Morrissey Q&A, 19 June 2007
掲載サイト http://true-to-you.net/ 記事原文のウェブアドレス http://true-to-you.net/morrissey_news_070619_02 ※ジュリアさんのサイトを通してファンから送られた質問への回答です。 ■The Smiths時代初期のインタビューにおいて、あなたは自分のやっていることの重大さを自覚しているようでした。過去を振り返ってみて、The Smithsとあなたがやってきたことが、どれだけ重要だったか、歴史的インパクトのあるものだったか、充分に認識していましたか?
いいや。The Smithsが初めてロサンジェルスに行きパラディウムで2晩公演した時、当地で自分達がとても有名だったことに驚いたくらいさ。ラフトレードは海外展開をしていなかったから、外国でどれほど人気があるかなんて全く分からなかった。僕はThe Smithsの中で一番シャイな人間だったのに、突然に全てのマスコミが僕と話したがったんだよ。 僕はThe Smithsの才能について言いたいことをとことん話した。音楽は芸術であると真摯に考え、畏敬の念を持っていたし、当時の他のバンドはどれも芸術的とは思えなかった。ジョニーは最高だった……それと……いくつかの優れたベースラインもね……。 ■あなたがヴァイオリンを構えている「Ringleader Of The Tormentors」のジャケット写真は素晴らしいですね! どこからインスピレーションを得たのですか?
1946年のアメリカ映画に「Humoresque」という作品があって、その映画の中でオスカー・レヴァントが、ヴァイオリンを演奏するジョン・ガーフィールドの写真を表紙にした雑誌を手にするシーンが幾度となく登場する。そのガーフィールドの写真がとても感動的だったから、コピーしてみようと思ったんだ。面白いのは、ヨーロッパ盤のは僕の右手が丸まっていて、USA盤だと真っ直ぐなんだよ。 ■声無き動物達に声を与えようとする、あなたの献身は立派だと思います。ライフスタイルをヴェジタリアンへ変えることに困難を感じている人々へアドヴァイスをいただけますか?
だんだんと変えていけば良いんだよ。一晩で完璧な人間になる必要はない。もし皆の間で「肉食」を避けることが道徳的とされるなら、何も説明の必要はないのにね。動物を食べることは明らかに残酷だ。他の生物に苦痛を与えたくないと考えるか、それとも全く気にしないかってことなんだよ。肉の味がどうとか、プロテイン神話、経済的な負担、代わりに何を食べるのかとか、男らしく生きるためにはとか、そんな議論は全て無意味だ。肉を食べる人達は動物を憎んでいるに違いない……もし彼らを愛し尊重しているなら食べられる筈がないもの。単純なことさ。 ■今までに気に入った画家は誰ですか?
誰だろう。ここ数年前まで関心のあったことじゃないし。今は本当に惹き込まれているけど、専門家と話すのは無理だね。 ■「No One Can Hold A Candle To You」や「Redondo Beach」といった様々に興味深いカヴァー曲は、どうやって、どういう理由で選んでいるのですか?
何事には、それぞれ然るべき理由がある。確かに、昔のThe Smithsのカヴァー曲、例えば「Work is a four-letter word」と「Golden lights」はお遊び半分の天邪鬼な行動としてやったもので……革新的な音の奇跡とはならなかったさ。そう、大抵の場合は、思いがけない何かをどうミックスに投入するかという問題なんだ。 「No One Can Hold A Candle To You」はジェイムス・メーカーが書いて歌ったもので、僕らは30年来の親しい友人なんだ。ジェイムスは数年前に「Born that Way」をリリースしていて、僕の最高にお気に入りのレコーディングの一つだよ。 Redondo Beach」について、僕はパティ・スミスの「Horses」がどれだけ僕の人生をを変えたかを、ずっと言い続けてきた。「Redondo Beach」をシングルで出したいと申し出た時、パティから“パティ・スミスの呪い”のせいで、きっとチャート入りはしないだろうと言われたよ。いつもの通り、曲は全くオンエアされなかったけれど、それでもトップ10入りを逃したのは、ほんの数枚の差に過ぎなかった。あとね、僕は歌の始まりを“Let it be known”だと思い込んでいたけれど、そうじゃなくて(パティの原曲では)“late afternoon”なんだよね。 僕は時折カヴァー・アルバムを計画しては、いつもアイデアを捨てているんだ。だって今の時代、スタンダード曲の大演習みたいに見えちゃうもの。 ■映画「New York Doll」への多大なる貢献と、アーサー・ケインのドールズ再結成という夢を実現する助けになってくれたことを感謝します。メルトダウン・フェスティバルでのドールズ達との経験、アーサーとの交流、映画に関わったことは、あなたにどんな影響を与えましたか?
