(20)


苦手な大量の書きものの仕事がたまっていて、家老に苦言を呈されてしまい、元親が城から屋敷に戻ったのは一週間ぶりだった。
近習や奥女中たちがなんともおかしそうな笑みを浮かべて出迎えたので、元親は不思議に思った。
それから、ふと、もしや置いているサンデーが狼藉をはたらいたのではないかと思い付き、慌てて訊いてみたが、皆そんなことはないと言う。けれど、否定しながらもどこか可笑しそうだ。
・・・部屋に戻って、謎はすぐに解けた。
サンデーが、元親の部屋の真ん中でころりと横になっていたのである。
「お、おい、サンデー!?どうした、具合でも悪いのかよ!?」
慌てて元親が声をかけると、ぱっと飛び起きてサンデーは正座した。
満面の笑みを浮かべて、つとめ御苦労である、元親どの、と言う。元親は拍子抜けして、大きく息を吐いた。心配して損した、と思っていると、命令は守ったぞと得意そうに言う。
「・・・命令?」
元親が首を傾げると、サンデーは胸をそらせた。
「留守番をしろとそなたは言った」
「・・・あー・・・そういや。・・・この部屋の“留守番”しててくれた、ってことかよ?」
半ば呆れて問いなおしたが、サンデーは当然だと言わんばかりに頷き、またにっこりと笑顔を見せた。
「――――っ」
元親は、円座の上に胡坐をかいて脇息に肘をつきながら、思わず、笑った。
笑いだすと、止まらなくなった。サンデーは、きょとんとしている。
ようやく笑いがおさまって、元親は、わざとしかめ面して、つとめ御苦労、とさっきのサンデーの口真似をした。それから、腕を伸ばして彼の頭を撫ぜた。
・・・狐の元就と、まったく同じ質感の髪が指に絡まる。そのことに気付いて、少し、眉を顰めた。
サンデーは、元親の心には気づかない。笑顔を見せる。反応だけが“元就”と違っている。あの狐ならば、このような扱いとするなとつんとそっぽを向くことだろう。それか、貴様は伊羅か、と真顔で聞くことだろう。
(・・・伊羅に、だと、今のサンデーと同じ反応しやがるくせに。嬉しそうに懐いてくるくせに)
元親は、そう考えてうつむいた。
元就はまだ、目覚めない。



家令たちが面白そうに笑っている理由がやっとわかって(忠犬のように“留守番”をするサンデーが面白かったのだろう)、元親はようやく苦笑して、サンデーにもうこの部屋にいなくてもいいぜと言った。
サンデーは、あからさまに困った顔をした。
「では、次の命令を。元親さま、・・・どの」
「いや。とくにねェよ。好きに過ごしてろ。ただしおとなしくしてろよ、野郎どもや女たちに危害くわえたらすぐに縛り上げるからな?」
「・・・おとなしく?なにもするなということか?前も言ったが、何もしないという命令はきけぬ。なにか具体的に指示を与えよ」
「いや、・・・そんなこと言われてもよぅ。ほんとに、なんもねぇんだ。俺も仕事終わって疲れてるから明日明後日くらいはのんびりするつもりだし・・・」
「戦や、小競り合いはないのか。貴様海賊であろう?なにか略奪などあればそれもよい。我も手伝おう」
「いやいや!いらねぇって!だいたい、俺らは海賊つっても、それは他の奴らが勝手に呼んでるだけだ。基本は水軍なんだ。戦がねぇときは平和に漁をして暮らしてるんだぜ。誤解しないでほしいぜ」
それに、と付け加える。
「略奪とか、ザビーのとこにいたときは、やっぱりやってたのか?」
「・・・ときどき」
小声だったが、肯定の応えが返ってきて、元親は溜息をついた。
「サンデー、これも命令だ。二度とそんなことすんなよ?たとえ戦で他国を攻めたって、庶民のもんは取らねぇのが俺らの流儀だ。いいな?」
「・・・あいわかった」
不承不承、サンデーは頷く。
それから、元親の顔を覗き込む。
「それは、禁止の命令だ。もっと積極的な行動の命令を。元親さま、・・・どの」
「いや、あのよ・・・とりあえず俺、寝かせてほしいんだけどよ・・・」
うんざりして言うと、サンデーは、子守唄をうたってやろうか、などと言う。なんの冗談かと思って思わず顔を覗き込んだが、秀麗な面は大まじめで、冗談ではなく本気らしい。
元親は、深いため息をついた。



―――それから、ふと、いたずら心をおこした。



「サンデー」
「なんだ。元親どの」
「伽をしろよ」
「・・・え?」
元親は、こんなことを言っている自分に、内心苛立っている。
「俺の夜伽の相手をしろ。お前の体で」
「―――」



(できるわけない。いくら命令に従うと言ってたって―――)



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