人よしだから・・・油断するな、元親」
「おひとよしたぁ、聞き捨てならねぇな」
元親がふくれっつらをつくったときだ。
少し離れた席にいたザビーが、途端に目をきらきらさせて元親のほうへ駆け寄ってきたのである。
そうして、元就の手を取ろうとした。実際は勿論掴むことは出来なかったのだが。
「オーウ、アメイジング!!ファンタスティック!!あなた、モノノケデスカー?」
元親と元就は非常に驚いて顔を見合わせた。元親は慌てて元就を背後に隠した。
「あんた、こいつが見えるのか?なんでだ?」
「神の愛のおかげデース」
またか、と元親は思った。
いつきもそんなことを言っていた。元就に、こいつの神もお前やいつきの仕える神と同じか?と小声で問うと、元就は激しくかぶりを振った。
「我はこの者の・・・邪悪とは、・・・違う」
「オーウ、邪悪、ちがいますノコトヨ?ワタシ、愛の伝道師ネー」
どうやら元就や伊羅の神とは違う別の神の力らしい、と元親は少し頭痛を感じた。
ザビーはじろじろと元就を見ている。元就は青褪めていた。どうした?と小声で聞くと、なんでもないと弱弱しく首を横にふる。
やがて、
「アナタ、サンデーにソックリデース。双子ですカー?」
ザビーがそんなことを言ったので二人は再び顔を見合わせた。
「・・・サンデー?誰だい、そりゃ」
「オーウ、サンデーは私のザビー城の戦略情報部隊長デース。とても賢いネ、そしてアナタにほんとソックリデース」
いつきも、以前「わるいおさむらい」と元就が似ていると言ってたなあ。と元親は思い出した。
その間もザビーは、私の城に来ませんカー?サンデーも喜ぶネ、二人で戦略情報部隊を担っていくといいネ。と勝手なことを言っている。元就が、救いを求めるような視線を必死に送ってきたので元親は苦笑した。
「悪ィな、ザビーさんよ。これは俺のだから貸せねぇ」
元就はそれを聞くと、少し安堵したようすだった。
衣服の背中の布がきゅっと握り締められたのを感じて、元親は少し嬉しいような気分になった。
残念デースというザビーの声を聞きながら、元親は背後で震えている元就を見た。大丈夫だ、と声をかけると、元就は小さく頷いて、背に額を押し当てている。その姿はとても小さかった。
いつからこうなったんだっけ、と元親は考えた。
(俺の目を取り上げて隠した、迷惑な妖ではなかったか?)
どうしてこうやって、かばっているのだろう。





アニキ、大変だと朝から物凄い勢いで飛び込んできた歳若い部下の声に、元親は文字通り飛び起きた。
何事かと周りを見回し、まだ薄暗い時刻だと気づくと眉を顰め、ひとつあくびをした。
「なんだよ・・・ちったぁ落ち着け。っつーかアニキはやめろって」
「アニキ!!起きてくれって!あの南蛮人がいねぇんだっ」
「・・・?ザビー?か?いねぇんなら、帰ったんだろ。・・・しっかしなんだよ、一飯一宿の恩義てぇもんがわからねぇかね。俺に挨拶もなしたぁ、そりゃ失礼には違いねぇな」
半分寝たままそう言った元親は、しかし続けて聴こえた声に目を完全に覚ました。
「俺たちが富嶽を作るために集めてた大砲や銃が、全部消えてるんだ。アニキが開発してた武器も。木騎も。」
「・・・木騎が?・・・アレつくるのに俺ぁ、親父に内緒で国ひとつ傾くほどの金をだな」
「弾薬庫も空だ。重火器類が根こそぎ無くなって、かわりにこれが」
一人の部下が紙切れを差し出す。
其処には、あのザビーを象ったと思しきなんとも不思議な花押めいたしるしとともに、
「気に入ったのでお言葉に甘えて持っていきマース。アニキ、怒らないでチョーダイネ。これは愛なのデース」
と、書かれていた。



