『・・・さて彼は言った。
この土地からお前を追い出そう。
お前が棲めぬよう封じよう。
これから何万の月満ちた後、海にくろがねの橋が架かるまで、
お前はこの土地に再び渡って来ることは出来ない』
彼の封は破れない。
約束を違えればさてどうなるか?




















(9)


「・・・これで何をしたいというのだ?」
元就の呆れたような口調を大して気にもせず、元親は鼻歌交じりに背を向けて立っている。上機嫌のまま元就に、
「だいぶ出来ただろ?お前、こいつと一緒に遊んでみるか?」
「・・・冗談ではない」
元就は水干の袖口で口元を覆って眉を顰めた。人間のような仕草に元親は笑った。
二人の目の前にあるのは巨大なからくり。元親が最近部下たちと一緒に作っているものだ。
普通の館よりも背が高い。四本の脚らしきものがあって、まるで巨大な動物のようにも見えた。そこかしこに重火器を仕込んであるのが火薬の嫌いな元就には分かるのだろう。
「・・・形は、象、のような」
「お!元就、象、見たことあるのか」
身を乗り出し、手元の、自分の描いた絵を見せた。
「こういうやつだろ?」
それは大陸渡来の戯画を模写したものだったが、元就は少し躊躇しながら頷く。
「大きいんだろ?なぁ、本物もこんなぐらいか?」
「これほどには大きくないが・・・やはりこれは象を模したか?」
「の、つもりだが、実物見たことねぇから、間違ってんだろうなぁ」
「確かに色々と違うな」
「そっか。いつか、本物、見てぇなぁ」
そうして、元親は目を輝かせた。
「今度お前、一緒に行こうぜ。案内してくれよ。天竺にいるんだろ?象ってやつはよ」
元就はきょとんとした表情を浮かべた。
「・・・相も変わらず、幼き男よな」
呆れたような口調だったが、咎めているわけではないらしい。考えておこう、という小さい呟きが聞こえて元親は内心でやった、と思った。
元就はそれには気づかなかったのかもう一度、これで何をするつもりか、と問う。元親はにっと、それこそ子供のような笑みを浮かべた。要塞をな、作ろうと思って-------
「要塞・・・防御のためにか」
「おう。すぐに出来るもんじゃねぇけど、俺の作るもんで、効率のいい防御壁として機能すりゃ、便利かなと思ってよ。親父の役にも立てるかと思うし。これァ、そこの守りの要にしようと思ってよ」
元就はいつもの、首を傾げる仕草をした。
「・・・そのようなことよりも。貴様がさっさと初陣を飾れば、父親は安堵するであろうに」
元親はその意見には、苦笑するしかない。



最近、父の体調が芳しくなかった。当の本人はまだまだ元気だと強がっているが、長年の無理が祟っているのか、風邪を引き込んで寝込むことがここしばらく続いている。
ずっと丈夫だった父を知っているだけに元親は心が痛んだ。
折悪しく、姉の嫁いだ隣国の動きがどこか不審で、油断が出来ない。姉は身の危険を感じ、すでに戻ってきている。事態は元親が思うより深刻なのかもしれなかった。
だから自分の出来ることで何か出来ないかと考えたのは事実だ。自然の摂理に従えば父が自分より先に逝くのは当然のことで、そうなれば元親が長曾我部の一族を率いていかなければならないのも自明の理であった。
実際は元親はいまだ初陣を飾ったことがない。父と共に戦場に立ったこともない。
家臣たちがそのことを不安がり不満とし、引き篭って好きなことに没頭する嫡男の元親を、あれの心根はまるでおなごのような、「姫」若子だと陰で揶揄していることも知っている。
それでも元親の意思を尊重して、今まで出来る限り好きなようにさせてくれた父親に、元親は感謝しているし、何か役に立ちたいと思う。まだ、兵士たちの先頭に立って父のように采配を振るうこと自体への恐怖も迷いも消えないのだが。
正直、自信が無いわけではない。
兵法や情報戦についても、勿論自分の得意な新兵器を使っての戦も、机上では考え抜き今までに密かに積み重ねてきた。ただそれを使って、たとえ敵とは言え自分と同じ血の通った相手を殺せるのかと問われたら一歩を踏み出すのは元親には難しいことだ。
父はそれを知っているから無理をさせないようにしてきてくれたが、長男に家督を継がせるというこの時代の大原則を崩す気が父にないことも事実だった。元親は、近い将来、いよいよ腹をくくらなければならないと感じて、少しばかり胸が圧し潰されるような気分では、ある。
そういうときに、元就はよく外に勝手に出てくる。
貴様がもやもやと考え事をしていると居心地が悪い、と憎まれ口を叩いているが、実際何も言わなくても、ただそこに元就がいるだけで元親は随分気持ちが楽になるのだった。
元親も何も言わず、ただ笑って、そのまま元就と連れ添ってふらふらと視察へ出かける。
国民(くにたみ)たちが、ごく自然に挨拶してくれる。元親も、ようと手を挙げてそれに応える。
最近、自分に対する人の目が気にならなくなったのは、元就がいてくれるからか。
それとも、自分に、少し自信が出てきたせいだろうか。
変わっていくもんだな、と思う。自分も、他のものも。



やがて完成した巨大兵器を前に元親は、一緒に作り上げた若い部下たちと祝った。
試運転も問題なく終わり、父たちを吃驚させられて元親は上機嫌だった。
元親が驚いたことに「木騎」と名づけられた兵器は評判になり、国の外からも見に来るものが現れた。前田の当主が妻を伴って現れ、すこぶる気に入ったらしく一台同じものを作って欲しいと注文して帰って行ったのは望外のことだった。
部下たちも同じのようで、アニキすごいっすね、としきりに褒めてくれる。面映いようで素直に嬉しかった。
船に乗るようになってから、同じ年頃の部下が数多く出来て、それも元親には嬉しいことだった。自分の苦手なことや足りない部分を補ってくれる。部下たちも、おおらかで賢いけれどどこかほうっておけない雰囲気の元親を慕ってくれているようだった。
ただひとつ問題なのは、注文を受けた以外には、自分たちで兵器開発をする場合お金がかかることで―――相変わらず、ねじ一本や弾丸ひとつ、飯屋の丼一杯くらいの金勘定は出来ても、大きな金額になるとそれこそ長男の本領発揮とばかりに「丼勘定」になる元親だったが。おかげで元親の所領は大抵赤字だった。
それを指摘するのは部下たちだけでなく元就もそうだった。
元就は最近よく元親の体の外に勝手に出てきては、人間の子供のように絵物語をめくってみたり、真面目な顔で兵法の抗議を一緒に聞いていたりして、そのついでとばかりに元親の金銭感覚の無さを指摘する。元親は面白いやつだなぁと思って見ている。
「お前、だんだん人間みたいになってきたな」
そう言うと、ぽかんと元親の顔を見つめ、元就はつんとそっぽを向いた。
その仕草こそが人間らしいのだが。元親は内心可笑しくてしょうがないのだが黙っている。
一見無意味で他愛の無い会話が、元親は楽しいと思っている。元就もそうだといいなぁと考えている。そういうときは、左目のことを思い出しても、特になんとも感じなくなっていた。


(10)