初雪の舞うNSDD・川槻飛行場。
VTOL(垂直離着陸型)の無人戦闘機が離発着していた滑走路はがらんとし、中央にクィーンセイバーの機体があった。
アラスカに墜落したにもかかわらずほぼ無傷だった二号機のボディに、海中から引き上げられた元祖クィーンセイバーの基幹パーツを移植したもので、
外観デザインはほとんど変わっていないが、大幅な性能アップが図られている。

その周囲に集まった、十数人の見送り人たち。
ほんとうは国民・地球住人を挙げてもっと盛大に出発式を執り行ってもいいはずのところだが、カケル王子の身の安全もかんがみ、
出発をしばらくは非公開にしておきたいアーク亡命政府の意向とか、いろんな大人の事情があるらしくて。
親しかった基地のスタッフ、家族、ごく少数の政府関係者だけが来ていた。

見送りには、妹と義母もこなかった。茜が手を掴んで離さず、離陸できないといけないから。
迎えの車が出発するときでさえ随分と手間取ったから、玄関でお別れしてきた。

パイロットスーツ姿の上にコートを羽織ったカケルに、木村のおばちゃんが紙包みを手渡した。

「気をつけてねぇ。はいこれ。お腹がへったらお食べ」

まだ温かい紙包みからは、できたてのパンケーキの匂いが漏れていた。

「ありがとうございます。一口ずつ味わって食べます」

ぐしっと目を拭うカケルの頭上で、クィーンセイバーの胸部ハッチが開く。
技術陣の研究が実を結び、コックピットは一人乗りでも安定して操縦できる装置の開発に成功していた。
ふたりのパイロットを隔ててきた真ん中の間仕切りがなくなり、隆也の座っていた下部座席は撤去されていた。
駆が大きくなっても乗れるように上部コックピットが広く改良され、シートも一回り大きくなっている。
あまった機長席下部の空間には長旅にたえうる食糧や水、医薬品が満載されているという。


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タラップの下で、お別れの挨拶が続いていた。
カケルの学校で特に親しかったらしい友人たちが何人か、涙ながらに寄せ書きを手渡していた。
それに応えて一言、二言はきはきとお礼を言った後、笑顔で手を握り合っていた。
最後まで、クラスメートから頼りにされた学級委員の堂々たる姿だった。

「向こう」の学校ではどんな生活を送ってたのだろう? と、
自分の知らない側面のカケルを知っている人たちを羨ましく思う。

隆也の前までようやく来たカケルは、白い吐息とともに口を開いた。

「リュウがいてくれたおかげで、ぼくはがんばってこれたんだ」
「ぼくだって、カケルくんが…」

どちらからともなく抱擁しあった。コートの上からでも心臓がトクトクと脈打つ音を感じる。
じわりと涙は出たけど、声を上げては泣かなかった。
昨晩もパジャマ姿で二人で抱き合って、思いっきりわんわん泣き通したから、もう覚悟はできていた。
せめて出発のときは晴れやかに送り出してあげたかった。


「これ、かぶってけよ」

隆也が手渡したのは、自分のかぶっていたソフトボール帽だった。
一年半前の日、はじめてカケルと出会ったときも、この帽子をかぶってた。全ての物語はあの日から始まった気がする。

「じゃ、ぼくもこれを…」

カケルもまた、白地に赤いラインの入った帽子を隆也に手渡した。

「ほんとうに一人でも平気か? ぼくがいなくて」

と隆也。

「大丈夫さ。この帽子をリュウだと思ってがんばるから」

今も隆也は心の中で、少し後悔している。
だってあの真っ白な世界で、もしエッチなことを頑張らなかったら、ひょっとしたら永遠にカケルとふたりで過ごす夢が見られたかもしれないのに。

デッドカイザーとの戦いが終わったら、ずっと一緒に青春の日々を謳歌できると信じてた。
はやく小学校を卒業して、同じ中学に通うのが楽しみだった。
一緒にお弁当を食べたり、テスト勉強を教えてもらったり、文化祭で出し物を回ったり、修学旅行で枕投げしたり…
でも回り始めた運命の歯車を前に、隆也のささやかな夢はまぼろしとなって消えた。
クィーンセイバーの手のひらをも凌ぐ、何か見えない強い力が、カケルの小さな背中にもっと大きくて、重要なものを負わせたのだ。

一つ得るものがあって、一つ失うものがある。だけどまた一つ得るものがある。その繰り返し。
お別れはつらいけど、二人でともに同じ年代を生き、戦い抜いた思い出はいつまでも残る。平和は大切だ。地球に未来が残る。
全宇宙の人々に希望をもたらす…!