元親はぐしゃりと紙切れを握りつぶす。
「・・・あんの・・・南蛮ペテン師野郎が・・・!!!」
元就が騒がしさに堪えかねたのか現れた。怒り心頭の元親と、右往左往する部下たちを交互に見つめ、元就は眉を顰めた。
「我が忠告したとおりではないか。だから貴様はおひとよしだと」
「・・・五月蝿ぇっ」
元親の怒鳴り声に、元就は吃驚して元親の顔を見つめた。
「・・・元親?」
元就を見ようともせず、元親は大声で檄を飛ばす。
「野郎ども!いいか、あの南蛮人について情報集めろ。徹底的にだ。一部隊は、すぐに港を封鎖しろ。あの南蛮人がまだ船に乗ってねぇなら、とっつかまえることは出来る」
「元親」
「やられた分はやり返す。冗談じゃねぇ、折角俺たちの手でこの国を守る手立てを作っていたところなのに、あんな」
「元親、我の声が聞こえぬのか?貴様、」
「うるせぇな元就!ちったぁ黙ってろよ!!」
更に怒鳴られて、今度は呆気に取られた後、元就は怒りからか顔を赤くして元親を睨みつけた。
「貴様、誰にものを言うておる?」
「あぁ?・・・お前の話は後で聞いてやるよ元就、とにかく今はあのふざけた南蛮人を追うのが先だ」
「追う?あの男を、か?」
元就は首を横にふった。
「やめておけ。長く生きてきたが、あの禍々しさは異常だ。関わり合いにならぬが吉」
「そんなことを言ってる場合か?せめて木騎くらい取返さねぇと」
「木騎?・・・あぁ、」
元就は、普段火薬や重機を見ているときと同じ少し馬鹿にしたような寂しいような表情をした。元親はそれに気づいて嫌な気分になったが、元就は気づかないまま言葉を継いだ。
「あの無駄に大きい象のカラクリか・・・諦めろ、元親」
「無駄じゃねぇ。俺の国の一部だ」
元親の激昂に、何を言っても無駄らしいな、と元就は呟いている。
元親は、はっと気付いた。
「そうだ!おい、元就。お前ならあいつ、見つけられるだろ?一っ飛びしてあの南蛮野郎、捕まえてきてくれねぇか。探すだけでもいい」
「・・・嫌だ」
駄々っ子のように、水干の袖口で口元を覆い、いやいやと首を横に振る。
「あの男は好かぬ」
「好き嫌いの問題じゃねぇんだ。頼むから」
「知らぬ。あんなもの、ただの玩具。生きているわけでもなし、また作れば―――」
「そんなふうに、俺の作ったモンを語るな!! アレは全部、俺の子供みたいなもんだったんだ!!」
元親の勢いに、元就は金褐色の目をいっぱいに見開いて元親を食い入るように見つめた。
「あれは、俺が、親父のために・・・・・」
「・・・・・・」
「いや、そんなことどうでもいい。あいつは許さない。だからお前も手伝え元就。俺は、お前に名前をつけた。お前の宿主で」
「・・・・・・元親」
「違うぜ」
元親は、元就をにらんだ。
ひどいことを言おうとしている。都合良く利用しようとしている。でも、止められなかった。
「俺は、伊羅だ」
元就の体が震えた。
「お前の、伊羅だ。・・・逆らえないだろ?ほら、言うことを聞け、元就」
「い―――」
元就は、一瞬何か言おうとしたが、やがて項垂れた。



元親は部下たちと馬に乗って走る。元就が案内をしてくれていて、その表情から間違いはなさそうだった。
どうしてそんなにあの一団を嫌がるのだろうと元親は不思議に思う。確かに極悪集団だが、自分を言葉の端々で「神」と呼ぶほどの元就なら、さほど怖い存在でもないだろうにと思うのだ。
やがて遠くに、地響きをたてて歩く木騎の姿が見えた。
ザビーたちは元親と部下たちが追ってきたことに気づいたのだろう、奪っていった火器を使って追い払おうとする。敵に回してしまうと、自分の作ったものながら厄介であった。
「元就、ザビーだ。ザビーを捕まえろ!!」
元親が叫ぶ。
元就は諦めたような表情で、木騎の隣の巨大な馬車へ降りて行った。そこにザビーがいることは分かっていた。
呪を唱えるため指を口元に当てる。
「―――」
しかし。



「サンデー!!!やっちゃってチョーダイ!!!」



声と共に、鈍く丸い光が弾けた。元就は咄嗟に避けたが、次々と攻撃が繰り出される。
実体を持たない元就だというのに、その光―――刃は元就の衣服をかすめ切り裂いた。
「貴様何者だ・・・」
「元就!大丈夫か」
元親も追いつき、見上げる。
土煙の流れ消えたとき、ザビーの馬車の屋根にしんと立つ姿が見えた。



「・・・・・・元就?え?」



元親は思わず、自分の目を擦った。
慌てて背後を確認する。緑の水干の元就は、腕を押さえてそこにいる。
目の前には、黒い伴天連の衣装の。
同じ顔―――
「あ、・・・あんた・・・誰だ?」



「我が名は、サンデー!」
りんとした声で高らかに名乗ると、同じ顔の彼は何処からか金色の紐を取り出した。
「ご命令である。ザビーさまの手に落ちよ、外法の者」
そうして紐を元就に投げつけた。生きているように、それは元就を身動きできないように絡めて繭のように元就を包む。
何処かで見た光景だと元親が思う間に、もとちか、と、繭の向こうで響いた叫び声はすぐに消えた。
「・・・元就?元就!」
「ザビーさま、こやつは?」
サンデーと名乗る青年は元親を指差した。
「放っておきまショー。ソイツに用はアリマセーン」
「・・・承知した。」
サンデーとザビーを乗せた馬車が走り去る。待て、元就を返せと元親は追いすがろうとしたが、銃の攻撃に、その場に立ち尽くすしか出来なかった。


(11)