有限が欲しいと
冀うは
虚しいことだろうか?
















(17)


「元就!何処だ!?」



背後からはザビーの名を唱えながら追いかけてくる信者の群れ。否応なく前方へと、元親は信者たちを薙ぎ払いながら走る。
部下たちはすでに城の外へ行かせた。富嶽に援軍を知らせるためと、烽火を上げる仕事を言いつけたが、もちろん元親の目的は彼らの身の安全だった。ここから先は、元就を取り戻すための道行であり、元親の私闘の色合いが濃い。
だから、彼らを道連れにしたくはなかった。
渋る部下たちを怒鳴りつけ、早く富嶽連れて戻ってこねぇと承知しねぇぞ、と叱りつけてようやく行かせた。それでも、信者たちのいる間を入ってきた門まで無事抜けられるかどうかは定かではなかったが。
(みんな、無事でいてくれよ)
祈るような気持ちで、先を急ぐ。
途中、サンデーがいたのと同じような天井の高い広間に出た。何か手がかりがあるかと期待したが其処にいたのはチェスト島津と名乗る、豪快な初老の男であった。島津という名前に、元々風の噂に聞いた島津公の在り方に些少の共感を得ていた元親が、その相手をするのに少しばかり戸惑ったことは否めない。
何より、男は強かった。
(毛利に、島津に・・・くっそぉ、ザビーの奴、一体どんな手使ってやがるんだ!?あいつはほっとくと別の意味で危ねぇぜ・・・)
サンデーもチェストも、自分が誰なのかすら知らない様子だった。「何故」此処で、ザビーのために戦っているのかも。
それはおかしい、と、元親は思う。



とにもかくにもチェストを気絶させることに成功し、元親はさらに建物の奥へと進む。時間を喰ってしまったことに焦りを感じながら走った。
通路は時折方向を変えるものの、ほぼ一本道である。けれど両側の壁と天井から突如何度も出てくる罠。子どもだましのようだが威力は侮れない。
「・・・くそッ!どうなってやがんだこの城はァ!?」
叫んだその直後、天井から先端の鋭利な鉄格子が降ってくる。タイミングが途中で合わず、地面に刺さるギリギリの空間を石畳の床を滑りぬけて避けた。驚いたことに、次々と罠をうまく避けていく元親へ向けて時折背後の信者からブラボー!と声が上がるのだ。元親は苦笑するしかない。悪気があるのかないのか、冗談なのか本気なのか、わからない連中ばかりで、それが何よりたちの悪いことだった。



城の中をどういう方向へ走っているのかは窓のないためと生来の方向音痴のせいで、元親にはよくわからなかった。それでも、少しずつ上階へ昇っていることは足元の傾斜と時折現れる昇り階段からわかった。先程天井へむけて消えていった元就とサンデーを思い出し、根拠はないものの、元親は進む道が間違っていないと信じて走る。
と、―――今まではなかったことだが、通路が左右に分かれた。
元親は、今来たものも含め三本に分かれた通路中央に立ち、ぐるりと周りを見回した。どの方向からも信者の群れが押し寄せる、けれど。
「・・・人数に偏りがありやがるってんだ」
一人言を呟いて、にやりと笑う。
「・・・大事なモンはそっちかよ!!」
明らかに行かせまいという拒絶を感じられた方向へ、元親は向き直った。掌に碇槍をぐっと握り直し、走り出す。信者の誰かが、あちらは不信人者は駄目です、ザビー教教訓に反します!と叫んでいる。知ったことかと元親は走り抜けた。
―――やがて、前方にひときわ大きな扉が見えた。
「・・・元就!!此処か!?」
扉を守る衛兵を数秒で倒すと、元親は力いっぱい叫び、扉を押した。重苦しい耳障りな音を立てて扉が開く。



