(29)


いつだったっけ、とふと考えた。
(この肉と熱持つ体に触れて抱いた――いや、抱き損ねたのは?)
命令だからと、あのときサンデーは言っていた。意志の籠らぬ行為と態度は、どこか可笑しいくらいに堂々としていた。今は違う。同じ顔と同じ声、釦をはずす指先も同じのはずが、むしろ気の毒なくらいに震えていた。
「・・・無理すんなよ。嫌なら、いやって、言え」
嫌だと言われたところでおそらく元親は逃すはずもない、ずるい自分を心のうちで蔑む。サンデーは、さらに俯ききつく唇をかむと、二度、強く頭を左右に振った。
「嫌では、ない。ほんとうだ。ただ」
怖いと。掠れた声が告げた。
抱かれることが怖いのではなく、自分で決めて動いた結果がやってくる、それが怖いのだろうと元親は理解する。対して、元親は、なにかに流されようとしている自分を哂った。サンデーという、この者に元親が求めていることは、先日彼に告げた約束(一緒に考えてやる、と)とは真逆で、ある意味酷い裏切りであるにちがいなく、けれどそれもすべて理解したうえで二人、暗い室内に抱き合っている。



サンデーは黒い法衣の釦をはずす。――が、元々が不器用なうえに緊張のせいか、指先はもつれ、うまく外れない。やがて元親は苦笑して、ぼそりと一言、下手だなあんたと言いながら自分も指をかけた。
自分でやる、と幼な子のように意地を張るのを、無理やりに指を離させ留め具を外す。開いた胸元は全身を覆う法衣のせいかはっきりと日焼けしておらず、黄色い燭の焔に浮かぶ色はなぜかとても白く見えて、元親はそんなことにも悲しくなった、―――あの狐の項や首元もこんなだったろうかと。見たことすらない。何年一緒にいたのだろう?
元親は黙って目の前にあらわれた哀れな首筋に噛みついた。
刹那、拒絶するようにサンデーの両方の掌が元親の体を圧したが、元親はそれをついと自分の両指先で絡め取ると畳の上に体ごと圧しつけた。
「・・・嫌なら、そう言えって、言ってんだろうがよ」
「・・・ッ、嫌ではない!」
意地っ張りの問答がむなしく繰り返される。元親は、強情な野郎だ、と呟きながら、首筋から喉元を伝い唇を滑らせ、サンデーの顎をぺろりと嘗めた。
そのまま、少しばかり乱れた呼吸を零すサンデーの唇と重ねる。小さな舌が元親の唇を割ろうとゆるゆると舐めてきて、元親は思わず笑った。笑った隙に口を開いてやると、柔らかい小さい舌が悪戯を仕掛けるように滑り込んでくる。
互いの柔らかい暖かい感触をしばらく二人でじっと味わった。
元親は薄く開けていた目を閉じると、ゆっくりとサンデーの頭髪に手を差し込む。指に絡む髪は細くてまっすぐで柔らかかった。いつも撫ぜていたものと、似て、非なるもの。
(もとなり・・・と、同じだ)
衝動的に、深く舌を吸っていた。
「んう・・・ッ」
サンデーがはじめて声を出す。抑えつける体が、微かに震えた。女のように柔らかではない。紛れもない武器持って戦う、元親と同じ性の者の固い体だ。女ならば華奢で細くて、と言ってやればよいのだろうが、ただ頼りなく肉の薄い、儚い肢体が、それでもそこに血が通って現実在るのだと思うと、また元親は悲しくなる。自分は何を長いこと求めて、見て、愛してきたのだろう?あれは本当にあった者か?つい昨日なくなってしまった(まだ半ば信じられない)ものの、在ったはずのしるしはどこにも無い。不安に元親は圧し潰されそうになる。
絡めた舌先は、甘い。
サンデーがん、と、さらに声を出した。聞きなれた声音のはずなのに、果たしてそうだったのか、わからない。
「・・・もとな、り」
元親は呼ぶ。
サンデーの目がうっすら開かれ、口元が歪むけれど元親は気づかないふりをする。一度呼んでしまえば、止まるはずもない。
「―――もとな、り、もとなり。もとなり、もとなり、元就元就元就、俺は」
あれは他人のものだからと、自分の気持ちに目を逸らしていなかったか。
最近は元親を避けるようになっていた・・・ように思う。口づけすら拒まれたこともある。
「俺は、おまえが、」
(もういないおまえが)
すきだったのに。すきだったのに。臆病になって自分の気持ちを誤魔化した、消えるなんて思ってもみなかったから。どうして、どうして、どうして。どうしていなくなってしまった?いなくなるのに、―――最後に彼はなんと言ったか。



“「貴様が」すきだった”



