Moz the Cat

LA Weekly (January 31, 2007掲載) 
http://www.laweekly.com/2007-02-01/news/moz-the-cat/ 
 モリシーは詞作と音楽のためならどんな犠牲も厭わないという以上に、歌を通して数千の……いや数万の病める魂を看護してきた。(おまけに自動車道近くで遊ぶリス達を数え切れないほど救っているが、それについてはまた後で)。モリシーのアーティストとしての、そして人間としての遺産は、私たち皆が死んだ後も半永久的に生き続けるだろう。

 もし転生というものが本当にあるなら、モリシーは前世の作品のご褒美として猫に生まれ変わるだろう。猫足で仲間のあいだを歩き回り、好きな所へ行き、あらゆる窓を自由に覗き込もうと誰にも気にされない。広い世界すべてが彼の庭となるのだから、二度と束縛や孤立を感じることはない。誰を鼻であしらおうと、あてこすりをしようと勝手だし、人間達は「それが猫の習性だから」と思うだけだ。

 この現世において、モリシーの行いは人々を閉口させることがある。それは必ずしも厭味ではない。ほんの数週間前、私達はモリシーのマネージャーからパサディナ・シヴィック・オーディトリウムの公演期間中(今夜2月1日から3日まで3夜に渡っての公演)にインタビューをしないかとメールをもらった。奇妙なことに、私はパサディナ3公演のことを知らなかった(どうやらモリシー側はたった数分前に日程を決め、あっと言う間にチケットを売切ったようだ)。そしてどっちみち、モリシーはインタビューをしない。

 それが猫というものだ。猫がどういう行動に出るかなど決して予測できない。

 モリシーがこのロサンジェルスに居を構えたのは、より良い10年間を求めてのことだ。伝説によると、地元ラジオ局KROQの幸運なDJ(ダスティかロドニー、あるいはリチャード・ブレイドだったか?)が、最初に契約もないイングランドのバンドThe Smithsのカセットテープをかけた瞬間から、ロサンジェルスの街はモリシーを愛したという。

 モリシーの超俗的な歌声と詩的な歌詞からなるThe Smithsの音楽は、たちまちロサンジェルスの暴力性、ロマンティックな街にある貧困、こびりついた汚れ、ギャング、性的魅力、タフなストリートと結びついたのだ。すなわちロサンジェルスとはニューウェイブの地下クラブの匂いを振り撒くパンクの地下クラブであり、原子爆弾が頭上から真っ直ぐに降ってくると知りながら成長した私みたいなキッズのいる街だった(モリシーの詞にはいつも言外の意味がある)。

 とりわけロサンジェルスに暮らすメキシコ系のキッズ達は、モリシーの詞が示す物の見方ーーそれは、つまりそこにいた、祖先を迫害した国に捕らわれて育ち、50年代(と60年代!)のポンパドーラー達や、ギブソン、当時の不良映画に魅了されて育った若い芸術家肌のアイリッシュ移民の血を持つ男に惹かれたのだった。

 若きモリシーは、荒涼とした環境からの精神的逃げ道を過去のポップ・アートとその純粋なスタイルに見出した。ロカビリーを音楽ルーツに持つ、両性具有のエイリアン・スタイルを装ったグラムロックが、12〜3歳頃のモリシーに自己変革を起こしたのは当然だった(モリシーはキッズの頃にニューヨークドールズのファン・クラブを作り、更に2004年のメルトダウン・フェスティバルでは彼らの再結成に尽力している)。

 下層社会の生活と銀幕への憧れとくれば、レコード契約が無かった2000年前半にモリシーがロサンジェルスに隠れたのも理にかなっている。ロサンジェルスはモリシー・コンヴェンションの本拠地であり、The Smithsのトリビュート・バンド達が生まれた場所であり、モリシーのヒーロー達がいる場所だ……。ジェームズ・ディーンをはじめ亡くなった者も、活躍中の者も、ロサンジェルスはスター達の本拠地だ。

 モリシーは、とうとう1年前にロサンジェルスから引越し、最新アルバム「Ringleader of the Tormentors」をグラムロックの伝説的なプロデューサー、トニー・ヴィスコンティ(T. Rex, Bowie)とレコーディングするためにローマへ居を移した。(長年モリシーのギタリストを努めるボズ・ブーラーが大喜びしたのは間違いない。彼は世界一のT. Rex コレクターを自称しているのだから)。「Ringleader of the Tormentors」は、突出している。幸福と欲望についての歌、肉欲と精神的な禁欲と悦びについての歌--そう、あらゆる歌が内包されているのだ。かつて宗教的に抑圧され、時として禁欲主義者と評されるアイリッシュ・カソリックの詩人にとっては、なんと素晴しい自己回復だろうか。このアルバムからは5曲がUKチャートのトップ10入りをモノにし、モリシーは昨年いっぱいを世界ツアーに費やした。

 モリシーが今現在どこに住んでいるのかは不明だ。先週はマンチェスターからL.A.に到着し、今ツアーが終わる前に再び公演をするかもしれないし、しないかもしれない。今、全ての選択権はモリシーにある。The Smiths(ジョニー・マーの脱退後、1987年に解散)のドラッグとメンバー個人のトラブルから、元バンドメイトとの著作権をめぐる法廷闘争(判決済)にレコード会社とのトラブルといった数多の災厄の後で、モリシーはこんなにも順調に機能していると(今のところは)見えるキャリアを築きあげた。

