(38)


元親は手はずどおり、毛利元就と対峙していた。
最後の滅騎すら破壊して、毛利はそこにたたずんでいる。
元親は、悲惨な残骸に変わってしまった自分のからくりを見つめながら、ゆっくりと毛利に近づいていく。
「・・・あんたのやり方はわからねぇ」
低い声でやがて告げると、毛利は予想していたとばかりに乾いた笑みを浮かべた。
「フン。なれ合いをよしとする男に何がわかる?」
「寂しい奴だな。・・・ひとりぼっちじゃねぇか」
泣いていた狐神が瞼に浮かんだ。
誰にも知られず消えたくない、と訴えたサンデーも。
何度やり直しても、同じ結果になるのか。同じように、この男は寂しいまま、一人で生きて、一人で消えていくのか?
同情され馬鹿にされたと思ったのか、毛利はひくりと頬を動かした。
「―――貴様は、何も知らぬ。我を理解できる者は、この世に我だけでよい!」



四国を守りたい。
彼のことも、捨てたくない。諦めたくない。近づきたい。
(それは可能か?)
元親が思う傍から、輪刀がうなりを上げて襲い掛かった。元親は碇槍で真正面から受け止めた。細身の体から繰り出される攻撃は見た目以上に重く、なおかつ俊敏で、かつて戦ったときのサンデーを思い出させた。
何度か打ち合い、鍔迫り合い、弾き飛ばし、また体勢を立て直して打ち合う。そんなことが数度続いた。何度めかの圧し合いになったとき、毛利はふいに背後に跳び退った。元親は、はっと足元を見た。何かが光る―――
「―――チッ!爆弾かよッ」
地面を転がり回避した直後、元親の立っていた場所から火柱が上がった。元親は起き上がると毛利を睨んだ。涼しい顔で小さく笑ったかと思うと、毛利は地面をけり、矢のように、影のように、元親に突進する。
「―――くっ」
かろうじて槍で受け止め、横に弾き流す。毛利はきれいな受け身を取った。元親は口の中にたまった、血の混じった唾液を吐き捨てた。
「口ほどにもない。息があがっておるな、長會我部」
「・・・うるせぇッ、勝負はこれからだろうが!」
槍の先から炎を吹き出し、先ほどのお返しだとばかりに地面にたたきつける。毛利めがけて火柱が数本上がる、毛利は、けれど軽やかにそれをかわすと重力を感じさせないいつもの足さばきで一瞬のうちに元親のすぐそばまで近寄り―――
「!!畜生ッ、―――」



元就の輪刀が元親の右脇腹を切り裂いていた。
いつかと同じ、場所。血が吹きあがり、元親の足元にぼたぼたと溜まった。元親は呻いた。
ちらと毛利を見遣ると、やはり涼しい顔である。狐神は同じ状況のとき可哀相なほど動揺したのに、目の前の同じ顔の人物は眉ひとつ動かさない。まるっきり別人だな、と元親は考えてしまい、こんな状況で想い人を思い出している自分を内心苦笑した。
脇腹を押えると掌に血がべたりと注がれたように塗れる。けれど元親はくずれない、膝もつかない。歩みを止めない。碇槍を振りかざし、切っ先を真っ直ぐに毛利へつきつける。
「おい、毛利元就。・・・あんた、なんでそんな、泣きそうな顔してんだよ。・・・勝ってるってのになぁ。何がそんな、つらいんだ」
「・・・先ほどから貴様は・・・ッ、我をそのような目で見るな!黙れ!!」
毛利は、ついに激昂した。