中は、まさに異空間というに相応しい場所だった。
馴染みのある神社の御札や注連縄、無造作に並ぶ御仏の像。かと思えばこちらは見たことの無い不思議な色合いのぎやまんの窓、いたるところに嵌め込まれた虹色の、ザビーに似た意匠の家紋。そして立ち込める不思議な薫(くゆ)り。
元親は一瞬立ち眩んだが、すぐと体勢を立て直した。
前方正面奥に一段高い場所が設けられていることに元親は気づいた。太い縄のようなもので区切られた小さな足場、それを取り囲む信者たちが不思議な音階で誦(ず)している。
(・・・結界?儀式?)
元親は目を凝らした。
縄で区切られた空間の中央に、確かに元親の狐神が目を閉じ、ゆらりと立っている。
「・・・元就!!!」
駆け寄ろうとした元親だったが、瞬間殺気を感じはっと天井を見上げると後ろに跳び退った。元親が立っていた場所に、鈍い銀の円が降ってきたかと思うと、どかんと地面に激突する。わずかに巻き起こった風圧に目を一瞬閉じた、直後元親は反射的に槍を目の前に翳した。
きん、という金属音とともに、音以上に重い圧力がぐんと元親を圧す。足を踏ん張り倒れるのをこらえると元親は鍔迫り合いの相手―――至近距離の双眸を睨み付けた。
「―――サンデー・・・またお前かよ・・・」
「ほう。我のこの斬撃を受け止めるとは、なかなかやりおる」
元親へ攻撃を仕掛けてきたのは、サンデーであった。相変わらず端正な表情を崩すことなく冷静な口ぶりである。そんなとこまであいつと似てやがる、と元親は内心歯噛みした。この男を見ていると、どっちが元就なのかそうでないのか、時々わからなくなる―――
「うっせぇ。力比べであんたみてぇなひょろいのに負けてたまるかってんだ!」
気合とともに押し返すと、サンデーは身軽に後方へ跳び、凛とその場へ立つと輪刀を構えなおした。
「此処までこれたことは褒めてやろう。しかしあの妖狐は渡せぬ。ザビーさまのご命令ゆえ」
「何言ってやがる?あいつは俺のモンだ!!返しやがれッ」
元就、と呼びかけると、元親は再び祭壇へ近づこうとした。けれどやはりサンデーが目の前に立ちはだかる。幾度か得物を打ち合い、火花を散らしていると、どこからともなくザビーの割れ鐘のような声が響き渡った。
『アニキー、遠路遥々お疲れ様ネー。でもアノ狐神サマ、渡せまセーン。お引取りチョーダイナ』
「・・・てっめぇ、ザビー、何処にいやがる!?てめぇは出てこねぇで隠れて傍観かよ、卑怯モンが!!」
『オーウ、アニキ、言葉遣い悪いデスネー。海賊コワイコワイ』
「巫山戯てんじゃねぇッ!元就は返してもらうぜ!!」
『ソンナに返しテ欲しければ、ドウゾドウゾ!ゴ対面ー』
急にそう言われて、元親は面食らって広間をぐるっと見渡した。
「・・・なんだと?元就を返す、ってことか?一体何考えてやがる・・・」
サンデーが輪刀を背後に納め、少し引いた。元親が祭壇を見上げると、其処に。
「・・・元就!」





