『Wizard Boys! 魔法協会ドイツ支部編』


序幕


S-1  現代  日本国  上山市 フーガ・ロジスティクス株式会社

宮部家のある上山市街地から数キロほど離れた山中に立つ、フーガコーポレーションの物流倉庫。
2万坪の床面積を擁し、地上3階の近未来的なデザインはハイテク工場のような外観を持っている。
組織上はフーガ・コーポレーションと別会社になっているが、フーガ・コーポレーション本社のコンピューターと直結した、
ロボット制御のエレベーターで在庫管理する最新鋭の倉庫で、守衛ゲートは積荷を満載した大型トラックがひっきりなしに出入りしていた。

その広大な敷地の隅っこに立つ、木造でトタン屋根の古めかしい60坪足らずの平屋は半世紀以上も前から同じ位置にあったが、
滅多に人が行くような場所でないにもかかわらず、不思議といつも小奇麗にされていた。
それが魔法協会日本支部の旧倉庫である。
重要文献や魔道書など、かなりの部分は警戒厳重のフーガコーポレーション本社の書庫や、フーガ・ロジスティクスの秘密区画に移されたため、
ここに保存されているのは言わば残り物……久慈家の魔法使いが見ても分からない用途も出所も不明のガラクタか、
この場所から動かして安全なのかも分からぬヤバげなアイテムのどちらか、であった。

小中学校も夏休みに突入して最初の日曜日。ユウト監督の下、タケル、リュータ、トモキ、そしてヒューゴが掃除を手伝わされていた。
汚れてもいいように、学校指定の半袖・半ズボンの体操服姿で来た彼らだったが、エアコンのない倉庫内はリュータが魔法でこしらえた氷柱を何個か置いても、
真っ黒に日焼けした肘から滴り落ちる汗は止めようもなく流れている。

「あぢ〜〜〜〜〜」

最初に声をあげたのは、箒を動かす手が緩慢になってきたタケルだった。

「ユウト兄い。オレさ、ハジメと自由研究を一緒にやる約束があるんだ。先に抜けさせてもらっていいだろ!?」

同意への期待が滲む声に、ハタキを持ったユウトが歩み寄って、タケルの髪をパフパフしながら言った。

「去年もそんな理由つけて出かけて、結局遊んでたじゃないか」
「あ、あれはおもちゃ屋さんにどんなお客さんが、何時にどれだけ来るかを調べてたんだよ」
「ほう、タケルにしちゃ上出来な回答だ。けど今年は遊園地、その次は海水浴場…って行くつもりじゃないのか? きりがないだろう」
「うっ…」

去年はさんざん遊んだ挙句、中途半端に記録したのをまとめるのが面倒くさくなって放り出してしまった。
かわりに『リモコン電波の研究』と称し、リモコンとテレビの間を皿や紙で遮って電波が通るかどうかを実験し、8月最終日にものの20分で済ませてしまった。

「こういうとき、ちゃんとさぼらずやるかどうかで本当の人間性が分かるんだぞ。リュータくんを見習うんだ」

長時間、じっとしているのもわりと平気なリュータは、洗剤を染み込ませた雑巾を棚の隅のほうまで入れ、丁寧に磨くような手つきで拭き掃除をしていた。

「リュータッ、こんなクソ熱くてそろそろ、熱中症で倒れる予定ないのかよ!?」
「なんだよ、【予定】って」

またユウトがタケルの髪をパフパフとはたく。
一方、日焼けしたダンボールが所狭しと積まれた奥のほうではトモキが、細かな文様の施されたゴブレットを手に取っていた。

「わあー、これ綺麗……何の魔法なんだろ」

陰に置くと緑色にぼうっと光の浮かび上がる、幻想的な器に魅入る。

「トモキよ、これはウランガラスと言ってな。紫外線を当てると蛍光する性質があるのだ」

頭上のコリンが得意げに教授する。
「へぇー」と食い入る視線は、体操服のハーフパンツからはみ出たふくらはぎに蚊がとまっているのに気づいていない。

「うっわー、凄い埃……ゴミだけ巻き上げて、ゴミ箱の中とか一箇所に纏める魔法ってないんっすかねえ? 」

次の棚の隙間に移動し、覗き込んだリュータが顔をしかめる。

「それはなかなか難しいんじゃないかな。何が不要かを判別するのは人間がしなきゃいけないし」

ユウトがタオルで首筋の汗を拭いながら答えた。

「これは…ピアノ? 孤児院にあったのとは違うような」

隅に置かれた、古ぼけた木製の楽器は、学校の音楽室のグランドピアノをふたまわりも小振りにしたような形をしている。
ヒューゴが鍵盤に指を触れようとするとまるでチェンバロのように、弦を弾くような澄んだ音がした。

