六度月が満ちれば息絶えるであろう
我は命を舐り尽くす
骸(むくろ)から心の臓を抉り喰らうであろう
決して逃れられぬ 我も貴様も。
それを知らせぬ選択すら、出来ない

「そうか。なら、俺はお前の一部になるんだな。
それもいいもんじゃねぇか」

・・・笑った。笑うしかなかった。
何故そんなふうに言える?















(7)


元親は、母と姉たちの、見えなくなった目についての愚痴と憐れみの涙に諄々と付き合った。
実のところ喋っているのは女たちだけで、元親はただ黙しておとなしく座って、曖昧に頷いているばかりであったが。
何かあるごとにこうやって身近な女たちは元親の分まで話す言葉を持っていってしまう。女たちが賑やかなのは平和な証拠と思うけれど、このかしましい空気が、自分の他人とあまり関わりたがらない性質に影響を与えているのではないかと元親は常々思っている。
一人で部屋の中でからくりを造っているほうがずっと気楽だ。



土佐に戻ってからも、相変わらず元親は、「長男の務め」から逃げ、ただ部屋でものづくりに没頭して過ごしていた。
父が自分に何を期待しているか知っている。
けれど自分が果たしてそれに応えられるのかと彼なりに悩むことは多かった。
そもそも長男は最初から父親の跡を継いで家を守るべきであり、そんな迷いを持つこと自体が邪道である。それも分かった上で、元親は自分の行く末に何も見出せないでいる。大事な自分の家族を失うのは嫌だ、けれど武器を取って人を傷つけるのも嫌だ。
その一方で、新しい兵器には非常に興味がある。
自分の作った武器が一体どれほど人を殺せるものか、どうやればもっと殺傷力を上げられるか。そんなことを考えている自分に、夜っぴて設計図を引いて楽しくて寝るのも忘れてしまったその後に気づき、おそろしいまでの矛盾に愕然と手を止めることもままあった。
おろかなことよ、と言った元就の冷たい顔が、そういうときは思い起こされて、そっと眼帯に触れてみる。
眼帯を外して鏡をのぞけば、禍々しい赤黒い痣は顔の半分を埋めており、それを見るとまた怒りが沸いてくる。
まったく自分の先祖は物好きだ、あんな得体の知れぬあやかしを手なずけて。一体、何をどうやって、あんなに懐かせてしまったというのか。
ふと、最初に元就に会ったとき、彼が自分を「白い鬼」と呼んだことを思い出した。
元就の求めている自分の先祖も、自分と同じような姿をしていたのだろうか。
そうして、やはり「鬼」と呼ばれていたのだろうか。





月日は緩やかに過ぎていく。
元親は、京への旅以来、船に興味を持ち、船着場に一人で出かけるようになった。
そうこうするうちに船乗りたちや船大工たちと話すようになり、海賊と呼ばれる水軍についても少しずつ見聞を広めていった。
土佐の前方に広がる大洋は、果てしない広さ。その向こうに何があるのかとある日海賊の一人に問えば、至極真面目な顔で、若のような姿の者が住む島があるらしいと言われて元親は面食らった。
「俺のような?」
「ほんとうに、何十年に一度だが流れ着くやつがいるんだ。大抵背が高く、色が白くて目の色も髪の色も薄いという話だ」
「・・・鬼?」
元親はおずおずと問うた。
相手は笑って、鬼が島はこの四国らしいですぜ、本土のやつらに言わせりゃぁね、と自嘲気味に言った。



「鬼とは、すなわち異端」
元就はそう言って、元親を見つめる。
「代わりに特殊な力もあろう。貴様のその技術力のような。鬼であることを嫌うか?」
元親は応えない。
「他と違う、ってぇのは、ある意味孤独だと思うけどな・・・」
やがてぽつりとそう呟いた。
元就はただ、元親を見つめている。