 今やモリシーが何をしようとも、巨大なファン層は忠実に彼に従うだろう。レコード会社のプロモーション無しに、モリシーは苦労してファン一人ひとりを獲得してきた。The Smithsの音楽が時代遅れだったことはなく、今後も廃れることはないだろう。80年代リヴァイヴァルはThe Smithsの曲がランド・ローヴァーにCMに使われることなく頂点に達した。モリシーは小さなレコード・レーヴェルにいて、彼にはそれが合っているように見える。我々は、マーとモズが和解する可能性があるという噂を耳にしたが、正直に言うと、期待している人などいるのだろうか。とりわけ、モリシーについては。

 モズの幼少期のアイドルであるマリーナ・フェイスフルが、お気に入りの曲はビリー・ホリディの曲だと話してくれたことがある。「God bless the child that's got his own〜元より恵まれし子供に祝福を」と彼女は唱え、そして強調して付け加えた「”元より恵まれし子供”。なかなかピンとこないけど、今まで書かれた中でも最も深遠なものの一つね」。今日、私の目の前にいるモリシーこそ、まさしくそれだ。今日(こんにち)モリシーが手にしているもの--作品と僅かばかりの目に見える報酬は、彼の手にあり続けるべきものだ。それはレコード会社のものではない。どんな雑誌や本、新聞も、モリシーが何年もかけて彼自身の周りに断固として築いてきた神秘のオーラを崩せはしないだろう。もう遅すぎる。世俗化の機会は彼をかすめ去って行ったのだ。モリシーは最後の真実ミステリアスなポップ・アイコンであり、もう誰も暴くことはできない。モリシーは、”元より恵まれし子供”なのだ。

 そして、モリシーは本当に多くのものを手にしている。私達は、ビバリーヒルズ・ホテルの屋上パティオで会った。彼は瀟洒なテイラード・スーツを着ていた。西海岸のどんよりとした冬空の下、私達は唸りを上げるガス・ストーヴの隣のロッキング・チェアに座った。私は、The Smithsについてと、L.A時代の話は訊かないように言いつけられていた。しかし、問題なかった。会話は温かく洞察力に富み、モズは寛大で優しい小父様のようでありながら、決して恩着せがましくはならなかった(Spice Girlsの話題を押し過ぎた時でさえも)。モリシーは聞き上手で、更にただ耳で聞いているわけではないのだ(彼は時折、まるで第六感があるように話す。それは人が霊感と呼ぶ何かだ)。彼の大きな瞳については……オペーク・ブルー(殆どターコイズ・ブルー)のその瞳は、想像以上に太くモサモサとした眉毛に寄り添っていた。

■祖先の土地へは行きますか?

 僕はアイルランドの“祖先の土地”については何も知らない。どちらの両親の家もとても大きなファミリーなのに、ちゃんと家系図を分かっている人がいないんだよね。時折、一族で家系を調べようとするけれど、それほど昔までは調べられない。ぐちゃぐちゃなんだ。とても多くの記録がダブリンの役所から失われてしまっていることからも、凄く困難だってことが分かるよ。だから僕はほんの少ししか知らない。

■私は一度だけアイルランドに行ったことがあります。頭の中で、まるで音楽のような声が沸き上がる感じがしました。もし私がソングライターだったなら、きっと土地にインスパイされたことでしょう。

 他のことはさておき、アイルランドは非常に多くのミステリアスな歴史が染み込んだ土地だ。あそこに暮らす人々はとてもとても神秘的だし、その歴史はとにかく信じられないほど豊かで奥深く神秘的だ。だから、あそこでは日常的にそういった波動を感じるんだ……あそこに行くと歴史に包まれるんだ。人々の近くで実際に生きている歴史さ。つまり何も特別な感覚じゃないってこと。だって、そこかしこで多くの精霊や亡霊が国中をくまなく歩き回っているんだから……建物の中だけでなく、路上にもね。ミステリーと陰謀に覆われた土地なんだ。

■幽霊を見たことがありますか?

うーん、そうだね、あるよ。イングランドでだけど。一回だけ見た。

■その目撃談を話してくれますか?

 勿論!あれは1989年の1月のことだ。とても寒い冬だった。僕は友達3人と北イングランドのサドルワース・ムーアに行ったんだ。そこは人里離れ、荒涼とした最も侘しい土地だった……ひどく忌み嫌われた土地だったせいで、英国史上、実際に多くの殺人が行われ死体が棄てられた場所だ。

(60年代半ば、数人の児童が残忍な方法で殺害され、サドルワース・ムーアに遺体が棄てられた。ムーア連続殺人事件として知られる事件である。この殺人は地域社会に大きな傷跡を残した。事実、モリシーとマーの第一作目“Suffer Little Children”は、この連続殺人事件を題材にした歌だ)。

 数マイルに渡って何もなく、容易に迷子になる。まだ夕方6時だというのに、僕らは暗闇の中に車を走らせていた……視界の範囲はヘッドライトが照らすところまでだ。ある地点まで来て、車を降りようとした。風が恐ろしく吹き荒れ、凍てつくような冬だった。何もない場所だから、数マイルに渡って灯りは見えない。ただ泥炭とヒースがあるばかりさ。とても、とても厳しい地形だ。

