翌朝。

いつもどおり7時に目覚ましが鳴った。
土曜日なのに、目覚ましを切るのを忘れていたらしい。

家賃7万円、6畳洋室に3畳のロフト、ユニットバスがついておりベランダはない。
少年は6畳に敷いた布団に寝かせてやったから、俺はロフトで毛布に包まって寝たのだった。

はしごを降りると、レオタードを着た昨日の少年があぐらをかき、民放のテレビニュースに見入っていた。
腹に包帯はまだ巻いてあったが、腹部が破れたはずのレオタードは元通り、新品のシャツのように復元されている。
首筋まで伸びた長く乾いた黒髪に、不思議な形をしたカチューシャをつけていた。


少年の美しく透き通った瞳には、遠い国で起こった事件のニュース原稿を読む美人アナ、
小圷優子(こあくつ ゆうこ)の顔が映り込んでいた。

「おはよう・・・きみ、もう大丈夫なのか?」

「お早うございます。昨夜は助けていただいて、どうもありがとうございました。」

振り向いた少年はクスリと笑った。

「まだ傷は完全には癒えてませんが、動けないことはありません。」

少年は立ち上がった。


「では、さようなら。ご恩は忘れません」

まだ終わっていないテレビニュースを横目に、すたすたと歩いて出て行こうとした。
ふりふりと揺れる、きゅっとレオタードの食い込んだ小さなお尻のラインが艶めかしい。
玄関に揃えて置かれていた白いブーツを履こうとかがんだ。


「おい・・・ちょ、お前!ちょっと待ったぁ!!!」

少年は立ち止まると、不思議そうに振り返った。

「はぁ、なんでしょう?」

「『なんでしょう?』ってなぁ・・・お前、その格好で街をうろつくつもりか?」

「まずいでしょうか?」

「まずいもなにも・・・注目されまくりだろ! 第一子供は学校へ行く時間だ」

「・・・・。」

「まあそこ座れや」



少年は仕方ない顔で俺の前に正座した。

リモコンの電源ボタンを押すと小圷アナの顔が消え、「あーっ・・・」と残念そうな顔をする少年。
俺はペットボトルの緑茶をコップに注いでやりながら、少年に向かい合った。

「まず、お前はどこの誰だ? 何処の学校の生徒だ? 両親はどうした? 何のためにそんな格好でうろついて怪我したんだ?」

「話す義務はありません」

視線が横を向き、ふくれっ面をするのがまたかわいいが、俺は表情を変えず続ける。

「いーーや、献身的にお前の手当をしてやった者として、俺にも知る権利がある。結構心配したんだぞ」

「心配してた割にはさっきまで、ぐっすり寝てましたが」

「うるさい。しゃべらないなら家出少年を預かってると警察に通報してやる」



少年は十秒ほど考えたように黙ったが、やがて口を開いた。

「いいでしょう・・・あなたにはお話します。信じてくれるかどうかは分かりませんけどね」


少年の名はハルと言った。

遠い銀河の果ての星・・・アスト星出身。
宇宙征服を企む組織の放った怪物が地球の日本に落下したのを追って、ワープしてきた。
宇宙連邦政府の命令を受け、怪物と闘う戦士として地球に送り込まれたんだそうな。
少年の住んでたアスト星と地球は環境が似ていたこと、傷ついても自己修復が早いこと以外は、
地球人の黄色人種ときわめて酷似した人種であることなどから、適任者として選ばれたらしい。
頭のカチューシャが、地球含め全宇宙で話される156万以上もの言語を自動翻訳して脳に直接伝えてくれる。
地球に降り立ったのは昨夜、日本時間19時過ぎで、早速大雨の中を魔物と一戦交え、傷を負ったのだった。


俺は半信半疑ながらも、ふんふんと頷いて聞いていた。


正座する腿に食い込んだ金属リングに、鋭利そうだが見たこともない武器がかかっているのが見えた。
もし気の狂った家出小学生だったら、俺が刺し殺されるかもしれない。ここは怒らせないのが無難だ。

「OK。危険な奴ではなさそうだ。けどお前まさか黄色人種に化けてて、
ほんとは緑の血の流れるグロテスクな軟体動物・・・ってことはないんだな?」

とりあえず話を合わせてみた。

「ええ、ご心配なく。これが僕の素顔ですから。骨格も地球人とほとんど変わりないし・・・」


そこまで言うと、少年は煙草(ハイライト)に火をつけて吹かし始めた。

「あーーーっ、俺の煙草!」

「ふーん、地球の煙草もなかなかイケルね」

「イケルって・・・お前、未成年のくせして!」

「え?いつ僕が未成年なんて言いました? 僕は18歳と6ヶ月ですよ? 
 あーちなみに僕の星じゃ18歳の誕生日で成人なんだけど」

「え・・・」


俺は少年の肉体をまじまじと見つめた。

約145pのスレンダーな身体。
まだあどけない、いかにも平成生まれな小学生の顔だ。
性器や脇に陰毛が生えていないことは昨夜の「治療」で見たとおりだ。
どう見てもランドセルの似合う小学生なのだが。

「ああ、そうですね。うちの星では250歳まで生きますしね、18そこそこじゃ子供に見えるかも。ハッハッハッ」

少し気分が落ち着いたのか、八重歯を見せて笑顔を作った。
俺も警戒がほぐれ、ホッと一息つく。

「で・・・ハル、お前の使命はよく分かったが、このまま一人で闘うつもりか?」

「できればどなたか現地人に協力していただけるようなら有難いけど・・・、
宇宙連邦政府によるミッションを大っぴらにはしたくないですね。
 宇宙人の存在の知られてない星で派手な行動に出ると、後々混乱しますから」