切れ長の目を開けて、狐はふわりと浮かび上がると祭壇の外に出た。階段をすべるように元親の方へ降りてくる。
元親はほっと息を吐き出すと、笑顔を浮かべた。
「よかった、元就。無事か?ほら―――」
抱きかかえようと両腕を広げる。元就は表情ひとつ変えず、ゆっくりと近づいてくる。
「・・・元就・・・?」
不審に思い、目の前に来た元就を少し覗き込んだ―――瞬間、元就は顔を上げ、片腕を上げる。その手に握られた采幣に気づき、元親はえっと呼吸を止めた。
刹那、采幣は振り下ろされ、鞭のように元親を襲った。
「・・・うわッ!!」
間一髪地面へ転がり元親は難を逃れた。石の床に手をついたまま顔を上げると、第二撃が襲ってくる。槍で思わず弾き返すと、元就が衝撃を受け後方へふっ飛んでしまい、元親は焦って立ち上がった。
「おいッ!元就、大丈夫―――  !?」
今度は上から再び輪刀が降ってきて、元親は三度、床に転がった。
「・・・ッてぇ・・・サンデー、しつっけぇぞ!!あんたの相手は後でしてやる・・・」
「そのような身勝手、通用すると思うてか!」
サンデーの攻撃、そして重なるように元就が攻撃してくる。サンデーはときおり楽しそうに綺麗な笑顔を浮かべ、けれど元就は無表情のまま。元々人形のような存在だったが、今はさらに生気も、意志の力も感じられなかった。
「やめろ、元就!俺だ、わからねぇのか!?」
二人の攻撃を仕方なくかわしながら逃げ惑う元親に、また何処からかザビーの声が響く。
『アニキ、逃げテばかりじゃダメですネー、愛は勝ち取るモノヨ!』
「・・・てっめぇ、ザビー!!元就に一体何をした!!?」
何処にいるかわからないザビーへ向けて、あらん限りの怒りをこめて元親は叫ぶが、ザビーは高らかに声を上げて笑うばかりである。
「くっそ・・・一体どうしたら」
元就はザビーの術にかかっているのは間違いない。元親は元就とサンデーから逃げながら、ちらりと先程まで元就の囲われていた祭壇を見た。まだ信者たちが不思議な音階の、言葉のような謳のようなものを唱和していて、おそらくあの声が元就を操っているのは十中八九間違いないと元親は考えた。
「・・・だったら、あれをぶっ壊しちまえば・・・!」
元親は勢いよく祭壇への階段を駆け上った。注連縄のようなものでぐるりと囲われた空間、その中に座る信者たち。槍をしたたかに振り下ろした、が―――
「―――うわッ!!!?」
元親の槍と腕は、まるで壁にぶち当たったようにはね返され、体勢を崩して元親は階段を転げ落ちた。
「・・・やっぱ、結界かよ!畜生、どうすりゃいい?」
再度、今度は離れた位置から炎を噴射させて注連縄を焼き切ろうと試みるが、案の定そう簡単にいくわけもなく、炎までも祭壇の前で何かに当たったように拡散して消えてしまう。
そうしている間にも、元就とサンデー、二人の同じ姿の者が攻撃を仕掛けてくる。ただ逃げるしかできない事態に陥った元親へ向けて、ザビーの笑い声が耳障りに鳴り響いた。
『こんな、とんでもないメッケモノを独り占めしてちゃダメデスネ、アニキー。バチ当たってもショーがナイヨ!!』
「・・・めっけもん・・・?元就のことか?」
『オーウ、この者はモトナリなどという名前ではアリマセーン。もしかしテー、アニキ、彼の力の秘密、知らなかったのデスカ?もったいないデスネー』
「・・・元就の、秘密?」
一瞬、元親は怯んだ。
確かにそれは、事実だった。何年も一緒にいても、元親はあの妖狐が何故自分に取り憑いたのか、彼の言う伊羅という者が誰なのか、何故封印されていたのか。何も知らない。尋ねてもいつもはぐらかすばかりで、一度たりとも元就は真摯に答えてくれなかった。元就という名前すら、勝手に元親がつけたものであって、ほんとうの彼の名前も元親は知らないのである。
元親が黙ってしまったのをいいことに、ザビーはさらに勝ち誇ったように饒舌に語りかけてくる。
『まさか、この国でアノ“秘術”の根源にお目にかかるとは!オドロキでしたネ!どんなお宝より大発見ネ!これで権力も富も全てワタシのものデース!!』
「てっめぇ・・・なにごちゃごちゃ言ってやがる・・・いいから、元就を元に戻しやがれッ」
『アニキにはあの力は猫に小判ネ、さっさと諦めて天国に行ってクダサーイ。』
「俺は・・・」
元親は、サンデーと共に自分へ攻撃を仕掛ける元就を哀しそうに見た。何処を見ているのか分からない視線。ザビーは先程から元就の「力」についてばかり語る、つまりこのまま此処に囚われていれば、彼はずっとああしてザビーに利用されるだけに違いなかった。
彼が誰で、何者であっても。
「・・・力とか、んなこたどうでもいい。・・・元就は、元就だ!!俺の、大事な」
(そうとも、俺の大事な・・・)
(大事な、何だろう?あいつは?)
(・・・いや。なんだっていい、俺はあいつに・・・戻って欲しい、から)



『遊びはここマデデース。サンデー!ファイト!ヤッチャッテチョーダイ!!』
サンデーはその声を聞くと、また先刻のように凛と綺麗な笑顔を見せた。それは、褒められて喜ぶ子どものような笑顔だった。
「その期待に応えぬわけにはいくまい・・・参る!!」
同時に、元就も元親に襲い掛かる。
攻撃ができないまま結局は逃げるしかなく、流石の元親も次第に体力を消耗した。やがてサンデーと挟撃され、反射的にサンデーの攻撃を槍で薙ぎ払う。―――あっ、と元親は声を上げた。
払った槍の軌道の先に、元就がいたのである。
「・・・元就!避け・・・ッ」
けれど元就に当たらないよう不用意に体を捻り体勢を崩した元親へ、元就の武器は容赦なく襲い掛かり―――



次の瞬間、元親の右脇腹を切り裂いたのである。


(18)