 僕らが道の片方を見ると、そこに突然、ヒースの中から誰かが車に向かって助けを求めているんだ。前か屈みの姿勢で腕を大きく広げ、青い目を大きく見開いていたが、その顔は無表情で、まるで殆ど殉教者のようだった。

 18歳くらいの青年だった。全身が灰色で、70年代風の長髪、奇妙なフェザーカットの髪型をして、とても小さなアノラックを羽織っている以外、何も身に着けていなかった。他は完全に裸だった。彼はヒースの中から現れ、ただ車のライトに向かって懇願している。僕らは車を止めなかった。何故なら全員の本能が、これは幽霊だと分かっていたから。

 それで僕らは一番近くの村の一番近い電話ボックスから警察に電話して言った「サドルワース・ムーアからウィセンデン・ロードまで運転して来たところなんですが、ムーアで道の端のヒースから誰かが現れて、車に向かって助けを求めてきたんです」。警察官は「助けてやれよ(電話を切る仕草)」。それで翌朝、昨夜に人影を見た場所まで戻ったが、陽の光の中では建物はおろか小屋の一つも見えなかった……。

■何てことでしょう。

 ……100マイルに渡って何もないんだよ。ならば、あの青年は誰だったんだろう?車を待ち伏せして、人助けしようと停まった車に突然襲い掛かり身包みを剥がすギャングとか?あるいは、追われていた誰か?あるいは……何年も前にサドルワース・ムーアの荒地に棄てられた誰かの亡霊?君ならどうした?

■分かりません。

 そうだね、でもほんの一瞬さ。どうすべきかは、すぐに分かる筈だ。だって、そこはとても多くの人々が残酷に打ち棄てられた歴史のある、とても、とても恐ろしい場所で、本当に普通の所じゃないんだから。おまけに利口な僕ら全員が同じ結論に達した。うわわあああ!逃げろ、逃げろ!ってね。更に、その青年の肌も、体も、顔も、髪も、そして着ていた小さな上着も全てが灰色なんだから、普通の人間と思うわけがない。彼は普通の人間じゃなかった。どこか果てしのない処からやって来たかのようだった。

■今までに、ここでなら精霊になってもいいと思った場所はありますか?

 そんな所はないよ。全くない。でも確かに、何ていうか……ドギマギさせてみたい人達っていうのはいるね。確かに。精霊になって全てを観察できたとしたら面白いだろうさ……君は実際に幽霊を見たことがある?

■いいえ、でもアイルランドで昔修道院だったホテルに泊まった時、背筋がゾクゾクするような感じを覚えました。

 そうそう、それだよ。アイルランドの歴史は非常に不幸で悲惨なものだから、本当にゾッとするような建物、城、その諸々が沢山ある。電気も灯りも空気もない豪華なお化け屋敷の城で週末を過ごすとしても、僕はためらわないよ。泊まってみたいなぁ。要は、どのくらい感受性を持っているのか、どれくらいオープンな脳みそを持っているのかってことじゃない?

■そうですね。

 僕の脳みそは非常にオープンだよ。君のもそうだと思うな。

■ええ、そして脳に限ったことではないと思います。もっと別の……。

 その通り。でも足は関係ないね。

■オーケー、そうですね、この陰気な話題を続けるなら、あなたがキーツのお墓で撮影したMOJOのセッション写真は素敵だと思います。とても美しい写真で、あれを見ると、あなたがどんな言葉を墓碑に刻むつもりなのか知りたくなります。

“Home at last(ようやく家に)”。いや、これはもう他の人が使っているんだけどね。ベラ・ルゴシだったかな。彼の墓石にあったと思う。僕は名前と生年月日、死亡日の記載だけがいい。他は何もいらない。

■フルネームで?

 そう。フルネームで“Steven Patrick Morrissey”。

■埋葬地のご希望は?

 とても心を惹かれた場所にいくつか目星をつけてある。一つは、ロサンジェルスに。他二つは、別の国々に。でも大抵の人は、自分がどこに埋められるかなんて気にしないものじゃない?

■ロサンジェルスのどこですか?

 そう、かなりお気に入りの場所が一つあるんだ。

■自分の墓を想像できますか?

 うん、質素なものがいい。でもね、ヴィクトリアン・ストーンやヴィクトリアン・ヘッドストーンを目にしてしまうと、ああいうのはたまらなくドラマチィックで抗い難い。何はともあれ悪魔的な精霊が宿っているのさ。僕は好きなんだよね。好きなんだ、ああいうのが。いやいや、死というのはシリアスな事柄だから、軽んじられるものじゃない。

■お話を遮ってすみません。で、ロサンジェルスのどこなんですか?

 君も知っているところさ。

■Hollywood Forever?

 その通り。

■格式ある墓地です。

 良い所だろ。僕はジョニー・ラモーンの墓石につまづいたことがあるよ……彼のお墓、凄く良い場所にあるんだ。僕はかなり長い時間そこに座って、心が休まるのを感じた。自分が座った泥の下にジョニーの骨が埋まっているなんて、何て素敵なポジションだろうって思ったよ。うーん、そう。あそこは僕のお気に入りの場所なの。今のうちに予約金を払っておこうかな。

■いいですね。ええと、このインタビューは全体的に……。

 君、本当は墓地の話なんかしたくなかったんだろ?

