コイビトバトン





(1)


けたたましいメール着信音に、元親は飛び起きた。こんな曲設定した記憶ねぇぞとぶつぶつ呟きながら枕元の携帯を手に取る。送信者は伊達政宗で、元親はさてはこの着信設定もあの野郎の仕業だなとベッドの上に胡坐をかいてメール画面をじっと見る。
寝起きのせいで文字が頭に入らない。元親は顔を光の差すほうへ向けた。
カーテン越しの朝の光はまだ弱く、政宗が起きてこのメールを送るような時間ではない。配信設定をしてあったのだろう。目覚ましがわりとでもいうつもりだろうか。元親は政宗のそういう悪戯っけのあるところがけっこう好きだが、昨夜部活の後大量の物理のレポートを書いていた身には早起きはきつかった。
ふと、元就は朝日より少し前に起きるとか言ってたな、と思い出した。慌ててカーテンを開けると、今まさに日輪が昇ろうとしているところであった。住宅地の屋根の向こうにではあるが、それはなかなかに神々しいもので、元就が朝日の煌きが我は好きだと、小さな声で主張した一言が思い出されて元親はなんだか得をしたような気分になった。
(よし、今日毛利に教えてやろう。今日俺ぁ朝日より先に起きた、てな。あんたと一緒の光見たって言ったらどんなかおすっかな、アイツ)
現金なもので、強いられた早起きで不機嫌だったこともサッパリ忘れて、寧ろ政宗に感謝したい気分になっている。案外気の利く政宗はそこまで考えてこの悪戯を仕込んでいたのかもしれなかった。



さてメール内容は、と、あらためて元親は目をこすり読み始めた。
(・・・恋人バトン???)
あーブログなんかでよく回ってるアレか、なんでまたそれを携帯メールで送りつけてくるんだ?と元親は呆れた。仕方ないのでのろのろとベッドから降りながら読んでみる。
(・・・なんだぁ?こりゃ?)

1.今付き合っている人はいますか?
OH!勿論だぜ、いるぜ
2.その人と付き合ってどのくらいですか?
まだ二ヶ月くらいだな
3.今の恋人と付き合ったきっかけは何ですか?
そりゃもう、COOLなルックスに惚れたぜ!
4.この恋人以外の過去にどれくらい恋人いました?
5人くらいか?オレは案外飽き性なんでな。

「・・・・・・??? なんだこれ。アイツ、恋人なんかいないだろうが?なにかっこつけてやがるんだ?」
元親は最初洒落かと思っていたが、だんだんと不安になってきた。もしかしてこれは、自分に宛てたものではないのではないか。このまま読んでしまっていいのか?
律儀な元親はしばし考えていたが、うんそれがいいと独り言を言うと、政宗にメールを返し始めた。



『朝っぱらからメールきたけど、お前、あて先間違ってねぇ?』



返信はすぐに来た。



『(爆笑)』



「・・・アイツ、何ふざけてやがんだッ!こっちゃ真剣に心配してやってるってのに!!」
起きているのは確かなようだから、遠慮することはないと頭にきた勢いで政宗に電話をかける。相手は案の定すぐに出た。Morning,と上機嫌、というか明らかに面白がっている声が聞こえて、てめぇふざけんなよと元親がすごむと、政宗は本格的に電話の向こうで笑い始めた。
『Don't be hurry,せっかちだな元親?ちゃんと最後まで読めよ』
元親は不貞腐れたまま電話を切ってざっと目を通す。なんで人の恋人の話なんざ読まなきゃいけねぇんだ、だいたいアイツは、と文句を言いながら読み進む。最後に、意味深な空欄。そして。



※注意※
この恋人とは【携帯電話】の事です。
いかにも人間の様に書いて下さい。




「・・・チッ!そういうことかよッ!!!」



あやうく、買ったばかりの携帯を床に叩きつけそうになった。我にかえって、危ないあぶない、と呟く。先日、元就と揃いのタイプで色違いにしたのだ。やっとそういう位置までこぎつけたのに、こんなくだらないジョークでおじゃんにするわけにはいかなかった。
ふと、今起きている証拠に元就に電話してみようと思い立って実行してみた。けれど呼び出し音が二回鳴ったところで元親は電話を切った。慌しい朝にわざわざ話すことはない。今着信履歴には残っただろうし、学校で会って、或いは下校できるときにゆっくりそのことについて話すほうがいいと思った。元就の嬉しそうな顔を間近で見ることが出来るかもしれないから。





