【宇宙戦士ハル 第2部】


8月の日差しがじりじりとコンクリートの地面を焼き、反射した熱気が辺りに立ちこめている。
閉鎖されたままの遊園地には黄色い「立ち入り禁止」のテープが張られ、営業再開の目処は立っていない。
警察車両がずらっと並んだ正門ゲート付近のだいぶ先に、中型トラックを改造したテレビ局の移動中継車が4、5台路駐し、
円盤形のパラボラアンテナを天空に向けていた。


三日前の午後、アイドルショー会場の野外ステージに、巨大な蛸が来襲する騒ぎが発生した。
蛸と格闘した観客のうち1名が弾き飛ばされ、腕を骨折する重傷。
また逃げようとした観客十数名が出口付近で将棋倒しになり、怪我人が6名。
蛸の化け物は体長3.5メートル。水蛸の変種と思われるが、
東京湾から何十キロも離れた遊園地まで、どうやってたどり着いたかの経路は不明。
流水プールの排水溝で見つかった死骸を回収し、詳しい分析を行う予定。


以上が、今までに警察より発表された情報の概要だった。

今朝も総理が記者会見で、「海洋生物の突然変異の原因究明と、被害者の心身のケアを対策すべき」
旨を触れていたが、政府としては、事件というよりは災害と見る向きが強いように感じられる。

遊園地の正門ゲートから数百メートル離れた裏ゲートを入ったところに、警察の現場指揮本部の置かれた管理事務所がある。
その古ぼけた二階建てビルの前で、大勢の警察関係者が慌ただしく動き回る中を、現場取材を行う報道クルーを連れた、
民放キー局『JBS』ニュースキャスターの小圷優子(こあくつ ゆうこ)が右往左往していた。
行き交う捜査員や遊園地関係者に記者証を見せ、

「JBSです。取材させてください」

と言って回るものの、「危ないですよ」「ここは立ち入り禁止です」と、けんもほろろの扱いを受けていたのだ。

「うーーん、みんな口が硬いわね」

奥に見える流水プールや、野外ステージの舞台付近は巨大なブルーシートのテントで被われ、
ヘリコプターからですら中の様子を撮影することは容易ではない。
遊園地の敷地内には消防のほか、陸上自衛隊の最新鋭のNBC対策車両も停まっているのが見える。
大蛸の死体処理班として自衛隊も参加しているが、災害派遣という位置付けでの出動であった。


(もうっ、こんなに紫外線を浴びたらお肌に最悪よね。汗でお化粧が剥がれちゃう)

優子が歩いた後には香水の強烈な残り香が漂い、日光の熱気とあいまって周囲の気分を悪化させている事実が、
より一層この取材クルーへ近寄り難い心理にさせているのだが、嗅覚の麻痺した優子は気付かないようだ。

(あたしたち、避けられてるわね)

「ん〜」と優子は考えた。


(効率よく取材するには誰かまわず取材攻勢をかけるより、ある程度ターゲットを絞って狙いに行くほうがいいわね)


