背中合わせで見上げる空





12(政宗と元親)


 夕食は二人で分け合った。
 散々に稽古してきた政宗には少し物足りなく、素直にそう言った。元就は眉を顰め溜息をつきながら、自分の食べ残した白米と副菜を政宗の方へ椀ごと押して寄越した。それを綺麗に躊躇なく平らげて、それでもまだ足りないと政宗は強請った。
 元就は黙って立ち上がると、戸棚からカップラーメンを二つ出してきた。ポットの湯を注いで、やがて出来上がったものを二人でテーブルに向かい合って黙々と啜った。
「アンタでもカップラーメンなんか食うんだな」
 政宗が目の前の元就に正直な感想を述べると、元就はじろりと政宗を睨んだ。
「我がこのようなものを食すのはおかしいか」
「いや?おかしいっていうか…見たことねぇから」
「…食い意地の張った野良猫が来るようになってから、家政婦の用意する分だけで足りぬことがあるのでな」
「あァ、なるほど…I see,」
「食い意地が張っている自覚もないゆえ困ったものよ」
「ふーん」
 他人事のように相槌をうちながら、先に食べ終わって、政宗はラーメンを食べる元就をじっと見た。まだ足りぬか、これも欲しいかと元就が視線を合わせずに言う。
 政宗は、ニッと笑った。
「麺を啜るときの口元がカワイイな毛利サン。ちゅるちゅるって」
 元就はその言葉に、とても嫌そうな顔をした。実際、元就は麺類を食べるのがすこし苦手そうだった。勿論気づいていて政宗は言っている。
「戯れ言を申す暇があるなら、さっさとシャワーを浴びて来るがよい」
「…ちぇっ。せっかくほめたってのに。さっきの残りのおかずも、食べさせてもらえばよかったぜ。あーんってな」
 元就は返事をしない。政宗は肩を竦めると、立ち上がって風呂場へ向かった。
 この日の会話はこれで終わった。二人いつもどおり別々の部屋で寝た。
 政宗は先日のように自分のベッドに引き込んでやろうかと一瞬考えたが、やめた。拒絶されるだろうと予測したからである。
 元就は無駄なことがキライだった。明日は学校があり、そうして、先日一緒に寝たあと文句を言っていたことを思えば、彼が前回と同じことを求められたとき拒否する確率は高いと政宗は考え、あっさり諦めた。
 結末が見えているのに、必死になるのは政宗の性に合わない。
(…元親だったら、駄目元で声かけるんだろうな)
 自分と比べて考えて、政宗はふんと、そんな考えをした自分を鼻で笑った。



 翌日は政宗と元就は、当然ながら一緒に登校した。正門をくぐりふと校舎を見上げると、政宗の目に渡り廊下からこちらを見下ろす元親が映った。
 教室に入ると、元親が近づいてきた。政宗は我知らず小さく溜息をついた。
「昨日は、泊まったのかよ。毛利んち」
 挨拶もなく、いきなり訊かれた。予定通りだな、と政宗は肩を竦めた。
「泊まったぜ。うらやましいかよ?」
 元親は、その言葉を聞いて瞬きをした。
 それから、困ったようにしばらく考え込んでいたが、やがて照れたような寂しいような笑いを溢した。
「ああ、そうだな。…羨ましい」
「……」
「俺も、毛利んちに泊まれるようになりてぇもんだ」
 そして、あのあと幸村が拗ねて大変だったんだぜと元親は話題を変えた。政宗は黙って聞いていた。
 元親は政宗を羨ましいと言ったが、政宗もこういうとき、元親を羨ましいと思う。
 もし政宗が元親の立場だったとしたら、こんなふうに正直に「うらやましい」なんて言わないだろう――いや、言えない、だろう。元親の真っ直ぐな気性が、時折政宗には羨ましくて、少しだけ妬ましいような感覚に囚われる。
「――大会、来週末なんだろ。」
 話題がいつの間にかまた変わっていて、政宗ははっとした。剣道の大会のことだと気づいて、あぁと頷く。元親は、バスケの試合無いから、猿飛と毛利と一緒に見に行くぜと笑顔で言った。
「…毛利サンほんとうに来るのかよ」
 政宗が目を丸くすると、
「昨日お前らを迎えに行く前に聞いたときは、行くって言ってたぜ?」
「ふーん」
「なぁ、お前、毛利ん家に泊まって、毛利と何話してんだ?試合の話とか、しないのかよ」
「しねェよ。ていうか、なんにも喋らないときもある…いや、違うな、何も喋らないときのほうが多い、だな」
「ほんっとに、お前ら変わってるよな…」
 元親は呆れたように呟いている。そんなに不思議なことだろうかと政宗は首を傾げた。家族だって、会話しないときもあるだろう、と言うと、元親は吃驚している。
「えぇ?あぁ、そっか…俺んちはいっつも誰かが喋ってるから、そういう状況ってあんま想像できねェな」
 なるほど、と政宗は何度か遊びに行った元親のにぎやかな家族と家庭を思い出して内心頷いた。元親は家でも、学校でも、いつも人に囲まれている。彼が求めるのか、人が彼を求めるのか、それとも両方なのかわからないが、その状況が元親にとっては「普通」なのだろうと想像できた。勿論元親には元親の事情がある――父親が海外出張でほとんどいないことや、母親がすでに亡いことも。それでも、元親の周りはいつも人がいて暖かい、ような気がするなと政宗は思った。
 だからこそ、あの孤高の元就に元親が興味を持ったのは不思議だったし、一方で当然のような気もする。違いすぎるから、惹かれるのだろうか。
(オレと毛利サンは、ある意味似た者同士のような気はするな…一匹狼で…自己中で)
 そんなふうに分析して、柄じゃねェなと政宗は内心苦笑した。



 幸村がしつこいくらいに心配して関わってくるのが嬉しくもあり鬱陶しくもあったが、なんとなく政宗は胸にひっかかる奇妙な感情を引き出しにしまいこみ、練習に再び打ち込むことができるようになった。
 練習がさらに遅くまで延びたこともあって、元親と元就は武道場に帰りは来なくなっている。佐助はすでに日課なので幸村を待っているが。
「元親は?」
 その日入り口のところで待っている佐助に政宗が尋ねると、先に帰ったよ、毛利さんと一緒に。と佐助は教えてくれた。
「……ふうん?」
 別にどうでもいいことだとわかっているのに、なにかがのどにつかえたように思えて、政宗は考え込む。
 きっと明日も、明後日も、その次の日も。二人は遅い政宗を待たないだろう。それは当然のことだとわかっていたが、政宗はひとつ息を吐くと、とんとんと自分の胸を軽く拳で小突いてやる。
 幸村が後ろから呼んでいる。返事をして、政宗はそちらへ駆け寄る。片付けていると、幸村が、腹がへったゆえ帰りに何か食べてゆかぬか、と誘ってくれた。
「そうだな。いいぜ」
「幸村、今日はラーメンが食べたいのだが。いいだろうか」
「おう」
 佐助に喜んで伝える幸村を目で追って、政宗は先日の元就を思い出した。そうして、元親と元就も一緒にラーメン屋に入ったりするのだろうかとふと思った。少しばかり子供っぽい仕草でラーメンを食べる元就を見たら、元親はきっと喜ぶのだろうと思う。今まで自分しか知らなかったはずの毛利元就を、元親が知っていくことが、どうしてだか腑に落ちなくて、政宗はまた溜息を吐いた。



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