「よぅ!How was my mail? 朝から楽しめただろ、元親?」
クラスに入るとすぐに政宗のそんな第一声で迎えられ、元親は黙って近寄るとガツンと持っていたスポーツバッグで政宗の頭を殴った。
「いてェな!!ジョークだろうが!!」
「あんな早朝からジョークが通じるか!!」
「何言ってんだ。朝日が拝めてよかっただろうが。アンタの大事な人との話題になるだろ?」
(・・・やっぱりコイツ、確信犯かよ。)
元親は少し顔を赤らめた。政宗はにやにやと笑っている。まったく今朝その通り考えてしまったわけで、結局は政宗の目算どおりに自分は動いてしまっているのが少々癪に障った。
「感謝して欲しいくらいだぜ?」
澄ました顔でそういう政宗に、さてなんと言い返してやろうかと元親が考えていると、慌しく幸村が飛び込んできた。大抵毎朝幸村は慌しい。特に遅刻しているわけでもないのにいつも走っている。
「お早うでござる、伊達どの、長曾我部どの!!」
「・・・Ah-,Mornin' 幸村」
「おぅ、真田」
「試合が近いでござるな伊達どの!某、次は決して負けはせぬゆえ!!」
幸村は幼少時海外で暮らしていたのだが、そのときに覚えた日本語が全て古めかしい時代劇からだったらしく、古風な喋り方が抜けない。ちなみに英会話のほうはキレイさっぱり忘れていて英語の点数は散々なものらしかった。政宗と同じ剣道部だが古武術も習っていて、一番得意なのは槍だという。政宗も幸村も武術にかけては互いをライバルと認めている。ただ、日常はというと政宗がいつも真っ直ぐな幸村をからかって遊んでいる。
元親が見ていると、政宗は悪戯を思いついたのだろう、さも嬉しそうに笑った。あぁ、今朝のアレだなと元親がそれでも黙って様子を窺っていると、元親を手招きした。
「なんだよ」
「今から今朝のアレ、此処で質問すっからさ。アンタ回答してみねぇ?」
「・・・はぁ?」
「どうせジョークなんだからさ。アンタの携帯貸しな、俺が回答打ち込んでやるよ。それ幸村に回してやろうぜ、バトンだから」
「ちょっ・・・オイ!!おまっ、人の携帯勝手にさわんなッ!!」
「いーじゃねぇかよ。あ、着信音どうだった?niceだろ?」
「やっぱアレ、設定したのお前かよ!!!何時の間にッ」
「まぁまぁ。で、元親サンよ、最初の質問です。今つきあってる人はいますかー?」
「・・・いるに決まってんだろ!ていうかてめェが使ってんだろうがッ!!!」
「おいおい、coolじゃねぇな。ネタばらしはご法度だぜぇ?」



結局元親はうまく乗せられて回答してしまい、政宗は意気揚々と幸村にそれをメール発信した。
幸村がそれを読んだのは放課後だったらしい。案の定というか下校途中に出会うと、幸村は顔を真っ赤にして、破廉恥でござるー!!!と元親に詰め寄ってきた。元親は苦笑した。
「お前、何言ってんだよ。さては最後まで読まなかったんだろ?ん?」
「読んだでござる!!あのようなもの、他人には回せぬ!!某、長曾我部どのを見損なった!!!」
「・・・・・・は?」
元親は慌てて幸村の握り締めている携帯をひったくった。スクロールしてみると、最後の
※注意※
この恋人とは【携帯電話】の事です。

の部分が消えている。
意図的なのか、間違って消したのかわからないが、元親はあの野郎と政宗の顔を思い浮かべて呻いた。
「長曾我部どの!!!どういうことでござるかッ」
「あーごめんごめん。これ、政宗が送ったやつで・・・オチがちゃんとあったんだけどよ、えーと」
自分が政宗から受け取ったものを見せようとしたら、受信履歴からキレイに消されている。いよいよ確信犯だ。おおかた守り役の片倉さんに今朝か昨日か、何かお小言くらってたんだろうな、それで俺たちに八つ当たりかよと元親はがっくりと肩を落とした。
「まぁあの、説明すっからさ。・・・あ、猿飛、いいところに」
幸村をうまくなだめられる唯一の人物を見つけて、元親は三人でそのまま校門を出た。
今日は元就は用がある日で先に帰っている。学校でも、クラスが違うせいもあるが今日は一度も会わなかった。明日は会えるといいなと思いながら、元親は沈んでゆく夕日を眺めた。



