その姿はこの国の他の者と明らかに違っていた。
何故かと問えば、俺にだってわからねぇよと笑っていた。
姿であれなんであれ、他者と違うことで、
忌まれたり蔑まれたり畏れられたり
その人のこころの悲しさを知らぬのだろうかと、さらに問うた

優しく笑って、言った。
姿がすべてではないと知っていても、
自らですらそう信じるのは辛いときもある。
それでも俺は、俺でありたいのだと。

この眸も、髪も、皮膚の色も、
遠い国の遠い祖先からつながって、今ここに
俺の体に在るもの、これがまぎれもない俺なのだから

遠い国から。少しずつ姿を変えて此処に来た
我は、何処にあっても我なのだろう
・・・我と彼は、少し似ている













(11)


元就の姿がザビーたちと一緒に忽然と消えてしまって、当然ながら武器もあらかた持ち去られ、元親たちは意気消沈して城に戻った。
元親は無言のまま部屋に戻ると、脇卓の抽斗から手鏡を取り出した。
革の眼帯をそっと押し上げてみる。
相変わらず醜く変色した皮膚が左目の周りを覆っていた。いつもならば醜悪さに顔をしかめるところだが、元親は今日は本気でほっと胸をなでおろした。
いつだったか、元就の調伏を依頼した山伏の一人が言っていたのである。術をかけた者、すなわち元就が消滅すればこの痣も消えるであろうと。痣が消えていないということは、元就はまだ生きているということであった。
けれど一体、ザビーたちは何処に居を構えているのだろうか。



悪いことは重なるらしい。
ザビーのことを調べようとしている元親のもとに、父・国親の容態悪化の知らせが届いた。
国親の枕元へ急ぐ途中、さらに元親は、遠戚の本山氏が兵を挙げたことを知る。姉の嫁いでいた家であった。
父の壮健な頃からすでにその兆候はあり、姉はすでに身の危険を感じて戻ってきていたが子供たちはそのままであった。元親には甥に当たる彼らが敵になると思えば、気の重い相手ではあった。
「若、・・・いえ、殿。どうされますか」
その家臣の呼びかけは、すでにこの国の全権が父の国親ではなく、元親のもとに集まっていることを示すものでもある。
元親はひとまず、父に会った。すっかり衰えてしまった父には本山の挙兵は知らされていなかったし元親も何食わぬ顔で接したのだが、国親は敏感に何かを察したのだろうか、元親の手を取って、長曾我部を任せたと初めて口にした。
元親はだまって頷いた。



父の出ない戦で、元親は初めて自らが陣頭に立つことを家臣たちに告げた。
家臣たちは一斉に頭を下げたが、納得していない者、不安を隠せない者が多くあるのは当然のことであった。
元親が広間から下がった後、旧い家臣の一人が、若大丈夫です、しっかりなされと声をかけた。元親は曖昧に笑って、それはそうと槍の扱いを教えてくれないかと老人に言った。老家臣はひどく慌て驚き、若は今まで槍を扱ったことが無くていらっしゃるかと問い直した。
元親は肩を竦めた。
「自己流でしかやったことがねぇんだ。・・・でもまぁ、なんとかなる。なんとかしてみせる。だから、教えてくれ。下知の効果的な仕方とか、とくに」
それから数時間、元親はその老家臣に一通りの槍の振るい方を習った。幸いと言っていいのかわからないが、ここ数年は船の上で暮らすことが多くなっていたため、元親の体は知らず知らずのうちに鍛えられていたようである。さほど苦ではなかった。
元親が主に知りたがったのは、どうやれば相手をひるませられるか、ということだった。
実力以上に自分を、自分たちを強く大きく見せなければならない。相手の気を少しでも削ぐことができれば、後は策でなんとかする。心理戦と奇策に持ち込むしかないと元親は考えていた。
不利であることには違いない。それでも元親は、勝つための方策を前向きに考え続ける。
開発してきた重機は無い。火器類も、ほとんどがザビーに持っていかれてしまった。
(・・・元就も、いない)
元親は項垂れる。



