「宮脇、ちょっと、いい?」


13階まである病院の、5階の一部突き出た屋上部分は広いテラスになっていた。
綾太は点滴のスタンドにつかまりながら千尋の手を引いて、ゆっくりと歩きテラスに出た。

「へえ、綾太、歩けるんだ」

「あまり長い距離は無理だけどね」

屋上の柵に掴まり、地上を見下ろす綾太を背後から見つめる千尋。
肌寒い初冬の風が、長く伸びた黒髪を撫でる。


うわっ・・・綾太の腰、細いんだ。
あれから少し背が伸びたのかな?


振り向いた綾太の瞳の中に、沈む夕日が赤々と燃えていた。

「綾太・・・」

千尋の手を両手で握りしめると、綾太が口を開いた。

「今までずっと言えなくって、ごめん。でも今なら言える」


二人見つめ合ったまま、時間が止まる。


「僕、君のことが・・・好き」


千尋は大粒の涙をこぼしながら綾太の折れそうな身体に抱きついた。


「綾太・・・綾太・・・〜〜〜!」


ちょっぴり背中の痛みを気にしながらも、今の綾太は少女を胸に抱いた男の子だった。

「宮脇・・・何もなくなっちゃった僕だけど、それでもいいかい?」

「ええ・・・どこへでも連れてって・・・」

綾太のガウンから、消毒のエタノール臭に混じっていい匂いがした。
大人の男になりきっていない発育途上の胸肉の奥から、心臓の鼓動が聞こえている。


「あたし、綾太が行くって言うんだったら地獄でも宇宙の果てでも、どこへでもついてく!だからもう・・・」


言いかけた美少女の口をキスで覆った。
綾太は嗚咽の止まらない千尋を、夕日が山の向こうに沈み暗くなるまで、いつまでも抱いていた。






いい雰囲気の二人を、9階の綾太の個室の窓から切なく見つめる神野。

神野はしばらく、老先生の家の空き部屋を借りて住むことになった。
新生活の準備で買い物をしているうちに遅くなり、千尋に先を越されたのだった。


あーあ、綾太を取られちゃった。


「あのっ・・・僕じゃだめ?」

神野が振り向くと、もう一人の綾太がそこに立っていた。

「新斗・・・」


綾太が悪魔に連れ去られた晩、優しく抱いてくれた新斗のぬくもりを思い出す神野。

「『死ぬときは一緒だからね』って・・・あの時言った言葉に、嘘はないから」


向かい合い、見つめ合う二人。
「ヤンキー女」とか呼んだ割には、意外と年上のお姉さんタイプが好みなのかも知れない。

神野は真剣な顔をして言った。

「いいえ、新斗。これは全て運命の仕組んだ計画なの。タイムマシンを発明するのはね・・・、あたしたちの子孫よ」

「えっ・・・、それってつまり、真の救世主は・・・」

「そう。あたしたちの曾孫」

「じゃっ・・・じゃあ・・・まさか!」

「あたしたちは結婚する定めってこと。」

「そっ・・・そうなの!?強い子、作ろうね!」

「強くてかわいい男の子を、ね。あたしの前に現れた科学者は天才少年博士でね。
新斗そっくりの、かわいい男の子だったわよ」


すっかり興奮した新斗が兄を真似て、自分より背の高い神野を抱きしめた。

(やった〜〜〜〜〜!新斗ゲットー!1000年待った甲斐があったわ!)

新斗は神野にぎこちなく、ちゅっとキスした。


まだ、新斗の中に綾太を夢見ているという要素は否定できなかったけれど。
ややS気味なのが唯一心配だけど。
天の運命には逆らえない・・・か。


妙な話だが、悪魔が現れなければ、こうして新斗と神野が時代を超えて巡り会うこともなかったのだ。
皮肉な話だが物事には全て、悪魔と天使のような二面性があるらしいことに神野は気付いた。





神野と新斗、千尋の3人が帰った後、閉門ギリギリの病院に小圷優子(こあくつ ゆうこ)が訪れた。
病室に香水の臭いが立ち籠める。

「今までありがとう。いろいろごめんなさい、迷惑かけて。」

「小圷さんが悪いんじゃないですよ。僕のほうこそ、いろいろ足を引っ張ってごめんなさい」

小圷優子は東京キー局への移籍が決まっていた。
それに伴い夕方の情報コーナーも人身刷新も兼ね、しばらくは現場に復帰できない綾太に替わって、
別の子役タレントが務めることになったのだった。
優子と綾太はしばらく、仕事上の思い出話に浸った。

「そうそう、復帰のことは心配しなくていいわよ。あたしたちが、責任を持って君を守る。
君の勇気ある行動を辱めたりなんか、絶対にさせないから。」

「・・・ありがとうございます」

「あたしはもうすぐこの街からいなくなるけど・・・綾(りょう)くん、君はもっとビッグになれる素質を秘めてるわ!
・・・これは先行投資よ」

そう言うと、優子は綾太が拒む間もなしに、ちゅっとお別れのキスをした。
綾太の綺麗な口元が紅色に染まる。

(きゃ〜、綾太くんのはじめて、奪っちゃったぁ〜!)

大はしゃぎの優子。

あのー、もう4人目なんですけど。

「じゃあ、東京のスタジオで待ってるから!」

手を振り、病室をあとにする優子。

「あっ・・待って・・・」

呼びかけが聞こえなかったのか、もう優子は振り向かなかった。

僕のパンツ、返して下さいよ・・・もう〜〜!


ほどなくして、美人局アナ・小圷優子はローカル局から姿を消し、東京のキー局の番組に登場した。



退院後。

綾太はリハビリの散歩を兼ね、新斗、神野と一緒に思い出の山道を上った。
鬼の腕輪の祀られていた社には、悪魔を供養する碑が立てられていた。


綾太が久々に登校する朝。
兜童子の正体のことも雑誌に掲載された自分の裸も、みんな知っているかもと思うと周囲の視線が気になって、なんだか照れ臭い。
けれど、心配は杞憂だった。

「都築君!おかえり」

「綾太のいない学校って、はりあいなくってさ」

校門で待っていた生徒会の西城と富岡、宮脇千尋に守られながら歩く綾太に、生徒たちの温かい声がかかる。
1年B組の教室でクラスメートと再会を喜んでいると、老先生が入ってきた。


「みんな静かに、席に着いて。1時間目、社会科の授業を始める前に出欠を取る。・・・『13席 都築綾太』!」





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