一日会わないとどうにも落ち着かなくて、元親は夜寝る前に元就の携帯へ電話をかけた。普段と違い随分長くコール音が続いて、もしやもう寝ているのだろうかと元親が不安になったところで静かな元就の声が、はい、と応えた。
「おぅ、毛利。もう、寝てたか?」
「・・・いや?何故?」
「そっか。いや、いつもより出るまでが長かったからさ」
「・・・で、用件は何か」
そっけない返事だったが、元就はいつもこんな感じだから元親は大して気にもせず続けた。
「今日、あんたに学校で会わなかったからよ。ちょっと、声が聞きたいなぁとか・・・」
「・・・・・・」
「もしもし?」
「・・・聞いている」
「そう、か?」
声に元気がなくて、元親は少し不安になった。風邪でもひいたか?と尋ねたが、べつに、とまた素っ気無い返事が返ってくるだけだ。
「あぁ、そうそう。今朝よぅ、早起きできてさ、朝日が昇るところ見られたぜ」
「・・・・・・ふむ」
「スゲーキレイだった」
「・・・・・・そうか」
「それで、電話したんだけどよ、忙しいと思って、切っちまったんだが。着歴あったろ?」
「・・・あった」
「・・・・・・えーと・・・あんたも、当然朝日、見ただろ?」
「見たが」
「なぁ。一緒に、見てたんだなぁと思ってよ」
「・・・そうかもしれぬな」
「・・・おい、毛利。どうした?なんか、あったか?」



あまりの冷めた受け応えに、流石に不安をかきたてられて元親は尋ねた。元就は、けれど携帯の向こうで、別に、と呟く。しばらく気まずい間があって、その後、もう切っていいかと問われて元親は吃驚した。忙しかったか?と聞くと、まぁそうだな、と冷たい声が響いて、元親は、そうか悪かった、としか言えなくて、向こうから切られる前に電話を切った。
おやすみ、を言うのを忘れたなと思ったが、かけ直すことはおろかメールも打てなかった。
(・・・明らかに、機嫌悪かったよな・・・あれは)
何かまずいことをしただろうか。
元親はそわそわと部屋を歩き回った。明日は、普段ならば週に一度の一緒に帰る日だ。元親は部活があるから基本的に部活が休みのその曜日しか、元就と一緒に下校は出来ない。だから、元親はとてもそれを楽しみにしている。元就がどうかは聞いたことはなかったが、いつも待っていてくれるところを見ると嫌ではないのだろうと思う。
―――が、今の電話の受け応えではそれは明日はとても期待できそうになかった。元親は頭を抱えた。
ふと、先日バイト先の女の子が美味しい和菓子屋が出来たという話をしていたことを思い出した。元就は細身の体に似合わず甘党である。一緒に行ったら喜ぶかもしれないと考えたことを思い出す。
(よし、それを口実に、明日は早めにあいつのクラスへ行ってつかまえて約束を取り付けてやるぜ)
元親は一人頷き、それから苦笑した。
(・・・俺、どんだけ毛利が気に入ってんだか?)
元就は無愛想で辛辣で口が悪い。いつも人を見下したような態度に見えると人は言う。
けれど、一度彼の内面の可愛げのあるところを知ってしまってからは元親は目が離せなくなっている。―――もっとも、元就の性格を「可愛い」と感じるのは元親だけかもしれなかったけれど。





電話を切ってから、元就は今日何度目かの溜息を吐いた。
昼間見たメールの文面が目の前にちらついている。
先月だったか、元親と携帯を色違いのおそろいにした。元親が、この機種にしようぜと強く勧めてきたのだ。
元就は別にどうでもよかったのだが。元々それほど携帯電話を使うことは少ない。しつこくメールしてくるのは元親くらいで、だから受信フォルダは元親の名前がずらりと並んでいて、それはそれで自分としてもどうしたものかと思うのだが、消すことができないでいる。
(一緒の日輪を見た、と言っていたな・・・)
何故そんなことが言えるのだろう、と元就は眩暈を感じた。
(我の勝手な勘違いだったか?)
この携帯に残っている受信履歴、たくさんの「長曾我部」の文字は幻ではないけれど、ここに書かれていることも全部嘘か冗談だったのだろうか。自分をずっとからかっていたのだろうか。
今に至る前、言われた言葉も幻か。
元就は、また、溜息を吐いた。



・・・今朝は事故があったのかバスが少し遅れて、少々焦っていたのは事実だ。だから幸村とぶつかって荷物を二人して廊下にばらまいてしまった。幸村がひどく低頭して謝ってくれるので、別に気にしておらぬと言って急いで二人で片付けたところでチャイムが鳴った。
だから自分のかばんに入っているその携帯が、自分のものではなくて幸村のものだと気づいたのはだいぶ後からだった。着信音が聞きなれない音楽で、学校では携帯の電源を習慣で切っているのにおかしいとやっと気づいたのだった。元就は携帯を手に取り、しばらく考えて、ようやくそれが、自分が前に使っていた携帯と同じデザインのものだと気がついた。まだ替えて一月たっていないのと、携帯自体に執着がないため、前に長く使っていたその形に目と手が馴染んでしまっていたのだろう。慌てて画面を開いて持ち主を確かめようとしたのだが、癖なのかメールの着信履歴を表示してしまった。人の携帯を勝手に見てはならないと慌てて画面を切り替えようと思ったのだが、そのトップに「長曾我部」という文字を見て目が離せなくなった。
タイトルは「恋人バトン」と書かれている。
バトンというものについては知っていたが、勿論元就はそんなものを受け取ったこともなかったし見たこともなかった。興味もない。けれどそのタイトルは―――あまりものごとに執着しない元就に、好奇心を呼び起こすには十分だった。
しばし逡巡したあと、元就はこっそりと、これだけだと自分に念を押しながらそのメールを読んだ。