ハルにつられて、俺も煙草をふかしながら聞いていた。
どうも家出小学生の作り話にしては内容が詳しすぎる。
それにこの昨夜負った傷の回復力は、地球人にしては脅威的に早すぎる。
とりあえず、信じてやることにした。


「宇宙人の存在・・・・ねえ・・・。もしかしてミステリーサークルとかこしらえてるの、おまえらの仕業か?」

「いえ、あれはただのプラズマか、物好きな地球人の仕業ですよ。僕たちはあんな無意味なイタズラをしてるほど暇じゃないですから」


暇じゃないから、こんな若いもんまで戦いに借り出されているということか。
素性を明かせない、命がけの任務。小さな肩に、随分と重い使命を背負っているのだと感じた。
俺は自分でも思いがけないことを口走っていた。


「あのさ・・・俺が協力するってのは駄目?」

「え・・・?」

「この部屋に、居てもいいからさ。」

それは故郷を遠く離れ、一人で生活する孤独感から出たものだったのかも知れない。
友達と馬鹿騒ぎしても、決して心の奥底ではごまかしきれない孤独感。
何千光年も離れた星からやってきたハルのほうが、慣れない土地で誰も知っている人がいなくて、
よっぽど孤独で心細いに違いないのだ。
友達になりたかった。
分かり合えると思った。


「いえ、何の関係もないあなたを巻き込むわけには・・・」

「いや・・・。もう、巻き込まれてんじゃねぇか。俺がお前を見つけなきゃ、死んでたかも知れないだろ」

「・・・あ・・・」

「それにさ、地球の侵略を企む連中と闘うんだろ?地球の未来がかかってんだろ?俺の未来と無関係じゃねぇよ。それにな・・・」

俺は目の前に実の弟がいるかのように、優しく言った。


「お前を見てると、何か危なっかしくって」

ハルは視線を下に向け、照れくさそうに言った。

「・・・・ありがとう・・・ございます」


俺はハルの手を握った。

「ただな」

俺は人差し指をハルの乳首にぐりぐり当てて言った。

「その格好は何とかしろ。あと平日の昼間から小学生が街中をうろうろしているのは不自然だ。9月からは小学校に行け」

ハルはギョッとした顔をした。

「えーーーっ、僕はこう見えても大学を飛び級で卒業してるんですよ? 
なんでこの未開の星の小学校に通わなきゃいけないんですか」

「言ってくれるね、このクソガキ・・・
小学校へ行くのは地球の子供たちがそうしているからだ。カモフラージュだよ」


ハルは俺の言葉を無視したかのように、続けざまに言った。

「ちなみに宇宙経済学を専攻してたんですけどーーー修士号も取得してーー」

「なに?経済学だ? 提出期限が三日後に迫った俺のレポート、手伝ってくれる?」


書きかけのレポート用紙と資料を手渡してみた。
ハルはパラパラと一通り目を通した。
どうやら頭の翻訳機の力を通じて、地球の文字が読めるらしい。


「なにこれ?ケインズ経済学? あー、有効需要がなんとやらね。楽勝、楽勝。
銀河じゃ4300年も前から使い古されてきた論理と同じ内容さ」



白いレオタード越しに浮き出た、滑らかなフトモモの奥に息づく性器がこちらを向いている。



「とっ・・・とりあえず、その格好を何とかしてくれ。」

「これは地球環境下で戦闘するにあたって効果的に肉体の潜在力を引き出す胴着みたいなもんですよ」

「アスト星じゃみんなそんなエロい格好で歩いてるのか? 俺、ホモではないはずなんだけど・・・お前見てると・・・」

「僕の星じゃ同性愛は別に恥ずかしいことじゃないですよ? 
宇宙には両性具有の人の星もあれば性が4つある宇宙人もいるし、そんなタブーを作ってるのは地球人とアン○ロメダ星人ぐらいで・・・
そういやケインズも同性愛癖を隠すために偽装結婚を・・・」

「だーーーーーーーっ!とりあえず今日は授業ないから、10時になったら服を買いに行くぞ!」

「お金あるんですか?」

「お・ま・え、三万円持ってるだろー。聖徳太子だけど。昨日発見したぞ。こういう準備をするために持たされたんじゃないのか?」

「うー、勝手に使って良かったのかな?」

「宇宙戦士さまに持たせる現金が三万円とは、天下の宇宙連邦政府もケチだよなー」

「分担金を滞納する星が増えて、財政が苦しいらしいですよ。地球のUNみたいに」


「そのへんの事情は飯を食いながら、ゆっくり聞こうか。口に合うかどうか分からないが・・・腹、減ってるだろ?」

飯と聞いたハルの顔が明らかに華やぐ。うーむ、本当にいい笑顔だ。
俺は昨夜スーパーから超安値でくすねてきた、惣菜の売れ残りを冷蔵庫から出してきた。
鳥の唐揚げ、野菜の天ぷら、ほうれん草のおひたし、山菜おこわ、牛乳。
惣菜を電子レンジで軽く温め、円卓に並べてやった。



「このミルク、賞味期限が・・・」

壁にかかっているカレンダーを横目に、パックの日付を目ざとく見つけた。
アスト星の1日が24時間で一年が365日なのかどうかは知らぬが、どうやら月日の感覚は変わらないらしい。

「なあに、『消費』期限ではないだろうし、俺は今んとこ下痢したことはないぜ」



ハルは俺の仕草を真似て、異星人のくせに器用な手つきで、割り箸で飯を口に運んでいた。
指も5本なのだと、改めて気づいた。

「へえ、地球のごはんって旨いもんですねえ。」

廃棄処分すれすれの、この季節腐っているかもしれない飯で喜んでくれるのだから安上がりなものである。



かようにして、キュートでセクシーな「居候」との新生活がスタートしたのだった。



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