「おおーヒューゴ、それは【クリストーフォリ・ピアノ】といってな、18世紀頃に当時チェンバロを改良して『弦を弾く』動作から
『弦をハンマーで打つ』動作に進化させ、より静かで繊細な音が出るように発明された、まさに現代に伝わるピアノの原型といわれ…」

コリンが解説する横で、小さなピアノはバロック音楽を演奏始めた。

「おお、これはバッハか…ヒューゴ、ピアノ弾けたのか」
「いや、おれ弾いてないけど?」

ヒューゴが降参したみたいに両手を上げる。

「自動演奏機能つきなのー?」

とトモキ。

「ピアノがヒューゴの魔力に反応して、勝手に弾いておるのか!?」
「にしてもヘッタクソな演奏だなあ」

ガシュガシュと不機嫌そうに床を掃いているタケルが顔をしかめる。

「きっとー、調律が合ってないんだと思うよー」
「ああーもうっ…、はやく止まってくれ!」

言葉を叩きつけるように叫んだ直後、タケルの拳の下のほうで『ボキッ』と鳴った。
大きな音ではなかったが、ほぼ同時にピアノの演奏が止まったため室内に響きわたってしまい、一同タケルのほうを見る。
トモキも急に「えっ?」と首を横に向けたため、不意を突かれたコリンが振り落とされそうになって「わっとっと…」と慌ててしがみつく。

「あーー、タケルくん、ホーキ壊したー」
「これ小僧っ、乱暴に扱うからだぞ」
「箒がなくなったから、もう掃除できねぇ。今日はおーーわり」
「タケルッ、わざとじゃないだろうな?」

今度はユウトの拳がグーでタケルの髪をぐりぐりした。

「ちっ…違うよ、さっきからだいぶグラグラしてたんだ」
「んーー、ちょっと待って。…って、随分と古くさいなあ、何年置いてあったんだ」

棚と棚の隙間を覗き込んでいたリュータが手を伸ばし、掴んだのは埃まみれの、背丈ほどもある長い箒だった。
竹箒のような形だが、材質は竹ではなく、木の根などが束ねられている。

「ちょうどいい、タケル。新しい箒が見つかった」
「ちっ、リュータめ。余計なことしやがって…」

むくれるタケルをよそに、ユウトがリュータから箒を受け取りかけたときだった。

「そそそっ、それはダメーーー!!!」

倉庫の入り口で、眼鏡の小柄な少年が息を切らしていた。

「おっ、クリス!日本に来てたのか」
「はい……皆さんもこちらにいらっしゃるって伺って…」
「で、この箒が何だって?」
「もう世界に何本も残ってない貴重品なんですよ。作れる人がいなくなっちゃって…」

クリスに続いて、羽でできた大きな扇をパタパタさせながら、ササコ会長も姿を現した。

「あら、ずいぶん綺麗になったわね。みんなお疲れ様…おや、その箒は……まあっ、こんな場所にあったなんて! 」

まるで箒に吸い寄せられるように、足早に歩み寄っていく会長。

「もう出てこないかと思ってたのよ! よく見つけてくれたわぁ〜これは魔法協会にとって大恩人が日本支部に残した置き土産でね」
「会長、ユウト兄ぃはこの箒を床掃きに使おうとしたんだぜっ、このきったねぇ床…」
「すみません、そんな貴重品だったとは知らず…」

頭を垂れるばかりのユウトに、今日のこれ以上の現場監督は無理と気遣ったのか、ササコ会長が優しく言った。

「みんなお疲れ様。休みなのにお仕事お願いして悪かったわね。今日はこれで終わって、休憩しない?」
「やったぁぁぁぁぁぁっ!!」
「いええ〜〜〜〜〜い」

ハイタッチして抱き合ってジャンプして喜ぶタケルとリュータ。
細い腕と腕がじっとりくっついた不快感に、あわてて互いに飛び避ける。

「タケル、ねっとりして気持ちわりいっ」
「リュータだってシャワー浴びたほうが良くね?」
「…って、結局掃除が終わってリュータも喜んでんじゃねぇか」

「はわわ…」

睨みあう状況にどう混ざっていいか分からずきょとんとするクリスの手を、トモキが引いた。

「行こ、クリス」




Next
Menu