■あなたの墓碑名に興味があったもので。

 おお、そうだね。

■本当に面白いお話でした。ただ……。

   分かってるさ、君はそういう人だよね。きっと「分別と多感」みたいな本が好きなんだろうね。

■ええ、勿論。ジェーン・オースティンは大好きです。彼女は天才です。あなたもそう思いますか?

 やれやれ!その通りさ。

■何だか頭がこんがらがってきました。

 おお、気にしないでいいんだよ。

■ええと、パサディナの時と、それからこのインタビューと。その……あなたはインタビューを受けません……何かあったんですか?

 正直、インタビューを避けてようとしているのさ。そう、避けようとしている。時折、僕は自分の言葉が足りないように感じる。でも、それはマシな方で、時折、僕は言い過ぎてしまう気がするからね。

■なら、どうしてこのインタビューを?

 いつもLA Weeklyとはやりたいと思っていたんだ。君らとは一度もやっていないし。過去に何回か僕からやろうとした筈だけど、調整をつけてもらえなかったんだ。

■それは、おかしいですね。

 世の中複雑だからね。でも今回はOKだった。

■インタビューを避けるのは、ファンのためにならないでしょう?

 そうでもない。だってファン達は僕を知っているから。彼らは僕を見飽きてるかもしれない。だから僕は、プレスインタビューをプロモーション、あるいは必要な事柄としてみなさない。まあ、大抵の場合は、努めて避けているんだ。

■インタビューは、惨々な結果になることもありますからね。

 殆どの人は、スポットライトの下で自分の本心を曝け出せと言われたり、生きる意味や、どうして地球に存在するのか、どうして人間に生まれたのかなんて訊かれても、答えられないものだろう。けれど、音楽を生業にしている人間は、それは即ち抜きん出た存在を意味するのだから、全てにおいてマジカルな答えを返し、宇宙の神秘を知っているものだと思われてしまう。

■それは、ひどい皮肉です。音楽を書く人達は、ちゃんと言葉にできないからこそ曲を作るものなのに。

 そう、ミュージシャンっていうのは、関係性機能不全だからこそ音楽を作るのさ。全てをノイズに変えて録音してしまえばOKだもの。

■あなたは神秘のベールを纏った、数少ない本物のミステリアスな偶像(アイコン)の一人です。ジャーナリズムの世界で経験を積めばつむ程、あなたの価値が……

 これはまた!

■それというのも、誰もかれもが露出過多で似たり寄ったり。特に今のロックスターは皆してクローンのよう。私はそういった事に加担したくはないのですが、ある意味で、私がしていることは……

 まあね、それがインタビューってものじゃないかな。その歌手を公衆の面前に引きずり出して素っ裸にする。そこで世間に気づかせるのさ、ある意味で、そこには何も無いってことを。露出趣味と、暴露趣味、そして貶め。

■そんなことをしたいわけじゃありません。

 でもそうなんだよね。悲しいことに現代のジャーナリズムはそうなのさ。

■何て退屈なんでしょう

 そう。他の芸術形式では、また違うけれどね。ポップ・ミュージックとロックの場合は、いつも質問して素っ裸にする。何が嫌かって、その質問が本当に無礼なんだ。全くもって失礼な質問があるんだ。おまけに、ほとんどのミュージシャンはインタビューに答える言葉を何も持ち合わせちゃいないってことを考慮しなくちゃ。明確な意見なんかこれっぽっちもないし、僕なんて完璧に絶望的だよ。だから僕たちは、ミュージシャンは特別じゃないってことをきちんと知らなくちゃ。スタジオで起こることは全てが魔法みたいさ。けれどミュージシャンを一歩外に連れ出してみたら本当に退屈なもんだよ。ホントつまらないもんさ。

■あなた自身のことを言っているんですか?

 いや、違う。僕は掟破りなの(笑)。僕が他人を避ける本当の理由は、他人からレッテルを貼られるのも、一括りにされるのも真っ平ごめんだからさ。道路工事をしている人たちの方が、ミュージシャンや歌手諸々よりも、よっぽど面白いと思うよ。君らは信じないだろうけど。

■いいえ。そうでしょう。何といっても、この業界に長いあなたの言うことですから。

 全く、100年かそこらね。

■あら、そんなつもりで言ったんじゃありませんよ!

 そんなつもりに取れるね。僕らは二つの大戦を経験したってわけさ、そう言いたいんだろ。

■すみません。私は、あなたの曲に感謝していると言いたかったんです。

 へえ、本当に感激だ。だって、そんなことを言ってくれる人はいないからね。非常に、非常に感激した。言うまでもないけど、イングランドじゃあ、ライターもジャーナリストもこうだ「よくもこんな曲がつくれるな」「よくもそんな、よそよそしい文化人面ができるもんだよ」ってね。

■本当に、今でも?

