(21)


「伽をしろ」
(どうだ。できないだろうが?)



サンデーは、ぽかんと口をあけて元親を見つめていたが、やがて意味を理解したらしい。みるみる顔が真っ赤になった。それは、と口ごもり、掌でさらに口元を覆う。
元親は、その表情を見た瞬間、後悔した。
(軽蔑されちまったか?)
胸がつかえたように、嫌なものがせりあがる。無抵抗に無邪気に、ある意味純粋にすがってくる者にこういう腹黒い言葉を投げつける自分がいたかと思うとやるせなかった。
同時に、元親は、知っている。その言葉を本当に言いたい相手が、別にいることに。
“代わり”に、しようとしている。
“代わり”に―――伊羅の―――されていることが、いつも辛いのに。自分が一番わかっているのに。他者に堂々と、代わりになれと言っている自分が許せなかった。
元親は、額を押えて力なく笑った。今のはうそだ、と言おうとした、口を開きかける、



―――けれど、サンデーは、元親の目の前で、黙って服を脱ぎはじめていた。



今度は、元親は驚愕に固まった。
「ちょ、ちょっと、待てよ!サンデー・・・」
けれど、サンデーは真っ赤な顔をしたまま、唇をぎゅっと噛んで無言のまま、黒い法衣を脱いでいく。
無駄な肉はついていない細い―――むしろところどころ骨のういた上半身が露わになる。肌の色は元親よりずっと浅黒く、ところどころに傷跡も薄く残っていた。華奢であっても男で、第一線で闘ってきたのだろうと妙な納得をしながら、元親は呆けたように、目の前ではぎとられていく衣服がサンデーの足元に一枚、また一枚と落ちていくさまを眺めていた。
「―――」
やがてサンデーは、一糸纏わぬ姿になった。上気した顔があげられて、元親をまっすぐ見据えた。
「・・・元親、さま」
ことさらに、こんなときに“様”づけで呼ばれて、元親のどこか心の奥の本能が震えた。
「・・・な、り」
聞こえないように。小さな小さな声で名を呼んだ。・・・サンデーではない。
元親は、自分を軽蔑する。
軽蔑しながら、手を伸ばす。自分よりだいぶ背の低い彼にかがみこみ顔を見つめる。
どちらからともなく顔が近づき、唇が近づいて、触れた、
「・・・・・・ッ、」
(駄目だ)
頭の片隅で理性が叫んでいたが、止められない。ゆるゆると互いの口内を舌でまさぐりあう。やがて二人で床板の上に、口づけながら座り込んでいた。元親の男が鎌首をもたげる。血が濁流のように集まるのを自覚してなんだか可笑しくなった。
サンデーは、やがて唇を離した。うるんだ眼で元親を見上げると、そのまま、座り込んだ元親の脚の間に、ゆっくりと顔を近づける。骨ばった乾いた指先が元親の着物の裾を開いた。腰布の上からでもわかるそれを、サンデーはほんのすこし躊躇しながら、布の隙間へ指を差し入れて抜き出す。灯りの、まだ宵の口で煌々とともる部屋で、いっそ醜悪な自分の象徴を目の前に、元親は羞恥に顔をそむけた。
サンデーは、けれど、指先をからめる。
顔が綺麗な面が、近づき、唇をあけた―――



「・・・ッ、待てって!!」



元親は、理性の欠片を振り絞って、力いっぱいサンデーを引き剥がした。
勢いあまって、サンデーは床に転がった。痛、と声があがって、元親は慌てて着物の上から自身を押えながら、すまねぇと情けない声で謝った。
サンデーは、ぶつけたらしい頭を手でおさえながら、不機嫌な顔を元親に向けた。
「何故止める。貴様が命令したのであろう、我に」
「そ・・・そうなんだけどよ、・・・すまねぇ、忘れてくれ」
元親は、ますます自分が情けなく恥ずかしく、首をすくめながら謝った。
サンデーは不満らしい。むぅ、と頬を膨らませている。せっかく我が、とぶつぶつ言う声に、元親は深いため息をついたが、彼がさほど傷ついていなさそうだとわかって心底安堵した。そして、行為を止められた自分を、ほんの少し内心で褒めた。
まだ裸のままぺたんと床に座り込んでいるサンデーに気づいて、ようやく猛りもおさまってきてから、元親はおもむろに落ちている法衣を肩からかけてやった。
「・・・ほんとに、すまなかったな、サンデー。けどよ」
元親は、ゆっくりと顔を横に二度、振った。
「いくら命令だからって、こんなこと、するもんじゃねぇ」
自分で言っておきながらのうのうとよく言うぜ、と、半ば己に呆れたが、本音だった。
(・・・もしかして、こいつはザビーにこんなこともさせられてたのか?)
気づいてしまって、非常にいまいましく思った。口にしたら、「そうだ」と肯定されそうで、そうしたらもう一度あの気味の悪い城に行って、本当に跡形もなくせん滅してしまいそうだったから、聞かなかったけれど。



