本質がほんとうの姿だなんて、決まっちゃいねぇだろうが
心だって変わっていくんだ
お前が「今」、どうしたいか、何を望むかだろう?

・・・水は食(うか)を産み、食は産み殖やす
我は殖やすため命を吸い、
命を吸うため血を求め、
やがて暗闇を呼び、暗闇に落ち、
姿を変え、
―――それから?

















(8)


元親は舳先で一人、項垂れていた。
「若。もう誰も責めちゃいねぇんだから元気出してくださいよ」
背後から船乗り仲間の一人が声を掛けてくれたが、申し訳なくて顔を上げられない。
すぐ隣で元就がじっと見つめる気配がするが、わざと無視している。
やがて、
「・・・本当に、貴様は伊羅ではないのかもしれぬ」
しんとした言葉が響いて、元親は何故今そんなことを?と顔をあげた。
元就は涼しい顔で言ってのける。
「なにせ、貴様、伊羅ほどに賢くない」
元親は、それを聞いて真っ赤になってむくれたが、密かに傷ついた。
「・・・うるっせぇな!俺だって反省してんだ。このうえお前にまであれこれ言われたくねぇよ・・・」
「貴様のせいでこの船は居場所を見失ったのであろうが。なのに一人このような場所でいじけていていいのか」
「・・・何もしないでいいから、じっとしてろって言われたんだよ」
元親はまた、胡坐をかいた姿勢でがっくりと項垂れた。
ふいに、ふふ、と笑い声がした。元親は驚いて顔を上げた。視線の先で、いつも無表情な狐は、袖で口元を隠しながら間違いなく笑っている。
ぽかんと口をあけて見つめていると、笑うのをやめて元就は元親を訝しげに見返した。
「どうかしたか。元親」
「・・・い・・・いや、べつに・・・」
あわてて元親はそっぽを向いた。そんなふうに彼がごく普通に笑う姿を初めて見たせいで驚いたのだろう、と自分を分析してみたが、それ以上に。
―――子供のように笑う元就は、可愛かった。



父が元親に、船で北の国へ行くことを持ちかけたのはひと月ほど前のことだ。
産業奨励と通商のための情報収集が主な目的だったが、父は当然行けない。本来なら家老の一人が名代になるのだが、相変わらず暢気な元親のためと思ったのだろう。
父の頼みということもあるし、船はあれ以来大好きで、それこそ、外出と言えば船着場と造船所ばかりになりつつある元親は、二つ返事で承諾した。
聞けばずっと北へ、陸伝いに遡上して、主要な港で順次停泊するという。奥州までのけっこうな長旅だったが、元親は上機嫌で荷物をまとめ、船上の人となった。



船は四国を阿波まで陸づたいに上り、そこから難波の港へ行き、物資を積みおろした。そこからは今度は紀の国の半島を伝って、伊勢へ。
さらに北上し、東国へ、それから奥羽の国々へ。
元親は終始上機嫌で、海の上では海図を眺め、船の設備を見てまわり、港に着けば荷物の売り買いのために市にも足を運び、さらに滞在している間に手近の街へも繰り出したりなぞしている。



それが、ある港の市で、元親は今までに見たことのない道具や武器を売る店を見つけ、夢中になった。
もともと武家の長男で、買い物などはろくにしたことがない。物の値打ちや、それに見合う値段の相場なども知らない。日頃、どうしても欲しいというものもなく、欲しいと思ったものがあっても大抵は父や側近に言えば難なく手に入った。
店主に、これが欲しいがいくらか、と問えば、それは傍に側近の者や船員の誰かがいればすぐに難色を示し、せめて値切るなりしたであろう金額であった。が、元親にはわからない。そうか、と言って、いくつかを手に取り、そのまま店主の言葉どおり、持っていた金子をありったけ置いて帰ってきた。
土佐から目付け役としてついてきていた者に、ほらこんないい買い物が出来た、こういう値段だったと言って見せると、目付け役は血相を変えて飛び出して行った。
しばらくして項垂れて帰ってきた彼に問えば、もうその店はいなくなっていたと。
何故そんなことを?と問う元親に、家臣は苦言を呈した。
「それは、そんな法外な金額のするものでは御座らぬ。若はだまされたのですよ」
元親は、ただ驚くしかなかった。