(お前は、ずるい。)
(そして俺も、ずるい)
消えることに気づいていたから、必要以上に近づいてはならないと自分を戒めていたのだろうか。そもそも彼は何者だったのか。なにも彼に伝えられなかった悔しさを、そうして今、同じ顔の別人にぶつけている。八つ当たりだ。
現実に目の前にいるサンデーの気持ちも、元親はうすうす知っていて、無視している。
(最低だ、俺は)
でも、とまらなかった。
此処にいない者の名前を呼び続けながら、元親はサンデーの体を貪る。サンデーは時折元親の愛撫の激しさに苦痛を感じるのか、浅い短い呼吸を繰り返し汗ばんだからだで、それでも嫌だとは言わない。



元親の親指が、サンデーの喉元を猫にするように擦った。こくんと、唾を飲み込む。手を移動させて、前開きの残った部分の釦を外していく。肩と胸部が顕になったものを、黒光りする法衣をするりと背面に下ろした。
背を撫ぜる。火照り汗ばんで、吸いつく感触が掌に心地よかった。
ようやく唇を放すと、そのまま肩口に元親は甘く噛み付いた。サンデーがきゅ、と目を瞑る。肩を食み、腕を食み、脇を伝い、胸元を舐める。胸郭がひゅうと啼く。薄い胸板が可哀相なくらい上下していた。
胸元をちろりと舐めると、サンデーの体が跳ねた。紅い実をちゅ、と吸った。歯をたてると、掠れた声を上げてサンデーの体は仰け反った。片方の手でまだくたりとしたままの棹の根を扱く、もう片方の指を後ろへ這わせていく。サンデーの体が硬直する。
「力抜け、・・・命令、だ」
サンデーは、抵抗しない。
おとなしく頷いて、可哀相なほどに大真面目な表情で、呼吸を繰り返す。元親は扱く先から零れる白蜜を辿らせるように秘所へ指を入れ少しずつ慣らしていく。違和感に叫びそうになるのか、やがて口元を掌で覆って、サンデーは声を殺していた。蠢いて、指先は、ある一点を弾く―――
サンデーの体が跳ねた。
「あ、ぁ、っ」
声が漏れる。指がしめつけられる感触に、元親は我知らず頷いた。少しずつ絡みつく熱と、とめどなくあふれてくる液体と。すっかり張り詰めた浅ましい自分自身とが、奇妙に此処に現実にいるのだとわからせてくれるようで、空しいながらも嬉しい。
元親はサンデーの中へずるりと侵入する。声にならない叫びが響いた。
「い、・・・うあ、ぁ、あ」
「力、抜け。動くぞ、っ」
締め付ける肉嚢は元親の延髄をこれでもかと融かす。すぐにでも破裂しそうで、何度も荒い呼吸を繰り返した。
ようやく律動を始めて、さっき探し当てた場所をそっと弾くと、サンデーはがくがくと痙攣した。
涙をこぼした。声も。
「・・・う・・・おゆるしくださ、・・・さま」
「・・・誰、だと?」



その言葉に元親は眉を顰め、問い掛けながら更に深くサンデーの中に自身を押し入れる。
「ッ、あ、あ、ああぁぁあ!」
「誰を呼んだ?誰を・・・誰を、俺は、お前は、誰を呼んで誰を抱いてるんだ?お前は誰だ?・・・俺は、誰なんだ?」
めちゃくちゃに、突いていた。嬲り攻め立て、もはや声を圧し殺すこともできないサンデーを抱いて、元親は泣いていた。
サンデーは、震える手を元親の髪へ伸ばした。
「いまは、・・・いま、は、」
元親は、サンデーを見た。
「我は、貴様の、あの狐。だから・・・だから、泣いても、よい」
「―――」
元親は、動きを止めた。



「・・・すまねぇ。すまねぇ、サンデー。すまねぇ、元就。俺は、俺が、俺のせいで」
「ちがう、貴様の、せいではない。彼奴は自分で消滅を選び、受け入れた。我にはわかる」
「俺は馬鹿だ。なんにも変わってねぇ、ガキの頃から・・・変わろうとして、変えてきたつもりだってのに、肝心なときには何一つ言えねぇなんて、終わっちまってから気づくなんて。それでも他の奴に・・・お前に弱いとこ晒して頼って甘えるしかできないなんて、結局根本から変わるなんてできないのか。俺は部屋の奥でうずくまった日陰者のまんまなのか」
「・・・そんなことはない」
サンデーは元親とつながったまま元親の白い頭を抱き、ゆっくりと静かな声で語る。
「たとえ定められた未来がひとつだとしても・・・選んだ道が間違っていたとしても。途中で弛まず考え望めば結末は何かが違ってくるかもしれない。ただそれを信じて最善を尽くせばよい。・・・誰しも、それしか出来ぬ。だから、それで、よい。・・・貴様が我に、言ったことだ、元親」
「・・・」
「そうすれば、いつかきっと、何かは変わるのだろう、望む方角へ。」



元親は、サンデーの胸で静かに泣き続けた。



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