当作品「第二幕 S-12」の中に、『人間の油脂から製造された石鹸』という記述を入れました。
ネットでいろいろ調べますと、ユダヤ人絶滅収容所において捕虜の油脂から石鹸を作った、
という説については、現在は否定派が大勢を占めているようです。
当時のドイツが人間の油脂から石鹸を作る研究をしていた形跡はあるが、
ユダヤ人の収容所でそれが組織的に行われた証拠は発見されていない、というわけですな。

すみません。私は執筆した段階では、実際に組織的に行われていたと思い込んでおりました。
その理由については2点あります。

1 私が高校生のとき、「アウシュヴィッツ展」なるものを見に行ったのですが、ナチがユダヤ人捕虜に行った虐待行為として、
殺人、人体実験のほか、人間石鹸も紹介されていた。ひょっとすると実物とされるものも展示されていたかもしれません。

2 慶応大学教授で評論家の福田和也氏の著作「イデオロギーズ」(新潮社)という本の中で、人間石鹸に関する記述があった。

ただ、歴史をテーマにした作品を書く上で避けては通れない道として、歴史研究は時代時代で変わっていくものですから、
新たな証拠が発見された・あるいは古い証拠が否定されると、定説も覆されるというのはよくあることです。
当作品の記述についても訂正すべきかどうか悩んだのですが、現時点では残すことにしました。

今回イグナートは架空のキャラですが、彼の属したコーネフ率いる第一ウクライナ方面軍は実在した軍団名であり、
その中の一部隊がアウシュヴィッツを開放したという史実がお話のベースになっています。
ニュルンベルク裁判のとき、人間石鹸をユダヤ人収容所で行われた残虐行為の証拠として提出したのはソ連の検事だったのだそうです。
それが連合国側が意図的に作り上げたプロパガンダのための捏造だったのか、現地調査の現場で何らかの状況を見間違えて、
「ユダヤ人の油脂から石鹸が作られていたに違いない」と誤解されて生まれた説だったのかは、今となっては分かりません。
でもいずれにせよ、イグナートがソ連の政治将校、あるいは現地を調査した兵士から、
「どうやらナチはユダヤ人捕虜から人間石鹸を作っていたらしい」という噂を聞き、クルトたちに話した可能性はあり得る、と考えたからです。

以上のようなわけで今回は、現段階では記述を訂正はしませんが、「事実」そのものが歴史的に「あった」と筆者が判断しているというわけではない旨、
ご理解いただければと思います。
「あった」と思うのは、「事実として信じられてきた過去」というわけです。

(2012年4月28日)



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