10年後。
<東アジア・某国>
超満員のサッカースタジアムで、今まさに日本代表がワールドカップ出場を賭けた試合が始まろうとしていた。
今日出場する、青いユニフォームを身に纏った若きMFにとっては、日本代表としては初めて体験するアウェー戦だ。
「東洋のベッカム」と呼ばれるほど美しい青年に成長した戦士・都築新斗は、抜きんでた技能を合わせ持ち、
日本のみならずアジア、ヨーロッパでも女性の人気が高い。
国歌斉唱の後、グラウンドに美貌のエースが立つと、観客席のほとんどを埋め尽くした真っ赤なサポーターから強烈なブーイングが飛んだ。
「噂には聞いていたが・・・凄いな」
新斗が呟くと、
「奴らに俺たちのサッカーを見せてやろうぜ」
隣で立っている清水が言った。
新斗は暫し目を閉じ、今この時までの長い道のりを思い返していた。
高校生の頃、ヨーロッパへ留学したいと希望した矢先、父の銀行が経営破綻した。
父の地銀はすぐに他の大銀行に吸収されたものの、苦しくなった家計の中、なんとか費用をやりくりしてくれた両親。
思い出の詰まった高級車、シーマも手放した。
綾太も俳優として稼いだお金を快くカンパしてくれた。
本当は自分の買いたい物もあったはずなのに。
・・・そうだ。僕には支えてくれる仲間がいる。
その思いを無駄にはできなかった。
若き指揮官の心は一瞬だけ10年前に戻ったが、すぐに呼び戻された。
「みんな!相手は血気旺盛で強敵だが怖れることはない!まずは一点、取りに行こう!」
不敵な笑みでまっすぐゴールの先を見つめる、栗色の澄んだ瞳。
右手で作った、人差し指と中指の指鉄砲を振り上げると、背後を守る小岩が肯いた。
ほとんど真っ赤な観客席の一角で揺れる青い旗の下に、神野聖良が座っていた。
「新斗ーーー!元兜童子の意地を見せてー!」
茶髪の顔に日の丸のフェイスペイントを施し、きゃあきゃあと声援を送っている。
その隣ではオペラグラスを持った山下が、新斗の顔を覗いていた。
だが衛星中継するテレビ画面は赤いブーイングの波を映さず、東京のスタジオへ切り替わっていた。
「さあー今日は宿敵との対決ですが、どうなるんでしょうねー?」
皺を隠すためますます化粧の厚くなった小圷優子が、隣に立っている長身の男に話を振った。
「今回はワールドカップ出場には重要な予選ですからね。勝つんです!」
「では実況席を呼んでみましょう。解説のアリスト越前さーん?」
日本を代表する辛口解説者を呼ぶ優子。
「今日は都築や清水をはじめ、若手が出てますねー。
攻撃型の布陣ですが、ゴール前の決定力という課題が解決されているかどうかですね」
秋葉原に並んだ薄型大画面テレビが再び、新斗の美しい顔を映した。
さあ、まもなくキックオフだ。
<日本・某国際空港>
国際線出発ターミナルに向かう長いエスカレーターを、サングラスをかけた美しい青年が上っていた。
きっと白いカッターシャツに黒いズボンという姿なら高校生の美少年と見紛うに違いない、170センチほどの身長に華奢な身体。
芸能記者のマスコミ陣に混じって追っかけのマダムが、まるで口紅をべっとりつけたパックンフラワーのように並んでいるのが見えた。
カメラの放列の前を通り過ぎると、ぱしゃっ、ぱしゃっとフラッシュが焚かれ、思わず都築綾太は顔を覆った。
若手記者の一人、宮脇千尋がマイクを向ける。
「このたびはおめでとうございます。今のお気持ちについてコメントを一言・・・」
綾太は手でマイクを遮り、足早に消えて行った。
「ったくもう、一言ぐらい何か言ってくれてもいいのに」
同時に、自分にサヨナラの一言もなかった鈍感さに腹を立てていた。
「ハリウッドまでついてってやるんだから!」
兜童子としての使命を終えた療養生活の後、演技派の少年俳優として再起を遂げた綾太。
その身体能力と美しさ、語学力を買われ、23歳でアメリカへ渡ることになったのだ。
歳を重ねるごとに幼い日の印象とは変わってしまう「元」子役も少なくない中、ほとんどイメージが変わらずに、
周囲の期待通り美しい青年に成長したのは、勿論遺伝子的な原因もあるのだろうが、