えーーーと・・・・見つけた。現場を仕切っている、いかにも女に縁のなさそうな、いかつい顔の刑事。
コツコツと近づき、ここはとっておきのスマイルで・・・



「ちょっとすいませーん(にこっ)。」





無骨な捜査員の返事は冷淡だった。

「邪魔だからどいてなさい」





カチン。
ぷちっ。





「あんですってぇぇぇぇ?」

みるみる優子の表情が変わる。

「国民の知る権利を何だと思ってるんですか、あなたぁぁ〜〜〜!!!?」

人前では滅多に感情的になることのない優子の怒声が響くと、
他局のカメラクルーや新聞記者、雑誌記者も駆け寄り、取り巻いた。

「捜査の進展はどうなってるんですか?」
「不安を抱いて見守っている国民に向けて一言、コメントをお願いしますー」

暑さと情報の入らない不満で、記者たちの苛立ちは頂点に達していたのだ。

「梶川なつきを救った少年の行方は掴めたんですか?」
「遊園地の被害状況はどんな感じですか?」


勢いで指揮本部が設置されている部屋の前に押しかけ、問答するように詰めかける優子と取材クルー。

「押さないで、押さないで!」

ドアの中から白髪混じりの背広メガネが出てきて説明する。
現場を視察に来たのであろう、管轄する県警本部の捜査課長だ。

「捜査の経過については記者会見で発表している通りです。それ以上のことはお話しできませんし、分かりません」

白髪のインテリ顔の目が泳いでいるのを、優子は見逃さなかった。
その目がちらっと一瞬横を向いたので、優子もその視線の先にある窓の外を見ると、
迷彩服を来た外国人兵士の姿が何人か見えた。
沖縄で海兵隊基地を取材したことのある優子には、その軍服には見覚えがあった。

「ちょっ、ちょっと!なんで捜査現場に米軍がいるわけ!?」

「消毒に、米軍しか持っていない設備が必要かも知れないから、と聞いております」

表情を変えず、さらっと言う壮年の男。

「消毒って何の消毒ですか??首都圏からそう離れていない遊園地で疫病が蔓延するとしたら大変なことですよ」

畳みかける優子。

「自衛隊の装備でも消せない菌が発生してるっていうの!?」

「はーい、撮らないで、撮らないで!」

駆けつけた警備員がカメラマンを妨害する。
その脇をするっと、金髪の長い白人の女の子が、紺色セーラー服を着た小さな身体をかがめ、ドアの中へ入っていった。

「あーっ、あれ!小学生なんか中へ入れちゃっていいんですかぁ!?」

「ご注意ください!トラックが通ります!どいて!」

窓の外から聞こえる怒声。
管理棟のすぐ横の道を、陸上自衛隊の軍用トラックが地鳴りのようなエンジン音とともに、猛スピードで駆け抜けていく。
道路の反対側からパシャパシャと閃光を放つフラッシュ。
荷台はブルーシートに被われていたが、優子はシートの隙間から一瞬、見たこともないほど巨大な蛸の足を見た。

「い・い・い、一体あれは何なんですか!?説明をお願いしますーーー!!」

興奮と混乱の渦巻く中、もみくちゃにされながらしばらく粘ったが、さすがにこの暑さでは、タフが自慢の優子ももたず、
数十分後には移動中継車に引き揚げていた。




優子は椅子に腰かけると、ペットボトルのお茶に口をつけた。
その後バッグからコンパクトを取り出すと、小さな鏡に映った顔を見つめながら考えた。


アイドルを襲った巨大な怪物。
いったんは「水蛸の変種」と発表しておきながら、自衛隊のバイオテロ対策部隊が出動している。
詳細をひた隠しにする政府、公安。しかも米軍が絡んできている・・・。
これは絶対に大事件よ。


「JBSワイドは総力を上げて真相究明に努めます。くれぐれも他社に出しぬかれないように。いいわね?」

スタッフに檄を飛ばす優子。
だが頭に昇った血液がクールダウンし、気分が落ち着いてきた頃には、別の思考が支配していた。


彗星のごとくあらわれ、消えた白いレオタードの男の子。
目撃者の話だと、なかなかの美少年らしいではないか。


(ああっ、君はどこの誰なの?? 早く会ってインタビューしたいわーー!!)


一人、恋する乙女モードに突入している優子。

(事件の鍵を握る天使クンと、運命の出会いを果たす日まで。がんばれ私!)

ジャーナリストとしての使命感と、魅力的な異性に出会えるかもしれないチャンスを掴むこと。
それがこの超ハードな仕事をこなすための、優子のモチベーションとなっていた。


しかし身体を張った取材にもかかわらず、その日夕方のニュースで、管理棟の映像が画面に映ることはなかった。

「疫病が蔓延するかも知れない」情報は信憑性が不明で、視聴者の無用な不安を煽りかねない。

という理由で、報道デスクが削除したのだ。
放映されたのはブルーシートに被われた現場の使いまわし映像と、「真相はまだ闇の中・・・」という
おどろおどろしいナレーションとともに、自衛隊のトラックが走り去る映像の、ごく短いVTRのみだった。




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