美少年子役タレントの都築綾太が悪魔と戦った兜童子であった、というニュースは、市民に衝撃を以て受け止められた。
ただ、ごくごく一部関係者のみの知るところとなった、バイオアーマーの性的なエネルギー供給システム、
綾太が悪魔と性的に交わった事実については歴史の闇に葬られ、市民に知られることはなかった。
どこから漏れたのか(恐らくは市民文化祭のイベントの時の物だろう)、一部週刊誌には綾太の均整の取れた美しい裸体写真が掲載された。
おち◎ちんにはモザイクがかけられていたものの、同雑誌を少年好きな女性や男性が買い求めたため、書店は品切れが続出した。
綾太のイメージダウンになるのではないか?と心配する声も聞かれたが、むしろ「女の娘よりかわいい」と評判になり、かえって人気の出る始末だ。
だが内臓にまで達していた背中の怪我と、体力的・精神的な回復のため、しばらくの療養を余儀なくされた綾太。
せっかく決まっていた仕事のスケジュールを相次いでキャンセルせざるを得ず、売り出し中の身には打撃だった。
9階の病室には初冬の弱い太陽が差し込んでいた。
個室の窓際にはクラスメートから贈られた寄せ書きが置かれ、カーテンレールに生徒会の千羽鶴が吊るされている。
綾太の出演するテレビ番組のスタッフ一同から贈られた花も置かれていた。
点滴の袋が揺れるベッドの純白のシーツの中に、水色の患者用ガウンを着た、細く色白の美しい少年が身を埋めていた。
コンコン・・・がちゃっ。
石膏を巻いた右腕を首から掛け、灰色のロングコートに身を包んだ新斗が入ってきた。
音に気付くと美しい顔が寂しげに微笑んだ。
「痛むか?」
「うん・・・まだ痛いけど、平気」
「体調はどう?顔色が良くないけど」
「さっき、変な夢を見てた」
「そうか・・・何か欲しいものがあれば遠慮なく言ってよ」
「うん、今は特にないよ。お昼にお母さんが来たし。」
新斗は綾太の隣に腰かけた。
「左手で字を書くの、上手くなったね」
綾太は新斗の持っているノートを見て言った。
「体育を見学しなきゃならないのが辛いよ」
新斗は兄の顔を見て、クスッと笑った。
「一つ聞いていい?」
新斗の問いに、綾太は無言で肯いた。
「なんで兄貴は悪魔と一緒に消えないで済んだんだろうね?」
綾太の手を握り、その感触とぬくもりを確かめるように訊ねた。
すると、綾太の視線が一瞬、曇って下を向いた。
「悪い、嫌なこと思い出させちゃった。ごめん」
「いいよ、気にしなくて。僕もよく分からないんだけど・・・
あの時、悪魔だった青年の声が聞こえた気がした。『君はまだ来ちゃだめだ』・・・って」
「つまり悪魔が押し戻してくれたってこと?」
「僕にも分かんない。ただ・・・」
綾太は顔を赤めてお腹をさすりながら、上目遣いに言った。
「このことは君ぐらいにしか言えないんだが・・・、僕、妊娠していないかどうか不安だな」
新斗も思わず顔を赤める。同じ顔がお互い微妙に目を合わさずに向かい合っていた。
「ああ・・・それなら問題ないって神野が言ってた。」
「神野って?」
「腕輪のヤンキー女」
「ああ・・・。この前来てたね。疲れてて、あんまりお話できなかったけど」
「悪魔との契約は、悪魔自体がいなくなったから問題ないって。
ただ、身体から悪魔の精が完全に抜けるまでは何らかの後遺症が残るかも知れないってことだけど・・・、子供が生まれることはないさ」
綾太の伸びた髪をそっと撫でる新斗の左手。
「ゆっくり休んで、早く元気になってくれよ?みんな、都築綾太を待ってるからな」
(嘘)と目が言った。
「きのう夕方テレビつけたら、情報コーナーに新しい子、出てたね」
寂しそうに顔をそらす綾太。
「余計なこと考えるな。復帰すればまた、次の仕事の話は来るさ」
「・・・そうだね」
力なく答える綾太。
戦後日本の大量生産、大量消費という商業構造は芸能界にも及び、
タレントや歌手の多くもまた、一消耗品として使い捨てられていく。
目まぐるしい情報化社会の中、綾太が兜童子だったことさえ、何ヶ月もしないうちに忘れられていく社会なのだ。
そのことを身に染みて分かっているのは、綾太自身だった。
ますます細くなった華奢な身体がシーツに潜りこみ、目を閉じた。
「『果報は寝て待て』って言うじゃないか」
「・・・それは使い方、間違ってると思う」
綾太のベッドに乗っかる新斗。
「おい〜兄貴、元気出してよ。都築綾太らしくないぞ」
「みんな、僕の幻想を見ていたのさ。幻想の僕はもう、一回死んだのさ」
「けど、一回死んだけど生まれ変わって、今またここにいる。兄貴は約束を守ってくれた」
はっと新斗の顔を見る綾太。
「こんな汚れてしまった僕だけど・・・また君の兄でいていいか?」
「何を言ってるのさ?この僕に釣り合う兄貴が、君以外にいるとでも?」
真剣な目で見つめる弟の顔に、ただならぬものを感じる綾太。
新斗は左手で、綾太の右手を堅く握った。
「悪い、たまには少し弱音を吐きたかっただけ。」
「これからも、ずっと一緒だからね」
二人はクスクスと笑い合った。
ベッドの上で、お互いにもう一人の自分とじゃれ合う二人。
「あっー」
不意に、新斗が上半身を支えていた左手を滑らせ、綾太の身体に覆い被さった。
まるで鏡を覗き込むように同じ美しい顔が見つめ合い、透き通った栗色の4つの瞳に映り込んだ。
その距離10数センチ。
そのとき。
コンコン。
個室のドアをノックする音がした。
(誰か来た!)
(この状況はビジュアル的にまずい)
(新斗!早く離れてよ、僕は怪我人なんだぞ)
(いや・・・僕も右腕が使えなくて、うまく起き上がれない!)
(なんとかしてぇ〜)
がちゃり。
花束を持った宮脇千尋がドアを開けると、兄弟が病室にいた。
綾太がベッドで横になってゲームボーイに興じている横で、腰かけた新斗が左手で器用にヨーグルトを食べていた。
同じ二つの顔と4つの瞳が、不意を突かれたようにこっちを見つめている。
「あのっ・・・、入院しちゃったって聞いたから・・・」
「宮脇・・・来てくれたの!?」
綾太の顔がほころぶ。
(ちっ、新斗もいたのか)
と心の奥底で思ったことはおくびにも出さず、
「へえ?もっと落ちこんでるかと思ったけど、元気なもんね」
と、綾太の顔を見て言う千尋。
「へっへっへっ、僕が兄貴を励ましてやっていたというわけさ。一足遅かったね」
綾太と同じ顔をしているのに、人の心をいともたやすく見抜いてしまう(と千尋が思っている)のが、新斗を好きになれない理由だ。
自分は綾太の鈍い部分も含めて好きなのかもしれない。
けど、いずれにせよ綾太が立ち直ってくれたのならこしたことはない、と思い直した。
「綾太、ひとこと言わせてちょうだい」
「ごめんね、あの時『さよなら』なんて言ったりして」
非難を受け止める覚悟をし、身構える綾太。
だが、千尋はにっこり笑って言った。
「いいえ・・・生きていてくれて、ありがとう」
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