 最近のが酷いよ。

■まあ、何てことでしょう。

 ヨーロッパ大陸では違うよ。人々もライターも見識眼に優れている。けれどイングランドでは、未だに「お前、何様のつもりなんだ?」って、そればかりだ。後25年経っても、僕の言うことに一理あると認めるのさえ渋るね。そりゃ……不可解なもんさ。

■Mojo誌は別として。

 うーむ……(それはどうかな?っといった具合に頭を横に振り、鼻を鳴らしておかしな音を立てる。)

■Mojo誌も含めて?

(鼻を鳴らして笑う)……えぇと、君はどこに住んでいるんだい?

■どうして私の生活を尋ねるんですか?

 どうしてって……君、はぐらかすことはないだろ?(笑)

■イーストサイドですよ。あなたはよくその近くをドライブしていたそうですね。インタビュー記事で読みました。

 そうか、何処だかはっきり分かった。ただね、僕はロマンティックなもんだから、ドライブしながら通り過ぎる家々のどれにも住んでみたいなぁと夢見る。胸が詰まる程の気持ちでね、ちょっと痛いくらいさ。本当にね。

■オーケー、訊きたい質問があります。あなたが……これが、もう何万回と訊かれた質問でなければいいのですが……。

 たぶん訊かれているね。

■でしょうね。

 いいさ、どうぞ。

■では。自分でも想像してみるのですが、あなたが11歳か12歳の頃、グリッター・ロックがまだ新鮮だった時代、子供の時分にそれを体験するとは、どんな感じだったのか知りたいと思います。他のイギリス人達は、あなたの目にどのように映りました? 大したことはなかった? それとも、まるで火星から来たかのように見えましたか?

 火星人のように見えたね。何故って、1970年、1971年と言いながらも、当時のイギリスは1958年から何も変わっていなかったから。ほら、1958年を想像てごらん。そこに突然New York Dollsが現れたらどうだい?あまりにも銀河的。人類っぽさ皆無。まさに神に感謝さ。

 でも、人々が本当の意味で70年代の変わり目を理解することはもうできない。あの時代、何も買う物がなかった。格好いい服は売っていなかったしね。その結果、マンチェスターでは着る物を飾り立てるなんて絶対にあり得なかったから、New York Dollsみたいな人を目にしたら、彼らが何処で服や靴を見つけたのか煙に巻かれたような気持ちになっただろう。何故なら、マンチェスターには、アクセサリーなんて物は確実に無かったからね。あらゆる物が、たまらなく素っ気なく、どんよりとくすんでいた。つまり、君の言うグリッター・ロック、あるいは別の言い方ではグラム・ロックという概念そのものが、人々の想像を超越するものだった。とんでもなく革命的だったんだ。

 もし君が音楽内で起こった出来事、成功したとされるもの全てを調べられたらなら、その後で、New York Dollsというコンセプト自体が、どれ程完璧に捻くれていたのか理解できる筈さ。メインストリームに切り込んだ何かが、明らかに破壊分子だったなら、僕としては、それは黄金と同じ程の価値がある。そして僕にとっては、当時New York Dollsこそがそれだった。彼らは突き抜けていて、彼らを認めない奴らのことも、嫌う奴らことも屁とも思わなかった。僕は今でもNew York Dollsの古いビデオを見る。芸術作品だ。ポップミュージックでさえない。芸術なんだよ。当時の一部の人達も同様だった。それは、とても勇敢で頑強なことだった。良しとされている事柄全てに対する真っ向からの反抗だった。度胸のいることだったと思うよ。

■The New York Dollsは、ある種の……T-Rexとデヴィッド・ボウイには無いマッチョな要素を持っていました。

 いや。そうだなぁ、ボウイはとても女性的だったよ。今は概ね忘れられているけれど、英国で最初にブレイクした頃の彼は女性的だった。だが、もし君が1972年に英国のテレビに登場したボウイを想像できるならね、それはとても、とても衝撃的だった。とても衝撃的だったんだ。想像を絶していた。絶対的に考えられないことだった。世界規模の革命だったパンクでさえ、君の言うところの”グリッター・ロック”程の脅威ではなかった。

■私はいつも”グラム・ロック”と呼んでいますが……。

 そうね、グラム・ロックね。うーん、どっちもちょっと陳腐だな。

■じゃあ、あなたは何と呼んでいるのですか?

 さあね、知るもんか!

■少し混乱があるんですよ。アメリカでは、グラム・ロックと言えば、Motley CrueやPoisonのような80年代のヘアー・メタルのことを言うので。全然違うのです。

 不幸なことに、それは、『アメリカが発明したんだ、アメリカが関わっているんだ』と言って、80年代初頭の成功全てを自分達の手柄にしようとする、アメリカ流の手口に過ぎない。どうりで、New York Dollsがアメリカで受けなかった筈だ。ローリング・ストーン誌は、New York Dollsについて書くくらいなら、雑誌を燃やす方がマシだったんだろうさ。未だにSpice Girlsやブリトニー・スピアーズを表紙にするんだから。恥ずかしいもんだ。

■Spice Girlsがお嫌いですか? ガール・パワーが?

 あんなのガール・パワーではない。

■そうですか?

 そうさ。そうに決まっているだろう。パティ・スミスの「Horses」はガール・パワーだ。そうとも。しかし、Spice Girlsは違う。神よ、このインタビュアーを許したまえ。ともかく、君にとって、あの時代で誰が一番感動的だった?

