禁忌の封呪は術師の命削ぎ、命そのもので御霊を縛る。
二度と誰にも開錠は許されぬ。
“同じ命”が再び解かぬ限りは―――
「俺がやる」
誰も触れるな。俺にも、あいつにも。
















(14)


もたらされた情報どおり、四国へと豊臣は攻め込んできた。
元親はその報告を城で聞いて、静かに、立ち上がる。
背後に立つ元就をふと見ると、元就は遠い空をじっと見上げていた。戦のことを思うとき、彼はいつも西の空を見つめる。それが何故かは、元親にも、わからない。
「・・・先に、ザビーの野郎をぶっとばしてやりたかったんだが」
元親は巨大な槍を手に取ると、並み居る部下たちへ話しかけた。
「まずは、猿退治らしい。奴らは降伏しろと言ってるらしいが・・・」
半兵衛から送られてきた書状を、板間にぽいと投げ捨てて、元親は笑った。
「鬼が島の鬼が猿ごときに負けるわけにゃいかねぇよな。奴らはどのみち、此処を侵略するつもりだ。俺は奴らを追い出したい・・・此処は、俺たちが生まれた、俺たちの作る、俺たちの国だから」
部下たちの視線は、じっと元親に注がれる。
「だから・・・俺に力を、貸してくれるか?」
「・・・勿論でさァ!!!」
一斉に全員が立ち上がった。沸き起こる怒涛のような歓声。
「俺たちゃ、アニキについていきやすぜ!!!」
「あれから重機も火器も、補充してあります。俺たちの力、見せてやりましょう!!!」
「鬼の誇りを守るぜ!アニキ!」
元親はうなずいた。
「ありがてぇ。・・・徹底抗戦だ。行くぜ、野郎ども!!!」



その様子を、元就はじっと見つめていた。
「・・・まこと、人とはどこまでも、争うことが好きと見える・・・」
そうして、自分の掌を見つめて、薄く笑った。
「・・・それとも、我が、争いを呼ぶのか?」














竹中半兵衛は元親の見上げる先、一段高い甲板に立っていた。
その印象は昔と変わらない。
仮面に隠した青褪めた顔、血の気の無い唇。髪は白く―――けれど元親を冷ややかに見下ろしながら、誰にも屈しないという意志だけは張り詰めた弓弦のように。
彼の立つ周りの空気に気圧されるようで元親はひとつ、ちっと舌打ちをした。
(・・・圧されて、たまるかってんだ)
(俺にだって、守るものがある)



「元親君。・・・だったね。以前一度会っているね、確か・・・京で」
元親は、内心驚きながらひゅうと口笛を吹いてみせた。
「さすがは天才軍師さんだ。たった一回会ったきりのこんな、四国の田舎大名の跡取りまで覚えてるたァ」
「そりゃぁね。一度見たら忘れないよ、君の顔と姿は・・・日ノ本の者を逸脱してるからね」
半兵衛は馬鹿にしたような笑顔を浮かべた。元親はむっとして半兵衛を睨んだが、気にも留めない様子で半兵衛は剣の柄に置いていた右手を上げ、元親を指差してくる。
「で、君のその、「鬼」の形(なり)に流れる血は、こんな小さな国からもっと外へと君を呼ばないのかい?」
「・・・あんたにこの姿をどうこう言われる筋合いはねェな」
吐き捨てるように元親が言うと、少しばかり苛々した様子で半兵衛は言った。
「姿じゃない。血を言ってる」
「―――血だと?」
「そう。外つ国の血だ。大秦の末裔だと聞く、君も、君の祖先も。遠く西の果てから旅をしたのに、子孫がこんな小さな国で満足していては先祖も浮かばれまい」
そして細い肩を竦めた。
「僕は信長公は大嫌いだが、彼の君への評価は少し分かるよ。鳥無き島の蝙蝠、ね。むしろ鳥だった頃を忘れてしまったと言わないと先祖に失礼じゃないかい?」
「・・・・・・」
「さて元親君、君に問うが。君はこの先、四国のあるじとして何をしたいんだ?言ってみたまえ、・・・言えないだろう?それはそうさ、目先のことしか見えてないんだからね」
「・・・・・・」
「ごく近い将来、君と君の国は豊臣がもらいうける。僕には分かる、僕がそうしてみせる。そのほうが、秀吉が治めたほうが、四国にとってもきっと有意義だと思うよ」
「・・・・・・」
「しかし、さて此処で君に提案がある。いま屈服すれば僕が秀吉にとりなしてあげるよ。土佐だけは君が治められるように取り計らってあげよう。だから」
「・・・だからあんたらに屈服しろってか?全部寄越せってかい?どうせその後俺らはあんたらの軍に組み込まれて、いいようにあの猿のために働かされるんだろうが?何がそのほうが有意義、だ・・・冗談じゃねぇ!」



