【宇宙戦士ハル 第1部】


7月の太陽が、塔に時計を頂いた講堂を灼いていた。
1週間後から始まる前期末試験さえ終われば、晴れて長い夏休みだ。

俺は都内の某大学2年生。名を広瀬健哉という。兄弟姉妹はいない一人っ子だ。
先月二十歳になったばかり。
一浪して私立文系という身分は微妙な気もするが、都区内のど真ん中に位置するキャンパスライフは、
地方都市から出てきた俺にとっては天国のような暮らしだった。
隣県の国立大を受けず、わざわざ上京してきただけのことはある(ごめんなさい両親)。
大学を選ぶにあたっては偏差値だけでなく、生活の質まで考えたほうが、4年間幸せになれると思った。

いちおう文化系サークルには所属しているが、メンツに何故かオタクが多くて、いつも怪しげな同人誌を描いている。
主目的の活動は開店休業状態だ。
S工業大附属高出身の同期がいるのだが、そいつの先輩がその男子高をモデルに作ったのが、
あのエロゲの名作「TO HAAT」なんだそうな。
彼らに影響され、俺もこの世界に足を踏み入れてしまった。
そんなことはどうでもいい。

キャンパスのいたるところに、学生自治会の闘士が立てたとおぼしき「プロレタリア革命」云々と書かれた赤文字の看板が立っている。
その脇を通り抜け、掲示板を一通りチェックし終わると、時計は午後3時を指していた。
今日は午後5時からバイトだから、もう帰ろう。



地下鉄で西にJR山手線駅まで出て私鉄に乗り換え、普通電車に10分ほど揺られたところが、俺の下宿の最寄り駅だ。
東京都N区。駅から徒歩10分、幹線通りから少し細い路地に入ったところにアパートがあり、二階に住んでいる。
アパートの三件隣にコンビ二もあるが、私鉄駅沿いに広がった商店街が健在で、買い物には不自由していない。


駅前商店街。日本の地方都市では郊外型大規模店舗に押されて、絶滅してしまった風景。
八百屋、雑貨屋、惣菜屋が何軒も軒を連ねている。
威勢よく声を張り上げる店主と、品物を見定めるマダムの活気が、俺は好きだ。
シャッター街と化した地方の、とうの昔に忘れた風景が、東京の都心近辺には強く残っているのは皮肉なものである。
その商店街の中にある小さなスーパーが、俺のバイト先だ。
地方で商店街を荒らしまくっているスーパーが、ここでは共存できているからすごいと思う。
アパートに鞄を置き、しばらくエアコンの冷気で身体を冷やすと、バイト先のスーパーに向かった。



午後9時すぎ。バイトが終わって外に出ると、いつのまにか雷が光って、大雨になっていた。
少し遅い夕立だろうか。
置き傘はしてあったが、物凄い滝のような雨で、アパートまであと数十メートルのところまで来たときは、
ズボンも服も水を被ったかのようにびしょ濡れ。靴の中まで水が浸みていた。

街頭が夜道を照らしていた。あたりに人の気配はない。
このあたりはアパートが多く、部屋のカーテンの隙間から光がかすかに漏れていたが、
シトシトと降る雨音のせいで物音がかき消され、静かな夜だった。


自分のアパートの手前まで来たとき、ようやく小降りになり始めた。

ふと、道路の上に、街頭のかすかな光に照らし出された、うずくまっている小さな影を見つけた。

最初はトラックの落とした幌か、飛ばされてきた洗濯物かと思った。
次に、白い犬か猫かと思った。

だが近づくにつれて、それが人だと分かった。
子供だ。

駆け寄ってみると、白いレオタード状の着衣を身に纏った黒髪の子供だった。
身長145p前後。足には羽の生えた白いブーツ。
レオタードの生地が薄いのか、雨水をたっぷり吸い込んだ布に、ピンク色の乳首と褐色の性器の膨らみが透けていた。
男の子だ。
切れた左肩と左腿の裂傷、腹を押さえた両手からは、赤い血が流れているのが見えた。


「おい、きみ、どうしたんだ? 車に轢き逃げでもされたのか?」

子供は弱々しい視線でこちらを見た。

「た・・・助けて・・・下さい・・・」

か細く高い声だった。


俺はズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、警察に電話しようとした・・・
が、バッテリー切れなのか雨水でいかれてしまったのか、電源が入らなかった。

クソッ、肝心なときに!
自分の部屋に固定電話はあるが、雨ざらしのままこの子を道路に放っておくのも駄目な気がする。


俺は少年の身体を抱きかかえると、アパートの階段を駆け上がった。
どうやら隣人は揃って留守らしい。
廊下に少年をひとまず下ろすと、部屋の鍵を開け、自分の部屋に入った。


部屋にありったけのバスタオルを敷くと、その上に少年を横たわらせた。
髪は長めで顔はなかなかに端正、鼻の高いほっそりとした造詣。二重瞼で見かけは悪くない。
健康的な肌色の身体。
やや痩せ形の標準体型ながらも引き締まった腰に、
所々が金属パーツと一体になった、白いのレオタードが食い込んでいる。
腹部はレオタードが破れ肌が露出し、おびただしい血が流れていた。

俺が救急車を呼ぼうと受話器を取り上げようとしたとき、少年は薄目を開けて呟いた。


「その・・・必要は・・・ない・・よ・・・」

「へ?」

「包帯・・・ある?」


俺は言われるままに、少年のレオタードを脱がせた。
まだ発毛していない、かわいい包茎性器が顔を出した。

全身を拭いてやると、傷口にガーゼを当てて包帯を巻いてやった。
すると、腹部から流れ出ていた血が止まった気がした。

上から布団をかけてやると、少年は眠りについた。



そのとき、俺は大きなくしゃみをした。

しまった、俺もずぶ濡れだったの忘れてた!




Next
Menu