■マーク・ボランです。

 いいね、いいね。しかし、彼がとてもとても女性的だったが為に、英国では彼に対する反発があったんだ。成功の極みにあったその時に--そして才能に溢れていたその時にね。

■マーク・ボランには、あまりに先見の明があり過ぎました。

 先見の明があったが、あまりに短命だった……最大で5年……そして彼は、ただ終わった。晩年にかけて、彼は高慢だった。そして、まだ本当に若かった。

■何故ああいった”女々しい”種類の--あなたが何と呼びたいにしろ--グラム・ロックが、ここでは受け入れられないのでしょうか。あなたの理論は?

 人々は、そこに我々全員に当てはまる真実を見るからだよ。僕達は皆、パーソナリティ内に女性的な面を持っている。アメリカ人社会の殆どはこれを拒絶したがり、明らかに能無しの役立たずにも関わらず、いつだって持て囃されるのは体育会系のロクデナシ共さ。奴らが批判されることはない。芸術と結びつく女性的な面は、脅威なんだ。何故って、知的で優れたものと結びついているからだ。

■興味深い意見です。

 そうだろう!それこそ優れた生き方だ。
 殆ど人達は--僕の知る限り、際立った存在にはなりたがらない。際立った存在にはなりたがらない。彼らは群れの一員として囲いの中を歩きたいんだ。特別な存在になることを神が禁じたかのように。殆どの人間が生殖を行うのは、自分が名も無きごく普通の男だと証明する、ただその為にだね。アメリカ社会には、そういう男になれという圧力が確かに存在するんだ。

■彼らは、ごく普通の人間だと証明する為に子供を作るのだと?

 そう。自分達が健全で勤勉で全てが上手くいっていると証明する為にね--自分はできる、自分は証明できるってね。あのちょっと汚らしい事柄の口実なのさ……僕の理論は、誰にも気に入ってもらえないな(笑)。

■了解です。あなたの子供についてのスタンスは変わっていないのですね?

 変える必要ないね。

■子供を欲しいと思ったことはない?

えー……本当に極々少しね。

■あなたは素敵なパパになると思います。

 勿論、勿論、なるだろうねぇ--ただし、子猫のね。

■猫を飼ってましたっけ?

 いや、いや、いや、飼ってないよ。

■あなたは動物好きですか?

 もう完璧に! 僕は猫に魅了されているんだ。猫を見るでしょ、そうすると恍惚状態になって、一身同体になるのさ。

■私は犬派です。

えー、本当かい?でもさ、ほら、犬は臭うし。

■臭いますが、犬好きにとっては良い匂いですよ。

 まぁねぇ。でも、君のお隣さんはそう思わないだろうね。家にお邪魔した時には、君が見ていないところで、皆こうだよ……(手を鼻の前で振る仕草)、特に君のペットが家の中でウンチをした時には、鼻をつ抓むね。

■つまり、あなたは猫を飼うと。

 いっぱい、いっぱい、いっぱい、飼っていたよ。

■でも、あなたはツアー中でしょう。

 そう、たくさん飼っていたけれど、どの子も亡くなったんだ。

■動物を飼う上で最も悲しい部分です。

 恐ろしい、恐ろしいことだね。人間の死より酷い。

■そうですか?

 うん、本当にそうだよ。

■何故?

 何故なら、猫が死を完全に理解しているとは思わないからさ。猫は君を見つめて、苦しみから救ってくれと頼るけれど、どうにもしてやれない……。
 僕は猫を安楽死させねばならないという、まさにその状況を経験した。本当に酷い痛みだった。耐え難いものだった。だって、最期の注射をされている時でさえ、猫というのは喉を鳴らして愛情を示すんだよ……。

■分かります。私の犬にも同じことがありました。本当に辛かったです。獣医がケタミンを注射し痙攣し始めたというのに、あの子にはまだ意識があって、もう……。それから、私は思ったんです、ああ神様、この子は何が起こっているのか分かっていません。ならば、この子の魂は何処にいるのでしょうか?と。

 何が起こっているか分からなくとも、君の傍に居れば大丈夫だって、そう思っていたろうね。

■あなたの猫は重傷を負ったのですか?

 いいや。けれど、彼はとても高齢で喘息を患っていて、自分でトイレに立つことも出来なかった。僕がトイレまで連れて行って、何もかもしなくてはいけなかったけれど、僕と一緒にいる限り、彼は本当に本当に幸せで死を恐れなかった。だから、注射が打たれる最期の瞬間に彼を抱きしめた。僕は何時間も何時間も泣いた。あの音が自分から漏れた。彼が逝った時の絶望の声……それまでに聞いたことのない音だった。

■あぁ!

 何故なら、僕は……彼の死に対処できると、自分は大丈夫だと思っていたから。自分がちゃんと面倒をみてやったのだから、それで全てOKなのだと、彼の旅立ちは可能な限り苦痛のない穏やかなものだと確信していたのさ……。そして、僕は声を上げて泣いたんだ。

■今でも不意に悲しみが込み上げてくる瞬間があります。あなたもそうですか?