「五月蝿い、五月蠅い!我は貴様とは違う・・・貴様に何が、わかる?我を理解できる者は、この世に、我だけでよい!・・・我は、貴様なぞ」
毛利元就は怒りなのか、恐れなのか。体を震わせていた。
「貴様なぞ要らぬ。誰もいらぬ。我が毛利元就として生きていくために、馴れ合いは邪魔だ。これは我の意志。我は、我の意思で貴様の国へ攻め込むことを決めた」
それは、自分に必死に言い聞かせているようにしか元親には見えなかった。耳をふさぎ、目を閉じ、誰の声も聞かず、届かせず―――
「最初から我の命は、我の使命は、毛利の家の存続のためにのみ、ある。毛利を次の世代へ渡すのが我が使命。そのためならば、この身がどうなろうと構わぬ」
「そのために・・・それだけのために?毛利以外は、どうなっても関係ねぇってか?」
「いかにも。四国なぞ我には不要。天下の行く末も我の与り知らぬことよ。中国さえ、毛利の家さえあればよい。兵士たちも、我の命も、貴様らすらそのために存在するもの・・・所詮は盤上の駒のひとつに過ぎぬ。すべては、毛利の礎に!・・・それが、我の、意志だ。ずっと前から決められたことだ。・・・誰もいらぬ、誰も信じぬ。」



元親は、にやりと笑った。
「へっ・・・やっと、聞けたぜ。本音がよぉ」
そうして、一歩を踏み出した。



「ばっかやろ・・・そんな後ろ向きな生き方、」
元親は血の流れる脇腹をかばいつつ、前進する。一歩、また一歩。毛利に近づく。
「お天道様が許したって、俺が許しゃしねぇよ!じゃあ言わせてもらうが、あんた、毛利の犠牲になるために生きるなんて、かっこつけてるが。言い訳だって気づいてるかい?」
「な・・・っ」
毛利が目を剥く。元親はたたみかける。
「都合のいい逃げ口上じゃねぇか、自分が傷ついたときの、負けたときのための。へっ、笑わせるんじゃねぇよ!」
「・・・よくも・・・貴様、我を侮辱するか?その口を閉じろ!黙れ!」
「黙るもんかよ!!言いたいことは言わせてもらうぜ・・・俺は我慢ってやつが、大ッ嫌いなんだ、特にこういうことにはな!!」
元親の激情は、いつしか止まらなくなっていた。
「俺にはわかるぜ。人は、誰一人として駒なんかじゃねぇ。あんたは知ってるはずだ。わかってて目を背けてる。違うやり方があるかもしれねぇって、気づいてるのに、なんで変えようとしない?変わろうとしない?結局は自分の器量に自信持てねぇからだろ?部下たちに裏切られて傷つくのが嫌だからだろ?」
「減らず口を・・・叩くな・・・!!」



(あんたは覚えてなくたって、俺は覚えてる。確かに聴いた。俺があんたを抱いて、あんたが俺を抱いたあのとき。)



「たとえ定められた未来がひとつだとしても・・・ 選んだ道が間違っていたとしても、途中で弛まず考え望めば結末は何かが違ってくるかもしれない。ただそれを信じて最善を尽くす。俺たちは、それしか出来ねぇ、けど、だからこそせいいっぱい悩んで、考えて、走り続けて、そうすれば、いつかきっと、何かは変わる、望む方角へ。少しずつでも。俺は知ってる」
(あのときそう、もうひとりのあんたは・・・サンデーは言ったんだ・・・あぁ、確かにそうだ・・・だけど、違う。・・・俺は、その言葉を、最初から知ってる)



元親の目にふいに何処かの風景が映る。
いつかの、夢だ。
白い髪、蒼い眼の男。胸に怪我した小さな子供を抱いて彼は静かに語っていた。同じ言葉を。
ふと、その視線がこちらへ向けられる。まっすぐな視線が、元親の視線と交錯する。
誰が決めるというのか。誰でもない、自分なのだから。たとえ見えない未来に滅びしかないとしても―――
(俺は、諦めない)