いまだにあどけなく端正な顔立ちを維持しているのは、 もしかすると悪魔の精が影響をもたらした後遺症の一種なのかも知れぬ。
海外の一流スターと肩を並べてやっていく自信はあるが、世界的には美貌のサッカー選手、都築新斗のほうが名が通っている。
早く「都築新斗の兄の」という冠詞を払拭できたらいいなと思う。
搭乗手続きを済ませた後の待ち時間、ラジオのイヤホーンを両耳につけチャンネルを探っていると、懐かしのJ-POPが聞こえてきた。
1993年に放送されたドラマ「あすなろ白書」の主題歌。藤井フミヤ「TRUE LOVE」であった。
退院後、新斗にこのCDを買ってきたら凄く喜んでくれて。
「コブラトップ」で新斗と一緒に寝転がりながら何度も聞いた。
ついでに、それから新斗と再び、「YAH YAH YAH」の一件以来途切れていた音楽の話をするようになった。
二重の美しい瞼を閉じた。歌詞の「君」が新斗と重なったり、宮脇と重なったり・・・顔が浮かんでくる。
ヨーロッパのクラブチームで活躍するようになった新斗とは、もう随分と会っていない。
たまに電子メールをよこすけど、向こうは地球の裏側だから気安く国際電話をかけるわけにはいかない。
宮脇とは、さっき会った。海を渡ってきたら、一度食事にでも誘うか。
これからも僕の前には、幾つもの困難が待ち受けていることだろう。
けど、何も恐くない。
たとえ遠くに離れていてもいつも心は繋がっている、かけがえのない仲間がいるのだから。
曲が終わった頃、搭乗アナウンスが聞こえた。
日本航空ボーイング747型機のファーストクラスに乗り込む。
綾太の細い腰には、この椅子は大きすぎた。
乗降扉が閉じられ、ゆっくり滑走路へと向かう飛行機。
大勢の人の見送る空港ターミナルビルのほうを見たが、見送りに来ているであろう父と母の顔は見えなかった。
飛行機はフラップが伸び、徐々に加速を始めた。
あと一息。
やがて綾太の未来を乗せたボーイング747は宝石のような輝きを放ち、ジェットストリームの吹く大空へと舞い上がった。
<T市・都築家>
夕方、2人しか住人のいなくなった居間のテレビがついていた。
サッカー・ワールドカップ予選で日本代表が勝利したニュースの後、俳優・都築綾太の出国する映像を映していた。
幼稚園の門前で別れる朝。
綾太が仕事に出る夕方。
新斗のサッカー試合の日。
高校に通う朝。
大学で下宿生活を始める日の朝・・・。
いつも変わらず淡々と送り出してきた。
今日、空港で綾太を見送ったときもその気持ちに変わりはなかった。
父は居間に飾られた、同じ顔をした華奢な美少年2人の写った写真を見た。
これは綾太が小学2年生、新斗が1年生の頃に、運動会で撮った写真だった。
隣には綾太と新斗が小学生の頃、伊勢志摩へ旅行に行ったときの写真や、
綾太が中学3年生で卒業するとき校門前で撮った、花束を持ったブレザー制服姿の写真もあった。
頭に白いものの混じった母が紅茶を運んできて、テレビの前に座った。
「あなた・・・、綾(りょう)ちゃんって全然、昔と変わらないわね」
「少し緊張していたな、今日の顔は」
皺の刻まれた丸い顔がハッハッと笑った。
「新斗も男になったな」
「ええ・・・、よく育ってくれました」
美しい笑顔が潤んだ。
けれど、いつも父母の心の中にいる兄弟は、あの運動会の日から止まったままだった。
「あなた・・・、新斗をはじめて綾太と遊ばせた時のこと、覚えてる?」
父は熱い紅茶を無言で啜った。
「お互い顔を見つめあって、鏡を見るみたいに覗き込んで。不思議な顔をして可愛かったわ」
「ああ、小学校に上がる頃まで、時々やってたな。自分がもう一人いると思ったんだろうかね?」
クスクスと笑う夫婦。
「これからも困ったことがあっても、2人で力を合わせて生きていって・・・くれるわよね?あの子たち」
夫婦はベランダに出て、星空を見上げた。
赤や白の灯を点滅させながら、何機か、飛行機が別の方角に飛んでいくのが見えた。
綾太も今頃この星空の下、ジェットストリームに抱かれて、太平洋の上空で眠っているに違いない。
綾太、新斗・・・、忘れ物はない?
