背中合わせで見上げる空





3(政宗)


 拍手が沸き起こった。
 隣に座った幸村ががたんと派手な音をたててパイプ椅子から立ち上がる。ちらと見上げると幸村は大きな目を文字通りきらきらさせ、興奮した表情で舞台を凝視していた。反対隣に座っている佐助が、旦那座って!と声をかけて腕を引っ張っているのが見える。
 幸村は、座ってからもすごい、すごいを繰り返している。
「あのお二方、あんな芸当がおありとは幸村知らなかったでござる!すごい!玄人のようでござった!」
「あー…そうだな…確かに“芸当”かもな」
「政宗殿に誘ってもらってよかった!!ほんとうに、すごいと思われぬか政宗殿!?なぁ佐助!?」
「あー…はいはい…」
 うるっせぇな、と政宗はぼそりと呟いた。



 舞台の後、模擬店のひとつの団子屋で元親を待つ約束をしていたので三人で移動した。後片付けがあるのは聞いていたのでしばらく待ったが元親はなかなか来ない。政宗がメールすると、返信は「あとちょっと」とだけだった。
「せっかく席とってんのに何やってんだ、アイツ。もう食い終わっちまったぜ」
 混んでいる店内に四人分の席を取っているのが少し肩身が狭い。政宗がぼやくと幸村はにこにこと笑顔で、
「別にかまわぬ。幸村がおかわりすればまだ座っていてもよいであろう?」
「…それ口実にお前、まだ食うつもりかよ…今食った大量の団子、一体その体のどこに入ってるんだ」
 自分よりさらに細身の幸村の体をじろりと見て、政宗が言った。佐助が隣で笑って、けれど立ち上がるとすぐに追加の団子を買って持ってきた。アンタも大概コイツ甘やかしすぎだろ、と政宗は佐助に呆れて言った。幸村は全く頓着せず、両手をまた合わせいただきますと言ってからほおばっている。
 よっつあった団子の串が残り一本になったとき、
「―――悪ぃ!遅くなっちまった」
 やっと元親が来たらしい、声が響いて、三人は顔を上げて、そして驚いた。
 息をきらせた元親の後ろに、同じように息をきらせている元就がいる。特に政宗は一瞬ぎょっとした。元就はその場の面々を見回して政宗に気づいたようだったが、別に何も言わず胸を押さえて呼吸を整えている。
 元親が悪い悪い、と頭をかいている。
「いやー、思ったより舞台の模様替えに手間取ってよ!疲れたからもらったジュース飲んでて、そしたら落ち着いちまって。こっちに来ることすっかり忘れちまってた、政宗メールサンキュ!」
「てっめ、待ちぼうけくらわせるつもりだったのかよ」
 呆れて言って、あらためて元就を見る。佐助は無言で二人を見比べている。幸村だけが、立ち上がってさきほどと同じ興奮した表情で元就を見つめた。
「…で、なんで毛利サンが―――」
「まずは我に説明せよ」
 政宗の質問にかぶせるように、不機嫌な元就の声が響いた。政宗は首を竦めた。
「長會我部。何故我は貴様に此処まで引き摺ってこられたのだ?」
 しかし元親が応える前に、幸村がいきなり元就の両手を取り、そのままぶんぶんと上下に振った。
「なっ、…なんだ?」
「先ほどの演奏すばらしかったでござる、毛利殿!幸村、同じクラスでありながら貴殿のことよく存じておらなんだが、これからはたびたび話していただけるだろうか!?」
「…は…?」
 面食らった顔の元就に、佐助が苦笑して、この人あんたのこと気に入ったらしいよ、すいませんねと口ぞえした。元就はぽかんとしている。その様子を見て、元親がまた声を上げて笑った。
 やがてひとつ息をついて、元就はじろりと元親を見上げた。
「真田のことはともかく…まずは応えよ、長曾我部。貴様、何故我を此処へ連れてきた」
「え?…あぁ、」
 元親は一瞬質問の意味がわからないという顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「さっきあんた、ダチになってくれるって言ったじゃねぇか?だから一緒に残りの時間、俺らと学園祭巡りどうかなって思ってよ」
「…貴様、我の都合を考えておらぬな?そんなくだらぬ理由で此処まで―――」
「それはよいでござる!一緒に行きましょうぞ、毛利殿!」
 端から聞いていても元親の言っていることはだいぶ身勝手だが、幸村がまた有無を言わさぬ勢いでそれを助長する。多分怒ってキレて踵をかえすだろう―――と、政宗は予測し少し眉を顰めて元就を見た。
 元就は溜息をひとつ、腕時計を見た。
「…30分だ。それ以上は無理だ」
 意外な返答に政宗は驚いた。
 なんで30分だけだよ?と文句を言う元親に、役員会の仕事があるのだといらついた声が返事している。その返事自体は説得力があって、元親も幸村も納得したらしい。ごくろーさんだね、と佐助が言って立ち上がった。
「時間もあんまり無いし、席もいっこ足りないし、さっさと出るとしますかね」
 佐助の提案に頷いて、幸村は残った団子の串を取ろうとして、ふと二人を見た。
「お二人でいかがか?腹が減っておろう」
 元親が、さんきゅと言って皿ごと手に取った。元就に差し出す。
「ほらよ、毛利。先に食え」
「―――」
 元就は、一瞬眉を顰めて団子と元親を交互に見たが、黙って手に取ると、串によっつ刺さった団子のうち、ひとつだけを口に入れた。じっと見ていた元親は、やがてにこりと笑うと、やっぱ俺いいや、あんた全部食えと言った。
「…何故だ?」
「いや、なんか、美味そうに食うから。見てるほうが楽しい」
「…戯れ言を…」
「いいから、食え。」
「……」
 結局、元就は一串分、すべて食べた。
 政宗はその様子を、じっと見ていた。



 校内の展示や模擬店を回っている間ずっと、元親は元就に話しかけ続けていた。
 約束の30分はすぐに過ぎて、元就は時計を確認すると皆に会釈して一人分かれて行った。
 背中を上機嫌で見送る元親のシャツを、くいくいと佐助が引いた。
「えらく気に入っちゃってまぁ。何があったのさ、旦那?ついこの前はすごい剣幕で詰め寄ってたのに」
「ん?いや、別に…付き合ってみりゃ、あいつ、面白いってのが分かってよ」
「ダチになるとか言ってたけど?なにあれ」
 元親はさらりと、俺から頼んだ、と言う。つい先ほど同じことをした幸村は、おお同じでござるな!と言い、佐助は苦笑していた。一人政宗だけはぼんやりと、元就が歩いていった先を見つめる。
「俺様、毛利さんとしゃべったの初めてだけど、意外にふつーだったね。イメージってかさ、もっとつんけんしてるかと思ってたんだけど」
「―――だろ?口調はあんなだが、意外と喋ってみると印象が変わるっつーかよ」
 元親は自分の発見を自慢するように、少し得意そうに笑顔だ。
 竜の旦那はどう?と問われて、政宗はやっと顔を三人に向けた。
(…どうもこうも)
「いや…驚いた…」
「やっぱり?」
 佐助も、そして元親も納得したように頷いているが、おそらく政宗が言ったことの意味と彼らの理解した意味は違うのだろう。
(…あんな毛利サン初めてだったからな。そりゃオレも驚くさ)
 政宗の知る限り、自分のペースをいかなるときも乱さない元就が、元親にはそうではなかったことこそが驚きだった。



(4)