“これより後 生きた人の肉を食べてはならない”

人肉を食うは、かつての我の証
我が消えてしまう。どうか、どうか。
代りの何かを

では
これより教えを護れ
さすれば、屍を食べる許しを与えよう
六つ月が満ちる前、人の命の尽きるを知る
それを知らせ、そのものが死んだときに心臓を抉り貪るだろう
その力を強き者どもが求め、さらに血が流れるだろう

(そうなって、それはすでに元の我と言えるのだろうか?)

















(12)


去来する矢を避けきれず、思わず腕で護るように目を覆ってしまった元親は、矢の痛みを感じないことに戸惑いながらそっと片目を開ける。
・・・・・・目に入ってきたのは、色鮮やかな大型の鳥であった。
元親の乗る馬の頭部にとまり、くちばしに、今飛んできたばかりと思われる矢を銜えている。
「あぁ、お前が助けてくれたのか?すまねぇ------」
そこでその鳥が、モトチカ、モトチカと鳴いたので元親は吃驚した。
「こりゃあ・・・聞いたことがあるな。喋る鳥、鸚鵡ってやつか。一体こんな戦場へ何処から―――?」
思わずその鳥に触れた途端。



ぱっと、いつか見たような光が差した。
一瞬の後、馬の上で元親が抱いていたのは、鸚鵡ではなく、“元就”であった。
鸚鵡は解放され空に飛び立ち、しかし相変わらずモトチカモトチカと鳴いている。
「やれ、疲れること。・・・まったく、鳥に憑依するのはこりごりだ」
抑揚の無い声と素っ気無い言葉に、元親は震えた。
華奢な体も重さを感じない佇まいも紛れもなく元就のものだ。
「お、・・・お前ほんとに元就なのか!?」
思わず、細い肩を押さえて揺さぶった。元就は、痛い放せと元親をひと睨みした。
「五月蠅い。我以外の誰だと言うのだ」
いつもどおりの少し高飛車な物言いが返ってきて、元親はそれを聞くと、すっかり嬉しくなった。
戦場真っ只中だというのに元就をぎゅうとばかりに抱きしめ、頬ずりする。
「これ・・・阿呆!貴様、このような修羅場で何を」
「元就!元就!!無事だったか、よかった、ほんとによかった」
「・・・まだ良いと決まったわけではなかろう!まずはこの状況をなんとかせよ、貴様は我がおらぬと何もできぬのか!?このままでは負けてしまうぞ!」
元親の腕から離れると、迫り来る敵武将の刀を叩き落し、元就はそう叫んだ。
元親は宙に浮かんだ元就を見上げ、槍を肩に担ぎ直してにやりと笑った。
「そうでもねぇぜ。今はふいをつかれたが・・・・・・状況自体は、さほど間違っちゃねぇはずだ。これからあの城を攻めるところよ」
指差した先は、堅固な要塞と名高い本山氏の山城。元就はふんと笑った。
・・・それは勿論、馬鹿にしてのものではない。
「すでに気づいておったか。・・・部屋に篭りきりの姫若子も、さほど阿呆ではなかったようだな」
「“姫”は余計だ」
苦笑すると、元親は山城を睨む。
「あの城が今、ほぼもぬけの空だってことは状況を読めばすぐわかるってことよ」
兵がいると見せかけただけの空城。すでに元親の察したとおりであった。
元親は再び槍を高々と掲げる。その表情はすでに自信に満ちた当主のものになりつつあった。
「野郎ども!突撃だ!!」





その日の長曾我部軍の戦利品は、城ひとつ、城に備蓄されていた兵糧と武器すべて。長曾我部軍の士気そのもの。そして新しく敵味方に認められた当主であった。
元親自身の戦利品は、ほんの少しの自信と、珍しい鸚鵡。敵からは「鬼若子」の異名を。
けれど何より、妖狐・元就の戻ったことが嬉しい。



父のいる城に戻り、元親は戦勝を報告した。
国親は、元親の活躍を聞いて安堵したのだろうか。数日後あっけなくこの世を去った。
元親は喪に服し、内外にそのことと次代の当主が自分であることを周知徹底させた。