そんなわけで、最初に父から受け取っていた金子を大部分使ってしまった元親は、それでも船にいる限りは大丈夫とばかりに、実はあまり気にしていなかった。
最後に寄る塩竈の港に間もなく着くというときに、元親は船の舵を色々調べているうちに、妙な具合にしてしまい、焦って元に戻そうとしている間にどうも壊してしまったらしい。
生憎と夜半で、誰かを起こすのも、また助けを求めるのも癪で、元親は一人舵と奮闘していたのだが、結局呆れた元就にたしなめられ、どうしようもなくおそるおそる船長に言ったときには時既に遅く、船は進路を大幅に変えてしまっていた。
天候もあまり芳しくなかったせいかもしれないが、とにかく船は港に寄ることはできなかった。
北上して手近な港で物資を補給することになったが悪いことは重なるもので、そのまま嵐になった。
元親は荒れる海を船室の柱につかまりながら眺め、心底後悔した。皆が忙しく帆を降ろし、舵をささえて船が沈まぬようにしているというのに、自分は何もできない。ばかりか、その原因を作ったのは自分である。本来ならばとっくに港について、今頃は錨を下ろしていたはずだったのだ。
やがて嵐は去って皆ほっと胸をなでおろしたが、船は随分と北上してしまっていた。
奥州は広い。さらにその北側には蝦夷地が広がるはずである。そこまで行ってしまえば、いまだその航路へ入ったことのない者が大部分で、皆は不安になっていた。元親は当然、自分の非をますます責めるばかりであった。
そうして数日後、小さいながら人里のようなものが見え、元親たちはそこへ船を着けることにしたのであるが。



漁村の者たちは概ね好意的―――に、見えた。船は明らかに商船であるし、乗っている者も商人と生粋の船乗りばかりである。元親とその側近を除いて、だが。
元親は、責任感に苛まれていた。
実のところ、船の食料も水も、少なくなっていた。ここで補給できなければ後はどうなるか。
自分の金子も、先日の騙された買い物であらかたなくなっており、大層心もとないが、しかしそれでも、自分で何かを調達してこないことには気がすまなかった。
乗組員たちは、別に若のせいじゃねぇと言ってなだめてくれているが、元親はとりあえず危ないことはしないという約束で船を下りた。物騒な時代である。先に土地を調べておくのは決して無駄ではない。
ただ、元親は、実戦の経験も無い。何かあったときにどうにかできるのかと問われれば、答えに窮してしまうしかない。
「・・・とりあえず、武器はあるんだ」
そう言って、元親は足元の巨大な碇を模したものを肩に担ぎ上げた。船員たちは目を丸くした。
この前の買い物した部品で、作った。まだ試作段階なんだがと、言って下船する元親を、皆が危ないからやめろと止める。
「大丈夫だ・・・多分。この槍、ちょっと面白いんだぜ、見とけよ」
元親はその槍をおおきく振りかざす。すると、切っ先から炎が噴出す。
皆がおお、と声を上げた。元親は少し気をよくして、得意そうに胸を張った。
「面白いだろ?威力も上がるし、ほかにも」
「・・・一度も実戦に出たことも無いままに、結局は火薬に頼るか。情けない」
いつの間にか傍にいる元就の冷静な一言に、元親はうっと声を詰まらせた。
「・・・五月蝿ぇぞ、元就」
呆れ顔の元就をひと睨みすると、船員たちの心配そうな目に見送られて元親は、漁村の者に教えられた山の中の里へ向かった。
そこが、このあたり一帯を治める者たちの根城で、食料もそこに蓄えられているということだったから。