1.今付き合っている人はいますか?
いる
2.その人と付き合ってどのくらいですか?
一ヶ月くらい
3.今の恋人と付き合ったきっかけは何ですか?
多芸多才だから
4.この恋人以外の過去にどれくらい恋人いました?
6人くらい?覚えてない



「・・・・・・」



元就は息を呑んだ。
確か元親と現在の「付き合い」をはじめたのは、すでに三ヶ月は前だったはずである。あんたの一番の友達になりたい、と最初言われた。そのうちやがて、特別な一人になりたい、と言われた。
「言ってみれば恋人のようなつきあい・・・か?」
そのとき、元就は否定をしなかった。不思議と嫌悪感もなかった。なぜかすとんとその言葉は納得がいった。
その気持ちに応じてもいいと思った・・・



5.一番長く続いた恋人はどれくらいですか?
三番目。ルックスもよくていい感じだった
6.逆に短かった人はどれくらい?
今の奴
7.今の恋人を色に例えるなら?
パープル?
8.思い出があればどうぞ ?
四番目の奴は可愛かったが馬鹿だった。
五番目の奴はいまいちノリが合わなかった。
9.実は浮気願望ある?
いつもある
新しいものがすきだから
10.今の恋人に一言
とりあえずお前には愛着はある
3年くらいは置いときたいが、新しい奴がきたら取り換えたい





「・・・・・・」





なんとか冷静さを取り戻してその携帯が幸村のものだと突き止め、元就は休み時間に何事もなかったように携帯を返した。幸村はというと、慌てていたせいで全く違うデザインの元就の携帯をかばんにつっこんでいたことすら気づいていなかったらしい。再び鬱陶しいほどに平身低頭する幸村をやんわりとあしらって、元就は自分の携帯を取り戻し握り締めて廊下を足早にクラスへ戻った。電源を、ふと気づいて入れてみると、随分早い時刻に一度着信があったらしい。確認する。
―――元親からだった。
その名前を見てまた元就の動きが止まる。
こんな早い時刻からなんの用だったのだろう。元就が気づかなかったところを見ると元親はすぐに切ったのだろうが。
もしかして、さっきの幸村の携帯にあったあれの内容が本当だとしたら、元親は本当は、そのまま冗談で「恋人」「付き合う」という言葉をつかったのかもしれなかった。
なのに元就が馬鹿正直に応じてしまったから、だからどうすることもできなくて内心哂いつつも「友達ごっこ」をしているのではないか―――
一度そう考えると、頭からはなれなくなった。
(ほんとうは、・・・前と同じ、すれ違っても挨拶すらしない関係に戻りたいのだろうか)
(そのために早朝電話をしてきたのか?)



「・・・・・・・・・」
元就は布団に潜り込んだ。それから、目を瞑った。
瞼の裏にあの文面がちらついて離れない。
だから何度も瞬きをした。そのせいかじんわりと目の前が滲んできて唇を噛んだ。
さっきの電話。何が言いたかった?いつもならば、日輪の話もきっと嬉しかったに違いなかった。自分が朝日を見るのが好きだと知ってくれているのが嬉しく穏やかな気持ちになれただろう。
でも今は、それすらも、電話してくるための口実だったのではないかと思った。
(だまされていたのか)
(・・・からかわれている?今も?ずっと?)
いつもうっとうしいくらいに傍に来て、なにくれとなく構ってきた。「付き合う」のをOKしたときガッツポーズして喜んでいた。クラスも違うし部活も違う。性格も考え方も違う。同じ高等部にいても話をするようになったのすら、つい最近―――どころか、最初のきっかけはむしろ喧嘩に近い状態だった。偶然が重なった結果、今の状態がある。
最初は「絶対にこの男とは気があわない」と思っていた。
けれど、次第に元親と一緒にいるのが心地よいと思っている自分に、元就は少しずつ気付いている。
二人の関係の名前なんか、どうでもよかった。ただの友達だろうが親友だろうが恋人だろうが。
ただ元親と親しく話し笑いあうのは楽しい。それでいいと、思っていた。



(・・・全部、嘘、か?)


(2)