時折、何もかも信じられないような気持ちになる。はっきりしているのは、1973年のマンチェスターで、孤独な14歳が「The New York Dolls」というLPレコードについて話せる人間なんか誰もいなかったということ。美術の授業でドールズの写真を使ったモンタージュ作品を作った僕に、教師は泣き出さんばかりに愕然として、僕の作品をクラスの子一人ひとりに回すと、ドールズが病気で腐敗してるとがなりたてた。後年、この教師はタチの悪いThe SmithsのTVドキュメンタリーの一本に出演して、相変わらずの取り乱しぶりを披露していたよ。そういったこと全てを踏まえ、30年の時を飛び越えて、メルトダウンへと導いた数々の出来事を評価するなら、奇跡だよね。 僕が思うに、映画はドールズの現状を良くする大きな助けになった。今までドールズに関心が無かった人でさえ、観れば誰もが、あの映画を大好きになるもの。映画の中の僕は、感情的になり過ぎしまい話すのもやっとで駄目だね。僕はともかくとして、本当によく完成させたし、史上最高のロック・ドキュメンタリー映画に違いない。 メルトダウンについては、デヴィッド、シルヴェイン、アーサーが揃った瞬間、バルコニーに立っていた僕は体が固まり、涙を押し留めることが出来なかった。後にデヴィッドからドールズのニュー・アルバムで歌ってくれないかと持ちかけられたが、断わらざるをえなかった……僕は「ニューヨーク」出身の「ドール」ではないから。身の程は弁えているんだ……他のことはともかくとしてね。 ■歌は一気に書き上げますか? それとも日々ノートに書き留めておいて、形にできる状態になったら、それらを寄せ集めるだけですか?
近頃はノートをとる傾向が薄くなっているし、ちょうど走り書きされたアイディアを寄せ集めることなく新2曲を思いついたところだ。ますますそうなっているよ。特に「That's How People Grow Up」なんかは、パッと歌が降ってきたような感じだね。それらが歌と呼べるものなのか、単なる暴言なのか、パニックのシャワーなのかさえ確かじゃないけれど。概して重要なのはヴォーカルのつかみで、大抵はコーラスから思いつく。そうじゃなければ歌にはならない。僕の狙いの大部分は、歌のどの瞬間にもヴォーカルのつかみを持ってくることにある……とにかく、そうだと良いなぁと。 ■歌を書くにあたって、最も重要なインスピレーションとは何ですか?
凄く奇妙なことだと認めるが、近頃は恥ずかしげもなく自分自身の感情状態からだ。23歳ならば、自殺と偉大さを同列に扱い、固執し、戸惑い、突詰めて考え、詞にする権利があるんだよね。けれど48歳の僕は、もはや発展途上の人生哲学だなんて言われちゃいけないんだ。この歳では物事は落着いていくものだと考えられている。僕にとってはそうじゃないけど。未だに僕は不条理な世界の意味を理解しようと試みている。ことロマンスに関して、僕の人生はいつだって不条理だった。歌の力によってのみ、辛うじて何とか生きていようと思えたのさ。 ■ツアーの好きなところは?