「リュウ。また会おう。いつか必ず。」
「約束だよ。けど次に会ったとき、偉そうな独裁者とかになってたら殴るからね」
「きみのグーは痛いからなあ。心配すんな、ぼくを信じて」
「戦いが終わったらまた呼んでよ、アーク星へ。宇宙旅行楽しみだ」
「ああ、絶対にね」

ボーイッシュな美少女がクスクス笑った。
宇宙の果てでは『姫より愛らしい王子現る!』とか『自らの身を投げ打って友を庇った美貌の勇者』などと誇張して報道され、人気沸騰中だという。


「カケルくん!そろそろ出発の時間だ!」

かつて基地で整備士だったお兄さんが呼ぶのが聞こえる。

「お別れだね、カケル。名残惜しいけど」
「とおい宇宙を越えて、ぼくたちの友情は永遠だからね」

幼い英雄は友の帽子をかぶり、ウィンクした。
いつかまた会ったとき、時間とともに顔立ちが変わってしまっても、この帽子があればきっと互いが分かる。
再会の約束の証。

「みんな、ありがとう!」

薄い胸板を一度上下し、深呼吸すると、小さなパイロットは意を決して階段を上りはじめた。
あれから少しだけ男の子らしさの増した気がする背中と、きゅっと力の入った小尻。

立場は人の容姿さえも変える物らしい。
少年はもはや、今までの学級委員や妹思いのお兄ちゃんとは違っていた。
宇宙平和を背負う戦士と、人の上に立つ気品を兼ね備えて…それでいてあどけない王子の姿だった。


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人々が無言で見守る中、ハッチが閉まる。

【離陸準備OK。各部異常なし。ブースター点火】

「電車のお姉さん」のシステム音声が告げる。

ゆっくりスロットルを引くと、クィーンセイバーは背面のブースターから炎を吹き出した。
アーク星神話に出てくる戦の女神の、新たな出征のとき。

前面のモニターには予定航路や上空の映像が表示されている。
順調にワープを繰り返せば地球時間の約10日ほどで、最初の経由地に着くはずだ。
かつて隆也のいた左モニターでは、見送る人々が一斉に手を振っていた。

機体の足がふわりと地面から浮き上がったとき、どこからともなく、遠い昔に忘れ去ってしまった声を聞いた気がした。

【カケル、強く生きるのよ。今羽ばたかんとする美しい戦闘ロボットのように。
 無限の可能性を秘めた自分のあすを信じて、駆け上がって。空の果てまで!】


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隆也は冷たい風に吹かれながら、クィーンセイバーが残したロケット雲の空を、ずっと暗くなるまで眺めていた。
その手にはカケルの匂いの残るソフトボール帽が握られていた。

(ぼくたちも、きみにまけない歴史を作るよ。カケル。さようなら……また会う日まで)

空気は澄み渡り、満点の星空に紛れて、小さな点になって動くクィーンセイバーの軌跡。
かつて汗も涙も分かち合った親友の、燃えるいのちの炎に思えた。


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カケルはモニター越しに、背後に遠ざかってく地球を見つめていた。
自分が生まれ12年近く暮らしてきた星は、暗い闇に浮かぶ青い宝石のようで、目が醒めるようだった。

ああ、何と美しい星なのだろう?

これからどんな世界がぼくを待ちうけているのかは分からない。
行く先はこの宇宙を満たすダークマターのように真っ暗で、不透明だ。

でも広い宇宙の中で、僕は一人ぼっちじゃない。この母なる大地には、いつも僕を気にかけてくれてる人たちがいるのだから。

いつかきっと、このふるさとへ生きて戻ってくる…!

切れ長の目をした髪の長い少年は、やさしさの香るパンケーキを一切れ口に含んだ。
そして数え切れない思い出を胸に抱き、懐かしい味を噛みしめながら、まだ未知の、遥か未来へと続く方角へと針路を向けた。





この物語はフィクションです。
実際の事件・実在の人物等とは関係ありません。




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