元親は声高に笑い飛ばした。半兵衛はすっと仮面の奥の目を細めたが元親は続けた。
「だいたい、てめェの言ってることはいちいち無理があるぜ、天才軍師さんよ。俺のご先祖がどっから来ようが、今此処にいる俺にゃ関係ねェだろうが」
そう言いながら、けれど元親はずっと以前、京都の和尚が話してくれたことを思い出していた。
何処だったろう。元親と同じ姿持つ人がいる国があるかもしれないと言っていた。
そのときは嬉しかった。どこかに自分の本当の仲間がいるのかもしれないと。そんな思いで遠い海の向こうへ思いを馳せたこともある。
元親は、突き出た無骨に重なる木材で組み上げられた甲板の上から下を見下ろした。太い材が層のように折り重なって出来た高い砲台、さらにその足元で部下たちが必死に闘っている。元親をこの上層部へ導くために戦い、今もなお背後を守ってくれている。共に故郷を守るために、元親に信頼と命を預けて。
姿じゃない、形式でもない。絆はいつの間にか少しずつ降り積もり堆積していくのだ。元親が呼びかけ、皆がこたえ、そしてまた元親が呼ぶ。この繰り返しで。
「・・・俺は此処に立っている。あんたの言う先祖や仲間を、俺は知らねェ。此処にいる俺と、野郎どもと、俺の故郷、四国がすべてだ」
元親は巨大な槍を担ぎなおし身構えた。
「何をしたいかって?決まってんだろうがよ。・・・俺の大事な家族と仲間が住む土地へ平然と土足で上がりこんできやがる、てめェらみたいな輩をぶっとばして追い出すことだってなァ!!」
広い世界への憧れは、元親の場合、野郎どもと共に行ってみたいという思い募るものであって、征服したいわけではなかった。どこにだって幸せに暮らす人たちがいる。それを勝手に取り上げてなお、己の理想を形にしようとする半兵衛、そして秀吉には何も共感するものは無かった。



「・・・惜しいことだね、元親君」
半兵衛は感銘を受けたふうもなく冷笑を浮かべた。
元親は構わず半兵衛に躍り掛かる。槍がその細い体躯を押しつぶすかという瞬間、元親はさすがに己のなそうとしていることと、その先に見えるであろう光景を思い肝を一瞬冷やした。しかし半兵衛は予想以上に身軽に飛び退り元親の攻撃を避ける。攻撃対象を失った巨大な槍の遠心力に引っ張られながら元親が顔を上げると、半兵衛の手にあった剣が振りかざされる。当然間合いが足りない------
「そっからじゃ、当たらねぇぜ!」
が、―――元親がそう言った瞬間、その剣は元親の意表を突いた。
ひょうと唸りを上げたかと思うと刀身をぐんと伸ばし、元親の眼前へ唸りを上げて接近する。
「・・・チッ!」
元親は間一髪仰け反ってそれをかわした。すぐ目の前を鋭利な、何枚も重なった刃が切り裂いていく。
半兵衛は、まるでしなる鞭を操るように、さほど力も入れていない様子で腕を引いた。そのまま刀はまた半兵衛の手元へ縮んで収まる。元親は忌々しそうに、体勢を整え槍を構えると、その不思議な剣を睨んだ。
「君の見ている世界は狭いね・・・」
半兵衛は笑っている。
「秀吉は、そうじゃないんだ。・・・君もきっと、秀吉と話せば気に入って、秀吉のために働きたいと思えるだろう。覇道のために君のつくる機械を呉れないかい?」
「・・・何度もしつけェぜ、あんた」
元親の槍の鎖がじゃらんと音を立てた。
この鎖は、誰かにつながれるためのものじゃない。
元親が、大事なものを自分につなぎとめておくためのもの。
「狭くてけっこう。俺は、俺にとって“世界”とは、此処だ。俺は此処を守る。野郎どもを守る。それが俺の役目だ」
「・・・何を言っても無駄なようだね」
半兵衛が柔らかく剣を構える。どこからやってくるかわからない攻撃。
(・・・かわせるか?)
元親の背に冷たい汗が流れた。
見上げる、摩天楼のような戦艦・鬼宿の最上層部。そこには最後の敵がいる。此処で倒れるわけにはいかない。



と、足元に見える甲板から、部下たちの声が聞こえた。
「アニキ!下の敵どもは倒しやしたぜー!」
「こっちの心配せずに、存分にやっちまってくだせぇ!」
「富嶽の援護もじきにきます!アニキ!」
「アニキ!アニキ!!」



「・・・聞こえるかい、天才軍師さんよ?あの声が。あんたらが此処を治めたって、やつらはああは言わねぇぜ?」
「・・・・・・」
「あんたらにはわからねェだろう。力と恐怖で他人をねじふせて、自分らの思い通りの国をつくってあてがってやろうなんて、傲慢不遜てもんだ。国は、人あって初めて成り立つんだ。人が国を作る。国が人をつくるわけじゃねぇ!!」
半兵衛は肩を竦めて静かに笑う。動じない。
「こんな未熟な国だから、僕らがもっと良いように作り変えてあげようと言ってるのに・・・わからない男だね、君は」
「わかってねぇのは、あんただろうが?あんたはなんでそんな、あの猿のためにがんばってるってんだよ?」
その言葉に、それまでほとんど動かなかった半兵衛の表情が揺らいだ。
図星かよ、と、元親は口元を引き上げた。



「あんただって、あの猿野郎が気に入ってる、その気持ちがなけりゃそんだけ必死にならないだろうが。あんた自身が、俺や野郎どもの気持ちを、ほんとうは一番わかってるんじゃねぇのか?」
「・・・そのおしゃべりな口を噤みたまえ!!!」
刹那、半兵衛の剣が、唸りを上げた。


(15)