実際に好きなのは、ステージにいるほんのちょっとの時間だけ。愛してると言ってもいい。他の部分では、全く寂しいものさ。 ■喉のケアには何をしていますか?
今まで何かをしたことは無いよ。風邪とインフルエンザにかからないように最大限気を遣って、鼻をすすっている人の傍には寄らないようにしているけどね。他は何にも。 ■どんなことがあれば、コンサートが素晴らしく忘れ難いものになりますか? あなたが「良いコンサートだったな」と思う場合には、概してどんな共通点があるのでしょうか?
観客は気付いていないけれど、僕は影響されるんだ。ステージに行って観客を見る、そして彼らがどう反応するか、どう僕を見るかによってテンションが左右される。僕は観客に向かって直接歌い、真っ直ぐに観客を見る……そうい歌手って少ないようだけど。僕は一節ごとに観客へ呼びかけ、彼らが反応する……あらゆる方法で……僕らはまるで会話を交わしているよう。フェスティバルや野外円形劇場では、時折照明のせいで観客が見えないことがある。それは仕方の無いことだけど、暗闇に向かって歌っていると、どうしても会話が通じないような気持ちになりがちだ。それと、最前列前にいるセキュリティーが乱暴すぎたり、あまりに厳しかったりすると怒りが込上げてくる。ホールの形状や、観客がどういう位置づけをされているのか、自由に動けるのか、シートに縛り付けられているのか、セキュリティーに下がれとどつかれていないか、そういったこと全てが、コンサートを成功させるか、ぶち壊すかの要素になる。僕はそこにいるに過ぎないんだ……どこかの……隙間にね。 ■ステージの上で観客を前に歌うのは、どんな気持ちですか?
自分自身について唯一正しいと感じる時間だと思う。その他では、僕は人間としてのどんな機能も持ち合わせちゃいない……嘆かわしいことだ! ステージ外では、自分の存在さえ疑わしいよ。 ■私は14歳からの大ファンです。何故あなたの音楽が若い世代にこんなにも訴えかけ影響を及ぼすのだと思いますか?
ずばり言うなら、それは僕の人生で経験してきた孤独ゆえ……この孤独とは、本当の意味での孤独のことだ。 とても若い人達は、酷使され馬鹿にされていると感じているのだろう……ただ彼らの年齢ゆえにね。この世界には、他人にああしろこうしろと余計なお節介を焼くのが好きな連中でいっぱいと見える。実際のところ、そういう世界なんだ! だから若い人達は、僕の声を、常に打ち捨てられることを知り、心を発掘することを知る者の声として聞くんじゃないかな。 ■どこでボズ・ブーラーを見出し、いつから一緒に仕事を始めたのですか?
ボズとは、僕らの共通の友人でMadnessで歌っているカサル(Cathal Smyth)を通して知り合ったんだ。その時期、僕は頻繁にカサルに会っていて、とても近しい友人だった。彼は「Kill Uncle」を駄作だと考え、それでボズを紹介してくれたのさ……カサルの考えは必ずしも間違いではなかった。僕を「Kill Uncle」の作曲者だったマーク・ネヴィンから引き離したかったんだ。僕もマークのことを実際よく知らなかったから、その心積もりでいた。そういうことがあって、カサルはボズを僕の作曲パートナーとして見ていたんだけど、(ボズと僕の関係は)明らかに長く重要な友情へと発展した。ボズはユーモラスな存在で、同時に最高の話し相手だよ。 ■「すぐに新アルバムを出すよ」と、ファンに向かって言ってくれますか?
目下のところ、僕には2007年の残りをツアーにあてるか、新アルバムの製作を開始するかの選択肢がある。今のところレコード契約は無いけれど、ワーナーからオファーを得ているんだ。同時に、ちょっと凄いツアーのオファーもね……ニュージーランド、南アフリカ、愛しのスカンジナビア、イスラエルにイラン。テヘランで歌うのは素晴らしいだろうね。だからね、今週いっぱいジレンマに悩むよ。 |