水の傍にいるときは、元就はしばしば外に出てきた。大抵は元親の傍らで、じっと水面を眺めている。
水が好きか、と一度元親が問うたら、曖昧に頷いた。
「俺も、水―――海が、好きだな」
元親はそう言って、地図を眺める。
地図は好きだ。見知らぬ世界を想像させてくれる。
「・・・四国の者は、中央から見れば皆、鬼だそうだ。異端であることは、奴らにとっては面白くないだろうな。おとなしく従属せよと思ってやがるんだろうが」
元親は肩を竦める。
「そうだとしても、癪に障ることだ。田舎もんだと馬鹿にしているんだろうか」
「・・・確かに此処は鄙びておるな」
「辺鄙って、言いたいのかよ」
元親は、癪だったので元就の髪をぐしゃぐしゃとかきまぜてやった。元就は、呆気に取られて元親を見ている。
それから慌てて、触るなと言って離れた。
「なんだよ、伊羅、伊羅って、いつもは自分から近づいてくるくせに」
元就は困ったように元親を見た。
「・・・伊羅も、よく我に、そうした」
「じゃあ、いいじゃねぇか」
「貴様は我を覚えていないのに、何故同じようにする?」
元親も、困ったように元就を見た。
「・・・たまたま、じゃ、ねぇのか?俺にはわからねぇや。気に入った奴には大抵そういうふうに、するぜ」
「では貴様は我を気にいっているのか」
「・・・・・・」
元親が黙ってしまうと、元就はひとつ溜息をついた。
「・・・ずっと傍にいると言ったくせに。待っていると言ったくせに。我を起こすと、言ったくせに」
「・・・・・・」



「ずっと、か・・・」
元親は呟いた。
すべてのものは廻(めぐ)りゆく。止まっているように見えても少しずつ動いている。潮の満ち干のように。そうして、波が岩を穿つように、なにもかも少しずつ形を変えてゆく。
元親は自分の格好を見た。先日船乗りの一人が、南蛮ものだ、若に似合うとくれた不思議な外套を自分は今身につけている。そうして船の舳先で見えなくなった片目に棲む美しい妖怪と話をしている。
全く、なにもかも少し前まで想像すらしなかったことだ。
だから、明日がどうなるかは本当に見えなくて。失った片目の視力が残っていたとしても、それはきっと見えなくて。
いつか、自分は戦場に立つだろう。その初陣で死ぬかもしれぬし、運よく生き残ったとして、また次の戦に出て、それから?
ずっと、今のままではいられないと知っている。



「・・・中央のやつらに、田舎もんと馬鹿にされてんのぁ、ほんと癪だなぁ」
話をさらりと戻して、元親はひっそりと溜息を吐いた。元就が金褐色の目でじっと自分を見つめている。苦笑して、今度は先程よりもう少し優しく頭をなでてやった。
「お前が、俺をさっさと伊羅でないと気づいて、諦めてくれりゃいいんだがなぁ」
「貴様は伊羅だ」
「伊羅じゃねぇ、元親だ」
「・・・元親、我がすきか?」
ふいに降ってきた思いがけない問いに、元親は吃驚して元就を見つめた。
(好きか、だと?)
片目を奪われて好きも何も、と内心歯噛みしたが、けれど悪意のなさそうなきれいな元就の顔を見ていると、そうきっぱりと言ってしまうのは憚られて、元親は言い淀む。
「・・・まぁ、きらいってんじゃ、ねぇわな」
「きらい?とは?」
「すき、の反対だ」
そう言うと、安心したようにそうか、と頷いて、元就はふわりと空へ融けた。



元就の頭を撫ぜた掌をじっと見つめて、元親は、最初に出会ったときより随分と、自分の背が伸びていることに気づいた。同じくらいにあったはずの元就の視線も、いつの間にか随分下になっている。
そうして、元就は全く姿が変わっていないことにもあらためて思い至った。
あやかしだからか。輪廻とは無縁のものなのだろうか、彼は?
もし伊羅が本当に彼と一緒にずっといたいと望んでいたのだとしたら、辛くなったのは伊羅ではないかと元親は思った。どんどん変わっていく、年老いていく男に、無邪気に「ずっと一緒にいたい」と願う、時間の制約を受けぬ者。
それが封印の理由でもあるまいが、と元親は苦笑する。
全ては想像で、そうして元親には、さしあたってそれほど重要なことではなかった。元就は相変わらず目を返すつもりは無いようだし、どの祈祷師の祓いの技もまったく効き目がないからには、彼を受け入れて、片目でも戦場で生き残るあらゆる方策を考えておくしかない。
元親はまだ死ぬ気はない。父と同じことが出来るとは思っていないけれど、そうして「ずっと」同じ生き方ができるとも思っていないけれど。
田舎と馬鹿にされていても、この土地が好きだ。畏れの目で見られることがあっても、家族やこの土地の者は大切だ。見知らぬ誰かに、好き勝手荒らされるのはきっと我慢できない。
せせこましい小競り合いなぞ早く終結させて、土佐を、四国を、もっと強くしなければ、いつか失うだろうと恐れる。
自分は、守れる者として、変わっていけるだろうか。
そんなふうに、変わっていけるだろうか。


(8)