「最初ッから一人ぼっちと諦めて、それで納得したフリして、なんも感じないってすました顔してんじゃねぇ。そんなもんは偽善だ!そうやってずっと欠けたまんまかい?お月さんだって、いつかは満ちるってのによ。それで、いいのか。いいわけがねぇんだッ」
「・・・戯れ言を・・・申すな・・・!!!」
「戯れ言なんかじゃねぇ!さぁ、もっかい言ってみろよあんたの意志ってやつを。そいつは俺の心をぶち抜くだけの力を持ってんのかい?」
「・・・貴様、そうやって我を篭絡する気か・・・何が望みだ?この状況で貴様に勝ち目があるとも思えぬが、その大言壮語、何を希い虚しく口にする?」
余裕を取り戻そうとする毛利に、元親はふと、優しい視線を向けていた。
「なぁに、簡単なことさ。・・・俺は、あんたが欲しいんだ。言ったろ、前にも」
毛利は、唖然と口を開けた。
「・・・中国の覇者を四国の海賊ごときが人質に?寝言もたいがいにせよ、貴様」
「―――人質なんかじゃねぇつってんだろうが!!」
元親は、叫び、ひとつの目で毛利を睨む。
「俺は、あんたと、一緒に歩いてみてぇんだ!あんたと普通に一対一で話をして、喧嘩もして、笑って、―――対等に」
「・・・何をくだらぬ冗談を・・・」
「俺ぁ本気だ!あんたを知りたいんだ。あんたが何を考えてそんな顔をしてんのか、話せる相手に、なってみてぇんだ。・・・確かに、中国つぶすより、天下取るより大それた望みかもしれねぇが、それが、俺の、望み、・・・だから俺は、此処にこうして、あんたと向き合って立ってる!!」
何度でも、一歩を、踏み出す・・・



「・・・あんたが我慢して堪えかねて自分を千切ってしまうくらい重い、ひとりで背負いきれねぇものだって、そして俺には荷が重すぎて一人で背負って立ってられないものだって。二人でだったら背負えるかもしれねぇだろうがよ!!!」



「毛利元就。そうやって目を閉じ耳を覆って欠けたまんま生きるか、・・・俺の手を取るか。全く違う可能性へ飛び込むか。あんたはほんとうはどうしたいか。言ってみろ。言えよ。」
元親は、手を差し伸べていた。
「俺を信じてくれ。俺は、あんたを裏切らない。約束する」
「・・・・・・信じる、だと?約束だと?なんと愚かな・・・」
「毛利。頼む。俺と、行こう」
毛利の表情が歪んだ。
顔を横にいやいやと振りながら、少しずつあとずさりしていく。
やがて吹っ切るように輪刀を天へかざす。
「からすきの星よ、我が紋よ!我に、力を。我、彼の者を日輪へ捧げ奉らん―――」
「後ろ向くんじゃねぇ!!」
叫ぶと斬られた傷から血が噴出したが元親は構わず前に、さらに一歩を踏み出す。毛利がひるんで武器を下げ、さらに後ずさる。
「目ェ開けろ毛利元就ッ!今更何かに祈ったりしなくったって、あんたもうとっくに、わかってんだろうがよ!」
なおも叫ぶ声は、遠い空に吸い込まれ、けれどぽかりと開けたこの場所で、不思議となにかに共鳴し、反響した。
うろたえながら、再び空に翳され、振り下ろされる輪刀の動きを見切って、元親は地面を蹴った。
毛利元就の武器をかいくぐりその懐に入り込んで、―――





元親は彼を抱きしめていた。
毛利の手から輪刀が落ちて、がらんと耳障りな音をたてた。そうとも、もうこんなもの必要ない、と元親は呟いて、腕になおも力を籠める。
「なッ・・・、き、貴様ッ、なにを」
「頼むから、よ・・・俺に、貸してくれよ。なぁ、毛利。あんたの時間を、すこしだけ。全部じゃなくていい、ほんのすこしだけでいいんだ、―――」
元親は、泣いてしまいそうになるのを必死に堪えた。
(つかまえた・・・やっと!)
「あんたも、俺を知ってくれ」
(あの狐としてではなく、サンデーでもなく、今までの毛利のあるじとしてでもなく)
「一人の、誰でもない、毛利元就として、・・・俺に機会をくれ。あんたにそんな顔ばっかさせねぇように、考えて考えて、やれるだけやってみるから―――」


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