「ほら。いいから、服着ろ」
サンデーは、不満そうだった。命令が完全に実行できなかったからだろう。服を着ながらぶつぶつ言っている。
「あの狐ならば、最後までさせるのか」
やがて服を着終わって、そんなふうに言った。
元親は思わず、激昂した。
「元就をそんなふうに言うな!あいつは自分で考えて俺のためになることをちゃんと黙ってやってくれるんだ。侮るんじゃねぇ!!」
元親の剣幕があまりに唐突で、かつ凄まじかったせいだろう、サンデーは一瞬びくりと震え、少し俯いてすまぬと謝った。
元親は、黙って自分の髪を片手でかきまぜる。
(・・・俺は、どうにも勝手者だぜ。こいつを元就の身代わりにしようとしたこともそうだし、・・・元就をかばってるふうで、ほんとうは・・・)
眠っているのをいいことに、最近元就のことをふと記憶から追い出していなかっただろうか。
元親は項垂れた。
「・・・あんた、今みたいなこともだが、・・・どんな命令でも、誰が相手でもきいてやんのか?そりゃ違うだろ。俺はそういうのは嫌いだ」
「・・・でも。命令であろう?ならば従うが道理」
元親は、サンデーの両肩を掌でしっかりとつかんだ。目を、覗き込んだ。
「いいか、サンデー。あんたはどうも・・・誰かに全部を預けたいって思ってるみてぇだが。人に丸投げしちまうのは確かに楽だ。でも、自分で考えて自分で決めて責任取ることが大事だろ?全部守ってもらえるのは子供のうちだけなんだぜ?大事なのは誰かがどう思うか、じゃなくて、あんたがどう思うか、どうしたいか、だろ」
「・・・」
話しながら、元親は自分を守っていてくれた父親のことを思い出していた。
影に日向に、元親をかばってくれていた。
「・・・俺は、あんたが困っていたら助けてやりたいと俺は思うが、俺の言うなりになるあんたは見たくねぇんだ。わかるか?」
「・・・・・・」
サンデーは、俯いたまま応えない。
元親は、ひとつ小さくため息をついた。
生き方を変えるのは難しいことだ。元親も知っている。一度で理解することなどできるはずもない。そして今の言葉は元親の考えを根拠にするもので、完全に他者が理解できるものでもないと、元親もわかっている。
「まぁよ、・・・とりあえず、俺は、あんたに命令する相手にはなりたくねぇんだ。な?」
「・・・我を嫌いだからか。我に愛は与えられぬからか?」
「いや、そうじゃねぇよ!そんなこと言ってねぇだろ。」
「でも、今。我に命令したくないと言った。それは我を見捨てるということではないのか」
必死さを増してくるサンデーに、すこし訝しさを感じながら、元親は極力笑顔で言った。
「そうじゃなくてよ、・・・なんてっか、もっと対等にありたいんだよな・・・命令する、されるじゃなくってよ・・・」
「―――つまり、我を背負うは嫌だということであろうに。利用価値がないと見るや捨てるか。貴様も同じよ、彼奴らと」



変化は、あまりに唐突だった。
急激に低くなったサンデーの声に、元親は一瞬きょとんとした。サンデー、と呼びかけながら顔を覗き込む。



「対等だと?うわべだけの虫のいい言葉よな」
「・・・おい、サンデー」
「己で考えろだと?己一人で背負えと?・・・童の頃より、誰もおらなんだ者はどうすればよい?」



「・・・サンデー?」
顔を上げないまま、サンデーの低い声だけが虚ろに響く。
「肉親を失い、頼る者もおらず。・・・家臣にすら裏切られ、一度は物乞い同然まで落ちぶれ、けれど必要となれば担ぎあげられ、望まぬ地位を押しつけられて。・・・そういう者は、・・・一度たりとも誰かを頼ってはならぬと申すか?己の力のみでなんとかせよと?ならば―――」
前髪に隠れていた切れ長の眸が、視線だけでぎろりと元親を不穏な光を湛えて見上げる。元親は思わずたじろいだ。
サンデーの肩に置いたままの掌は逆にきつく握りしめ、声を絞り出す。
「・・・おい。サンデー?どうした?」
サンデーは、笑ったようだった。
「どうせなら、思うとおりにすればよかろう」
いつもの笑顔ではなかった。
いつかの、狐神が豹変したときと少し似ていると元親は気づいて愕然としたまま、食い入るように見つめ。
見つめる先で、サンデーは押し殺した笑い声をこぼしつづける。



「くだらぬ感情に押し流されていてはどうにもなるまい?すべては運命という名の盤上の駒・・・くくっ、そうとも」



「・・・所詮は我も、駒のひとつ」



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