比較的なだらかな斜面を登り、目の前に開けたのは、一面の、うっすら雪化粧された台地だった。
南国育ちで雪もろくに見たことがない元親は、最初大喜びではしゃいでいたが、やがて寒さで口数が少なくなっていった。元就がまた可笑しそうに自分を見ているのに気づいて、不機嫌そうに睨んでやる。
「お前はいいな、寒いとかも感じないんだろ」
「寒いかどうかは兎も角、本当に物を知らぬ奴だと思ってな」
むっとして睨んだところで、元就が何かを見つけたらしく、上空へ舞い上がる。
「元親。村があるぞ」
「お、有難ぇ。城とか、ねぇか。屋敷とか」
「・・・無いな。ただの農村のようだ」
元就は、さらに上空に上り調べてくれているようだった。やがて降りてきて、首を傾げた。
「この一帯には、山城らしきものはない」
けれどほかに当てもなく、仕方なく元親は村へ向かって歩いていく。



村は、砦のような外壁に守られていたが、ところどころ中の建物が崩れかけているのが、外からでも見て取れる。
戦乱の影響がこんな村にも及んでいるのかと胸を痛めながら元親が近づくと、門番らしき者たちの顔色が変わった。
止まれ。どこから来た?問われて、元親はできるだけ丁寧に名前と、ここに来た目的を答えた。
しかし、一応は大名の子息だと言うと村人たちの顔色が変わった。
「さむらいか?」
「・・・そうだけどよ」
問われる内容に元親は首を傾げる。だが、不審に思う間もなく急に慌しく鐘が打ち鳴らされ、元親があっけに取られている間に、門はばたんと閉まってしまった。
「おい!おい!!なんだよその態度はよ!!ちっとくらい、米分けてくれたっていいだろーが!金なら払う―――」
「たしか、あまり残っておらぬはずだが」
「うるせぇ、黙ってろよ元就!」
元親は焦った。中に入って、この村の長に話をしなければ皆のもとへは帰れない。
何度か大声で呼ばわったが、反応は全く帰ってこず、元親は途方に暮れた。
「畜生。扉、ぶっとばすか。いや、それは駄目だな・・・どうすっかなぁ」
「・・・やれやれ」
元就の声と同時に体が浮き上がって、うわっと元親は大声を出した。
「な、なんだ!?」
「中へ入ればよいのだろう。我が運ぶだけは運んでやる」
「・・・あ、ありがてぇ。すまねぇな元就」
「ただしあとは知らぬ」
砦の壁を越えたところでぽい、と途中で放り出され、元親はべたんと派手な音をたてて地面に顔から落ちた。何すんだ元就、と顔を上げたところで、農具を振りかざした男たちに囲まれていることに気づいた。
「あんた、どうやって入ってきただ?鬼か、蛇か?」
「・・・えーと、鬼、ではあるかもしれねぇが、俺はただ米を少し・・・」
「鬼だ!鬼のさむらいだ!やっちまえ!!!」
申し開きする暇もなく襲い掛かられ、元親は慌てて槍を担いで逃げ出した。途中で追いつかれそうになって、仕方なくまだ本当に一度も使ったことのない機能を使うことにした。槍に飛び乗ると、穂先から火薬を爆発させ、噴射させる。
「・・・・・おわぁッ!!?」
予測していた以上の推進力に、元親は振り落とされそうになるのを必死で槍にしがみつく。槍はものすごい勢いで炎を吹き上げ突進する。目の前にひときわ大きな農家が現れた。方向転換について考えていなかった、と気づいたときは遅く------



「い・・・いってぇ・・・・・・・」
農家の壁に激突してやっと止まり、元親はぶつかったからだのあちこちをさすって立ち上がった。なんとか軽症ですんだようだ。
煙が上がっている。ざわめきが近づいてきて、元親は人垣に囲まれていることに気づいた。見れば、先程の農民たちが遠巻きに、怖々とこちらを窺っている。その視線の先に気づいて振り返れば、元親がぶつかった農家は壁に大きな穴が開いていた。
「・・・弁償だな、こりゃ・・・」
元親はがくりと肩を落とした。