 勿論、勿論だ!ペット達が恋しいよね。何とかかんとかちゃんがさ……いや、君のペットの名前を知らなくて……。君はその子達を心から大切に思ってるんだね。僕の猫は信じられない程素晴しい子だったんだよ。あの子は、ただの、ただの猫なんかじゃなかった。人間以上だったね。立派な自我を持った子でね。信じられないような、最も立派な自我をだ。おまけにタフで、長生きした。でも、未だにあの子を思い出すと本当に寂しいんだ。本当に未だにね。ごめん……こんな話、退屈させてしまったな。

■とんでもない!ずっとお話をしていたいですわ。

 話し足りないくらいだったかもね。

■私は、ただちゃんと全ての質問項目をお訊きしたいだけです。

 何が正しい質問で、何が悪い質問かなんて誰に分かるのだろう。何にしろ、皆いつもいつも同じ質問ばかりするよね。

■話題をがらっと変えますが、私は多くの曲がコマーシャルに利用されているのが残念でなりません。あなたはやっていませんよね?それとも、やっていましたっけ?

 何を?

■曲をコマーシャルに売ることです。

 全くないよ。

■オファーされたことは?

 あまり無いね。

■驚きです。誰もThe Smithsの曲をキャデラックか何かのCMに起用しようとしなかったなんて。

 The Smithsの曲ならPepe Jeansに使われたよ。Pepe Jeansなんて誰も覚えていないだろうけど。Pepe Jeansを知っている?
87年と88年に"How Soon Is Now?"が同ブランドのテレビCMに使用された。

■聞いたことがあるような。

 1985年位だったかな。

■しかし、それは随分と昔ですね。

 うーん、それの他は……いや、それだけだね。

■あなたにCMソングのオファーがないなんて信じられません。"How Soon Is Now"を新機種携帯とかには?

 いいや。

■そんな馬鹿な

 70年代初期を振り返ろう、グリッター・ロックあるいはグラム・ロックと言うべきかな。70年代初期、音楽を聴くのは簡単ではなかった。音楽がテレビCMに使われることはなかったし、ラジオや他媒体でのCMに使われることもなかった。要するに、音楽を聴く唯一の方法は、個人個人が好きな曲をレコード店に行って買うしかなかったんだ。

 さもなきゃ、そもそもマスメディアに音楽がなかった。マスメディアにポップ・ミュージックは無かったと、これも皆が忘れていることだ。音楽を聴くっていうのは、とてもとても大変だったんだ。というか、それ故に、もし自分が好きな音楽を知っている誰かに会ったなら、それは途轍もないことだった。けれども現代は、そうさ、どこもかしこも音楽が吹き荒れている。メロドラマのBGMに、全てにBGMがついているんだ。でも、70年代の場合は違った。音楽は、とてもとても貴重だったんだ。けれども現代は、そうさ、ただ魂を売ってしまうんだよ。どこであろうと、売れるものならね。

■けれど、子供や若者にとっては、音楽を入手する為の過程、労力からしたら、喜ばしい面もあります。

 僕にとってそれは……今はどうなんだろうな。誰もが投げ与えられるものを欲しがるんだねろうね。でも僕にとっては、発見と探求、探索が楽しみの半分だったんだ。欲しいものは自分自身で探さなきゃならないものだった。人々が何を言っているのか、何故この音楽を作っているのか、どこに住んでいるのか、毎日何をしているのか?全てはミステリーだった!けれども現代にはミステリーなんて全くないんだ。

■どうにかしてあの時代を取り戻す方法があると思いますか?あるいは、もう手遅れだと?

 どうしたって、あの頃にはもう戻れないだろうね。

■戻るのではなくて、どうにかして再び音楽を特別なものにする方法は?

 いや、いや、それは不可能だよ。つまり、もう全て制度化されているんだ。人々にとって凄く特別ってことは、凄くお金になるってことだ。そして、僕らがどう音楽を聴いていくのかは、今や永遠にメジャー・レーベルによってお膳立てされている。愛する曲は永遠に聴くだろう、そうすると、何度も何度も何度もその曲を買い直す恐れがあるってことだ。

■全てが少しづつ酷くなっています。だからこそ、ライブ音楽が重要なのですね。歌っているアーティスト以外の人間が介在しない唯一の瞬間が、ライブ音楽ですから。ステージで口パクをするマドンナやブリトニー・スピアーズみたいな酷いのは別として。

 その通り、その通り。ある意味、今やかつて以上にライブ体験が重要だと感じるわけだね?  僕はとても重要だと思うよ。何故なら、ライブは混じりっけなしの純粋なものだからね……勿論、善きにしろ悪しきにしろだけど。何も僕は、ステージに上がって演奏する全ての人達が……

(その時、一匹のリスが我々の隣の壁に飛び上がり、モリシーを伺うように身を乗り出してキーキーと鳴きながら手を伸ばしている。一瞬、リスはモリシーの腕にジャンプするかに見えたが、踵を返して壁の向こう側に消えて行った)。

■あのリスは、随分とあなたに興味があったようですね。

 うーん、僕が親切な心の持ち主だって分かるんだな。僕はね、本当に沢山のリスを道路から引っぺがしてきたんだよ。というのも、しばしばドライブをしている時にリスを見かけて、死んでいるのかな?と思う。でも、これが生きているんだよね。気絶しているだけ。だから、いつも車を停めて、リスを道路の端に避けてやるんだ。そうしなければ、パンパンパンと何度も轢かれてしまうだろ。大抵みんな道路上か道路端に何かを見ると死んでいると思い込む。でも、違うんだ。