元就はザビーにとらわれ結界に繋がれていたのだが、ザビーの飼っていた鸚鵡がその中に何故か入ってきた隙に、憑依して逃げてきたということだった。
「奴ら、油断ならぬ。我を封じる結界を張るとは」
話を黙って聞いていた元親は、やがて元就に向かい合って座り、丁寧に頭を下げた。
「すまねぇ。ほんとうに今回は、俺が悪かった」
「・・・」
「無事でよかった、ほんとに」
元就は黙ったまま、元親を見つめている。
やがてぽつりと。
「・・・なにに対して謝っているのだ、貴様は」
「・・・え?」
「嫌がる我を行かせたことか。それとも―――伊羅だと偽ったことか。」
「・・・・・・」
「それとも、・・・ほんとうに、・・・思い出したのか?伊羅?」
呟く元就の声は、か細くて消え入りそうだった。元親はさらに頭を下げた。
「俺は、元親だ。伊羅じゃない。・・・思い出してなんざ、いない。俺は、伊羅の名を騙った。・・・だから、謝ってる」
元就は、明らかにそれを聞いて落胆した様子で、元親は少し上げた視界にその表情を確認すると、唇を噛んだ。
「・・・伊羅に会いたくて、戻ってきてくれたのかよ」
覚えず、そんな言葉が出た。言ってから、元親は焦った。伊羅に嫉妬していることに気付いたのである。
元就は、直接それには答えないで、溜息をひとつついた。
「・・・もうよかろう。頭を上げるがいい、“元親”」
「・・・けど、」
「我が知った限りのザビー城の詳細を教えてやる。有り難く思え」
元親は、はっと顔を上げた。
伊羅のためだけならば、あの城の詳細なぞ調べる必要は、元就には無い。それを敢えて、危険を冒して調べてきてくれたという。
元親は、むしょうに嬉しくなって、いつしか満面の笑みを浮かべていた。



「に、しても」
元就は、元親に見取り図を描かせながら、呻くように呟いた。
「気味の悪い場所よ。正直、あのような場所二度と行きたいと思わぬ」
「・・・そんなに?」
「すべてにおいて趣味の悪い城だ。あの者・・・我に似た姿の人間もあった」
元親は、先日会った“サンデー”のことを思い出した。
「サンデーって名乗ってたな。あいつ、何者なんだ?あれだけそっくりだってからには、元就、お前、なにか関係あるんじゃ」
「・・・知らぬ!・・・と、思う。あれはザビーの腹心には違いないようだが。ただの他人の空似であろう」
ぷい、と拗ねたようにそっぽを向く。
その仕草がまた見られて嬉しくて、元親はよしよしと元就の頭を撫ぜた。そうして、言った。
「ありがとよ。せっかくお前が調べてくれたんだ、俺は行くぜ。あいつをぶっとばして、兵器を取り戻してやる」
元就は、それを聞いて、頭を撫ぜられながら目を剥いた。
「貴様、またあれらに関わるつもりか!?なんと性懲りも無い・・・」
「やられた分はきっちり返す。それが海に生きる男の流儀だ・・・と、船頭の誰かが、言ってたぜ?」
元親の固い決意を感じ取ったのか、
「・・・貴様の好きにするがよい」
やがて元就は大きな溜息を吐いた。
「だが気をつけろ。あれはほんとうに油断ならぬ。我とて一度は封じられた、二度は無いつもりだが果たして分からぬ」
「・・・ありがとうな、元就」



元親は、ふいに元就を自分から膝に抱き寄せてぎゅうと抱きしめた。
元就は吃驚したのだろう、ぽかんとしているようであった。
「お前にとっちゃ、俺なんざ“伊羅”の入れ物だってのに、相手してくれて、ほんとすまねぇ」
それを聞いて、元就は少し眉を顰めるが、元親は気づかない。
「・・・ふん。何せ、伊羅の入れ物が壊れたら、我は困るのでな」
やがて返ってきた声は少しだけ弱弱しかった。元親も、自分で言っておきながら少し哀しくなってしまった。
二人なんとなく抱き合ったままじっとそこにいる。
灯りが風に揺れて、二人の影が襖に描かれた山水画の中で踊った。元就の影には、かすかに狐の耳と尻尾が見え隠れする、こいつはやはり人じゃねぇんだと確認して、それでも抱きしめたまま元親は動かない。
「・・・なぁ、」
やがて少し身を離して話しかけると、なんだ、と妖狐は応えた。朱色の唇が言葉どおりに動く。
誘われるように元親はそこへ柔らかく口付けを落とした。
元就は目を瞠った。
初めての、元親からの接吻だった。


(13)