背中合わせで見上げる空



9(元就と元親)


“政宗と、どういう関係なのか”


 いつか誰かに問われるだろうと随分前から予測していたのは確かだ。
けれど、その“いつか”がこんな急にやってくることも、目の前にいる男から問われることも元就は思っていなかった。
 いつもの、考え込むときのクセで首を傾げる。元親と知り合ってから、こうする頻度が増えた気がする。
「どう、とは?」
 あらためて問い返すと、元親は白い自分の逆毛をくしゃりとかき混ぜた。
「どうって、言葉どおりだ。俺があんたと話すようになったのはここ最近だが…それより前から、あんたと政宗は知り合いなんじゃないかって思って」
「ふむ。それは相違ない。奴も我も初等部から通っているゆえ、面識が――」
「違う、そういうことじゃねぇんだ」
 ぴしゃりと、元親は元就の言葉を遮った。元就は眉を顰めた。
 こうやって物怖じせず、元就相手にも遠慮なく接してくるのが元親だ。だから興味深いと思うことも多いが、戸惑うことも同じくらい多い。大抵の人間は元就と距離をとろうとするのに、彼はそうしないから。
「表面上の知り合いってぇんじゃなくて。――はっきり言えば、あいつ、この家に最近来ただろう?」
「…」
「だから、俺のシャーペンがあんたの家に転がってたんだろ。あいつがバッグに入れててそれが」
「…」
「なんで、隠すんだ?」
「別に、隠してなぞおらぬ」
 初めて、元就は具体的な言葉を口にした。
「言う必要が無いと思うから誰にも言わないだけのことだ。我も奴も、それは同じ」
「なんで、誰にも言う必要が無いんだ?一言、もうすでに友達だって言ってくれりゃぁいいじゃねぇか。そういうのをみずくさいって言うんだ」
「――では問うが」
 元就はすうと細めた目で元親をじっと見つめた。
「なんと言えばよかったと?貴様が我とまともに会話した最初は生徒会室だったな。文化祭のスケジュールのことで」
「…あぁ、そうだ」
「そのとき、我はわざわざ貴様に伊達のことを話すべきだったと?あるいは貴様とアンサンブル練習をしているときに?貴様の家に行くことになったときに?何故そこで伊達の話をせねばならぬのか」
「そ…それは」
 畳み掛けるように問い掛けられて、元親はたじたじとなった。それに、と元就は続ける。
「友達、と今言ったな。残念だが、我と伊達は友ではない」
 断言し、奴に聞いても同じ答えが返ってくるであろう、と淡々と言えば、元親は吃驚して元就を見つめた。
「なんで?家に来るような間柄で、なんで友達じゃねぇんだ?あいつはあんたのこと、友達だと思ってるだろうに、あいつが可哀相だろ、それじゃ」
「彼奴と我の学校での姿を貴様は見て、今まで我らが見知った関係だと気づかなかったではないか。あれが全てだ。だから、友ではない。彼奴もそう思っているだろう」
 元親は苛々と頭を左右に振っている。
「じゃあ、なんであいつは此処に来るんだ!どう考えたって、このシャーペン落としたときが初めてじゃねぇんだろ?もう何回も来てるんだろ?だったら、友達じゃねぇか!」
「違う。奴は――」
 元就はふと、視線をリビングのほうに向けた。
 ソファをじっと見つめる。
 いつも政宗が座る場所だ。元就に借りたパジャマを着て、膝を抱えて、テレビのリモコンを片手に座っている。なんとなくその姿が目に浮かんで元就は苦笑した。


「奴は、…野良猫よ。行く宿の無いときのみやってきおる」
「――野良猫ぉ!?」


 元親は思わず甲高い声を出した。掌で口を押さえた。
「いくらなんでも、そりゃひどすぎるだろ」
 政宗は聞いたら怒るんじゃねぇ?と聞くと、先日そのまま伝えたが別に怒っていなかった、と答が返ってきて、元親はますます驚いた。
「言ったのかよ!?野良猫ってか!?」
「言った。えさを与えたら時々味をしめて来るようになった野良猫、そんなものだ、と」
「…おいおい…マジかよ…」
「雨が降ったり、腹をすかせたときにどうしようもなくなってやってくる。そんな感じだな。奴も納得しておったわ」
「あのよ。…じゃああんた、嫌なんだったら、もうエサやらなきゃいいんじゃねぇのか?そうしたらほんとの野良猫だって来なくなるじゃねぇか、一緒だろ」
 我ながら意地悪なことを言ってるな、と自覚しつつ、元親はそう言ってみた。
 案の定、元就は困ったような表情を見せた。
「別に嫌では、ない」
「…」
 つまりは。
(気に入ってるから、家に入るのを許してるってことだよな、それ。…こいつ気づいてないのか自分で?)
 ふいに、元親は自分の胸元に手を当てた。
 唐突に刺さるような痛みが来たのである。一瞬腑に落ちず考え込んだが、原因はすぐにわかって、元親はそんな自分に呆れた。
(らしくねぇな)
 政宗が、羨ましい。
 ただ、それだけだ。それだけを思っただけで、何かが突き刺さるように胸が痛んだ。
(なんで。なんで、俺は、今まであんたを知らなかったんだ?)


 元就が、ひとつ吐息をついた。手に持ったままの紅茶の缶をことりとキッチンのカウンターに置くと、肩を竦める。
「茶はいらぬな」
 元親はさっと青褪めた。
 帰れ、ということらしかった。元就は元親の荷物を持って玄関へ歩き出している。けれど元親は抵抗した。
「帰らねぇぜ、俺はっ」
 元就は振り返った。冷たい声が響いた。
「我は、他人に自分の生活を詮索されるのが大嫌いだ」
「…っ」
「そのペンは持って帰れ。そして二度と此処へ来るな」
「嫌だ」
「くどい」
「嫌だ。俺はまた来る、此処に」
「くどい!さっさと去ね!」
「嫌だつってんだろ!あいつが――政宗が野良猫だってんなら、俺は野良犬でもいいさ、なんだっていい。俺はあんたが気に入ったんだ。だからまた来る、此処に。あんたをもっと知るまで」
 意地になって、言葉を返す。
 睨み返す元親の視線の先で、元就の表情が呆れたように、少し緩んだ。


「…ふむ、どいつもこいつも…物好きなことよ」


 やがて、小さな、抑えた笑い声が響いた。
 元親は食い入るように、目の前に立つ元就を見た。俯いて、彼は確かに小刻みに震えながら笑っていた。初めて見た――
 やがて笑いをおさめて、元就は元親を正面から見つめた。
「そんなにこの家が気に入ったか。ならば勝手に来るがよい。ただし、我は気に入らねば容赦なく追い出すゆえ、覚悟することだ」
 元親は、こくりと頷くと、にっと笑った。それから、いきなり元就に近づくと、ぎゅうと彼の細い肢体を抱きしめて背中をばんばんと叩いた。
「なっ、なにをする!」
「はっは!いや、久々に駄々こねてみたけど――甲斐があったってもんだ!」
 そうして、もうよい、さっさと我を放して、今日は去れという元就をさらに強く抱きしめた。


(そう簡単に諦められるか。渡すもんかよ。やっと見つけたんだ。…政宗、なんでお前が俺に黙ってたのか、わかる気がする)


 それでも、自分は明日になったら、政宗にことの次第を話すのだろうと元親は知っている。隠し事は嫌いだ。政宗を責めるつもりはないけれど、問い詰めるつもりもないけれど。明日になったら――


(10)