<以上、長い回想でした。場面は再び5時間目の体育のあとに戻ります>


6時間目の授業は数学のはずだったが、教室に入ってきたのは老先生だった。
教師を定年退職後、講師として社会科の授業を受け持っている。

「秋津先生が体調不良で帰られたので、この時間は自習とします」

喜びに沸く教室。
各々、宿題や予習を始める中、ある女子生徒が言った。

「先生!先生は郷土史についてお詳しいと聞きましたが」

教卓で歴史関係の論叢を読んでいた先生が視線を上げた。

「ふむ、それが何か?」

「悪魔について何かご存知なんですか?」

教室がざわめいた。

「それ、僕も知りたいです」

「俺も」

「私も。先生、教えてください」

ただ一人、綾太だけが何も言葉を発さず俯いていた。

「あ〜こら、みんな静かに。隣は授業中だぞ」


老先生は立ち上がると、綾太のほうを一瞬ちらっと見たが、

「よろしい。悪魔とは平安時代末期、悪意ある陰陽師が・・・」

ゆっくり語り始めた。


5分ほど語ったとき、スピーカーから放送が鳴った。

「市中心市街地に悪魔が出現した模様です。
 授業が終わっても生徒の皆さんは学校から出ないで下さい。
 先生の指示に従い集団下校をしてください」


綾太は手を挙げた。

「先生、トイレに行かせてください」

老先生は黙って頷いた。

綾太は屋上に上がった。
服を脱いで全裸になると、リストバンドをこすった。
色白で軟らかいすべすべの肉を、赤紫色の膜が覆い隠していく。


「さあ、いくよ」

(ええ)

羽根を広げると、飛行機雲を目指して飛び立った。



前編 了





Back
Menu