 友人がメルローズをドライブしていて、道路上にぺったんこに見える猫がいた。彼女は暫く行ってから引き返した。『どうしよう。あの猫をひっくり返して、本当に死んでいるのか、そうでないのか確かめよう。生きているのか死んでいるのかハッキリさせなくちゃ』と思ったんだね。それから彼女、その猫を10年飼っているよ!(笑)。気絶していただけで生きていたんだ。世間では助けようとしたり、調べようとしたりするを意味がないと思うようだけど、それは間違いだ。

■何てことでしょう、そんな風に考えたことがありませんでした。

 そうかい、なら次に道路上にリスを見かけて、そこら中に内臓がぶち撒かれていなければ、生死を確かめて避けてあげるんだね。

■今までにカルマのようなものを感じたことありますか?恩返しをされるとか、お陰でいつも良い駐車スペースに停められるとか何とか?

 いいや。つまり、僕は利益や特別な賞賛を求めてはいない。ただ自然なことだ。誰だって人間ならば、何かが苦しむのを見たくはない。だからこそ、食肉処理場の意図には完全に困惑させられるんだ。人間ならば、どんなことでも、どんな命でも、苦しむのを見るのは耐えられない筈だ……例えそれが人であろうと動物であろうと。僕はそう思う。

■同感です。

 多くの人々が同意しているよ。依然として、これは抑圧された意見だけれど。我々は、世界中がTボーン・ステーキとケンタッキー・フライド・チキンを大好きだと信じ込まされているけれど、そんなのはクズだ。真実ではないんだ。人々は本気で動物達のことを気にかけているし、何も殺したくない。だからね、最近ジョージ・W・ブッシュがテレビで『あの豚の首を刎ねるのを待ちきれない。今夜、あの豚にナイフを突き刺す』と言ったのを見た時、君はこう思っただろう--この大馬鹿野郎め、ダサい、役立たずの、時代遅れの、うすのろの馬鹿野郎--とね。

■彼が言ったことは……

 勿論、分かっているよ。ブッシュは国際的な恥だ。中東の人々から見たアメリカは犯罪国家だ……英国人から見てもね。不幸なことに、彼がアメリカをそうしてしまったんだ。

■我々アメリカ人も、心の底では分かっているのだと思います。アメリカ人も分かっているんですよ。

 けれど、まだブッシュが大統領の座にいるのだから充分ではない。ブッシュがまだその座にいるということは、彼は未だに機能していて、権力を発揮していて、高齢者を気にかけていると話しては拍手されているんだ。そんなのは、全くもって地球規模的ジョークだ。で、君は誰をホワイトハウスで見たい?

■ヒラリー・クリントンが良いですね
このインタビューが行われたのは2007年のアメリカ合衆国大統領予備選の前である。

 何故に?

■女性大統領を見たいというのもありますが、全てにおいて完璧ではなかったとはいえ、私が知っている大統領の中で一番良かったのがビル・クリントンだからです。

 しかし、クリントン夫妻はもう充分じゃないか?

■ヒラリーの方が夫より良いかもしれません。

 うーん、それはそうだろうね。でも、他の選択肢がないなんてナンセンスだよ?

■なら、バラク・オバマは?

 傑出しているね。

■私は、オバマのことをよく知りません。

 傑出しているよ。

■オバマはとても良いですか。

 イエス、魅力的だ。

■オバマはよくて、ヒラリーはふしだらな大統領になるかもしれないと。

 えぇーと(笑)。そうだね。勿論、女性大統領の誕生は素晴しいよ。けれど、誰でもいいって訳じゃない。つまり、ヒラリーは今までにやらかしてきたってこと。彼女は政界にいて馬鹿げたことを沢山言ってきたし、小姑みたいな女性は御免だ。

■分かります。コンドレッサ・ライスみたいなのですね。

 まあ、ライスはあり得ないだろう。彼女の顔、彼女の両目、彼女の口、殆ど残酷さの塊だからね。残酷さそのものの顎。彼女ってナチ顔だよ。しかし、イングランドでは、そう、首相としてマーガレット・サッチャーがいたし、彼女は悪魔顔だった。つまり、女性候補だからといって、皆がみんな良いなわけではない。けれど、彼(オバマ)は魅力的だと思う。間違いなく魅力的だ。

■そうですねぇ、そう言われていますけれど、私はまだオバマのスピーチを観ていないので。

 魅力的だよ。オバマはきっと世界を変えると思う。
 ブッシュっていうのは旧世界の権化だ。だから、この局面において、何にしろブッシュの代わりになるものを考えるんだ。中東を旅してブッシュについての人々の考えを聞くべきだ。ジョージ・W・ブッシュよりサダム・フセインを戴く方がマシだと言うよ……。今や、ジョージ・ブッシュについては、アメリカはおろか地球上の誰もが、彼の言う事を少しも信じていないのが実情だ。

■本日は、インタビューをありがとうございました。皆がモリシーのインタビューを読みたがるでしょう。毎日読めるものではないですから。

 ほう、それは素晴しいね。毎日のお馴染みになるのは真っ平だもの。