「・・・おめぇさん、何者だ?なして、おらたちの村を壊すだ?」



凛とした高い声が響いて、元親は顔を上げた。
目の前に、まだ12、3歳の少女が立っている。巨大な槌を地面に立て、元親を睨んでくる。
「す、すまねぇ・・・壊すつもりはなかったんだ、ちょっと制御が上手くいかなくて」
元親は、自分より随分小さい少女の体に向かって、頭を下げた。
少女からは、けれど敵意がみなぎっている。
「あんた、そもそも、どうやってこの村に入っただ?門番のあんちゃんたちを、もしかして殺してきただか?」
元親は慌てた。
「ち、違うぜ!塀を乗り越えて」
「どうやって、あの高い砦を越えられるってんだ?あんた、何が目的だ。さては魔王の手下か?」
「・・・魔王?」
「織田信長だ!!!」
聞こえてきた名前に、元親は驚いた。
その者を、もちろん元親も知っている。天下掌握にもっとも近い位置にいると言われている男だ。勝つためには手段を選ばない非道の者だとも。こんな北の大地まで侵略の手を伸ばしているのか?と驚きを隠せない。
「あいつら、この前もおらたちの仲間の村を焼いた。あんたも仲間か、そうなんだべ?」
「ち、ちが、・・・俺は織田の縁者なんかじゃねぇよ!!」
「でも、さむらいだべ。さむらいは悪い奴だ。おらたちから搾り取るだけしぼりとって、村を焼く」
「違うって!俺は、乗ってた船が遭難して、皆の食料を少しわけてもらおうと―――」
元親が必死に説明していると、
「・・・ふむ。叛乱兵か。この国ではなんと呼ぶのだったか」
声とともに、元就が背後に現れた。
元親は少女や皆の前だと忘れて、振り返ると声を荒げた。
「ややこしいから話に割り込むなよ、元就ッ。お前が俺を村の中にいきなり放り出すからこんなことに・・・」
元就は呆れたように溜息を吐いた。
「貴様が今詰問されているのは、貴様が勝手に、その玩具で飛んでいって家を壊したせいであろうが」
うっと言葉につまって、むすっと元就を睨むと、あぁわかったよ俺の力でなんとかするさ!と少女に再び向き直る。土下座してでもなんでも、ここは相手を説得しないといけない―――



そこで元親は気づいた。
少女は驚きに目をいっぱいに見開いている。
その視線の先には、元就がいる。元親以外の人には見えないはずだが、しかし。
「・・・あんた。この前の、わるいおさむらいじゃないだか・・・!!!なして、此処へ?仕返しに来ただか?」
「え?お前、何言ってんだよ、俺は」
答える元親に、
「あんたじゃねぇべ、その緑の服のやつだ!!!」
少女は叫んだ。
元親と元就は驚いて顔を見合わせた。
「お前・・・こいつが、見えるのか!?」
「何をしらばっくれてるだ?この前、おらたちにひどいこといっぱい言ったでねぇだか!!おらたちのこと馬鹿にして・・・農民ごときって」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ?俺はあんたに会うの初めてだし、こいつだってそうだぜ、なぁ元就?」
元就は答えない。
ただ、少女の握る大槌をじっと見つめている。
少女が、叫ぶ。
「神さま、おらに力を!わるいおさむらいは、おらがやっつけるだ!!!」



声とともに大槌が輝き、少女は凄まじい勢いで、自分の体の数倍はあるかという巨大なそれを振り上げる。元親が唖然としていると、元就が前に立った。視線は相変わらず大槌に注がれている。
「・・・、我は既に貴様なり。忘れたか?」
誰に対しての言葉なのか。
元就の姿が変わってゆく。
金色に輝く、白い狐の姿だった。
言葉もなく、ただ見つめるだけの元親の目の前で、少女の大槌が狐となった元就に振り下ろされる。あぶねぇ元就と叫んで元親が自分の槍を振り上げるより先に、ぱあっと眩しい光が起こり、元親は眩しくて目を瞑ってその場に膝をついた。