気をつけて、がんばってらっしゃい!
あなたたちの未来は、自分達の力で切り開いていくのよ・・・!
兜童子として悪魔を倒したお前たちだ。
どんな困難も乗り越えていけるだろう。
元気でな、綾太、新斗・・・!
綺麗な雲一つない夜だった。
明日もきっと晴れるだろう。そう15年前の、あの2人の運動会の日のように。
綾太・・・新斗・・・、素敵な思い出を、ありがとう!
夫婦は手をつなぐと、飛行機の灯に希望のエアメールを託し、山の向こうに隠れ見えなくなっても空を見上げていた。
綾太が退院してきた夜、パジャマ姿の綾太と新斗は同じベッドではしゃぎ回っていた。
「兄貴・・・もう離さないぞっ」
綾太の細い腰にぶら下がる新斗。
「きゃはは、くすぐったいよ」
新斗は綾太の顔を見据え、笑顔でさらっと言った。
「ねえ兄貴、告白するよ?僕は君のこと、もう一人の僕だと思ってる」
「新斗もそう思う?僕もずっと前からそう思ってた。また君とこうして遊ぶことができて嬉しいよ」
いや・・・むしろ兜童子以降何かが吹っ切れて、ますます親密になったような気がする。
何かこう、二人が一体化していく感じが顕著になったような。
「兄貴、僕に『スターになれ』って言っただろ?兄貴がスターになるなら、僕も頑張っちゃおっかな」
「うん。君が輝けば僕も輝く。逆も又しかり。それでどうだ?」
「よ〜〜〜し!兄貴、約束だ!僕、ワールドカップの日本代表目指すよ」
「じゃあ僕もハリウッドを目指す!」
その時、意地の悪い新斗の手が綾太のズボンをパンツごと掴んだ。
「きゃっー・・・・」
勢い余った綾太はおち◎ちんと、すっかり傷跡のなくなった玉袋を露出させながら転倒し、
とっさに掴まろうとした手が新斗のズボンもまたパンツごとずり下げた。
綾太の身体に合わさるように倒れ込む新斗。
ごっち〜〜〜〜ん。
ベッドの角に頭をぶつける二人。
くらくらする中、たまたまお互いの腕が身体を抱き合った形になり、露出したおち◎ちんが触れ合う。
敏感な部分同士触れ合うことで、兄弟の神経が一本に繋がっているかのような感覚。
かかり合う吐息。お互い手と手を握り合って、寸分も造詣の違わぬ美しい顔と4つの瞳がまるで、鏡を覗き込むように見つめ合った。
その距離10数センチ。
(兄貴・・・僕、今とってもドキドキしてる)
(僕もだ。この不思議な感覚は何なんだろう?)
こすりつけオナニーのように、腰を揺らしてみる新斗。
(アッ・・・ハァンッ・・・新斗・・・・気持ちいいっ!)
(兄貴・・・僕が・・・君でイッちゃっても許してくれよっ・・・!?)
お互いの竿の先から滲み出た、透明な粘液が糸を引いた。
その時。
コンコン。
「ちょっとーあんたたち、何時だと思ってるの!?夜遅くまでドタバタ騒いで!入るわよ!?」
母の声がした。
(新斗っ・・・この状態はビジュアル的にまずい)
(でっ・・・でも僕・・・もう気持ち良すぎて腰が止まんないようっ!)
(なっ・・・何とかしてぇ〜〜〜!)
「異形装甲 兜童子」 完
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
当作品はフィクションです。登場する人物、事件等、全て架空の物です。
2007年10月
著作:Nomark
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