鬱陶しいと感じることもあった彼の気配は、なくなってしまうとぽっかりと体に穴があいたようだった。
出会ったときのまま変わらず人形のように綺麗で、けれど完全に「元親」には心を許していない妖狐。片目を質に取り、元親に取り憑いている彼の目的は、元親そっくりらしい「伊羅」と彼が呼ぶ男の記憶を呼び覚ますことだった。
元親には当然そんな記憶は存在せず、そのことではよく元就と口論にもなるのが常だった。
口論の果てに、最後は必ず元就は泣きそうになり、言うのだ。
「伊羅、伊羅。どうして我を覚えていない。覚えていないのなら、何故我を起こしたのだ?」と。
その泣きそうな顔は幼く保護心をかきたてられて、つい元親はいつも言葉に詰まって黙ってしまう。そうすると元就は甘えたように元親の膝に乗ってくるのだった。
兵法の書を紐解きながら、元親は自分の胡坐をかいた膝を見た。元就が時折蹲る場所だ。
元就が甘えているのは「伊羅」という男に対してであって、自分ではないと知っていたはずなのに。いつの間にか、彼が自分に近い者で、彼が甘えてなついているのは自分だと勘違いしていた―――
いや、勘違いしたがっていたのだと、気づいた。
けれどそれは元親の気持ちの問題で、妖狐にとっては、自分はただの伊羅の入れ物であった。元親という中身はどうでもいいはずなのである。
だからこそ、元親は、その元就の気持ちを利用した。
「俺は伊羅だ」と。
(・・・一番、言っちゃならねぇ言葉だったな・・・)
嘯いた元親の言葉を、元就は嘘だと気付いていたに違いなかったのに、反論しなかった。
散々にザビーのことを忠告していたにも関わらず耳を貸さなかった元親のために、である。あれほどにザビーの気配を、禍々しいと嫌がっていたというのに。
どうにも元就に申し訳なくて、元親は書物を閉じると、ごろんと畳の上に寝転んで天井を見つめた。
金色の糸が下りてきやしないだろうか、と、最初に元就に会った京でのことを思い出して考え、自嘲する。
元服前に出会ってから今日まで、実は色々な場面で彼に助けられていたこと、頼っていたこと、に、今更ながら元親は気づかないわけにはいかなかった。
無事でいるだろうか。ザビーに囚われてどうしているだろう。
どうしてザビーは、神とも言える力持つ元就を、掴まえられたのか。
そうして、あの、元就と同じ顔の男。サンデーと名乗った。彼は誰なのか。
(元就、無事でいろよ。この戦に勝って領内を落ち着かせたら必ず探しに行くから、それまでなんとか待っててくれ)
元親には祈ることしかできない。











戦は、夜明け間もなく始まった。
鳴り響く法螺貝の音、打ち鳴らされる陣太鼓の音。元親は当代の傾き者らしい衣装身に纏い、巨大な碇を模した槍を手に馬上にある。
相手は元親を幼少の頃よりよく知った姉の婚家である。当然ながら、あの姫若子が戦に嫌々出てきたか、所詮は何も出来ないだろうにと最初から馬鹿にしていることは承知のうえであった。
元親はそれを利用するつもりである。
慢心し勢いのままに迫り来る敵の一群を、陣取った少し小高い丘の上から眺め、元親は父を思った。よくぞ今まで自分の我が儘を聞き入れて、この煙る戦場に出さずにいてくれたものだと。「その時」はいつか必ずやってくる、だから時が来るまで力を溜めよ、と。
元親の周りを固めるのは、親衛隊とも呼べる若人衆。彼を兄貴と呼んで慕ってくれる年の近い気心しれた連中である。
死なせてなるものか、負けてなるものか、失うものかと元親は思った。



「―――野郎ども!!!」
やがて迫った大群を前に、元親は生きてきた中で出したことのない、とびきりの大声を張り上げた。
巨大な槍を、天へと翳す。
敵も味方も、一瞬元親を見上げずにはいられない。
銀に輝く白い髪と、隻眼。派手な模様に縁取られた鮮やかな紫の衣装が、風に煽られ、七つ片喰の家紋の入った何本もの幟とともに翻った。
槍は炎を吹き上げ、元親の腕が振り下ろされる。その瞬間。
地面に、敵軍へ向かって一列、火柱が立ち上る。炎は先駆けの兵士たちを容赦なく焼き払った。ふいをつかれた敵将や馬は恐れ逃げ惑いはじめる。
それを見て、元親はぺろりと舌なめずりひとつ、馬上で伸び上がり、さらに叫ぶ。
「―――おぅら、派手に暴れやがれ!!!やっちまいな!!!!!」



戦局は、終始長曾我部軍の優勢である。元親の計算の通りであった。
今日が初陣のひ弱な跡取り息子が相手だと、本山軍は最初から気を緩めていたのである。
最初の一撃がひと段落したころ、敵はようやく落ち着きを取り戻し始め、本来の策へ長曾我部軍を引きずり込もうと動き始めた。しかしそれも元親は読んでいた。僅かに残っていた鉄砲隊を伏兵として使い、敵をかく乱する。
敵は、挟撃のために囮の城を用意しているはずであった。それを特定し、挟み撃ちにされる前にその城を奪ってしまうのが元親の策であった。
すでに長曾我部軍は、最初の不安は吹き飛び、元親への心酔と歓呼の声に彩られている。拠点となる城を探っていた忍びの者も戻り、元親は部下たちにとある城攻めを命令、長曾我部軍は動き出した。
まさに、そのときであった。



怒濤の勢いで攻め入る長曾我部軍、その先頭で采配を振るう元親のもとへ、何かがきらりと光り、去来した。
元親も気づいた―――敵軍から放たれた矢であると。頭の回るものがいたらしい、今の長曾我部は元親を倒せば瓦解すると。
避けるには刹那も足りず―――
「殿!」「若!!」「アニキ!!!」
敵と味方の怒号と叫び声がごっちゃになって押し寄せたとき。
ざっ、と、何かが元親の目の前を霞めた。


(12)