やがて光が収まったとき、おそるおそる目を開けた元親の前に、ぺたりと、元親と同じように地面に膝をついた少女。その前に、狐から姿を戻す元就がいた。初めて会ったときのように、ふわふわと金の糸くずが舞っている。
大槌は、光を失って地面に転がっていた。
「愚か者。我は貴様の神の同族ぞ。通じると思うてか」
「あ、あんたいったい・・・?女神さまの知り合いなのか?わるいおさむらいじゃ、ねぇだか?」
「言っておくが、我は人ではない。貴様の言う相手は、人であろう?」
それから、元就は地面から大槌を拾い上げると、空に向かって軽々と投げ上げた。大槌は、一瞬光ってそのまま空に融けた。それを見て、少女は正座すると深々と元就に頭を下げた。
「も、申し訳ねぇ、あまりにそっくりだったから、おら人違いしちまって・・・」
「あのよ・・・話がよく見えないんだが・・・」
元親がおそるおそる声をかけると、少女は、元親にも、ぺこりと頭を下げた。
「にいちゃんにも、すまなかっただ。話もろくに聞かねぇで」



少女はいつきと名乗った。彼女が実質的なこの辺り一帯の農民たちを束ねる長だと聞いて、元親は驚いた。
戦乱のせいで田や畑を焼かれ、また戦に男たちが狩り出される。さらに、凶暴になった侍たちが農村から略奪を繰り返す。
そういう事態を憂いていたいつきに、信奉する豊穣の神が、力を授けてくれた、ということだった。
その力を使って、攻め寄せる軍や、略奪する盗賊と化した侍の集団から村を守っているのだという。
火薬と武器を扱う元親には、そういう話はぴんとこなかったが、けれど現に目の前でいつきの怪力を見たこともあるし、元就という存在を身に棲ませている現在なので、いつきの話は素直に受け入れてやろうと思えた。
元親は、壊してしまった農家の弁償を申し出たが、結局金子は僅かしかなく、いつきはそれについては笑って許してくれた。女神さまの使いのこのお人に免じて、という一言がついていて、元親はばつが悪そうに元就を見るしかない。元就は無表情で座っている。
結局、元親の持っていた金子で、いつきたちは蓄えていた米や食糧を分けてくれた。元親はひたすらに彼らに感謝して、村を後にした。
「・・・今回は、お前に助けられたなぁ。ありがとよ、元就」
帰り道、そう言うと、元就はきょとんとこちらを見た。
ありがとう、という言葉の意味がわからないのかなと、元親は頭を丁寧に撫ぜてやった。
「お前がいてくれて、助かった」
「・・・・・・嬉しいのか?元親?」
「おぅ。嬉しい」
言うと、元就は元親をじっと見つめた。そうか、と言うと、ふわりと笑った。
「我も貴様の役に立てて嬉しい。伊羅」
(・・・俺じゃなくて、伊羅に、かよ)
元親は少し、わけのわからない感情がこみあげたが、黙ったまま元就の頭を撫ぜ続けた。



船に戻り食料を皆に渡して、元親は役目が終わったとばかりにそれから半日眠ってしまった。
眠りの中で、夢を見た。夢の中に、元就にそっくりな青年がいて、いつきの村を焼いていた。泣き叫ぶいつきに、表情ひとつ変えずに、米が無ければ麦を食えばよい、と言い放っていた。
やめろ元就、と叫んで、元親ははねおきた。
傍らから声がした。見れば元就が、静かにそこに座っている。
元親は思わず手を伸ばし、探るように元就を抱き寄せた。子供のような仕草に、元就は驚いている。
「どうした?」
「いや・・・いつきが言ってた、お前にそっくりの奴ってのを考えちまって」
いつきの話では、冷酷無比の男らしかった。たぶん、今見た夢はあながち間違ってないのだろうと元親は思った。
けれど、この、自分のよく見知った顔が、あんなことを言うのは辛いと思う。本当にその青年が現実にいるのだとしたら、なんとかやめさせたいものだと、元親は考えた。
思いを見透かしたように、元就が腕の中でくつくつと笑う。何が可笑しいんだよと口を尖らせると、貴様はそんなことより、今回の旅をきちんと反省すべきだと言われて、元親は鼻白んだ。
窓の外を見る。
船は、鏡のように穏やかな海を、何事もなかったかのように静かに進んでいた。


(9)